第3部 ミシアフォン
第1章 俺たちの日常
右翼の下でゼリュトックが動き出す感覚を覚えて、目が覚めた。まだ朝日が昇って間もないくらいの時間。ゼリュトックは今日も早起きだ。
(朝か…。)
翼を大きく広げて伸びをした。俺の左翼を布団代わりに寝ていたシノリアとディナーも、もぞもぞと動き始める。
「アキラ様、おはようございます。」
(うん、おはよう。)
起きたばかりだというのに、ゼリュトックの挙動は相変わらずきびきびしている。流石だ。
「あー…おはよー…。」
「シノリア様、おはようございます。」
(おはよう。ほら、しゃんとしなよ。)
「あー…うん…起きる起きる…。」
シノリアは朝が強い方ではない。しかし、それでも早朝の訓練を一度も欠かしたことはないあたりに、シノリアの真面目さがうかがえる。
(じゃあ俺、朝の見回りに行ってくるから。)
「はーい、行ってらっしゃい。二人とも、アキラ様が飛ぶよ。下がって下がって。」
三人(正確には二人と一匹)が下がったのを見計らって、俺は朝の見回りに繰り出すべく、朝日に照らされた大森林の空へ飛び立った。
シノリア達と暮らし始めて、五年が経った。流石に五年も暮らしていると、全員揃ってこの暮らしにすっかり慣れてしまった。
俺たちは今、グリフォンの巣がある巨木の下に住んでいる。住んでいる、といっても家を建てたというわけではない。一応小屋は建てたが、一年を待たずして物置小屋になってしまった。理由は俺が中に入れなかったから。これに尽きる。
決して俺が三人と寝たくて小屋から出させたわけじゃないぞ。冬の寒さが厳しかったからだ。小屋に入っても洞窟に入ってもやはり冬は寒く、特にシノリアが体調を崩しそうだった。そこで、暖をとる方法を色々と検討した結果、俺が一緒に寝るのが一番だということがわかった。
なので、夏の暑い日以外の季節には、地面に山のような羽毛を敷いてふかふかにし、その上から俺の翼を布団のようにつかって寝てもらうことにしている。頭上の枝には羽毛で作った屋根を張っているから、雨の日でも問題ない。逆に、真夏日には巨木の上のグリフォンの巣に全員連れて行って寝ている。あそこは風が通って涼しいからな。
大森林の様子を一通り見て回ったが、今日も特に異常はなかった。また、ここのところ普段より全体的に眷属の数が多いように感じる。20日ほど前まで冬だったのだが、今年の冬がやや暖かかったのが原因かもしれない。特に、グリフォンラビットが多いと感じた。今日はグリフォンラビットを狩って、少しずつ大きい獲物に狙いを変えていこうか。
巨木の下に帰ると、シノリア達はトレーニングを一通り終えて、食事の準備を済ませていた。
「あ、お帰りー。これで全員揃ったね。」
(ただいまーおまたせしました。食事にしよう、お腹空いちゃったよ。)
俺は依然として生肉を愛好しているし、ディナーも俺と同じものを食うが、人間の体で生肉を食べるわけにはいかないので、彼らはきちんと料理をしている。ゼリュトックはもちろんシノリアも料理はできるが、朝食の準備はゼリュトックが、夕食の準備はシノリアがそれぞれ担当しているらしい。昼食は時と場合に応じて、といったところだ。
今日の朝食は干し肉と野草のサラダのようだ。実は、俺もディナーも食べようと思えば料理を食べられるし、料理は料理で美味しいのだが、手間を取らせるのが嫌で伝えていない。
「アキラ様、今日は何か狩りに行くの?」
食事中に、シノリアが今日の予定を尋ねてきた。
(ああ、今日はグリフォンラビットを狩ろうと思う。全体的に眷属の数が増えてきたから、これからしばらくは狩りの日を少し増やすかも。)
「そっか、わかった。二人とも、今日はグリフォンラビット狩りの日だって。でね、眷属の数が少し増え過ぎだから、しばらくは狩りの日を増やすかもって。」
「かしこまりました。では、予め燻製と干し肉づくりの準備を整えておきます。」
俺が言葉を完全に聞きとれるようになったのは、シノリア達と一緒に暮らし始めて三年経ったくらいの頃だったか。おかげで、シノリア達の会話に混ざれるようになった。といっても、俺の考えを伝えるにはシノリアの翻訳が必要ではあるが。まあ、簡単な内容ならジェスチャーで伝えられなくもない。
こうして今日も、いつも通りの一日が始まる。
最初に準備が終わるのはゼリュトックだ。剣を二本佩き、動きやすい革の鎧を身に付けている。その鎧の下には、俺の羽毛を使って作った防具を着込んでいる。命名するなら…グリフォンの帷子ってところか。柔らかな割に頑丈でダメージが通りにくい俺の羽を、羽の膨らみが気にならないように工夫して織り込んだそうだ。
グリフォンの帷子の斬撃への耐性は非常に高い。衝撃もある程度は緩和してくれる。少なくとも、肉食獣の爪や牙が装備者の体に届くことは、何度も攻撃を受けない限りはありえない。魔物の体は最高の素材だとは聞いていたが、羽程度を織り込むだけでここまで劇的に防御力が向上するとは思っていなかった。
次に準備が終わったのはディナーだ。ディナー自身は何か準備をするというようなことはないので、ゼリュトックがディナーにグリフォンの帷子を装備させた後、預けておきたいものをディナーに括り付けるだけだ。
ディナーの体は、五年前に比べてもう一回りほど大きくなった。グリフォンウルフとはもはや比較にならない。俺の体が頭から尾の付け根までで4mだとすると…ディナーは同じく頭から尾の付け根までで、1mは間違いなく超えている。四肢も長く太く頑強で、地面から頭の頂点までの高さは1mに満たないくらいだろう。そして、尻尾が伸びて太く、強くなった。太さは今や綱引きの綱ほどもあり、長さは体と同じく1mくらいだが、尻尾は伸縮させることができるようだ。伸ばすと尻尾は細くなり頑丈さは失われるが、尻尾の棘は2m先の敵を貫くことができる。
おそらく、「体が大きいこと」「鱗が頑丈であること」「便利な尻尾」がドラゴンという魔物の特徴なのだろう。ただ、一年ほど前に成長期は終わったようなので、さすがにこれ以上は大きくならないと思うが。
準備が一番遅いのはシノリアだ。弓矢という、手入れや事前の用意に気を遣う武器を扱っていることが、準備が遅くなる大きな理由だろう。
ゼリュトックとシノリアは、大森林の木材を使って二種類の弓を作っていた。魔物の領土で育った木だからかはわからないが、弓の材料としては最適のよく粘る木材があったようで、その木材を使って作ったものだ。基本的には標準サイズの弓を使うが、遠距離の獲物を狙う時や段違いの威力が必要な時には立ち止まり、大弓を地面に固定して使う。
シノリアの使う矢も二人の特別製だ。標準サイズの矢だと、矢羽には俺の羽を使い、鏃にはグリフォンボアの鋭い牙を加工したものを使っている。上質な矢羽によって矢は激しく回転しながら安定した軌道で飛んでいき、上質な鏃が獲物を貫く。さらに、大矢の矢羽は同じく俺の羽だが、大矢の鏃は俺が自分の爪を自ら加工したものだ。これ以上ないほどの極上の素材で作られた矢を、大森林の木材で作った弓で射れば、標準の弓でも恐らく俺の翼に刺さり、大弓であれば俺の翼を貫通することだろう。
爪はまた生えてきたが、加工はなかなか大変だった。しかし、その苦労に見合う恐ろしい威力の矢が完成したため、俺は満足している。これらは貴重品なので、シノリアは射た矢を毎回全て回収し、手入れをしながら大切に使っていた。この辺りが準備の遅さの理由だと思われる。
「遅くなってごめん、準備できたよ!」
シノリアは、五年間で見違えるような成長を遂げた。身長がかなり伸び、160cmを軽く超えるほどになった。体型もグラマラスと言う程でもないが、出るところはちゃんと出て、健康な女性らしい体つきになった。出会った頃も肌は真っ白だというわけではなかったが、この五年で肌は小麦色に焼け、一層健康そうに見える。鼻も以前より少し高くなったようで、顔つきはすっかり大人らしくなっていた。髪もたまに自分で切りそろえてはいるが、肩にかかるくらいには伸ばしている。曰く、「もう無理して男の子っぽくする必要はなくなったからねえ」とのことだ。
そしてなにより、シノリアは非常に強くなった。ゼリュトックと同じく、グリフォンの帷子と革の鎧を装備して高い機動力と防御力を手に入れただけではなく、剣が作れなかった関係で、ゼリュトックには手に入れられなかった最高品質の武器をも手に入れた。そしてなにより、相手の行動の予測に磨きがかかった。多くの経験を積んだために、「魂の力」のおかげで得意としていた予測が精度を増したのだ。もはや、俺ですらシノリアの矢を避けきることはできなくなっている。
翼での防御は可能なので、一対一なら俺がシノリアに負けることはないが、今俺がシノリア、ゼリュトック、ディナーを同時に相手にしたら…負ける気こそしないが、決して無事では済まないだろう。それくらいの強さを、この人間たちは手に入れていた。
そしてその力を、この人間たちは俺のために使ってくれる。彼らは俺にとって、もはや家族そのものだった。
「さあ行こうよ、アキラ様!」
顔をくしゃっと歪めて、はじけるような笑顔を浮かべるシノリア。この笑顔は、姿が大人の女性になった今でも、出会った頃と変わっていない。無邪気でかわいい、天使のような笑顔だ。
三人は木で編んだ大籠に乗り込んだ。ゼリュトックとシノリアに、運搬用に二つの大籠を作ってもらったのだ。彼らが狩りに行く時は、俺が空を飛んで運んでいく。大森林を東西南北の四つのエリアに分けて、毎回別のエリアで狩りをしてもらうことで個体数の偏りを解消してもらうことにしている。今日の狩場は南エリアだ。大森林の中心にそびえたつ巨木から南エリアの中央までは、俺の翼ならわずか十分で着く。
「ありがとう、アキラ様。それじゃあ行ってくるね!」
(うん、頑張ってね。)
三人をその場に置き、俺は大籠を持って巨木の下に帰った。大籠を置き、巨木の一番上、グリフォンの巣…俺の実家に向かう。着いた時には、ちょうどフォンが起き上がって背伸びをしていた。おはよう、と挨拶のそぶりを見せると、フォンはそれに応じてくれた。
大森林の管理者を退いてから、フォンは以前のストイックさがすっかり影を潜め、穏やかな性格となっていた。といっても、大森林の管理者としての責任感がフォンをストイックにしていただけで、本来は穏やかな性格だったのかもしれない。
かつてのフォンは厳格で頼りになる父といった雰囲気をまとっていたが、今のフォンのまとう雰囲気は、例えるなら優しく見守ってくれる祖父のものといった方が適切だろう。前世の俺は祖父に会ったことなどなかったが、いたならこのような雰囲気だったのではないだろうか。そう思わせる穏やかさが、今のフォンにはあった。
どうだ、今日も皆元気か、と語りかけてくるフォンの目からは、俺だけではなくシノリア達のことも気にかけてくれていることがわかる。
フォンは、最初こそシノリア達のことを警戒していたものの、一年と経たずして彼らとすっかり打ち解けた。思えば、フォンが穏やかになったのはシノリア達といい関係を築き始めてからかもしれない。ひとりぼっちの大森林の管理者は、仲間を得たことでようやく心の平穏を手に入れた、ということだろうか。
フォンと意識を通わせたシノリアによると、フォンもまた俺に負けず劣らず知性的な生物だとのことだ。フォンが元人間かどうかはわからないが、もしかすると魔物は皆人間並みの知性を持っているのかもしれない。ただ、フォンはシノリアが送った思念を完璧に理解して、時に手伝い、時に気を遣ってくれるそうなのだが、思念を返してくれることはあまりないらしい。無口…なのだろうか。そう言われてみると、俺もフォンと長々と無駄話をした記憶はなかった。
大丈夫だよ、今日は南の方で狩りをしてる、ということを身振りも混ぜて伝えると。そうか、ではこちらは北で食事を済ますことにしよう、と。フォンは北に向かって飛んで行った。引退後のフォンは、こうして気ままな暮らしを送っている。
フォンはやはり、日に日に衰えている。しかし、まだまだ魔物としての力は健在だった。既に一対一では俺の方が強いが、フォンが一人でシノリア達三人と戦っても負けはしないだろう。かなりの手傷を負うことにはなるかもしれないが。
一方の俺は、以前よりむしろストイックな生活を送っていた。大森林に異常がないかを確認するにあたり、肺の機能と足腰を鍛えるために、大森林とその外との境界を全速力で駆けたり。三半規管と翼を鍛えるために、飛行訓練に取り組んだり。超音波の出力を上げるために、練習を繰り返したり。それもこれも、いつか訪れるであろう侵略者…人間との戦いに備えるためだ。俺の鍛え上げた肉体は、俺の知る全盛期のフォンに匹敵するほどのスペックになったと思う。
ただし、超音波の出力だけはなかなか思うように上がらなかった。俺の成長期は終わったのだが、結局体の大きさはフォンに比べるとやや小柄なサイズに留まってしまった。音を発生させるにあたり、やはり体の大きさは重要なのだ。俺は超音波でダメージを与えることはできるようになったが、これだけで相手にとどめを刺すことは難しい。フォンの様に超音波で相手を完全に再起不能にするためには、俺が数秒しか出せないような出力の超音波を、たっぷり五秒以上浴びせなければならないのだ。
だが、俺の体がフォンの体に勝っている点もある。翼の大きさ、強靭さ、それによる飛行能力の高さだ。おそらく、人間との戦いになれば、俺は軍を相手にすることになるだろう。その際、一人一人に超音波をたっぷり浴びせる時間はないはずだ。きっと、超音波を大雑把に浴びせて軍の進行を止め、そこを空から強襲して一気に壊滅させることになる。だから、俺は超音波があまり使えないということを嘆くよりも、強い翼を持って生まれたことに感謝していた。
一通り訓練を終え、訓練の片手間に狩ったグリフォンラビットを食べていたら、不意に頭の中に声が響くような感覚がした。
(アキラ様、三十羽くらい狩ったから今日はそろそろ引き返すよ。獲物はいつもの所に置いておくね。)
(わかった、今行くよ。お疲れ様。)
シノリアは、身体機能や戦闘のための技術ばかりではなく、「魂の力」も成長させていた。今のシノリアは、相手が俺の場合に限り、時と場所を選ばずに意識を通わせることができる。シノリアが発信専用、俺が受信専用の携帯電話を持っているようなものだ。大森林で暮らしている間、日常的に俺と意識を通わせ続けていたために身に付いた力らしい。
ただし、生物の魂の様子を観察したり、目の前にいる相手と意識を通わせたりする時とは違って、精神が距離に応じて著しく摩耗するそうだ。大森林の範囲内であれば、このような一言二言のやりとりは大した負担にはならないとのことだが。
俺は巨木の下に戻り、シノリア達を乗せるための大籠ではなく、物を運ぶための大籠を持って南エリアに向かった。シノリア達を下した場所に着くと、そこには血抜きを終えたグリフォンラビットが山の様に積まれていた。いつものように、グリフォンラビットを大籠に全て入れて、再び巨木の下に戻る。
シノリア達が狩りに行く時は俺が送って行くが、帰りは道中で訓練をしながら戻ることになっている。五年に渡って大森林を練り歩いているので、彼らにとって大森林はもはや庭のようなものだ。それでも移動に時間をかけると狩りが泊りがけになってしまうので、移動の片道と獲物の運搬は俺が手を貸すことにしている。
巨木の下に帰り、早速獲物の解体を始めた。フォンに教わった通りにてきぱきと解体を進め、ゼリュトックに教わった通りに肉以外で有用な部位を傷つけないように取り除く。その際、臓物は大体俺が食べてしまう。俺は内臓の内容物を食べられるし、そこから栄養を摂取できるが、人間には内容の内容物を食べることはできないようだ。もったいないので、内臓は全て俺がもらうことにしている。
そうして作業をしながらちょくちょく獲物をつまんでいると、シノリアがヘロヘロになりながら帰ってきた。後ろからは息を切らせたディナーと、疲れているはずだがその様子をおくびにも出さないゼリュトックがついてきている。
「た…ただいまー…。」
(お帰り。解体はもう済んでるよ。)
「うん、ありがとう!」
シノリア達は近くの小川で体を洗い、獲物の加工と夕食の準備を始める。彼らと入れ違う形で、俺は夕方の見回りに出かけた。見回り、といっても散歩のようなものだ。ゆっくり時間をかけて、太陽のまぶしい光が優しい緋色に変わるまで、気の向くままにふらふらと飛び回る。穏やかな一時。一応、大森林の様子も観察してはいるし、俺の夕食のための獲物も狩って帰ることにしているが、それでも散歩中はほとんど気を抜いて過ごしている。贅沢な時間の使い方だと思う。
グリフォンラビットを少々多く狩りすぎたので、夕食にはグリフォンウルフとグリフォンキャットを狩った。巨木の下に戻ると、食事の用意は既に終わっていたらしく、三人が俺を待っていた。さらに、今日はたまたま気が向いたのか、フォンも巨木の下に下りてきていた。
「お帰りー。ご飯にしよう?」
(ただいま、ちょっと遅くなったか。待たせたね、食べよう食べよう。)
全員で焚き火を囲んで夕食にする。俺の一番好きな時間だ。一人で悠々と空を飛ぶのも大好きな時間だが、こうして…そう、家族と団欒の一時を過ごす、という時間。前世まで含めても、これまであまり経験できなかった時間だ。
大空を独り占めし、誰に脅かされることもなく思いのままにふるまうと、心が晴れやかになる。これが自由な生を謳歌するということなのだろう。だが、愛する人たちと過ごすと、晴れ晴れとした気持ちにはならないが、心が、体が、じわりじわりと温かくなってくる。「これを幸せと呼べばいいのだな」ということに気づいたのは、つい最近のことだった。
こうして今日も、何の変哲もない一日が過ぎていく。
迫りくる破滅の足音に、誰一人気づくことなく。
****************************
冬の余韻も完全に消え去り、すっかり暖かくなった頃のことだ。
「ねえ、アキラ様。調味料がだいぶ減ってきたし、そろそろ暖かくなってきたから、明日からまた王国に行ってこようと思うんだけど…いいかな?」
シノリア達が俺と一緒に暮らし始めてから一年が経ったあたりで、俺は彼らに時々王国へいくことを勧めた。ミシアフォンの紋章の誓約があるから大丈夫だろうとか、たまに姿を現しておいた方が妙な疑われ方をすることもないだろうとか、王国に行かないと手に入らない必需品もあるだろうとか、そういうことを考えた上で判断した。
だが、シノリア達が大森林と王国を往復しても問題は起きないだろうと考えた一番の理由は、シノリアの昔話を聞いたからだ。ミシアフォンの紋章の誓約があっても、命と引き換えに情報を王国に提供する可能性もあったから、俺はそれまでシノリア達を俺の側から離そうとはしなかった。しかし、シノリアには王国のために何かをする理由がない。もちろんゼリュトックにも、ディナーにもだ。
だから、現実的な事情に加え、俺のシノリア達への信頼を示すことも目的として、王国に訪れることを勧めたのだ。一年間で調味料などの消耗品を大体使い切っていたシノリア達は、この提案をとても喜んでくれた。
自分から言い出したくせに、シノリア達が大森林に来てから初めて王国へ出向いている間、俺はどうにも心配でならなかった。あの頃はまだシノリアは長距離通信ができなかったし、今だって王国から大森林までという超長距離だと、シノリアの負担が激しくてやりとりはほとんどできない。だから、シノリア達が何事もなく帰ってきてくれた時、俺は本当に嬉しかった。今考えてみると、あの時から俺はシノリア達を心の底から信頼し、家族だと思うようになったのだろう。
(そっか、もうそんな時期か。いいよ、行っておいで。どれくらいかかるかな?)
「えーとね、大森林を出たら、ロファセットの森で狩りをしながら王国に行こうと思ってるから…狩りに15日、王国での売買に1日、最短ルートでを通って全速力で帰るのに4日、だいたいこれで20日かな?」
(いつもと同じくらいか、わかったよ。俺と眷属の素材を使ってない武器防具はちゃんと揃ってる?)
「うん、大丈夫。今日は少し時間があったから装備は整えておいたよ。」
王国に行く以上は、俺と眷属の素材を使った装備をさせていくわけにはいかない。また、眷属の肉や骨を戦士ギルドで換金させるわけにもいかないのだ。そのため、王国に行く際には、ロファセットの森で普通の装備を使って普通の獲物を狩って行かなければならない。すると、シノリアとゼリュトックの防御力は著しく落ちるし、シノリアに至っては矢の威力が格段に落ちてしまう。シノリア達の戦力ダウンも俺を心配させた要因の一つだ。狩りだけならともかく、シノリア達の境遇であれば、人間に襲われる可能性だって大いにあったから。
しかし、それももはや昔の話。最近のシノリアの実力には目を見張るものがある。シノリアは、ゼリュトックとの模擬戦闘で、一進一退の攻防を繰り広げることができるまでに成長している。シノリアは軽快に俊敏に動き回りながらも、精密な射撃と動きの予測をすることができるので、一対一でシノリアとの距離を詰めるのは至難の業なのだ。とは言いつつも、結局のところ一枚上手なのは常にゼリュトックで、シノリアの隙や判断ミスにつけこんで距離を詰めてしまう。それでも、シノリアの昔話を聞く限り、シノリアが恐ろしい速度で成長していることは明らかだった。
凡庸な装備だからと言って、今のシノリア達が眷属でもない生物に苦戦するなんて考えられない。また、よほどのイレギュラーがあって、もしシノリア達と同じような装備の人間たちと交戦することになったとしても、50人に囲まれたところでシノリア達は包囲を難なく脱出できるはずだ。
だから、「絶対に大丈夫」「問題が起きるはずがない」という確信を持って(行っておいで)と伝えた。
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20日経っても、シノリア達は帰ってこなかった。
俺は一気に不安になった。
色々な可能性が頭をよぎった。
裏切られたんじゃないかと疑ってはそんなはずはないと思い直し。
殺されてしまったんじゃないかと疑っては彼らに限ってありえないと思い直し。
永遠にも感じられた2日間を過ごした。
23日目に、不意に頭の中で声がした。
とても小さな声で、王国から送られてきた思念だとわかった。
(アキラ様…アキラ様…。)
(シノリア!? どうした、無事か!? 他の二人は!?)
(私達は大丈夫…でも…守らなくちゃ…ごめんなさい、もう少し待っててアキラ様…私達はアキラ様のこと、絶対喋らないし…必ず、必ず帰るから…。)
(な…何が起きたんだ!? シノリア、ちゃんと説明してくれ! シノリア! シノリア!)
シノリアは消耗しきってしまったのだろう、そこで思念は途絶えた。
俺にはただただ呆然とするしかなかった。
助けに行こうにも、人前に姿を現してしまっては意味がない。
それに、大森林を留守にするわけにはいかない。
だが、不安で心配でたまらない。
シノリアに何が起きているんだ?
俺は…どうすれば…?
最強生物に転生したら幸せになれるとでも思ったか? @yukikazu-yomokata
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