1-5
私は息を吸い込み、震える声で答えた。
「わかった。――契約する。」
仮面の笑いが、夜気に溶けていくように深まる。
黒い靄が再び立ち上り、私の腕や胸を這うように巻きついた。
寒さと熱さが同時に押し寄せ、身体の奥で何かが目を覚ますのを感じた。呼吸が浅くなる。視界の端に、小さな光の刃が煌めいた。
「愚かだが、歓迎しよう、姫野真矢──」
仮面の声はもう囁きではなく、私の内側で直接鳴った。
言葉が、体の中で反響する。嫌でも、意思が通る。
胸の奥から熱が溢れ、指先にまで力が満ちる。握った手が、知らぬ間に硬く拳を作っていた。だがそれは救いの力なのか、呪いの始まりなのか――判断がつかない。
黒い光が指先で跳ね、体を満たしていくのを感じながらも、私の頭はまだ割れたようにぼんやりしていた。仮面の囁きが、骨の奥まで染み込むように響く。
「──愚かだが、歓迎しよう、姫野真矢」
その声が消えかけたとき、路地の入口で人影が動いた。三歩、五歩と近づく足音。懐中電灯の軋む音、コートの擦れる音。私はとっさに身構える。誰だろう。
暗がりから二人組が現れた。
一人は肩幅の広い男で、声は太く、関西訛りが夜気にざらついて響いた。
「……おい、そこの。止まらんかい」
低い声に、背筋がぞわりとする。彼は足元の仮面の破片を靴で払うように蹴り、私を値踏みするように見やった。だが、その顔にも声にも心当たりはない。知らない人だ。
隣に立つ女は白衣を羽織り、冷静な目をしていた。表情はほとんど動かず、ただじっとこちらを見ている。その雰囲気は、男とは対照的に落ち着き払っていた。だが、何を考えているのかまったく読めない。
男が鼻で笑い、低く呟く。
「プレイヤー……変わっとるやん? そんなことある?」
(プレイヤー……?)
意味のわからない単語が耳に残る。何を言っているのか理解できない。
ただ、それが、目の前に現れた二人がこの異常な状況側の人間だということを説明している。
「な、なんなんですか……」
精一杯の強がりで関西弁の男を睨みつける。
「おお、こわっと言いたいところやが、足震えとるで嬢ちゃん」
「わ、私をどうする気ですか……」
「お嬢ちゃんが何もしなければ別にどうもせん。ただ、保護させてほしいだけや」
保護……こんな状況の中でこんなにありがたい言葉があるだろうか、その言葉に従いたくなる。
だが、私にはやらなければいけないことがある。
(だって……ハク泣いてた……)
忘れてと言ったハクの横顔が脳裏をよぎる。
私は、手をグッと握って、関西弁の男を睨みつけた。気づけば震えは止まっていた。
「マジか……普通、こんな状況なら泣いてもおかしくないんやが……立ち向かうんか」
関西弁の男は面倒そうな表情を一瞬みせると、頭を掻いた。
そして、次の瞬間――
「それは、どうなってもええってことやな?」
汗が噴き出るほど威圧感のある言葉を放った。
「レキセンだっけ……?」
逃げたくなる心を押さえつけながら、私はこの状況をどうにかできそうな元凶に声をかける。
「ほう――ただの愚か者ではなかったか」
レキセンはどこか楽しげに声を出す。
その声と同時に、影がざわりと音を立てて動いた。
私の身体を覆っていた黒いマントから出現するのは黒い刀身をした刀。
「……っ!」
自然に手が伸び、柄を掴んだ。初めて握るはずなのに、まるで昔から馴染んでいた武器のように手に収まる。
不思議だ。重さも冷たさも、すべてが自分の一部みたいにしっくりくる。
「嬢ちゃん……それ、使えるんか?」
関西弁の男はさらにニヤリと笑い、一言、呟いた。
「立ちふさがるもの」
――次の瞬間、私の目の前に大きな壁が出現した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます