ことばのたからばこ

霜月あかり

ことばのたからばこ

庭のハイビスカスが赤く咲き、ブーゲンビリアが風に揺れるころ。

カナはおばあと一緒に縁側に座り、遠くに見える青い海をながめていました。


「カナや、今日は“しまくとぅばの日”さぁ」

おばあがにっこり笑って言いました。


「しまくとぅばって、なに?」

カナが首をかしげると、おばあは目を細めて、ゆっくり答えました。


「うちなーぐち、沖縄の言葉のことよ。島の風や海の音と同じくらい、大事な宝ものさ。まるで“ことばのたからばこ”みたいなもんだねぇ」


おばあは、真っ白な雲を見上げながら、言葉をひとつ教えてくれました。


「『にふぇーでーびる』は、“ありがとう”の意味さ」

「にふぇーでーびる!」

カナがまねすると、おばあはうれしそうに手を叩きました。


「もっと教えて」

カナが身を乗り出すと、おばあはゆっくり指を折りながら続けました。


「『はいさい』は、“こんにちは”」

「はいさい!」

カナが声を張り上げると、庭のシーサーが見守るように笑っている気がしました。


「それから『ぐぶりーさびら』は、“失礼します”や“おじゃまします”の意味」

「ぐぶりーさびら……」

少し照れながら言ったカナを見て、おばあはやさしくうなずきます。


「そして『めんそーれ』は、“ようこそ”さ。沖縄に来た人を迎える、あったかい言葉なんだよ」

「めんそーれ!」

カナが両手を広げると、まるで潮風までもが歓迎しているようでした。


おばあはカナの頭をなでながら言いました。

「言葉には心が宿っている。しまくとぅばは、島の心がいっぱい詰まったたからばこなんだよ。覚えて話すたびに、カナの胸の中にも、島の風が吹くんだよ」


西の空がオレンジ色に染まり、波の音がゆったりと聞こえてきます。

カナは胸の奥にあたたかいものが広がるのを感じ、ぎゅっとおばあの手を握りました。


「おばあ、にふぇーでーびる!」


おばあはにっこり笑って、カナを抱き寄せました。

その笑顔は、夕焼けよりもやさしく輝いていました。

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ことばのたからばこ 霜月あかり @shimozuki_akari1121

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