9:ノベルダイブの功罪再び

「ほら! ちゃっちゃと作業に戻る!」

 白焚シラタキ女史は、ポッチャリ体型スキヤキキザシを急かすように後ろから追い立てる。


「痛ってーな! 尻を蹴るなと言うにっ!」

 奥の壁に大穴を空けていく鋤灼スキヤキキザシ

 スタイラスペンで壁を指定していくが、「そこ、私の席も作ってください」と更なる拡張を命じられている。

 なんで!?

 付きっ切りで監視するために来まってるじゃないですか。

 なにやら、いちゃついているようにも見えるが、どうも缶詰になるための仕事部屋を再生成しているようだった。


「じゃっ、皆さん、本日は仕事がありますのでコレで。シルシも、またな!」


「本日は、このバカ・・や管理者サイドのオペレータが、多大なご迷惑をおかけしてしまい、大変申し訳有りませんでした。損失補填そんしつほてんにつきましては、また後日、ご相談させていただけたらと思います」


「はぁい。白焚シラタキさぁんもぉーおつかれ様でぇしたぁー」

「「「おつかれしたぁー!」」」

「ピッピチュゥイッ♪」


 VRE研顧問にならい、会釈する3名の部員と、会議机の上のAR物体抹茶色


 ズゴゴゴゴゴゴゴゴッ!

 カシカシカシカシッ。

 スターバラッド、トップ2が奥の壁の中に呑み込まれていく。

 会議室だった空間が振動に包まれている。

 四畳半程度の小さい空間を切り取るように、赤いラインが縦横に引かれる。

 会議机が床に沈んでいき、ソコソコの広さだった会議室が、元の小さな休憩所のような部屋に戻っていく。

 ♪ピチチ―――

 抹茶色の球体が、ノイズを残して消失する。


 パイプ椅子に座る歌色カイロが、壁に押されるまま環恩ワオンの近くまで椅子ごとズガガガガッ!

 その顔は困惑しつつもニヤケている。

 小部屋の改変によって、強制的に移動させられたその状態を、アトラクションか何かのように、面白がっているのかもしれない。


歌色カイロさぁん、どうかされましたかぁ?」

 環恩ワオンが、困惑の表情で固まっている美少女に声をかけた。


「ブフッ! アッハッケーーーーーーッタケタケタケェタッ!」

 とたんに、フルスロットルで大爆笑の項邊コウベ歌色カイロ


「先生コレ、……ブッフーーーッ! ……見とくれやす」

 彼女はアトラクションのような、小型発令所のギミックを楽しんでいたわけではなかったようだ。

 差し出す手には、ページの開かれた文庫本。

 そこには、縦書きの文字が羅列されていた。


「『8:クロノグラフ』……これぇ? 小説ですかぁ?」


「それがな、小説じゃ有らしまへんえ。……これ、シルシはんが出力書き出した、……フルダイブ中の量子演算ログでっせ!」


「さっき弄ってた量子励起状態変移図ピークログぅ!? まさかぁ、こぉんなぁ意味のぉあるぅ文面をー構成するはずわぁ…………本当ーでぇすねぇー! どおぉしぃてぇー量子的な隆起状態の履歴イベントログが文章になってるのぉ?」

 文庫本とリンクしている歌色カイロの腕時計型デバイスを、のぞき込んで確認している環恩ワオン


「電子書籍のフォーマット……に軽く変換はしましたけどな、……これは、ふつうの状態じゃ……あらしまへんえ」

 成人美少女コウベカイロが、シルシ少年の後ろ頭を凝視している。


「「なんか、鋤灼スキヤキ……NPC説、再浮上?」」

 少年を見る視線が2つ追加される。もちろん、大柄と小柄の2名分だ。


「ん? なんか視線を感じ……うわっなんだよ!?」

 文庫本と自分を交互に見つめ続ける部員たちに、少年はのけぞる。そして、何ソレ俺にも見せてと、寄ってくる。



「―――気持ちワル~~っ。小説にしか見えない。しかも……書き掛け?」

 環恩ワオンが手に持つ文庫本のページをめくるシルシ少年。

 文庫本のページは、途中から真っ白で、続きは書かれていなかった。分量にして、8章分のみ。大長編なら冒頭部分といったところ。


「えっと? これ、ほんとに、鋤灼スキヤキの頭の中から出てきたの?」

 文庫本を奪い取り、表題タイトルを確認する禍璃マガリ


「そうどすえ。その、……シルシはんが使つこた、……言語野経路ノベル隆起ダイブ型ドライブの……作動履歴ログの一種どすな―――ケタケタッ」

 と成人女子生徒カイロ

「このログわぁ、鋤灼スキヤキ君のぉ、複製主観コ・サブジェクティビティがぁ、言語野ベースで正常に作動しましたよっていう証なんだけどぉ? ―――プークスクス」

 と成人顧問講師ワオン


 ドッッガガガガンッ!!

 突如、鳴り響く奥の壁。

 壁面は波打ち、戦闘フィールドや小部屋を構成している最小単位の一個が、飛び出し、転げ落ちた。


 一斉にそちらを振り向く一同。

 さながら猫かミーアキャットのむれだ。

 壁の奥で行われていることは、締め切りをすぎたデザイナーと発注サイドにしかわからない。


「お邪魔しちゃ、わるぃですねぇー」

「もう、通り道の問題も……解消されとるようやし、……VR-STATI◎Nまで……もどりまひょか?」

「そうね、お腹もいっぱいだしね」

「俺は、もう少しくらいなら入るゼ?」

「じゃ? 駅前でお茶でもしていきまひょか?」


「じゃ小鳥は、こん中に入ってくれ。一緒に帰ろう」

 (ピピピピュイ♪)

 会議机はすでに床に格納されている。床に降り立っリスポーンして足下をチョロチョロしていた、小鳥がテテテテテッと駆け寄ってくる。


 何もない床にPBC入りの瓶を置いて、すぐに持ち上げる。

鋤灼スキヤキ君ー、本当にソレ、お上手ですねぇー?」

 ピチュチュイ♪

 小鳥はノイズ混じりに再生され、少年の胸元で毛繕いを始めた。


「ん? なに? どういうことよ?」

 小柄な禍璃マガリが、自分とワオンの荷物だけを抱えて近寄ってくる。

 シルシが、何もない床から何かを拾い上げた仕草に続けて、VOIDチャージャーのストラップを首にかけていると、再びの視線の嵐。

 

 この小部屋、もとい小型発令所の床面は、可変構造のためか、自動的にNPCたちが再生されるわけではないようだ。

 概念空間上に存在していただけの、中ぶらりん状態。机の上を歩き回っていた小鳥のなごり。理論空間上にだけ存在していた、歩き回る”位置情報リスポーンポイント”。

 到底目視不可能だ。

 だが、彼、鋤灼驗スキヤキシルシは、極わずかな揺らぎ・・・でしかない小鳥座標を、肉眼で目視確認ビジュアルチェックし、正確に手にしたVOIDチャージャーで拾って持ち上げて見せたのだ。


「わ、アンタやっぱり、NPCの気があるんじゃないの!?」

「気色ワルっ! 鋤灼スキヤキ気色ワルっ!」

 口々に、NPC呼ばわりする生徒たち。

「でも、特区でソレ……出来るんでしたら、……鋤灼スキヤキはんは、……一生食いぶちに……困らなくてエエどすなぁ」

 え? どういうこと?

 ん? 歌色カイロちゃん、ソレ詳しく?


 以前にも特別講師から言われた、優位性。

 本人シルシには、特に興味は無いようで、少年は先に進んでいく。

 手荷物は来たときと同じく、背中に量子サーバー1基を背負い、でかい卵形の言語野経路型デバイスノベルドライブを抱えている。


「えっと、……あった」

 コンビニスペースを出たシルシの前、すっかり片づいている戦闘フィールドの入り口。

 刀風カタナカゼが乗ってきた単座型コミューターが止められている。

 その隣に何台か連結された平椅子型のコミューターも停車している。


鋤灼スキヤキのくせに、小ずるいゼ!」

「ちょっと待ちなさいよ! コツとかあたしにも教えなさいよっ!」

 背後から、鋤灼スキヤキ少年の優位性を聞かされた、生徒たちが駆けてくる。血色ばんでいるその勢いのまま背中に激突される。


「おい、今日は俺の背中には、量子サーバー様が鎮座ましましておられるってんだっ! 気をつけろいっ!」

「あぶねっ」「そうだったわね」

「「気をつける」」

 生徒たちは3人横並びになって入り口へ向かう。

「おう。 ……あれ? そういや刀風カタナカゼ、おまえよくB2F地下2階のゲート通り抜けられたな? 歌色カイロさんは開発道具のせいで通れなかったんじゃねーの?」


「あーーー! そうでしたんえ! ……あのゲート、結構な精度で通せんぼ……してくれはりましてな。……あてぇだけ、振り落とされて……しまったんどすえ。刀風カタナカゼはんは……気づかずに行って……しまいましたけどなー」


「そうだったそうだったゼ! 急にいなくなったのはわかったんだけどよ。何か忘れモンでもしたのかと思って、そのまま先行したんだったゼ。すっかり忘れてたゼ。マジ、悪かったゼ」

 後ろ歩きをして、片手を立てて謝罪する”イケメン”。

「まあええどすけどな、……鋤灼スキヤキはんが一緒に……立ち往生してくれはり……ましたっよって」

 そういうその声にも、若干トゲがあるのは、最初はシルシも、一度は歌色カイロを置いて先に行こうとしたからかもしれない。


「―――先生、コウベたちは、その中に入れっぱで大丈夫すか?」

 話題を変えるシルシ少年。


「そおですねぇー。すぐに自由にさせてあげたいところですがぁー。課金おかねのかからない形でとなると、学園か、鋤灼スキヤキ君のお家でないと、出してあげられませんねー」


 眉間にしわが寄っている。

 それは無理からぬ事だ。塩パスタと引き替えの呪文も無限に使えるわけではない。眉間のしわの深さが、彼女の懐具合を説明していた。

 小走りしていた禍璃マガリが速度を落とし、魔女ワオンと併走。棋士のような手つきで、しわを押さえた。


「ぷはははっ!」

 笑うシルシ

 にらむ刀風カタナカゼ禍璃マガリ


「ごめん、先生。俺のキャラメイクの時にも課金させちまったんだったっけ」

 わかりゃあいいんだという顔をして、大柄と小柄が持ち上げた手刀をおろす。


「ところでシルシはん、……あんたはんが担いで来たんは、……何のために使うおつもり……やったんかいな?」

 少年の背中の荷物を指さす歌色カイロ


「ああ、わすれてましたぁー!」

 環恩ワオンが少年の背中に飛びついた。

「そっか、コレ、アイツらの母艦にするために持ってきたんだった」

 少年が背中に背負った四角い箱は、量子サーバーだ。


「ソレ、容量全部、使つこたら、……ソコソコ大きな疑似VR空間サンドボックスが……出来ますよって、宇宙服いけずを入れても……大丈夫やしまへんか?」

 さっき、白焚シラタキ女史が壁の中に出現させた、疑似VR空間そうげん

 PBCの中に疑似VR空間サンドボックスを作って、その中にコウベたちを格納しておいたこともある。


「じゃあ、帰り道で、サーバーの設定とかしちゃいますか」

 ボストンバッグに手を突っ込んで、舌なめずりをする特別講師環恩ワオンさん。

「また、なんか……言い出しよった……」

 ふらつく歌色カイロ。その青ざめた顔から察するならば、量子サーバーの設定という物は、こんな外出先からの帰路中に、片手間に行うようなことではないのではないのではないかと思われる。

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