10:シルシの事とそのころのコウベ

 帰りは3台連結された椅子型のコミューターと刀風カタナカゼが乗ってきた1台で迷路を進んでいく。


 先頭に刀風カタナカゼ

 シルシ歌色カイロが、通ったアクロバティックなコースが再び出現した場合に、とっさの回避行動がとれるようにと考えてのことだ。

 刀風カタナカゼの高機動可能なコミューターが先行していく。

 次に禍璃マガリシルシ

 最後に環恩ワオン歌色カイロという構成になった。


 シルシは、背中に背負った量子サーバーを背後の環恩ワオンに見せている。


「この小型のバッテリーだと、遠出は出来ないので、今日の分のアレ・・で、大容量のバッテリーと交換して貰えませんかねぇー」


「量子サーバー用の……バックアップ電源って、たしか……結構な金額しません……でしたかいな?」


「しますねぇーー。でも、こちらもソレなりに、突発的な事故に巻き込まれたのでぇー、ソコソコの補填が期待できますよぉーぅ?」

 よいしょ!

 環恩ワオンがコミューターの座席へ膝立ちする。

 シルシの背中へ腕を伸ばす。

 ピ♪

 側面の一部がスライドし、大小さまざまなスリットが出現した。

 そして、その中の一つに、台形の厚紙を差し込む。


 ピピュイ♪

 操作音につられて、小鳥が鳴いている。

 コウベは台形の厚紙の中に居るため、通訳できる者は居なかったが、少年が何となくその意志を代弁する。


「小鳥も、コウベたちと一緒の方がいいのか?」

 首の下に出現している、抹茶色に向かって話す。


「そうですね、小鳥ちゃんも一緒に入れてあげましょう」

 環恩ワオンのその言葉に、少年は、首から瓶を外して、後ろ手に手渡した。


 それを受け取った美女は、瓶から四角い小箱PBCを取り出して、サーバーにあいた四角い穴に差し込んだ。

 カチリと音がして、四角い小箱PBCはホールドされる。

 フタが閉まり、操作用の半透明のパネルが出現する。


 カマキリのように、なにかを指先で摘んだ手の形で制止する美女ワオン

 その一瞬の後、美女ワオンは一心不乱に、指先でパネルに文字を入力していく。

 時折、ゴツイ腕時計型デバイスの表示を参照し、コカカカコッカカカッと、リズミカルな打鍵音タイプ音が続く。

 分量的には、A4で10数枚程度だろうか。

 ちょっと長めの、20メートルほどの直線通路を通っている間に、そのパネルへの入力をすませ、腕時計型デバイスのデカいネジを押す。


「わっ! もう起動コマンド……打ち込んでますがな」

 鈴の音のような美少女声。だがその声色はやや、あきれ気味だ。

 次に環恩ワオンが、開いたパネルは、さっき入力した全設定をインストールするための物らしい。


「やっぱり、先生のVR専門家としての実力ってすっごいなー! VR研初めて3日で、こんな凄いことになってるもんなー!」

 通路を見回しながら話すシルシは、心の底から今の状況を楽しんでいるようだった。

「なにいってんだぜ! 笹ちゃん先生―――本体・・の実力はこんなもんじゃないぜっ!」

「そうよ! 姉さん、―――脱いだらもっとすっごいんだからねっ!?」


「もうっ、禍璃マガリちゃぁんはぁ、何言ってるんですかぁっ~~!?」

 照れたような、お怒りの声が、少年の背後から聞こえてくる。


 だが最後尾からの考え込むような歌色カイロの声が、物議を呼ぶ。


「先生の事は、学園βのほかの先生に、……凄腕だって聞かされましたえ。でも、……あてえ的には、しいていうなら、……鋤灼スキヤキはんが、初めてダイブ……オンしたのが金曜日って話でしたろ? ……それからいろんな状況が急激にうごき……ましたんとちゃいますかなあ? ……あてえの試作65と68もワ……無事、公式に使うてもら……えましたしなあ」


「は? 鋤灼スキヤキは関係ないでしょ? だって、ド素人の初心者よ?」

「そうだゼ!? 鋤灼スキヤキなんて、フルダイブ超初心者だゼ!?」

「そうだ。俺はこの週末スターバラッドを始めたばっかりだ! こう、こういうややこしいのじゃなくて、普通の、お使いイベントしたり、町娘と戯れたりしたかったのに……」


 パップルピップルピレレルリ♪

 少年は愚痴りながら、データウォッチを操作する。


「ん? 兄貴から、メール?」

「えー? お兄さんなんだって?」


「んっと、……バラクーダの逃走経路を辿らせトレースしておいた、ニューロトレーサー? とかいうのが帰ってきたっぽい」


「何かわかったのか?」

 先頭をいく刀風カタナカゼが、オートパイロット任せにして、シルシを振り返る。


「バラクーダの個人情報の一部が判明したってよ」

「ちいと、興味……有りますなあ」

「そぉうでぇすぅねえぇーー」

 再び、ダイアログと格闘し始めた環恩ワオンは、若干、上の空だ。


「なんだこりゃ?」

 メールを確認したシルシの眼が点になる。

鋤灼スキヤキ! 速く教えなさい! もったいぶるんじゃないわよ!」

 完全に背後を向いて居る禍璃マガリが、シルシ少年の頭をつかむ。


「―――量子データセンターに勤務する女性~ぃ。生年月日、その他、現職種以外のすべての経歴が不明~だってよ~」

 声が上ずっているのは、禍璃マガリに頭をガタガタと揺すられているからである。


「なによ、結局何もわかってないんじゃないの!」

 少年の頭を、むっぎゅーーーっと押し下げる小柄な禍璃マガリ

 トルクのない腕はさほど邪魔でもないようで、少年はされるがまま、メールチェックをしていく。


「いや、続きがある。―――ただし下記の一点のみ判明」

 髪をひっつかまれながらも、少年は一拍の間を挟み、

「量子データセンターへはパズルゲームで一芸入社」


「「「「パズルゲーム!?」」」」

 なんだゼ、それ?

 へー、私も量子データセンター狙ってみようかしら。

 あー、笹木は、パズルゲームとかクロスワードとか好きだもんな。

 鋤灼スキヤキみたいに”特殊VR能力”があるわけじゃねーから、俺もパズル極めた方が良いかもしれねーゼ。

 なんだよ、その”特殊VR能力”ってのは?

 先生もぉーパズルゲームはぁ好きですよぉー?

 あてぇも、嫌いじゃないどすえ?


 VRエンジン研究部部員一同は、判明した凄腕オペレータに関する情報についての議論を交わしながら、ゆっくりと上階へ向かっていく。

 さっきまで居た戦闘フィールドが大深度地下であり、すでに地下都市空間ジオフロント内部であったことを、彼らはしらない。

 ふつうの直線に見える通路ごと慣性を感じさせずに上昇しているのだ。

 そんな彼らの通過する通路の壁越しに、接近してくる1機の”自動機械”。

 通路と通路の間の、何もない空間。

 人知れず光る、通路裏側の小さな箱型の出っ張り。


 (ドッガガッ―――ボムンッ!)


「何だゼ!? 今の!?」

 刀風カタナカゼが振り返る。

「方角的には、戦闘フィールドの方か?」

 通路上部に流れていた、特区運営管理者向けの各種の案内表示がノイズ混じりに消えた。


 (ボムンボムン!)

 チカチカッ―――フッ!

 通路を照らしていた天井面からの照明が消える。


「うをわっ!」

「きゃー!」

 急停止したコミューターに驚く刀風カタナカゼ禍璃マガリの声。

 通路ごと急上昇していた慣性を一気に受けた体が、わずかに軽くなる。


「なんだこれ?」「な、なんでっ……しゃろ?」

「どぉおうかぁーしぃまぁしたぁかぁー?」

 腹のあたりを押さえるシルシ歌色カイロ

 初期起動のための操作に没頭中の環恩ワオンは、慣性を感じなかったようだ。中腰だったからかもしれない。 


「あ、兄貴が白焚シラタキ……さんに絞られてんのか?」

「まあ、締め切り前の、……デザイナーさんが缶詰……になってるのやから―――」

「―――仕方がないかもしれないわね」

「……ヒソヒソ……やっぱり、シラタキ、おっかねえゼ」

「……っと出来ましたぁー!」

 ワオンの子供のような声による宣言。


 シルシ少年の背中に背負われた、黒くて平たい量子サーバー。

 構成パーツ原価5万円が、稼働し出す。

 リュルルルルルルンッピピッ♪


「こんな、何もないところで、量子サーバーのセットアップとか、しかも、移動しながらなんて、―――あてえは、バラクーダよか、先生の方がおそろしいどすえ……ヒソヒソ」


 ―――パッ!

 非常灯に切り替わる通路。

 やや緑がかっているが、光量は申し分ない。


 周囲から聞こえる、小さな爆発音に抵抗すべく、大声を出す環恩ワオン

「ええーーーっ? 何かぁ、言いましたかぁーー!?」

「なんでも、ないどすえ―――あ、うごきはじめましたな」

 ウリュリュリュリュリュッ。

 おっと、あぶね!

 刀風少年が、曲がり角へ突っ込みそうになっている。

「音声入力」「オートドライブ:ON」「目的地:Vステ地下2F」

 ピピッ、リュリュリュリュリュリュン。

 彼は精悍な声で、自動運転モードを再作動させた。


「兄貴、大丈夫かな?」

 周囲の爆発を、白焚シラタキ女史の叱咤激励の余波だと思っている少年は、実の兄の無事な生還を願ったりしている。


「……まあ、大丈夫だろ。んなことより、早く帰って、ワルコフの野郎をとっ捕まえて、……時間が余ったら、コウベ達をねぎらってやってもいいかもな。先生―――」

 シルシ少年は、兄の心配もそこそこに、自分たちを何度も助けてくれたNPC達への礼を背後の凄腕VR専門家に相談し始めた。



   ◇◇◇



 何もない空間で目覚める、パッと見は優等生の、清楚系美少女型NPC。


「んあっ!?」

 その周囲には気配が3個。

 と手元に1個。


「♪ピッピチュゥィッ?」

 手元の気配から発せられた、疑問。

 それに答えるように、清楚系美少女型NPCの両目が光をたたえていく。

 その視線の先、上空には、シルシ少年たちの進む通路。


 通路の壁向こうの何もない空間に、到達する箱のような形の”自動機械”。


 美少女NPCは、立ち上がる。

 手元の気配を頭の上にのせ、両手首をブラブラさせる。


 スゥーーーーーーーッ。

 勢いよく吸われる呼吸。

 フゥーーーーーーーーーーッ。

 そして、勢いよく吐き出される呼吸。

 再び、今度は静かに入れられていく呼吸。

 スゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ―――


 彼女の呼吸のたびに、明瞭になっていく、論理空間内部。


 キキキキキチキキッ。

 首を回す箱。

 箱のような”自動機械”に付いている動作ランプ。

 その反応が、最大限に顕著になる。


 ここは、NPC米沢首ヨネザワコウベの論理空間内部である。

 青白い平面上を、波のような形状の放電粒子が、絶えず流れている。


 物理的には、大深度地下の量子データセンターと、シルシの背負った量子サーバー内に同時に存在している。

 会話型アブダクションマシンという、会話特化型の自律進化型AIであるところの、スターバラッド公式NPC。

 その自身をも会話によって改変していく語彙と想念のポテンシャルは、特選おやつを正当に不当にありとあらゆる手段で手に入れるために発揮されてきた。


 その語彙と想念の総量が、一定数を超えることで、その性能は飛躍的に拡張される。

 自我と、

 自我を構成していた主観。

 この二つは、本来別の物である。

 強いて言うなら、ヨネザワコウベを内部から構成する物。

 想念の中に棲まう者。


 そして、ヨネザワコウベを外部から構成する物。

 想念を定義し、指向性を獲得させようとする者。


 彼女にとって、

 ”小鳥”は内部構成の最たる物であり、

 ”鋤灼驗スキヤキシルシ”は外部構成の最たる物であった。


「ちょっと、行ってくる」 

 ジジジジジジジジジジッ!

 スターバラッドに出現するときのエフェクトが清楚系美少女を縁取る。


 その四肢に、流れ込む蒼い傍流ぼうりゅう

 ヴァリッヴァヴァリッヴァリッヴァヴァリッッ!!


 通路への攻撃をやめた箱形の”自動機械”。

 まっすぐに、”清楚系”を見下ろしている。


 清楚系美少女の”論理空間”は物理的には通路内部のシルシの背中に存在している。

 ”論理空間”は、言ってみれば脳裏で再構成されているだけの、思考のための作業台みたいなものだ。

 現在、シルシ達よりも数階深いフロアから、通路を見上げている。だがソレを定義しているのは、NPCヨネザワコウベの思考形態そのもの・・・・・・・・だ。

 作業用領域ワークエリアで行われる実際の思考演算とも違う、一切の実体を伴わない演算過程。

 ソレを外部から参照する術など無い―――。

 ―――無いはずなのだが。

 ”箱型”は明らかに、ヨネザワコウベの現在位置を正確に把握している。

 ”箱型”が認識しているのは、NPCコウベが思考しているだけの、実体のない概念だ。

 少なくとも、”箱形”には概念を理解できる超高度な複雑系・・・が有ると見て良い。


 ”箱形”は、通路と通路の間の、整備用ハッチや運搬用レールを伝って、物理的に地下都市空間ジオフロントの方向へ、降りていく。

 ”箱形”には実体・・が有り、論理空間へ流れ込んでくる、物理検索情報オープンデータも、”箱形”の正確な構造を”清楚系”へ伝えている。


 ”箱型”を拒むはずの暗号通路しくみはことごとく作動不良を起こし、妨げる物はない。


「ピピュイピピュイピピュイッ♪」

 小鳥が実行宣言し鳴き、”清楚系・・・”は迎撃行動を開始した。

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ワルコフに気をつけない スサノワ @susanowa

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