024:編集予定

 聞き覚えがある声が後ろで聞こえた。というかつい三十分程前に別れたはずの先輩の声だった。

 綾乃はそれを聞いてムッとして、隼人は待ちわびた感じで涙した。


「こ、小泉すわぁん!!」


 顔芸にも程がある。隼人がやっと現れた勝を見て叫んだ。勝はそれに笑って手を振る。

 一方腕輪を凍らされて封じられた東所根男子高校の最後の一人は、表情まで凍りついていた。


「こ、小泉……だと……あの去年、神明高校の一年エースだっていう、小泉勝か!?」

「よく御存知で? でももう遅い。そっちの委員長は先に潰しといたから。この新一年を倒した所で何も変わらない。負けっていう事実はね」

「そうか、お前は去年から得意だったな……ほとんどの高校の図書委員長が隠れているのに、それを見事に探し出して潰す。委員長キラーっていう異名だったな」

「それも当たり」


 勝は面白そうに笑った。前方では綾乃が舌打ちしていた。と、やっと聖が動いた。


「小泉さんが、来てくれたの?」

「そうよ。……それよりもあまり喋らない方がいいんじゃない? もう危険な状態なんだから」


 全身の力が流れる血と共に抜けて行くようだ。聖は手を伸ばして肩を支えてくれる綾乃に身を委ねていた。綾乃はそれを嫌がる事無く、むしろ自らそうするように誘導していたように見えた。 


「ううん。それよりも一つ教えて? 委員長キラーって、何の事?」

「解ったから、それ聞いたらもう喋らないで。――――シルバーブリッツにおける勝利条件の一つに、各図書委員長の腕輪の破壊があるの。先に図書委員長の腕輪を破壊すれば勝ち。結局は今回私達が頑張る必要はない訳。けど必ず図書委員長が参加しなくてはならない。なんてルールは無いのよね。けど図書委員長が参加することによって特殊なルールが発動する場合もあるわ。私達の場合、消費MPが減ったりなんてね。今回はそれがあっちも、こっちにも無かったみたいだけど。けど委員長が戦いに参加することによって戦いが有利になる。それはもう証明済みだから。殆どの確立で各高校は委員長を参加させるみたいね」


 中々複雑なルールだ。つまり図書委員長がシルバーブリッツの戦いに参加することによって確率で特殊効果が発揮される場合もあり、それが戦局を動かすキーにもなる。そういうことだ。

 すると勝が聖の隣で膝を折って目線を合わせた。一年生三人が勝に注目する。


「けどその代わり図書委員長がやられちゃ負けになるし。だから図書委員長は誰もやりたがらないんだ。勝利の鍵を握っていると同時に敗北の鍵も握ってるし、一番最初に狙われるし。だから図書委員長は隠れるか、あの東所根男子高校は小さな一年くんが脅されて図書委員長をやってたよ。勿論岩の中に隠れてた。可哀相だったけど、まぁサクッと作業を済ませたけどね。護衛なんかがいるとそこに図書委員長がいるよ。って伝えてるみたいだし。周りに数人いても同じことだ。でもまだ甘かったけどな。いかにもって場所に隠れるなんて裏の裏を突けば簡単に出て来る出て来る。俺にとっちゃ簡単だったよ。お前達三人が暴れてくれたお陰で俺は誰にも鉢合わせになること無く行動できたし」


 ポンポンと三人の頭を軽く叩き、ニッと笑った。


「三人共生き残ったし、言う事無し文句無しの満点。よく出来ました」


 やり遂げた。ついにやり遂げた。達成感が聖と隼人に込み上げる。自然と口元が歪み、少しだけ持ち上げた聖の拳に反応して力を弱くして隼人も己の拳をぶつけた。

 これで後は後ろで動けないでいる二年生を消すか、時間が経過すれば現実世界に帰れる。勝ったのだ。 気持ちは満足で溢れ返る――――と思いきや、


「何がよく出来ました。よ。ふざけてんの?」


 聖の肩がビクンと跳ね上がる。耳元でいきなり怒気が含まれる唸り声を上げられれば誰でもそうなるだろう。隼人は恐ろしそうに手足を使って後退る。被害を被ってもすぐに逃げられるようにするためだ。

 勝は驚いたように綾乃を見下ろした。 


「あのね。小泉が来なかったせいで私がどれだけ痛い目にあったと思ってるの? このクズが土壇場で少しは使い物になったから助かったけど、クズ石のままだったら私達はここで終わってたのよ!? ふざけるのもいい加減にしなさいよ。こんな何も保障が無い賭けに参加するのはもうご免よ。そんな雑魚見つけるのに三十分もかけないで、もっと急いでこっちに来なさいよ!」


 一通りの罵倒を終えて、勝が「ほうほう」と聞き流していることにも気付かずに、今度は聖に怒りの矛先を向けた。


「大体あんたもあんたよ馬鹿じゃないの? あんなことするなんて本当にクズねクズの象徴ね。なんでこっち来るのよ。あっちの馬鹿があんたを逃がしたってムカつく程のドヤ顔で自慢してきたから安全かと思ったらあの暗い所からぬぅっと出て来るし幽霊じゃないのって最初は思ったけど足付いてるし!」


 傷は避けているが綾乃の両手は聖の胸倉を掴んで揺らしながら怒鳴っている。聖が危険な状態だということを忘れているのか。

 隼人が綾乃の剣幕に恐れを成してがくがくと震え、そばに移動してきた勝にしがみ付いている。勝は「はいはい」と隼人の背中を掴んで持ち上げた。


「あの怒り具合だと止みそうにないな。勝敗は決したからもう戻れるし緋之の安全は保障されたもんだ。こっちまで被害被らないように、ちょっと離れようか」


 移動につては賛成だったので隼人は迷うことなく首を縦に振った。そのまま持ち上げられ、闇の中に消えた。

 五分くらい淡々と説教を続け、聖の意識が朦朧としてきた頃だった。一通りの罵倒を終えた綾乃はふぅと一息付く。そしてやっと聖の胸倉を離した。

 力無く倒れてくる聖を正面から受け止める。聖は「ん?」と胸元に当たる柔らかく暖かい物に触れて少し驚いていたが、リアクションをする体力がもう無い。綾乃の顔側面が頬に当たる。髪から甘い香りがした。肩が狭く、少女だなと今更だが理解した。


「でも兎に角、無事で良かった……」


 あれ? と疑問を覚える。いつもの棘のある物言いとは違う柔らかい声色。本当に心配していたかのように声が震えていた。綾乃の両手は聖の腰辺りに回されて強くシャツを握られていた。


「月波さん……?」

「………」


 何かがおかしい。いつもの彼女ではないみたいだ。

 突然抱きしめられる行為の一歩手前辺りまでされてしまっては、今まで意識していなかった何かが目覚めてしまうかのよう。いや違う。本来の認識で良かったのだ。周囲から信頼と尊敬をされて囲まれて、聖を「クズ」と呼ぶ彼女を、何か別の存在なのではないのかと誤認していた。本当は聖の周りにいる少女と同じなのだ。

 顎に伝わる振動。身体が震えている。


「月波さん、泣いてる……の?」

「……煩い」


 少しいつもの彼女に戻った。でもそれでもいいのではないかと思う。

 結局は綾乃の考えていることは解らないが、今は聖を素直に心配してくれているのだ。理由は未だに解らないが。でもいつか教えてくれるのだろう。

 なら今だけは、こうして彼女を落ち着かせてあげるのもいいじゃないか。と自分に言い聞かせた。

 綾乃がすぐに落ち着いた。ゆっくりと身体を離すと、聖をその場にゆっくりと横倒せた。楽な姿勢を取る為だ。


「ごめん。少し取り乱した」

「い、いや。僕は大丈夫だから」

「――――こんなクズに気を使わせるのは心外だわ」


 聖が苦笑いで返すと、綾乃はツンとそっぽを向いた。目が少し赤かった。泣いていたのだろうか。

 と、ここで聖は思った。それを口にした。


「月波さん」

「何よ」

「月波さんの後ろ、丁度満月がある。」

「それが何よ」


 クスッと笑い、素直に思った事を言った。


「月波さんと満月のツーショット。すごく似合ってる」


 聖が見上げた綾乃の姿の後ろには、いつの間にか分厚い雲がそこから排された夜空だった。丁度綾乃の背後に満月がいる。いつも見ている月よりも大きく、美しく、淡い月光を放って戦時よりも明るかった。

 大きな満月を背にした綾乃がとても綺麗だったので、素直にそう述べた。

 綾乃はふと背後を振り返って月を見た。確かに満月だった。


「戦いが終わる合図ね。ここで戦いが終わると雲が無くなるのよ。そしてあの満月は勝者だけに見える。って小泉と百合子さんが言ってた」


 綾乃は聖と同じ一年生だが一年生の中で最初に入ったメンバーなようなので、すでに二回来た事があるらしい。いや一度は聖も連れて来られているか。それなのに綾乃は前回一人で戦って勝っているのだ。弱小高校だったとは言え一人でここまで出来るものなのだろうかと一度は考えたがすぐに結論が出た。先程まで綾乃は一人で東所根の第一軍勢を一人で相手をしていたではないか。質ではなく量で押し切ろうとした作戦を一度は撃ち破ったのだ。聖も一人で突っ込んで行ったのだがこの様だ。


「勝った後に見る月は本当に綺麗なのは同意するけどね。戦ってる最中はそんな余裕なんて無いもの。――――ま、認めてあげるわよ」

「え?」

「あんたが使い物になるって、少しだけ認めてあげる。けどもうあんな無茶はやらかさないことね。今回でそんな様なんだから、次はこれだけじゃ済まないわよ? 今回当たった東所根は弱いからそれで済んだんだから。運が良かったわね」


 ふん。と鼻を鳴らして前髪を額に押し上げる。聖も「そうする」と素直に綾乃の忠告を聞いた。

 すると今まで綾乃の背後に位置していた満月が歪み始めた。聖が少し驚いて見ていると綾乃もそれに気がついた。


「大丈夫。もう終わるだけよ。ほら」


 綾乃が指をさす方向を見た。そこには聖が動けなくして勝が魔術を使わせないようにしていた東所根の最後の男がいた場所だった。しかしその男はもういない。満月が聖達に見えたと言う事はもうその男は必要ないということになり、先にそこから消えたのだろう。


「意識が飛ぶけど逆らわないで。そのまま流れに身を任せなさい――――次に目を覚ましたら保健室よ」


 そういう流れになるのだろう。そう言えば聖が初めてこの世界から帰ってきた時も保健室にいた気がする。そんな事を思っている内に、急に物凄い眠気が襲ってきた。出血からではない。逆らえない眠気に少しだけ抗い、横を見る。聖の隣に座り、こちらを見て少しだけ安心した顔をしている綾乃が見えた。綾乃もまた眠気に襲われているようで、虚ろな瞳だった。

 途中で意識があるか無いかの判別が解らなくなり、そこから意識が途絶えた。





     SILBER BLITZ





 言われた通りだった。瞳を開く前に鼻孔に侵入してきた薬品の匂いでここが保健室であることが解った。

 その直後、顔に何かが近づく気配がした。何か細い物。それと笑いを必死に堪えているのだが時折吹いてしまうような息使い。多分これは――――


「んわっ!」


 聖がその場でカッと双眸を見開くと、すぐ傍で悲鳴が聞こえた。声ですぐに解った。


「………鳴本、今何しようとしてた?」


 隼人が聖に顔に何か細い物を近づけて笑おうとしていたことはもう解っている。そして隼人の右手に握られている物を見た。黒の水性ペンだった。


「んー、中々起きない緋之くんに落書きしようとしてたのよねー」


 聖の視線に気付いて隠しそびれていたペンを背後に隠そうとすると、そのペンがひょいと手の中から消えた。取り上げられていた。隼人の背後にいつの間にか百合子が立っていた。

 いや気付くとそこには図書委員の全員が揃っていて、聖が横になっていたベッドを囲んでいた。


「え? へ?」


 何で皆ここにいるのか解らずに、聖は一人一人を見た。


「緋之が一番重傷だったからな。傷は一瞬で治るんだけど意識が戻るのがちと遅くなっちまうらしいんだよな」


 勝が笑って言う。

 そう言えば身体の傷はどうなったのだろう。ゆっくりとベッドから身を起す。少しだけ眩暈がした。すると背中に誰かの腕が回っていた。


「緋之くん、大丈夫?」


 ちさだった。ベッドの奥、つまり聖の頭側に座っていたこともあり、逸早く手を伸ばせたのだ。ちさは優しく「ゆっくりでいいよ。力抜いてもいいからね」と言って身を起すのを手伝ってくれた。ゆっくりと上半身の全てを起き上がらせたことを確認し、ちさが離れた。聖はシャツの右腕を捲り、胸元は第三ボタンまで外すと左肩を出した。確かに傷が消えている。痛みもない。


「ったく、あんたは無茶し過ぎなのよ」


 最後に隣のベッドに腰掛けている綾乃が言った。


「………終わったのか?」


 腑に落ちない顔をして聖が皆に問う。

 聖以外の五人はそれを聞くと、綾乃以外が笑顔で頷いた。


「今回は一年生が頑張ってくれたからな。特に緋之は初めてにしては上出来だった。土壇場で『アーツ』が使えるようになっちまったみたいだし。一番野郎共を倒したんじゃないか?」


 勝がわしゃわしゃと聖の髪を撫でまわす。聖はまだ信じられない様な顔でされるがままになっていた。

 保健室を見渡すと保険の先生がいないようで、今は六人しか保健室にいない。窓の外を見ようとしたがカーテンで遮られれいた。カーテンの下から少しだけ夕日が見えた。壁にかかっている時計を見ると、十八時を過ぎていた。

 帰って来た。やっと帰って来たのだ。

 と、聖が安堵した時だった。バンと音がして男性が転がるようにして保健室に入って来た。聖にとっては見慣れている男だった。


「大兄ぃ」

「悪い。校長に今回の報告をしたら遅くなった。いやまぁ喜んで笑ってただけなんだけど、テンションが高くてな。あのおじさん」


 走って来たのだろう。少々汗をかいたようで、ジャケットを脱ぐと机に放り投げた。皺が付いてしまうと思ったが、聖の知っている男――――大胡教師にとってはそんなことは問題ではなかったようだ。むしろ目の前でベッドに座っている聖の方が気になって仕方がない。そんな顔だ。


「聖。よく頑張ったな。本当に、良くやったよお前。生きて帰って来るだけで良かったのに、あんなに素手で殴り倒すんだもん。心配しちまったけど、『アーツ』が使えるようになったしな。嬉しくてたまらないよ。本当」


 どうやらいつもの大胡教師に戻ってくれたようだ。戦う前に見た大胡はきっと聖のことが心配でならなかったのだろう。少し怖かったが心配してくれていたのならば仕方がない。

 大胡教師がやっと安心できたようで、綾乃の隣にどかりと座った。そしてそれを見計らったかのように勝の双眸が妖しく光る。隼人はそれに気付き、共感して共に双眸を光らせた。


「それはそれと先生。今回の報酬は?」


 手をワキワキと動かしてアピールする。そう言えば勝が戦う前に言ってた『この戦いが終わったら先生に夕飯集りに行こうぜ』的なことを言っていたような。

 それは当たっていたようで、大胡教師もそれが何の事だか把握していた。むふふと笑みを浮かべると、鞄の中から茶色い封筒を出した。

 

「校長が毎回のことながら軍資金を出してくれた。『いつも有難う』だってさ。何も遠慮することはない。お前達の頑張りによる結果で弾き出した物だ。思いきり食べてやれば校長も喜ぶさ」

「いようっし!」

「校長アザァースっ!」


 どうやら軍資金というのは勝利の褒美らしい。勝利する毎に校長から褒美が貰え、いつもよりも豪華な夕飯に在りつけるのだ。すでに二回程味を知った隼人は興奮して校長に感謝の意を叫んだ。勝もそれなりに嬉しいようでガッツポーズを取る。


「聖、皆でこれから夕飯だ。動けるか?」

「え?」

「お前も来るんだよ。どこか痛いとこあるなら小泉におぶってもらえ」


 勝を見ると「カモーン」としゃがんで背中を差し出している。保健室にいる皆が聖を見ていた。


「い、いや大丈夫だよ。自分で立てる」


 ゆっくりと移動してちさの隣に立つ。そこに上履きがあったからだ。履いて少しよろけながらも立つと、ちさがブレザーを差し出してきた。手を伸ばして「有難う」と言うと、それだけではなく広げて肩を持ってくれた。「着せてあげるから後ろ向いて?」と優しく言ってくれる。断るのは悪いので、それに甘えさせてもらった。

 ブレザーを着て再び礼を言う。ちさは優しく頷いてくれた。しかし視界の端に微かな殺気を感じた。


「つ……月波さん、どうかしたの?」

「……別に」


 綾乃は不機嫌そうにそっぽを向いた。いつものことだが。

 そうして全員で保健室を出た。大胡教師は靴を生徒側の下駄箱の傍に置いてきたというので、そのまま一緒に校舎を出た。


「皆、今回は何食べたい?」

「はい! 回らない寿司のカウンターで食べたいです」

「焼肉かな。腹減ったし、運動した後はこれに限る」

「相変わらず男子は遠慮無いな。て言うか鳴本はやりすぎだっての。少ししか寿司食べれないと思うぞ?」

「じゃ、回転寿司で」

「あくまでも寿司がいいのな。――――女子はなんか希望はあるか?」


 隼人はブーブーとブーイングを飛ばす中、今度は女子三人に聞いた。


「でも今回は私とチサリンは何もしなかったしねぇ。男の子が頑張ったし、男の子に任せましょ」

「あ、私も同じです」


 百合子とちさは控えめなようだ。


「私も頑張ったんですけど。……でも特に食べたい物無いし。男子に任せるわ」


 綾乃は選択をパスした。本来ならここで多数決か選択肢が増えるところなのだが、女子三人が何でもいいと言ったため、今日の夕飯は回転寿司か焼肉になりそうだ。

 と、そこで思い出したように聖を見る。


「聖は? 何食べたい? 何でも良いなんて言うなよ? お前が一番頑張ったんだから。何でも言ってみろって。別に寿司や焼肉以外でもいいんだからな?」


 おお、そうだった。と早まりかけていた隼人も聖を見る。勝も見ていた。いや、全員だった。六人全員が聖の意見を待っている。何となくどうしようかと迷っている時に意見を求められたため、少し口籠った。それでも皆待ってくれている。高校の門を潜り、一般道に出てから聖は立ち止まった。皆もつられて立ち止まる。聖は意を決して言った。


「や…焼肉が、食べたい」


 お。と勝の顔が綻ぶ。隼人は仕方無いと諦めて、しかし焼肉には賛成した。


「よっし。じゃ今日は焼肉に決定な。確か駅前に新しい焼肉店がオープンしたし。そこに行ってみようか!」

「うっす! アザース!」

「ゴチになりやーす!」


 先程から勝と隼人のテンションが異常な程高い。聖は苦笑いしか浮かべられず、そんな聖に大胡教師が寄り掛かって来た。


「聖、初めてじゃないのか?」

「え、何が?」

「こうやって自分の本当に思っている事や意見を、真正面から人に言えたこと。俺や雪歩以外の誰かに正直に打ち明けたじゃないか。一体どうしたんだよ」

 

 言われてみれば確かにそうだ。友人はいるが、遊びに行く場所など時間を、聖は全てを人任せにしていた。というよりも他人に合わせていた。そうすることによって調和を保っていた気になっていた。 

 しかし今は違った。皆が聖の本当の意見を求めていた。つい先程まで肩を並べて戦った仲間達。本当の仲間が聖にもできたのだ。ならば聖が無理をして合わせる必要はない。本心を述べなければ逆に失礼だと思ったのだ。


「僕にもやっと、本心を打ち明けられる仲間が出来た………ってことじゃ、駄目かな?」


 これも本心から。決して嘘偽りはない。

 そんな聖を見て大胡教師は笑顔を浮かべ、脇腹を小突いた。


「駄目じゃない。むしろ良い事だ。――――今日はいっぱい食べろよ」

「痛いって。――――うん。そうするよ」





     SILVER BLITZ





 夜道、二人は誰もいない道を歩いていた。勿論これは帰路である。二人が抜け駆けしたのではない。

 校長からの軍資金の殆どを隼人と勝が平らげて、聖もそれに負けないくらいに肉にがっついた。それでも二人の胃袋には負けた。「だからお前はチビなんだよ」と調子に乗った隼人のタレの小皿にトングで焼き網の炭を取り、隼人が余所見をしている隙にタレに付けている肉に乗せてやった。案の定それに気付かない隼人はそれを思い切り口に運び、直後「苦えっぉえあああああぐあああ」と叫ぶ程喜んでいた。

 何故かちさが爛々と輝く瞳で焼き網を見ていた。何故なのかは聞くのは危険だと思ったので止めておいた。

 大胡教師はビールを何本も飲みほしていた。それほど喜んでいるのだろう。

 隼人と勝が満足する頃に解散の流れになっていた。時刻は午後二十一時を回っている。普通の高校生ならば帰らなければならない時間だ。それに女子もいる。

 帰る方向がたまたま聖と同じだった綾乃は、聖と並んで――――と言っても少し距離を開けて――――帰る事になったのだ。何より大胡教師が「こんな夜に女の子を一人で帰らせる気かぁ?」と酔っ払いながら迫って来たので、刺激したくなかったし、聖も綾乃を一人で暗い道を帰らせるのはあまり良い気分がしなかったから、一緒に途中まで帰ることにしたのだ。

 大通りを抜けて少し狭い道になる。互いの距離が少し縮まるかと思ったが、綾乃が歩む速度を上げて前に出た。辺りはもう暗い。木々が風で揺れていた。月が出ていたが残念なことに少し雲が掛かっていた。


「傷は…」

「え?」


 唐突に前から声がした。綾乃の声だった。


「傷はもう、大丈夫なの?」

「あ、うん。治ったし。傷跡も残ってないよ」

「そう」


 そこで会話が途切れてしまう。

 でもそれは少し勿体ない気がしたので、何か話題は無いかなと思って探す。しかし探すよりも先に反射的に言葉が出てしまった。


「何か、ごめん」

「………何が?」

「保健室で月波さん、僕を見ていつも以上に機嫌悪そうだったから。何かしちゃったのかなと思って。だから先に謝っておくよ。―――ごめん」


 そう言うと、綾乃は立ち止まった。反射的に聖も立ち止まる。しかし綾乃は振り返らなかった。右手を頭に上に乗せ、少し強く掻いていた。

 数秒黙っていたが、やっと綾乃は口を開いた。 


「別に怒ってなんかいないわよ」

「え?」

「少し心配してただけよ。あんたのせいで今日の夕飯が食べられなくなっちゃうかと思ったし。それにちさもよ。あんたなんかに甘くしちゃって。あんたなんか何もしなくてもゾンビみたいに立つんでしょ。ならあんなに優しくしなくてもいいじゃない。見てるこっちが恥ずかしくなっちゃうでしょ」


 ふん。と鼻を鳴らす。

 しかし聖は意外そうな顔で綾乃を見ていた。


「心配……してくれてたの」

「――――っ!!」


 勢い良く綾乃が振り向いた。顔は真っ赤だった。

 あんなに視線だけで殺しそうな顔をしていたのに、実は心配してくれていたのだと言う。いつも「クズ」と罵倒するものだから「あそこでのたれ死ねばよかったのに」と言っているのではないかと思っていた。

 だが違った。そんな綾乃が聖を心配してくれていたのだ。


「そっか」

「煩い黙れ蹴り殺すわよ」

「有難う。月波さん」

「………っ!!」


 綾乃は唸ると、また前を向いて足早に道を歩いた。聖もそれについて行く。何だか面白くなってきた。

 しかしそんな面白さは続かなかった。


「じゃ、私こっちだから」


 聖ももうすぐ家が近いところまで来た。そこで綾乃は道を右折する。もう顔は赤くない。正直に言っているようなので、一刻も早くここから離れたいという嘘ではないのだろう。


「解った。――――月波さん。今日は有難う。色々と助かったよ」

「そう。私は疲れたわ。こんなクズに守られるなんて恥ずかしくてならないわ」

「あはは……ごめん」

「ふん」


 それじゃ。と綾乃は小さく手を振った。聖は「お休み」と言った。返事は無かった。


「本当、馬鹿なんだから」


 聖がもう傍にいないことを良い事に、再び罵倒した。が、その顔は決して嫌そうなものではなく―――むしろどこか嬉しそうだった。




「本当に、月が似合うよなぁ。月波さん」


 たった四日間の間で途轍もない波乱に巻き込まれた。一般的で平和な日常は奪われたが、そこまで酷い現実ではないようだ。

 何より聖は今、達成感と充実感に溢れていた。これは祖母に教わった技術を習得した時よりも、それにより自分が強くなったと思える場面よりも。

 本当の仲間と共に歩み、戦い、勝利する。これがどんな勝利の美酒よりも美味だということを知った。

 勝てば皆が喜んでくれる。だがそれは決して皆と合わせているのではない。自分もその輪の中に入って背中を預けている。今までにない喜びだ。

 聖はもっと強くなりたいと望んだ。今日の戦いで自分の未熟さを知った。未熟だったから隼人と綾乃を危険な目に晒してしまい、自分も傷を負ってしまった。情けない。

 もう四月は戦いは無いと言う。あと一週間と少しは訓練が出来る。無敵武道部と共に再び基礎からやり直せば、綾乃に少しでも近づけるだろう。

 ならば明日からもっとトレーニングを重ねるとしよう。何だか急にわくわくしてきた。

 

「僕も強くなるさ。きっと」


 うん。と拳を握る。もう家は近い。

 と、その時唐突に思いだした。月を見上げていたらそれが思い浮かんだのだ。

 暗闇の森林で戦いが終わった後、二人きりになった時に見せた綾乃の優しい表情。あれは一体なんだったのだろう。

 そして聞き間違いだろうが、一瞬だけ綾乃が聖を名前で呼んでいたような気がする。

 本当に綾乃という少女は何者なのだろう。今一番の疑問だ。


 ただ一つだけ解っているのは、綾乃は月が似合う女の子。それだけだった。



第一章『月が似合う少女』完

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SLIVER BLITZ 笹塚諒華 @sasazuka

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