第18話 あたしにできることをやる。後戻りするつもりはないよ
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「皐月、大丈夫かしら……」
左手首に巻いた腕時計を見ながら、葵はやきもきしていた。
皐月は一〇分待てといったが、侵入してすでに二〇分が経過している。それなのに、全然出てくる気配がない。
「まさか、やられちゃったなんてこと、ないよね……」
不吉な想像に、思わずカメラをきゅっと握り締める。掌がじっとりと汗ばんでいた。
「やっぱり、警察に――」
と、そのとき。
館の正門を、黄色い戦闘装甲服を着た人物がひらりと飛び越えて道路に出てきた。
失神しているミナを抱きかかえ、まっすぐ葵のところに駆け寄ってくる。
「皐月!? 皐月なの!?」
「葵、逃げろ!」
皐月がバイザーを跳ねあげて叫んだ刹那、
ドガーン!!
物凄い音が轟いて、館の玄関が二階の壁ごと内部からぶち破られた。
もうもうたる粉塵のなかから現れた物体については、もはやいうまでもあるまい。
「あーっはっはっは! カトリーヌの力の前には手も足も出ないってことかしら!?」
「な、なに、あれ……」
「急げって!」
茫然と立ちすくむ葵の腕をとり、皐月が猛スピードで道を駆ける。葵の足が宙に浮くほどのスピードだ。アシスト機能で力が倍加されており、フルパワーだと一足で七、八メートルは跳んでしまうのである。
「こらーっ、待ちなさーい!」
拡声器から飛んでくるそんな声も無視して、百メートルを三・二秒という無茶苦茶なスピードで突っ走ると、皐月は急制動をかけた。慣性をうまく殺して葵を軟着陸させ、ミナも下ろす。
「その娘、頼むぜ!」
目を白黒させている葵にいいおき、今度はもと来た道を猛然と引き返して走った。
「うっふふ、いい覚悟ね! 望みどおり叩き潰してあげるわ!」
「誰が望んでるか!」
皐月はカトリーヌの正面で、飛んできた
「ニーマイン!」
声に呼応して脚甲の膝に大電流が送られ、電磁波破砕機が駆動する。カトリーヌの胴体上端の複合センサーヘッドに直撃して、多面球がきれいにふっとんだ。
「やった!」
「はっ、甘いわよ!」
コクピットでサンドラが嘲ら笑う。着地した皐月の目の前で、カトリーヌの胴体の上に光が渦を巻いた。たったいま吹き飛ばしたはずのセンサーヘッドが、見る間に復元していく。
「な、なにぃ!?」
「分子凝縮フィールドでいくらでも自動復元できるのよ!」
サンドラの声は踊っていた。
「あんたたちの管給品の戦闘装甲服と違って、部分だけでも復元できるの! 積んでるアプリの性能が違うのよ、性能が!」
「……お前、本当に優秀なのか?」
急に不安になった皐月が、ヘルメットのなかで囁く。けれども、戦闘装甲服の管制に能力を費やしているタウには応えられなかった。実際には性能云々ではなく、単に特性の違いなのだが。
「ふええええーん!」
一方その頃、ようやく意識を取り戻したミナは、泣きじゃくりながら葵にしがみついていた。
「恐かった、恐かったのー! うええええーん!」
「ああ、はいはい。もう大丈夫だから。ね?」
と葵は困った顔でなだめすかす。
「ほら、いいこいいこ。もう恐くないから。泣きやんで」
頭を撫でてやりつつ、しゃがみこんだ道端から、百メートル彼方にある戦場を見やる。
皐月が、彼女の何倍も大きいロボットと格闘戦を演じている。ときどき光が閃き、爆発音が轟いてくる。
まさに先週のナイトエンジェルたちの戦いの再現だ。だが、それが目の前で直に行なわれていること、しかも当事者の片方が自分の友人となると、もはや血が騒ぐとかいうようなレベルの話ではなかった。
周囲には、近所の家から出てきた住民たちが立ちつくし、不安そうに戦いの模様を見つめている。戦場付近では、事態はさらに深刻だった。自分の家が破壊されるかもしれない状況下で、のんびり夕飯を食べていられる人間はさすがにいないようだ。表に飛びだしてきた住民たちが、右往左往してパニックに陥っている。
「この分だと、警察にはもう通報されてるでしょうね」
葵は小声でつぶやいた。
「この娘のこともあるし、見咎められないうちにこの場から離れたほうがいいかな……」
どうしようかと考えながら、葵は皐月とロボットの戦いを遠くに見守っていた。
どうも、皐月のほうが押されているようだ。
「皐月、負けないで。負けたら、手紙のことをいう人、もう誰もいなくなるんだから。遠慮なくスクープするんだからね」
どうにも不安を押さえきれず、祈るような気持ちでつぶやく。
スクープ?
葵は、ふと気がついた。
これだけ人が表に出てきているのだから、誰かがこの戦闘を撮っていたって、ちっともおかしくないのでは?
「……そうだわ、正体さえばらさなきゃいいのよ!」
葵はがばっと立ち上がった。ミナがびっくりして泣きやみ、きょとんと見上げている。
「外で戦ってるのを撮るぶんだったら、誰も映像の出所を怪しんだりしないし、細かい事情だってわからないままにできるじゃない!」
つまり、皐月との約束も守れるということだ。
もちろん、逆を言えば誰にでも画像や動画を撮れる状況なのだから、耳目を集めたいのならかなり接近して、迫力ある映像を撮らなければならないわけだが。
「それくらい恐くないわ、わたしだって報道カメラマン志望なんだからっ」
葵は背中のバッグを下ろすと、中から予備の記録メディアをつかみだした。慣れた手つきでカメラに差し込む。
「ミナちゃん、自分で安全なところに避難できるわね」
「へ?……で、できますけど……」
ミナは思わず震える声で返事をする。もっと泣かせてほしいのに、という目をしていた。
おまえ一応公僕だろうが。
「じゃあ避難してて! わたし、これから大事な用があるの!」
カメラをしっかりと小脇に抱え、葵は己の使命にめざめた眼差しで現場へと駆けだした。
「ああっ、ま待ってくださいマイさん、マイさぁんっ」
「コクピットをやるしかないっ」
皐月はすばやく判断した。もう一度カトリーヌの死角をとろうと横へ跳んでまわりこむ。
こちらのスピードに追いつけないのか、カトリーヌはよたよたと動くばかりだ。皐月はあっさりと背後にまわりこんだ。
「いまだ!」
アスファルトを蹴りたて、ふたたびジャンプする。今度は真っすぐにカトリーヌの背部ハッチを狙った。もう一度、後ろからニーマインをたたき込むつもりだった。
だが、それは罠だった。
「かかったわね!」
サンドラが快哉を叫ぶ。ペダルをすばやく踏み替え、左右のアームバーを前後逆に倒す。脚から腰まわりへとギアチェンジされた操縦系が反応し、腰椎だけで一瞬のうちに向き直る。
皐月は、カトリーヌの真っ正面に飛び込む形となった。
「なに!?」
「ハッ、馬鹿娘!」
左右から金属の腕がのびる。あわててバーニアを噴かし、その上を飛び越えようとした皐月だったが、わずかに遅かった。
つぎの瞬間、皐月は鉄の手に体をがっちりと捕まれていた。
まずいことに、体と一緒に両腕も捕まれてしまってした。これでは力が入らず、ろくな抵抗もできない。
「や、やばいっ」
パワー全開で身をよじる。だが、サイズ差の分だけ相手のほうが出力が上なのか、それともやはり体力の回復が足りないせいか、締めつける指を緩めることができない。
「く、くっそぉ」
「あーっはっはっは、今夜はまずひとりってところかしら!?」
出力が上がり、カトリーヌの指がぎりぎりと戦闘装甲服を圧壊しにかかる。
「ぐぐっ……タウ、ジェネレーター過負荷出力! パワーアシストを目一杯あげろ!」
「ふっ、しょせん無駄なあがきね!」
サンドラは指部アクチュエータの出力を限界まであげた。
「楽しいわあ、圧倒的な力の差で相手をねじ伏せるっていうのは。やっぱり戦いはこうでなくちゃ」
力比べがはじまる。出力全開を命じるのが早かった皐月はわずかに隙間を作れたが、それ以上はとても無理のようだ。現状維持で精いっぱいである。
だが、戦闘装甲服がどこまで保つのか。バイザーに表示された耐圧値にはまだ余裕があるが、それでもじわじわと危険域にむかっている。
「こ、この姿勢で使える武器は……」
力をふり絞りながら、皐月は必死に思い出そうとした。そういえば、ナックルグレネイドとかいうのがあったはずだ。殴った瞬間、ナックルガードに仕込んだ指向性爆薬を起爆させて敵の装甲を打ち砕く武器。いま起爆させれば、内側からカトリーヌの手を吹き飛ばすことはできるはずである。
もっとも、この状態では自分の装甲服ももろともに破壊してしまうかもしれないが。
「……やってみるか……」
皐月の決断は早かった。
「タウ、お前の性能云々のごたく、信じるからな……!」
つづいて、武器の名を叫ぶ。
カトリーヌの指の間から閃光が走った。続いて、両手が木っ端微塵に砕け散る。
皐月の身体が地面に落ちた。戦闘装甲服がガツンと音をたてる。壊れてはいない。
だが、皐月は起き上がろうとしなかった。
路上に転がったまま、ぴくりとも動かなかった。
伝わった爆発の衝撃のあまりの激しさに、失神してしまったのである。
「こ、この、やってくれるじゃないの!」
あわててカトリーヌを後退させながら、サンドラが警戒して叫んだ。吹き飛んだ両手の自動復元はすでに始まっているが、いま反撃されると防御する手段がない。
だが、いつまでたっても起き上がってこない皐月の様子に、生き返ったような笑みを浮かべた。
「うふふふ、可愛い寝相だこと! その可愛さに免じて、踏み潰してあげるわ!」
どういう理屈なのかわからないが、とにかくサンドラはそう叫ぶと勇気百倍でカトリーヌを前に進めた。ずしんずしんとアスファルトを踏み抜きながら迫ってくる。
タウは必死になってヘルメット内に警告音を発しているが、皐月が気づく気配もない。
そのとき、とつぜん黒い影が、路地の向こうから飛びだしてきた。
「皐月ー!」
横からがばっと皐月に取りついたのは、カメラを後生大事に抱えた葵だった。
「どうしたの、しっかりして! ほら、敵がすぐそばにきてるわよ、ちょっと!」
バイザーをあげて顔に直接叫びかけ、力のない身体をがくがく揺らす。
「何よ、この小娘は。死にたいの?」
サンドラが首をひねった。
「まあいいわ。どこの世界にも馬鹿はいるもの。慈悲深いあたしが望みどおりにしてあげる!」
眼前にまで迫ってきたカトリーヌに焦りつつ、葵は必死になって皐月の身体をゆさぶった。
「ちょっと、お願い目をさまして! 世界の平和は、あなたの双肩にかかってるんでしょ! 気がついて!」
だんだんいうことが大仰になっていく。カトリーヌの脚が、ふたりの頭上でぐわっと持ち上がった。
「こんなことくらいでまいるなんて、皐月らしくないわ! わたしの大好きな皐月じゃ……ひぇ?」
気配を感じて、頭上をふりあおいだ葵が、目を見開いて絶叫した。
その声に皐月が目を開けるのと、カトリーヌの脚が踏み下されるのとがほぼ同時だった。
カトリーヌの足の裏を見た瞬間、皐月の体は本能的に動いていた。硬直した葵に抱きつきざま、そこから大きくとびのく。
直後、今まで倒れていたところにカトリーヌの脚がめりこんだ。
「ちっ、気づかなくていいのに!」
「ああっ、危ねえあぶねえ……」
くらっとめまいがして、皐月は軽く頭を振った。
「くそっ、まだ身体ががたついてる……!」
「皐月、大丈夫なの!?」
「大丈夫だ。ったく、どうしてこんな近くまで……無茶するよ、お前も」
そういう皐月の顔は不敵に笑っていた。
「さがってろ、葵。あのがらくたはあたしがやっつけてやる。……なに?」
バイザーにいくつか表示がでて、皐月はそれに注意を移した。
『警察および消防無線を傍受。関係車両、多数接近しつつあり』
どうやらあまり時間は残っていないらしい。皐月は舌打ちした。
「早めにケリつけなきゃな……サンダーのメイン武器は無事か?」
緑のサインが閃いた。OKということらしい。
「よし。葵、できるだけ離れてろ!……見てろよホルスタイン女、よくもさんざん馬鹿にしてくれたな。いま度胆を抜いてやる!」
と皐月は叫んだが、おまえ個人的なうらみで動いてないか。
「今度は逃がさないわよ、サンダー! さあ、かかっていらっしゃい!」
拡声器から飛ぶ声にもかまわず、皐月は胸の前で自分の両手を打ちあわせた。
そのままゆっくりと開くと、ぼうっとした光が掌の間に生まれる。
いちど腕を前にのばしてから、あらためて肘を曲げ、光を引き寄せて、手を腰だめに構える。
両手に包まれた光は、唸りをあげてますます強く輝いてくる。
後ろで見守る葵は茫然としていた。
「……ま、まさか、これって」カ○ハ○波?
「パニッシュメント!」
叫びざま、皐月は両手を前に突き出す。と同時に、ひときわ強く輝いた光球が掌から打ち出された。
それは瞬く間に巨大化し、カトリーヌに襲いかかった!
「な、なにぃっ!?」
正体不明の攻撃に、サンドラはとっさにカトリーヌの両腕を交差して、コクピットのある胴体をかばった。そのまま、まばゆい光に呑まれ、思わず目をつむる。
光が消失したことを目蓋の裏に感じ、損害を確認しようとして、サンドラは絶句した。
まったく何の衝撃もなかったはずだ。物理的な攻撃ではない。
それなのに、カトリーヌの両腕と、頭部の複合センサーヘッドが消滅している。太い四本の脚までも。
胴体だけがアスファルトへ落下し、コクピットが激震に見舞われる。
「通常の攻撃とは違う!……カトリーヌのボディを分解したのか!」
サンドラは即座に理解した。あの光は、分子凝縮フィールドと逆の作用を持っている。物体の分子結合を崩壊させ、文字どおり粉微塵に吹き飛ばしてしまうのだ。
それも、こんな一瞬で。
「じょ、冗談でしょう!?」
サンドラはカトリーヌ背部のハッチをあけると、いそいで外に身をのりだした。カトリーヌが復元するより、敵の攻撃の効果のほうが早いのである。このままここにいたら、それこそ骨も残らない。
すでに第二撃の姿勢に入っている皐月に、サンドラは悲鳴をあげた。あわててブレスレットに指をのばし、自分の甲冑を形成する。
そのまま空中に飛び出した。
「むっ、逃げるか!」
「ち、違うわよ! 別の目標に向かって、一時転進するだけよ!」
それを逃げるというのです。
「今日はこのくらいで許しておいてあげるわ! ああ、あたしってなんて優しいのかしらっ、この温情に這いつくばって感謝なさい!」
「お前なあ! これ、直接ぶつけてやろうか!?」
「ひえっ、いやあ! それだけはやめてえ!」
サンドラは顔を恐怖でくしゃくしゃにして、空中で身を丸めた。
あまりのおびえように同情した皐月が、掌のエネルギーを解除する。
とたんにサンドラの態度ががらりと変わった。
「……なんてことをいうもんですか! 簡単に騙されるんだから、このばーかばーか!」
「て、てめえ! どこまで卑劣なんだ!」
「うるさい! 要するに、最後に勝てばいいのよ! 見なさい、カトリーヌを!」
皐月は反射的にカトリーヌを見た。すぐに次弾をぶちこまなかったせいで、すでに半ば以上復元している。
「自爆!」
サンドラは、手に握っていたリモコンのボタンを押した。
カトリーヌが発火した。つづいてどがどがどがんとあちこちのパーツが破裂し、周囲に火薬玉をばらまく。さらにそれが弾け、あたりは色とりどりの光に包まれた。
「は、花火!?」
皐月は反射的に腕を上げ、顔をかばった。バイザーは充分な硬度を持っているのだが、内側からは透き通って見えるため、どうしてもガラスやプラスチックの脆さを連想してしまうのだ。
ようやく光がおさまった頃には、すでにサンドラの姿は影も形もなかった。
しばらく、茫然と夜空を見上げる。
「……逃がしちまったか……」
ややあって、バイザーをあげた皐月はぽつりとつぶやく。
パトカーや消防車のサイレンが、町にうるさく鳴り響いていた。
第二部 宮脇皐月の場合〈了〉
科学の力で正義の味方になった女子ががんばるお話 白井鴉 @shiroikaras
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