起奇鬼危帰 惨
走る、走る、走る。
逃げる、逃げる、逃げる。
タッタッタッタッタッタッタッタッタ……。
「ハッ……ハッ……ハッ……ハッ……ハッ……ハッ…」
おかしい。
走ってて気づいた。
誰もおらん。
普通、この時間帯ならまだこの住宅街、道路とかで車が全然通らないのをいいことに危ないけど小さい子らが何かしら遊んどるはずなんやけど。
誰もおらん。
スーパーから帰ってきたりするお母さんとか帰宅するお父さんとかいたりするもんやけど。
誰もおらん。
「どうなっとるん?」
大通りに出た。
いよいよ嫌な予感がそのまま悪寒になる。
「なんやこれ……」
車が走ってない。
県道やで?! 時間帯としても帰宅ラッシュとかやろ??
道路には車一台走っていない。信号は電気が入ってないのか色をつけておらず、赤も青も黄色もない。近くの駐車場にいつも見る車とかは止めてあったりするけど、車は一台も走っていない。自転車もバイクも走ってない。いや、歩く人も誰もいない。夕暮れ空の下、ウチ一人だけ。
もうだいぶ夕日がまた沈んで来てるっちゅうのに、街灯が着いとる位で建物には一切灯りがない。家出した時に感じた温かみのある家はどこにもなかった。
動いてるもんが、何もない。
「なんなんや……」
よくよく目や耳をすませば、風も吹いとらん。虫の音も、スズメやハトとかのいる気配もない……。自分が走った結果、目覚まし時計のようになり続ける心臓の音だけが、ドコドコ響く。
どこや、ここ……。
いよいよおかしい。知っとる場所なのに全然知らん場所にでも来たような感覚。
知っとる物を見とるのに全然知らん姿を見せる物たち。
ウチが大好きやった町が、ウチを残して、何か知らんもんになっとる……。
こわい……
「おーーーーーーーーーーーーーい!!!」
ぉーぃ……。
自分の声が遠のいてく。
「誰かいいひんのーーーーーーーーーーーーー!?!??」
のー……。
世界のどこかに吸い込まれてく。
やだ、やだやだ。
こわいこわい……。
死ぬ間際に感じたものとは別の恐怖がウチを縛り始める。
こっちはよく知ってる。けど、全然嫌い。
夜に一人でトイレ行くのとか。放課後で誰もいなくなった学校に階段上って自分の教室に忘れ物取りにいかなあかん時みたいな、あの長い廊下……。
なんでや……なんでウチ、こんな目にあわんといかんの?
ほんまに誰かおらんの??パパもママも?
なんもおらんの?
ウチ、どうすればええの???
「…………………………………………?、………………!」
いや、音ならする。
のっし、のっし、のっし、のっし……
近づいてくる。自分が今来た方角。後ろ。
「ぃやや……」
見たくない……。でも、ほら、自分以外の何か……ここのこと知っとる誰かかも。ママやないかな?パパかも。ウチをいつだって心配してくれてたし。ママやパパなら必ず助けに来てくれる。助けに来てくれる。絶対。
期待半分、首筋の後ろからの悪寒が半分。後ろを……振り返った。
さっきの鬼だった。
「最悪や……」
さっき家でデカなった鬼がこっちに向かって走ってきとった。
2mは越えとるような巨体。虎パンツ一丁やから筋肉もりもりの真っ赤な身体が遠くからでも見えて、身体からなんか蒸気みたいなんが出とる。デカい分、足が遅いのか、けれど確実に体重に負けない感じでペース変わらず、疲れも見せずにこちらにまっすぐ向かっときとる。
逃げな、はよ逃げな……!
どうする?どこに逃げる?!
とにかく、じゃあ、隠れな。
でもちょっと隠れられるだけの余裕、距離がない。
隠れる為に引き離さな…!
走り出す。
県道沿いに沿っていく。こんな時でも歩道を走る自分がなんか不思議だった。信号もない。車も(念のため左右確認)走ってない。渡ってしまえ。
2車線の道路を渡り、まだ県道沿いを。
すぐに目的の地形につく。
小高い坂道。しばらく続く。
こっちと向こうで走る速さはこっちが勝ってる。このままでも距離は取れるけど、なんか思ったより疲れる、しんどい。追ってくるもんがいつもの遊びとちゃうからか?
「……~、~、……」
走りながらも頭を振って集中。脱線すんな。とにかく距離をとる。坂道なら身体の重さで疲れたり遅れたりするんやないか。そういう考えで来た。
「ッシ!!」
一気に坂を駆け上がって100m位先の頂上を目指す。
が、
「はっ…はぁ……はぁ……はぁ…!」
思ったより力が出ず、息が苦しくて半分も来たら走れんくなった。ここの坂、そんな駆け上がったことなかったけど、いけんもんなんや……?
自分の力のなさに絶望する。
「いや、そもそも……」
左手には家からここまで持ってきた調理器具。
フライパンなんぞ、持ってるから疲れるんやん……。
どうする? 捨てるか?
いや、あの鬼のちっこいバージョンとはいえ、吹っ飛ばす程度の威力の武器や。なんもなくて捕まったらなんもできんで殺される。
他のなんかええもんが見つかるまで持っとこう。
ひざに手をついてたけど、ぬるっとする。自分のひざから血が出とった。ワンピースの端でぬぐった、落ちん、今はどうでもええ、洗えばええ。
とにかく、それでも進まな。止まったらあかん。
見るとダッシュしたのもあって鬼は最初見た分より離れとった。100m位?
こっからどっか脇にそれて隠れるのもええけど、とにかくこの先の高いとこ目指そう。
この状況を知りたいのもある。高いとこ行けば色々見えるやろ…。
「ふっ!…ふっ!…ふっ!…ふっ!…ふっ!…ふ…」
こういう時は、どっかでなんやったか、とにかく息を吸うより強く吐く。習った。吐く。吐く方に頭を集中した方がええ。苦しいけど。
少し鬼とは距離が狭まってしもたか?
でも、道なりの小高い丘を登り切った。見えなかった向こう側が見える。
相変わらずの何もない。沈んでく太陽。車が走らず、街灯だけがついとって建物の灯りがひとつもない。サイドが建物や家で道なりだけどそれなりに遠くまで見えるのにずーーーーーーーっと全部同じ。
こっから駅の方が見えるわけはないけど……あのマンションがちょっと邪魔やな。いや、あのマンションの上に行けば逆にもっとよく見えるんちゃうか?
小高い丘に建ち並ぶ住宅街の中で頭ひとつ抜けて茶色くて高いマンションがあった。確か誰かの友達の家で、扉の前まで迎えに行って一回近くの公園で遊んだこと、あったな……。
「あそこまで……」
ここから5ブロック位先……。
迷ったのは一瞬。
のっし、のっし、のっし、のっし……
近づく足音。
隠れるのもありやけど、体力もつかわからん。
いや、あそこに隠れよう。
隠れるために一旦隠れよう。
下る県道から横にそれてあのマンションを目指す。この5ブロックの中であいつから隠れる!
リんクる -Cherry Red- てっしーー @tessy0930
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。リんクる -Cherry Red-の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます