冗長性世界記・最強の裁定者は、今日も茶を啜る。

Little

第一章・現代編:創生と裁き、そして再生へ

<次元断裂と裁定の宣告>**

<次元断裂と裁定の宣告>


「すげーな、これで連勝記録をまた更新したじゃないか!」

充実した格闘ゲーム、格ゲーの対戦を終えたネモラは、対戦相手からの称賛に笑顔で軽く返した。

「サンキュー。でもここの記録はまだ超えてないよ」

言いつつ、壁を指さす。

そこにはここらで有名なゲーマーの百数十連勝の文字。

さすがにそこまで長く通っていないネモラには、この記録を超えることはまだできていない。

「ほらよ、賭けのコークだ。持ってけ!」

「お、ありがと。いつも飲み物おごってもらって悪いね」

「次はオレがおごってもらう番だ!待ってろ」

「ああ、楽しみにしてる」


そんな会話をしながら、ネモラはアーケードを出て夕暮れの街を歩き出した。

路地裏のアスファルトを踏む靴音、屋台から漂う香ばしい匂い、遠くで響く笑い声。


そんな街角を曲がった瞬間、空気がわずかに重くなった。

「風が、変わった」

その直後、違和感に気付いたのか、眉をひそめ立ち止まる者が通りの端に二、三人。

数瞬ののち、視界の端で景色がわずかに歪み、気付く顔が少しずつ増えていく。


そして、ざわめきが広がるよりも早く――それは起きた。

誰もが大気の違和感に「ん?」と息を呑んだ、その次の瞬間。


空間そのものが大きく揺らいだ。

一瞬だけ、輪郭が、色が、滲んで見えた。


魔法だ、あいつらの。

またやりやがった。

今度は…呼び出す気か、この空間ごと。


最初の予兆の段階ですでにその場に立ち止まっていたネモラは、小さくつぶやいた。

その瞳には冷たい光が宿っていた。


ネモラは望まない物理的干渉を受けることはない。

世界の理から外れた存在であるがゆえに。

だからこの場でただ一人、動じることはなかった。


それに、こういったことをあいつらがやらかすのは、これで二度目である。


空間の揺らぎに気づいた人は、一般の人々の中にも数多く、揺らぎの境界近辺にいる者は等しくいた。


彼らの戸惑いと驚愕が音になる直前、刹那の時間。


半径五十メートルの球面が街の空気を確かに歪ませ、光が揺らぎ、物質の輪郭が蜃気楼のように滲む。

湖面から吹く風がもたらした湿気が、球体の内部にだけ妙に重く、質量をもって襲い掛かる。


ネモラは、ただ静かに目を細めて…その成り行きを見守った。

それでも―――またか、という苛立ちは隠せなかった。

人はどうして、壊すことでしか気づけないのか。


そして次の瞬間。


空間に細い裂け目が走った。


そして同時に、世界が一瞬、息を止めた。

その静寂の直後、空間が切り裂かれた。

百メートルの街区が、音もなく消えた。


空気も光も消え、そこには「無」だけが残った。


境界線上で切り裂かれ引き裂かれる建物、乗用車、人々。

そしてその中心にいたネモラもまた消え去った。


それらの存在が消えた衝撃は、直後に地面と空気を通してその場に残されたすべてのものに叩きつけられた。

球の内側は一瞬で無に帰し、その切り取られた箇所に、湖水と瓦礫と人々が雪崩れ込んだ。

土砂と瓦礫と車両と人が落下する。

轟音が巻き起こり、爆発、炎上、崩落。

災害が、週末のような大災害が、残された街全体を覆った。



◇◇◇◇◇


一方のネモラは、そこから次元を超えたはるか遠き地、生まれ故郷ともいえるアルテラの上空にいた。


そして、ちらっと真っ赤に染まり血のような赤い暴風雨をまき散らす空に視線を向けてから、

「アルテラに、戻ったのはいいけれど。

空が、大地が真っ赤に染まってるじゃないか…想像以上に星の崩壊が進んでる。

もう、それほど時間はなさそうだな」

そうつぶやいた。


その瞬間、半球の質量が落下を始めた。

ネモラは右手を軽く一閃させ、空間を制御下に置く。

そして、命あるものを即興の亜空間へと退避させた。

砕けた肉体は魂を宿し直し、壊れた物質は生命の再生へ還る。

―――救済の手は、裁きの前に差し伸べられる。



亜空間生成を行ったのは初めてだったが、空間跳躍を常用していたネモラには造作もないことだった。


生命の復活。

それはさすがに片手間とはいかず、ネモラは全力を傾けざるを得なかった。


そして、アルテラの大地。


その下や周辺に目を向ければ、そこはどこか見慣れた、しかし壊れた風景が遠くに見える、見覚えのある城の練兵場と思われる場所。

そこにおそらく魔法陣が刻まれていたと思われる場所、今は魔法行使の余波で爆発でも起きたのか跡形もないが、そこで召喚の儀式が行われたことが見て取れた。

城は長く手入れができていないのか、ひどいありさまだ。

崩れかけの城壁は、一面苔に覆われ、あちこち粗末な木材で欠けた石材を、無理やり支えている箇所さえもあり、風化したのか「角」を探すのが困難なほどだった。

紋章らしきものは、判別さえ不可能だった。


周囲を囲むのは、瘦せこけ、擦り切れた粗末な衣服をまとった群れ。

一部には飾り立てた者も混じるが、ネモラの目には何の意味もなかった。

兵士や騎士と思しき者の装備は、形こそ変わらぬが、金属は鈍く曇り、革はひび割れている。

おそらく世代がいくつも過ぎたのだろう。


この世界は、ここまで朽ちてもなお、変わらず、か。

そう、もはやそこに「誰か」がいるわけではない。

ネモラにとって、彼らはすでにただ裁定の天秤にかけるための“もの”でしかなかった。

そして、ネモラはただただ彼らに失望していた。


「愚かすぎる」


ネモラは、ただただ首を横に振り、深く嘆息した。

「バランスを欠いたアルテラ世界、さらに地球にまで被害を広げた思慮のなさ」

降り注ぐ瓦礫に再び目を向けてから、言った。

「本当に愚かすぎて……」

「罪の償いは、受けてもらわなければならぬ」


―――呼び戻されたからには、責任は果たすよ、アルテラ、ヴェリタス


アルテラはともかく、ヴェリタスの気配が…消えそうだ。

まずいな、早く彼のもとに行かないと。


消えた召喚物のあった場所に浮かぶネモラに剣や槍を向け杖を突き付け、捕らえよと叫ぶ者たちがいた。

中にはネモラに対して頭が高い、無礼であるぞ、と叫ぶ声も聞こえる。

くだらない、とネモラは思った。


ネモラはその小さき者たちに対して等しく、その上位の存在としての力をわずかに解放する。

そしてただその圧力、存在の力の一端に触れただけで膝を屈し、一瞬で心折れる者さえいる中、ネモラは厳かに告げた。


『この星にかかわるものすべて、裁定の対象者となった。

心してその時を待つがいい』


心に直接届く重く質量のあるその声。

一瞬だけの静寂。

それは、まるで、大気が、大地が、その声に聞き入っているようだった。

その声を聴き、抗いようのない力に今まさに裁かれようとしている現実を知った人々。

自らの犯した過ちを悔やむもの、それでもなお自らを正当化しようとするもの。

そのすべての存在の魂には、裁定の天秤の印が刻まれた。

ネモラが裁定の際に行使する、存在の力による拘束がなされた印。

ネモラが一歩、空を踏むように進んだ。

その瞬間、ざわめきが、音の粒ごと凍りついた。

空気の振動が止み、風が息を潜める。

――声が、世界から消えた。

印を刻まれしものは、一様に沈黙させられた。

それは自らの意思を示すことを禁じられた証だった。


その日を境にして、この星から生物的な意味での死という概念は消えた。

それは、少なくとも裁定がなされるまで死が確定しないことを意味する。

裁定により行われるのは「存在」そのものの是非の判定である。

それは過去から現在までのあらゆる時間における、その輪廻転生する魂の罪深さを判定するものだ。

星を害する行為を行ったかどうかが全てであり、人のために行った善意が害悪と判定されることも、当然あった。

そして、星に害なすものと判定され、その存在を否定されれば、そのものは魂を含めて完全に消滅する。

これは、万が一にでも輪廻転生の輪から零れ落ちて、裁定から逃れるものが出ることのないようにするための予防処置だった。

要するにネモラは、手加減を、手心を加える気が全くないのだ。

(だって仕方ないよね。星を破壊に導いたのだから)


そして辺りの魂を見つめていたネモラは、おもむろに気付いた。

このたびの愚行を行った実行者が、自分を次元の彼方へ飛ばした者の子孫であり、その転生体であることに。

そしてさらにその心を読んで呆気にとられた。

誤った計算のもと、ヴェリタスの力が消えそうだからと、これまた誤った術式に気付かぬままに力を外から引き込もうとした様子。

召喚が余りに大規模だったため、ネモラが介入して極力小さい範囲にとどまるよう、腐心した結果、それでもあの惨事である。


壊れかけの世界に力あるものを呼び込み、世界が崩壊する未来も、誰一人として想像すらしていなかった。

余りの愚かしさに、ネモラは言葉を失った。


特に数名。

先ほどネモラに対して喚き散らしていたものと杖を向けていたものは、救いがたい魂の穢れを持っている。

欲に塗れ、自身のことしか考えない、浅はかで思慮のないものたち。


―――これが、ヴェリタスが守りたかった者たちだっていうのか?こんな穢れた者たちが?


(僕が今ここで何もせずとも、彼らは裁定の実行とともにその身と魂を最大の苦痛で擦り潰されるだろう。

裁定とは何者であっても逃れえぬものなのだから)

そう、独り言を言った。


ネモラはこの裁定が自身が存在するようになってから初めての裁定だったが、それでもその重要性だけはしっかりと理解していた。

だからこそ、この星を破壊寸前に追い込んだ原因を作った彼らに、甘さを出すつもりはかけらもなかった。





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