1-6

――それは、一瞬壁かと思うほど大きい怪物だった。


頭部からは二本の角が生え、怪しげに光る赤い目、私の頭を丸のみできるほど巨大な口と牙。


「ここまできたら笑えてくるね」


思わず、笑みがこぼれる。ついさっきまで普通の女子高生だったはずなのに、変な男に、謎の多い親友に、わけのわからない仮面ときて、最後は、見たまんまの怪物ときた。


「あんなのに勝てるの……」


殴られたら私など瞬殺されそうな感じだが……


「ふん……いきなり、"魔王"が相手とはな。相手としては申し分あるまい」


魔王? それってどういう意味と聞こうとした瞬間、怪物が動く。


「OOOOOOOO!」


天を穿つような咆哮とともに右腕を振り上げると、バチィッと強烈な光が弾け、稲妻となって、私のほうへ迫ってくる。


今日二回目の目の前に迫る命の危機――だが、先ほどと違って、私の頭は冷静だった。


(え……見える!)


稲妻の速度を捉え、握った刀を横に一閃する。

轟と広がる凄まじい音と衝撃。刀は後ろに弾かれるも、稲妻もまた霧散する。


「今の止めるんかい!」


関西弁の男が驚いた声を上げるが、驚いたのは私のほうだ。

普通に考えたら、ただの人間の私にあんなものが止められるはずがない。


だが、稲妻を捉える動体視力、爆発のような威力を弾き飛ばす腕力。間違いなく、私の体に何かが起きていた。


「これはあんたと契約したからってこと?」


仮面はゆらっと揺れただけで何も答えなかったが、おそらく、こいつとの契約が原因なのだろう。

だが、この力なら確かに、この場を抜け出してハクを追えるかもしれない。


雷鳴の余韻が耳の奥で震え続ける。

胸の内の熱が、刃先へとすうっと収束するのを感じた。

――これが、私の“今”だ。


鎧の巨人はゆっくりと首を傾げた。赤い眼が炎のように揺れる。

巨大な口が裂け、歯が光る。足先が地面を砕きながら、一歩を踏む。

その一歩で路地の空気が押し潰される。


「来るぞ」

耳元でレキセンが囁く。

冷たくも、どこか期待に満ちた声。


私は呼吸を整える。

足を半歩引いて、重心を落とす。

刃を水平に構え、影のマントが背でうねるのを感じる。


鎧の右腕が振り下ろされる。

鉄と岩の塊が襲いかかる。それは巨大なハンマーだ。

空気が裂ける音。地面が叫ぶ。


私は動いた。

刀を払い、腕をすり抜けさせる。刃の軌跡に黒い霧が残り、夜に線を描く。

鋼を叩く音が耳を食う。火花が散り、冷たい風が顔を殴る。


――止めた。

腕は私の払撃で弾かれた。

瞬きする間に、再び刃を構え、相手の足元へと滑り込む。


鎧が咆哮を上げ、両手を振り下ろす。道路が震え、瓦礫が舞う。

私は一瞬、身体の芯が冷たくなるのを感じた。力を使う度に、どこかが削られていく感覚。だが、目の前のハクの顔を思い出すと、その冷たさが怒りに変わった。


刃を振るう。

私の斬撃は鎧の表面を切り裂く。黒い霧が亀裂から像のように噴き出す。

鉄の音が、ヒビの入る音へと変わる。赤い光が瞬く。


巨人が後ずさる。

地を掴んで立ち上がる。だが、その動きの鈍さに、私は確かな手応えを得る。


「これは――想定外やな」


関西弁の男が苦笑いを浮かべる。それでも、まだ余裕がうかがえる。

この程度ではまだ足りないという余裕。


(倒せなくてもいい、せめて、突破できれば……)


そう考えて、次の一撃を放とうとしたその刹那――手に握っていた刀が影となって霧散する。


「え……!?」


何が起きたかわからずにレキセンの仮面をみやると、


「む、動力が切れたか」


呑気に絶望に近い言葉を言い放った。



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英雄たちの詩 -あるいは神々の遊び- @MON_SEVEN

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