祖父の初恋
サトウ・レン
初恋の行方は。
祖父が初めての恋を話してくれた。
誰にも言うなよ、ばあちゃんにも、と添えて。怒られるのが怖いから、と姉さん女房の祖母にちょっと気を遣うように。
いまの祖父を見ているとまったく信じられないが、当時、小学生だった祖父はどんくさくて気弱な性格だったみたいだ。馬鹿にされて、泣いて帰ってくる祖父を偶然見掛けて心配したのだろう、近所に住むふたつ年上の女の子がいて、「大丈夫」と声を掛けてきたそうだ。普段そんなに話すこともなかった少女からの言葉にびっくりしつつも、祖父が悩みを打ち明けると、「色んな子がいる。きみはきみのままでいればいい」というセリフが返ってきたらしい。
以来、何か悩み事があってもなくても、祖父は彼女に会いに行くようになった。わずかな時間でも話していたくて。
それから数年の月日が経って、祖父が中学生一年生の冬、同じ中学校を卒業目前に控えていた彼女は親の仕事の都合で、遠方の高校に通うことが決まっていた。いまここで何か言わないと、と焦燥感に駆られた祖父は彼女に、「いつか迎えに行くから。大人になったら結婚しよう」と伝えたそうだ。
話し終えた祖父が、
「まぁ、いまとなっては恥ずかしい話だな」
照れくさそうに笑う。
「そんなことないと思うけど。で、そのあとどうなったの」
「あぁ、そうだな」そこでわずかに祖父が言いよどむ。「……まぁ結局、ばあちゃんと一緒になった、ってのが答えというか、なんというか」
そうか、そのひととは結局、うまくいかなかったのか。まぁ、初恋は叶わない、って言うからな。
ふたりが結ばれたからこそ僕がいるわけなので感謝しなければいけないのは分かっているが、若干、寂しい気もした。
僕はその話を約束通り、誰にもしなかった。
祖父が鬼籍に入るまでは。
祖父の死後、祖母と祖父の思い出話をしていた時、もう時効かな、と何気なく僕はその話を祖母にしてみた。
「ふーん、そんなことを言ってたのか。あいつは」
祖母の表情を見て、あっ、と僕は思わず声を上げそうになってしまった。
僕はずっと大きな勘違いをしていた。いやたぶん、祖父のほうにも勘違いさせようという気持ちはあったはずだ。そっくりそのまま言うのは恥ずかしくて。確かに嘘はついていないけど……。
というか、その共通点にもっと早く気付くべきだったのだ。鈍感にも程がある。
ふたつ年上の祖母は嬉しそうな表情を浮かべていた。
祖父の初恋 サトウ・レン @ryose
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