間章之一

駆け出し協会員セリオの独白 前編

 俺の名はセリオ。

 大陸の南西に位置する小国、パラストニアの片田舎にある、名も無き村の生まれだ。

 もっともこの国の貴族様はプライドが高いので、自分たちの国を小国だとは意地でも認めようとしない。

 長い歴史と伝統を持つ、由緒正しい王家が収める国であり、長い歴史で一度たりとも敵国による侵略を許していない理想郷であると、内外に喧伝している。

 もっともそれは、埃を被ってかび臭くなった王家と歴史以外には誇れるものが無いことの裏返しでもある。

 侵略を許していないというのも、四大国である南の王国と西の法国にほど近いためである。この一帯ではここ数千年侵略戦争は一度たりとも起きておらず、けっして自慢できる話では無い。

 さらに言えば、誇りにしている歴史も四大国に比べると、吹けば飛ぶようなものでしかない。

 

 とはいえ、こんな考えも冒険者となって国を出てから、初めて持つことが出来たのだ。

 そんな小国の片田舎の農村ともなれば、普段入ってくる情報などせいぜい隣町で誰が結婚した程度のものである。

 なんとか日帰り出来る距離に存在した大きな村には教会があったが、食えもしない情報や知識の為に無学な農民が足を運ぶはずもない。

 皆、日々の糧と税を確保するためにただひたすら、無心に働いていた。

 そんな村にあって、数少ない旅人との会話は最大の娯楽であった。


 俺が九歳の頃だったか、二人組の冒険者が村を訪れた。彼らは仕事の日程を合わせる都合で、俺たちの村で二泊したいと申し出てきた。

 そして当時畑仕事を手伝い始めたばかりで、まだ余り戦力として数えられていなかった俺とマルコ、イネスの三人が、手が空いている者の中では最年長だったこともあって、冒険者の歓待を任されたのだった。

 とはいえ、小さな村のことである。半日も掛からず村の案内は終わってしまった。

 それに無学な俺たちが彼らに提供できる話題も無く、俺たちが出来た事は彼らの話を聞くことだけであった。

 もっとも、彼らもそんなことは承知していたらしく、物珍しい旅人に話をせがむ俺たちに嫌な顔一つせず、様々な話をしてくれた。


 四大国のこと。パラストニア周辺のこと。冒険者のこと。異界のこと。魂の位階のこと。

 マルコとイネスは目を輝かせて、彼らの話を聞いていた。

 俺も始めのうちは彼らの話が刺激的で、感動していた。

 だが、次第に別のある感情を抱くようになった。

 それは、怒りだ。

 何故、この国は四大国のように豊かでないのか。

 何故、この国の王族は周りの国の指導者と異なり、搾取することしか考えないのか。

 そして何故、俺たちは無力で無学なのか。

 彼らは俺たちの生活や、パラストニアのあり方そのものには言及しなかった。

 フミヤ王子と誓約を交わした今なら分かる。

 どうせあの国のことだ。自国を批判するような内容を国民に吹聴しないよう、入国者に誓約を交わさせていたのだろう。

 だがどれだけ隠しても、他の国の話を聞けば分かるものなのだ。

 彼らの話の中に出てくる人や物が光り輝いていることが。そして、それが俺たちには縁遠い話であることが。


 二日目の夜、村の集会所では宴会が行われた。

 彼らが滞在費として渡した金額が相当なものだったのだろう。村長は、ご機嫌な表情で村の倉から秘蔵の酒と燻製肉を運び出していた。

 だが宴会と言っても、あの国の農村では灯りの魔導具など普及しているはずも無い。それに開墾したのは遙か昔のことなので、薪を集めるのにも苦労するような立地であった。

 そのため日が沈んで暫くすると、宴会は早々にお開きとなった。

 そして歓待役ということで、俺たち三人は冒険者の二人を伴って村長宅への暗い夜道を歩いていた。


「冒険者さん。ぼ、僕を弟子にしてくれませんか! それが無理なら、冒険者になる方法を教えてください!」


 気が付けば、俺はそんな言葉を口走っていた。

 マルコとイネスは暫く呆然としていたが、俺の発言の意味が理解出来たのか即座に否定の感情を込めて発言した。


「セ、セリオ、いきなり何言い出してんだよ?」

「そうよ、私たちが村から出られるはずが無いじゃない!」


 後から聞いた話だが、あの時は二人とも俺に置いて行かれるんじゃないかと思ったらしい。


「二人だって分かっているんだろう? 僕たちには受け継ぐ畑も無い。イネスだって年の近い男連中で畑を継ぐ奴は居ない。先に待っているのは、王都へ徴兵や奉公の建前で送り出されて、奴隷のようにこき使われる未来だけだ!」


 俺たちが生まれた村は水脈には恵まれておらず、既に拡張できる余地は存在していなかった。そんな村では家を増やすことが出来るはずも無い。長男が無事に結婚した家の次男以下は皆、十五歳から二十歳の間に兵役を課せられて、軍の馬車に道具の様に詰め込まれていった。

 女性は男連中に比べれば丁重に扱われていたが、村から出て戻ってくる者は殆ど居ないということは男女に共通していた。


「そんな難しいこと言われてもわかんねえよ!」

「そうよ! それにまだまだ先の話じゃ無い!」

「そのときになってからじゃ遅いんだ! 今冒険者さん達に出会えた様な幸運がこの先訪れるとも限らない。今できることを僕はしたいんだよ!」


 そのときの俺は、冒険者達の話を聞いたときからわだかまっていた怒りに囚われ、熱くなっていた。

 何とかしたいのに、何をすれば良いのか分からない。そんなもどかしさを強く感じていた。

 そして、自分の生き方を自分の意志で決めているように見えた彼らに、唯一の光明を見出し、すがっていたのかもしれない。

 

「君たち、もう夜も遅い。静かにしなさい」

「坊主、あー……名前はセリオって言ったっけか? お前さんは年の割に随分と物事が見えてんだな。それで、セリオはこの村が嫌いなのか?」

「この村の人たちのことは嫌いじゃない。……けど、この村に居続けることは何か嫌だ。それに貴族や王様達のことは好きじゃ無い。この村に居続けるのも嫌だけど、徴兵されて貴族達に指示されるのはもっと嫌だ」


 大人達に貴族を批判するような言葉を聞かれると、決まって叱られていた。だが、そのときは大人の目が無いことと、宴会の雰囲気に浮かされていたこともあって、彼らに自分の率直な気持ちを伝えていた。


「だろうなぁ。けどよ、この国は国民が勝手に土地を離れることを禁止してんぞ?」

「分かってる。だから……」

「冒険者……か。確かに、協会で登録すれば国の外へ行けるようになる。だが、冒険者として生計を立てることの難しさを君は理解しているのか?」

「理解出来てるとは思いません。だから、弟子にして欲しいんです」


 二人は顔を見合わせて、お互い首を振った。


「悪いが、任務の最中でな。弟子を取ることは出来ねぇ」

「それに我らも未だ先達の庇護の下にある。人を教え導くような器にはなっていないのだよ」

「そう……ですか」


 落胆の色を見せる俺に、だが二人はこうも話してくれた。


「だからといって、このまま去るのも忍びねえ」

「ええ。我らの話が元で冒険者を志してしまい、そのまま死なれてしまっては寝覚めが悪い。セリオ君、君は明日の朝に時間を取れますか?」

「え、大丈夫ですけど?」


 俺は話の流れの変化に着いていけず、戸惑いつつもそう返した。


「では、明日の朝に村長宅裏で待っています」

「えっと、どういうことですか?」

「軽く適正を見て、訓練の仕方を教えてやるって言ってんだ。今のうちから基礎を作っておけば、冒険者になってから多少有利になるからな」


 一呼吸おいてその意味を理解出来た俺は、満面の笑みを浮かべて返事をした。


「あ、ありがとうございます!」


 すると、一拍おいて二人も追従した。


「あ、ずるい! おれもおれも!」

「そうよ! セリオが受けられるなら、私だって受けてかまわないでしょう!」

「……はあ。分かった分かった。お前らも見てやるから静かにしような」

「仕方ありませんね。今夜は徹夜になりそうです」

「俺もか……?」

「当然でしょう。誰が魔術の指南書を作るというのです」

「俺、理論は得意じゃねえんだけど?」

「では、明日の午前中だけで三人に基礎を叩き込めますか?」

「無理」

「でしょう? ならば徹夜です」


 二人はマルコとイネスの要求にも承諾すると、俺たちに背を向けて相談していた。

 今にして思う。随分と無茶を頼んだものだ。だが、あの二人のおかげで今の俺たち三人は、こうして冒険者になることが出来たのだ。


 翌朝、俺たち三人は村長宅の裏手にある空き地に集まり、それぞれの適正を調べてもらった。

 その結果、俺は光と土の属性、マルコが風の属性、イネスは火と水の属性への適正があることが分かった。

 とはいえ、魔術の素質から見ると俺は平均程度、マルコは平均よりやや劣っており、魔術師として素質がもっとも高かったのはイネスであった。

 そのため魔術の訓練はイネスが教わり、俺とマルコは武器の適正を見ることとなった。

 武術担当の冒険者がどこからともなく取り出した各種武器を前にして、俺とマルコは目を輝かせた。

 暫く色々な得物を振ってみた結果、俺は盾を併用した剣と槍の扱いがしっくりときた。

 マルコは長物武器全般と、投げナイフを含んだ短刀術に適正を見出されていた。

 得物が決まった後は、ひたすら武器の振り方構え方と、足運びを叩き込まれた。


 あっという間に時間は過ぎて冒険者達が去る時間がやってきた。

 去り際に、彼らが徹夜で書き上げたという基礎の指南書を渡してくれた。

 彼らが去った次の日、俺たちは先ず両親と村長に冒険者になりたいと相談に行った。

 父さん達は難しい顔をして唸っていたが、国に連れて行かれるくらいならと、最終的に認めてくれた。

 そこから先、先ず俺たちが取りかかったのは、鍛錬用の武器の確保であった。

 森まで歩いて木材を確保し、不器用なりに鍛錬用の木剣と盾、長柄の棒を二つずつ作った。その傍らでは、イネスが手頃な枝にごく単純な刻印を危うい手つきで刻んでいた。

 こうして作った武器を使い、俺たちは農作業の傍ら基礎を積み重ねた。

 また俺たちの村では、大きな村で月に一度開かれる市場に出品していた。俺はこれに積極的に着いていき、市場や教会での情報収集も行った。

 市場では時折使い古された武器防具が出品されることもあったが、初期装備は協会が貸与してくれるという冒険者達の言葉を信じ、誘惑を振り切った。


 あっという間に五年が過ぎた。

 五年の間に、なんとかある程度の路銀と協会への登録費を貯めることは出来た。

 そして雪も溶けたある日、村長や家族達に惜しまれつつも、国の徴兵が来る前にという思いもあって俺たちは村を出たのだった。

 その後俺たちは協会に登録し、幾つかの国を経由してリソニア王国へとたどり着いた。

 途中で俺たちは十五歳を迎えており、既に仕事を受けることが出来るようになっていた。だが、リソニアには初心者向けの異界があるという話を冒険者達に聞いていたので、先ずはそこから始めようと俺たちは決めていた。



 リソニアに入って驚いたのは、農民達が非常に裕福なことだった。

 これまでに通過してきた国も、パラストニアと比べれば農民に余裕があった。国の指導のもと新たな農法を試みていたり、国内で発明した、あるいは国外から輸入した農具によって負担が軽減されていたりした。

 だがそれでも、農民の殆どは産まれてから死ぬまで農民であった。

 農民は国の、そして各領主の管理下にあり、住む土地や職業を自由に変えることは出来なかった。

 だが、リソニアは違った。

 見たこともない道具――後で知ったことだが、全てが魔導具であった――を自在に操り、一人で信じられないほど広い農地を管理していた。

 また、大量生産の傍らで品種改良やブランド化も進めており、異界産の高級品に匹敵するような農作物も作っていた。

 そして何よりも、彼らは周囲から敬意を払われる知識階級であった。


 リソニア各地には農業専門の教育施設があり、そこで彼らはありとあらゆる分野について学ぶのだ。

 農業の知識はもちろんのこと、生物に関する幅広い知見、光、水、土、風などの農業に利用できる魔術。さらには魔導具を扱うに足る最先端の魔術工学に加え、龍脈と魔物に関する知識まで。他の国では機密として秘匿されるような知識や経験が、国の補助により惜しげも無く与えられていた。

 知識と経験を兼ね備えたベテランの農民ともなると、その年の天候の予測や、凶作か豊作かの見極めをすることが出来た。さらには龍脈の流れを読み、魔獣の大量発生や魔物の出現地点、加えて異界の出現予測など、まるで古代の占い師のような芸当までやってのけるのである。

 これまた驚いたことの一つなのだが、リソニアには魔導具を活用した情報発信網が整備されており、協会支部や食堂などで、現役の農民が解説をしている映像を見ることもしばしばあった。


 正直、農民に関する違いだけで俺はだいぶ打ちのめされていた。

 生まれが違うだけでこうも立場が変わるという現実に、やるせない怒りを感じていた。

 だが、それ以上に俺が驚き打ちのめされたのは、リソニアの国民が総じて高い戦闘力を持つと言うことだった。


 リソニアは志願制と変則的な国民皆兵制の、二つを組み合わせた軍事制度を敷いている。

 志願兵は、戦闘に必要な専門知識を身につけ、魔物にすら対抗できる強大な軍隊を組織している。

 一方残りの国民は年齢毎の集団に分けられ、年に数回訓練を施される。

 訓練内容は主に後方支援に関するものであり、輜重や防御陣地の構築、ライフラインの仮設など内容は多岐にわたるそうだ。

 とはいえその過程で行軍の演習や、輜重隊が魔獣に襲われた事態を想定した戦闘訓練も行っているらしく、ある程度の戦闘技術も学ぶらしい。

 そして二十歳を越えた国民は魔獣との戦闘経験が一度はあるらしく、下手な冒険者よりはよっぽど戦い方を理解しているのである。

 もちろん国民にその訓練が課せられるのは成人した十五歳からである。だが、国民のほぼ全てが戦闘経験を持つというお国柄から、リソニアで生まれた者は幼い頃からおもちゃと同じように武器を握って成長する。

 初めて泊まった宿で、同い年だという店主の息子に手合わせしてもらったことがある。

 結果としては、お互い有効打が取れず引き分けとなった。

 見守っていた店主などは、


「職業上、外から冒険者志望でやってくる連中は沢山見てきたが、それだけ動ける奴は珍しい。お前さんの将来が楽しみだな」


 なんて言ってくれたが、褒められた気は全くしなかった。

 正直、基礎だけとはいえ五年間訓練を続けてきた俺たちは、多少天狗になっていたところがあった。

 故郷の村を出る頃には、大人を含めて俺たちに敵う相手は居なかった。

 だが、この国では違うのだ。

 店主の息子に聞いたところ、彼自身の腕前は同年代の中では中の上程度らしい。

 つまり、俺自身の腕前もこの国では平均に毛が生えた程度しかないということだ。

 途中の国で立ち寄った協会支部のスタッフが、四大国に行ったことがある冒険者は素直で扱いやすいなんてこぼしていたが、それも当然だろう。普通に暮らしている国民の一人一人が、外の国の正規兵と同等の力を持つのだ。どんなに跳ねっ返りの冒険者だろうと、分を弁えることは間違いない。


 そんな訳で、王都リソニアに到着して俺たちが真っ先に行ったのは、仲間集めと指導者の確保だった。

 当初は、俺たち三人でやれるところまでやってやろうと意気込んでいた。

 だが、この国における自分たちの立ち位置を理解してしまった俺は、早々に仲間を集めて指導者の下、戦い方を固める方向に舵を切ったのだった。

 そしてその選択は間違っていなかったらしく、協会の受付にその旨を伝えたところ俺たちを見る目がだいぶ柔らかいものになり、いろいろと便宜を図ってくれた。


 数日後、協会の事務員に呼び出された俺たちは二階の個室へ行くように指示された。

 期待と緊張を胸に俺たちは階段を昇った。


「セリオ、セリオ。どんな人たちが待ってるか楽しみだな」

「嫌な奴がいたらどうしよう? あ、女の子も居ると私嬉しいな」

「協会から紹介してくれるんだから、人格に問題ある奴は居ないと思うけど……。合うか合わないかは実際に組んでみないとなぁ。俺としては指導者がどんな人か気になるな」


 俺たちは事務員の後ろに連れ立って、そんな会話を交わしていた。


「こちらです。どうぞお入りください。他の方達は既に集まっております」


 案内してくれた事務員に礼を言い、ドアノブを握って一呼吸置く。


「失礼します」


 そう言って入った個室には、四人の人影があった。

 まず目についたのは、部屋の一番奥で腕組みをして立っていた、大柄な中年男性である。

 彼は部屋に入ってきた俺たちに目を向けると、腕組みを解いて口を開いた。

 

「これで全員揃ったか。俺は、君たちの指導員を任されたB級協会員のカーマインだ。先ずは今日集まってもらった概要を説明するので、今入ってきた君たちも席に着いてくれ」


 カーマインと名乗った男性は、そう言うと自身も上座に置かれていた椅子に腰掛けた。

 イネスは室内を軽く見渡すと、部屋の中央に置かれていたテーブルの左側、三つ並んでいた椅子の真ん中に腰掛けていた少女に近寄った。

 彼女は小柄であり、床に届かない足をプラプラと遊ばせていた。


「私の名前はイネス。よろしくね」


 イネスは彼女にそう声を掛けると、彼女の右側に座った。

 イネスが左手前に座ったことで、俺とマルコは空いていた右手前の座席に自然と座ることになった。

 俺は対面することになった少女に軽く黙礼し、隣に座っていた学者風の男に声を掛けた。


「隣、失礼しますね」

「ええ、どうぞ」


 返ってきた男の声は、軽やかな鈴の音にも似た澄んだ声だった。

 決して女性の声に間違うような類いでは無いが、聴く者の心に響く不思議な魅力を持っていた。

 残る一つの席には、恐らくは法国の神官と思われる衣装を着た男が座っていた。

 彼は眼鏡越しにやや神経質そうな目つきで分厚い聖典へと目を落としていたが、俺たちが座ったのを知ると聖典を閉じ、椅子の下に置いてあった荷袋へと大切そうに聖典をしまった。


「全員着いたな。先ほども名乗ったが、俺はB級協会員のカーマインだ。これから二週間、君たちの指導員となる。それでは先ずはお互いの自己紹介から始めよう――」


 カーマインさんの指示の下、俺たちはお互いに自己紹介を行った。

 イネスの隣に座っていた女の子の名前はパメラ。彼女は魔術の扱いに長けた、南方の部族の出身だそうだ。

 俺はその部族の存在を知らなかったが、カーマインさんが説明してくれた。基本的には純後衛のスタイルで、支援と攻撃のどちらもこなせる万能な者が多いそうだ。その分接近されると弱く、弱点を補うべく部族ぐるみで傭兵業を営んでおり、軍や冒険者と契約して前衛を依頼しているそうだ。

 とはいえ例外もあるらしく、大陸の東部から南部に掛けて名を馳せている怪盗モーニカとやらは彼女の里の出身で、強力な身体強化と幻術を駆使した近接戦闘を得意とするらしい。

 パメラ自身もどちらかというと近接戦闘が得意なのだが、怪盗モーニカの影響で近接よりの術者は村では冷遇されていたらしい。そこで十五歳になったのを機に里を出奔。近接スタイルを確立し、良い意味で名を上げて里の風潮を変えるために冒険者を目指したらしい。


 次に俺の隣に座っていった美声の持ち主の名は、アントニウス。リソニア生まれのリソニア育ちという、生粋のリソニア人である。

 父親は大学の教授であり、彼自身も将来学者になることを夢見ていたそうだ。だが、彼が十二歳の時に召喚術士としての才能が発覚したらしい。そこで召喚士としての仕官を目指し、魔術学院まで卒業した。だが、召喚術の訓練を始めたのが遅かったため、召喚士専門学校へ入るためには位階も経験も足りなかったそうだ。そこで、修行のために冒険者となったらしい。

 とはいえ彼は将来学者となることも諦めていないらしく、召喚士として経験を積んだ後、召喚獣の研究者へと転向することを考えているそうだ。ちなみに現在十八歳で、カーマインさんを除いた俺たちの中では最年長である。


 最期に俺の右前に座っていた神官の名は、シルビオ。西の法国レーラズの出身である。

 レーラズは、世界の根源に繋がっている世界樹を信奉する、聖樹教の総本山である。とはいえシルビオ曰く、聖樹教も一枚岩ではなく、様々な宗派というか派閥があるらしい。

 彼はその中でも、世界樹は八龍と共存してきたものであるという立場を取る、八龍派に所属しているらしい。そして八龍派の教えの中で提示されている修練を行う為に、冒険者となったとのことだ。

 俺たちの中では最も背が高いが、体格はそこまで良いわけではない。とはいえかつては神官戦士を目指していたこともあるらしく、メイスや槍での自衛はある程度出来るらしい。


 自己紹介のあと、俺たちはある程度今後の夢や望み、個人の嗜好などを話し合った。そして特に破綻をきたす心配は無いと判断し、当面この六人でパーティーを組むことに合意した。

 用意されていたパーティー結成書に署名した後、俺たちはカーマインさんに連れられて建物内の訓練所に行くことになった。


「さて、無事パーティーも組めたことだし、次は各人の能力を測定する。準備はいいな?」


 協会員にはそれぞれの身分を示す会員証が与えられるが、会員証にはE級からA級までの五つの階級が存在する。基本的にA級に近づくほど、任務の達成回数や評価、協会への貢献度が高いという証である。なので、A級だからといって個人の戦闘力が高いということは、決して無い。

 では、協会員に依頼する者は何を基準として依頼するのか。その指針となるのが、能力及び技能評価である。協会や委託された団体には、評価を下す資格をもった審査員が居る。冒険者はその審査員に評価してもらい、依頼者に自身の価値を示すことになるのだ。

 そして、カーマインさんに連れられてやってきた訓練場には、十五人の審査員が居た。


 俺たちは三時間ほどかけて、様々な項目の審査を行った。各技能は1から10の10段階で評価され、1から3が初級、4から6が中級、7から9が上級、10が達人という区分らしい。

 審査の結果、俺は剣術が2、槍術が1、防御術が2、光と土の魔術がそれぞれ1、薬草学が1、馬術が1であった。

 審査員達からは、筋が良いとか将来が楽しみだなんて宿屋の主人と同じことを言われたが、こうして数値として評価されると、何ともこそばゆいものがあった。

 他の皆も順当に評価されていた。中でも最年長であり、リソニア軍の訓練を既に三年受けていたアントニウスはだいぶ評価が高かった。

 雷と火の魔術が3、闇の魔術と召喚術が2と評価されていたほか、馬術や博物学、生存サバイバル術等も評価されていた。


 一通りの審査が終わり、俺たちは食堂に連れて行かれた。

 そしてあらかじめ用意されていた昼食を取りつつ、カーマインさんによる総評を聞かされた。


「さて、一通り審査も終わったわけだが、まあ順当な結果というか各人の申告通りだったな。前衛と後衛のバランスも良い。この先どんな成長をするかは分からんが、良いパーティーになると思うぜ」


 協会側が能力のバランスを見て集めたこともあるのだろうが、確かに俺たち六人の能力は噛み合っていた。

 マルコは長物武器による攻撃型の前衛。体格もよく、物理的な攻撃力の要である。敵の注意を惹き付けることや、なぎ払いによる距離調節も頼むことになるだろう。

 俺は防御型の前衛。盾と土の魔術を併用した前線の構築と、敵の足止めを担うことになる。光と土の魔術は自身の強化や回復に向いていることもあり、英雄譚で語られる聖騎士のような戦い方を目指すことになるだろう。

 シルビオは中衛での補助。基本的に俺の後ろで控えて法術による回復や補助、俺の脇を抜けようとする敵への槍を使った妨害などを担うことになる。

 パメラは素早さを生かした遊撃。普段は中衛で魔術による牽制を行い、俺やマルコが作り出した敵の隙を狙って接近戦を仕掛ける形になるだろう。彼女の近接攻撃力の高さは魅力的だが、防御技術が拙いため前線には立たせられない。それに彼女は器用な手先と小回りの効く魔術を生かし、鍵開けや罠の解除も担当することになるので、最も安全な中衛に置くべきだろう。

 イネスは後衛の魔術師だ。彼女の技術はまだ拙いが、なかなか訓練では鍛えられない出力が大きいので、無駄打ちを控えてここぞという時の火力を担うことになる。だがそうなると普段はやることが無くなるので、弓術などの攻撃手段を身につけさせた方が良いかもしれない。

 アントニウスはイネスと同じく後衛だが、手札が多いので後ろから戦いをコントロールする役割を担うことになるだろう。それに護身術を中心とした近接戦もある程度こなせるので、後ろからの奇襲に対応できるのも強みである。今はまだ召喚獣を呼ぶことは出来ないが、影の召喚だけでも出来るようになれば、さらに幅広い状況に対応することが出来るだろう。


 食事をしながらそんなことをつらつらと述べていたら、全員からパーティーリーダーに推薦された。何故だ。


 食後は街へと繰り出して買い物を行った。

 明日は朝早く街を出て、ヒルメスの森という初心者向けの異界で狩りを行うらしい。

 そのため今日のうちに、必要な物資を整える必要があった。

 とはいえ、英雄譚で語られるような空間拡張された荷袋などを、一介の冒険者である俺たちが持っているはずもない。アントニウスも転移門の魔術は使えないので、必要最低限の物を選別して買う必要があった。

 カーマインさんもある程度助言してくれたが、ここで活躍したのがパメラだった。

 まだ顔を合わせて一日も経っていないが、俺たちの中では既に彼女は無口であるという認識で一致していた。

 だが値段交渉の時は、その認識を覆すように彼女は饒舌になっていた。彼女の鑑定眼は確かであり、現在の市場の動向も踏まえた的確な分析により、商人の不興を買わないぎりぎりのラインで値下げ交渉を繰り広げた。

 その光景を前に俺たちは何もすることが出来ずに呆然としており、カーマインさんも驚いていた。


「むふー」


 全ての買い物を終えた彼女は、満足げな笑みを浮かべて鼻息を鳴らした。


「パメラちゃんすごい! 可愛いのに格好良かった!」


 イネスは興奮した様子でパメラを誉めていた。


「これでも目には自信がある。交渉は任せて欲しい」


 彼女はそう言って自信満々な可愛らしい笑みを見せながら、ピースサインを返してきた。

 その様子にイネスは感極まっており、荷物を持っていなかったらパメラを抱きしめていたことだろう。

 俺達は二人のやりとりを苦笑しながら眺め、協会支部への道を歩いた。


 協会に到着した俺たちは、物資を分配して解散することとなった。

 俺たち以外の三人は各自の宿へと戻ったが、俺たちは協会の管財課へと足を運んだ。

 かつて村で出会った冒険者達が語ってくれたことは正しく、駆け出しであるE級協会員は先輩冒険者の遺品や寄贈品を無料で借りることや、格安で譲り受けることが出来た。

 俺たちはまだまともな装備を持っていなかったので、明日に備えて装備を借りに来たというわけだ。

 来る前は大量にある在庫の中から選ばなければならないかと予想していたが、実際に足を運んでみると選別された数振りの武器が並べられていた。

 どうやら事前に話が行っていたらしく、技能評価の結果を踏まえて俺たちに合いそうな武器を見繕ってくれていたのだ。

 実際に並べられていた武器を振ってみたが、これまで訓練で振ってきた木刀がただの棒きれでしかなかったのだと実感するくらい、しっくりと手に馴染んだ。

 幾つかあった武器のどれもが魅力的であり名残惜しかったが、規則と言うこともあり最も手に馴染んだ物だけを借り受けた。

 俺が決めたのとほぼ同時に、マルコとイネスも選定を終えていた。


 思いの外早く武器が決まり、防具に関しても順当に決まったので、だいぶ時間が余ってしまった。

 そこで、係員にお願いしてイネスのサブウェポン用に、クロスボウを見せてもらうことにした。

 俺たちには狩りの経験はないが、流石に一般的な知識として普通の弓は習熟に時間が掛かることは知っていた。

 それにイネスが借り受けた魔術用の杖が長い物であったため、携行性に優れて片手でも扱えるクロスボウを借り受けることにしたのだ。

 クロスボウと一口に言っても様々な種類があった。イネスは何が琴線に触れたのかは分からないが、両手回しのクランクや歯車の付いた物が可愛いと言って欲しがった。

 だが係員に、そのようなコッキング機構が付いた物は大型のものや、小型だが耐久性に難が有るものが多いと言われ、イネスは泣く泣く諦めた。

 最終的に、コッキングレバーの付いたピストル型クロスボウを借りることにした。

 イネスは渋々受け取ったが、よく見ると鐙が口みたいで可愛いと受け入れていた。

 正直彼女の感性は良く分からん。

 そしてこの日は初心者支援用のボルトを受け取り訓練場で試射をし、そのまま宿に返ることとなった。


 翌日はいよいよ冒険者としての初仕事であり、その夜、俺はなかなか緊張して寝付けなかった。

 そして早々に寝付いたマルコの寝息と共に、夜は更けていった。

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箱庭世界の調停者 中島 庸介 @tonomori

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