番外章 ダイレクト・マーケティング
ダイレクト・マーケティング
「知っているかコハネ! 俺達の活躍をまとめた本の2巻が出るんだぞ! 2巻では、幼女サンタ&変態トナカイのコンビとプレゼント勝負をしたり、チートアイテムを賭けて軽トラでカーチェイスしたりするんだ。これは是非とも買わざるを得ないよな! 1人1冊、いや1人5冊は買うべきだな!!」
「先輩!?」
意気揚々と語り出した俺に、後輩である絹和コハネは、軽トラの運転席から驚きの顔を向けて来る。
何だその、ハトが豆マシンガンで掃射されたかのような顔は。
「どうした、何をそんなに驚いている」
「いえ、先輩のあまりの厚顔無恥さにです……」
「厚顔無恥だと!? 誠実で、清廉で、潔白で、真摯で、実直が形になったような俺に対して、なんてことを言うんだよ!?」
「その台詞を、真顔で言える時点で、誠実とはほど遠い人格だと思うんですが」
確かに、自分で言っておきながら、全く心に響いてこない語群だ。
誠実? それは金になるの?
実直? それって食べられるの?
「良く聞け、実は良いことを考えたんだよ」
「どうせロクでもないことだとは思いますけど、さっきから運転しっぱなしでちょっと眠くなって来たので聞いてあげても良いですよ」
「バカ野郎、仕事中に眠くなるとはどういうことだ。たるんでるぞ」
「それ、先輩には絶対に言われたくないんですけど……それで、今度はどんなロクでもないことを考えたんですか?」
「ああ、今度、俺達の活躍をまとめた本の2巻が出るだろ?」
「出ますね。ありがたいことに」
「1巻の発売時、あれだけ言ったのにもかかわらず、俺に印税が支払われることはなかった……悔しいことにな」
「はぁ、まあそれは当然の結果ですけど」
「今回も俺に印税が支払われることはないだろう。しかし、印税なんてもう良い。もっと積極的な手段に出ることにしたんだからな!!」
「積極的な手段、ですか?」
「ああ! 俺達がもっと真面目に働いて、その活躍を世間にアピールしまくることで、本が
より売れるようにするんだ!!」
「そんなっ!?」
「うぉぁっ!?」
突然の急ブレーキ。慣性の法則が、軽トラックに襲い掛かる。
フロントガラスに向けて投げ出されそうになった身体が、シートベルトによってギリギリ抑え込まれる。
「な、何しやがる! 急にブレーキを掛けるんじゃない!」
「す、すいません、先輩があまりにもマトモなことを言い出したので動揺してしまって」
「俺のせいなのかよ」
「でも、どうしたんですか? 余命でも宣告されたんですか?」
「どうもしてないし、余命も宣告されていない。別に何もおかしなことは言っていないだろ?」
「確かにおかしなことは言っていませんが、先輩の場合、そのおかしなことを言っていないこと自体がおかしいわけでして……もしや偽者!?」
「極めて本物だ! いいか、これから俺達の活躍をアピールしてアピールしてアピールしまくってやるんだ! その為に、真面目に働くぞ!」
「や、やっぱりこれは先輩じゃないです……今のうちに外に放り出した方が……」
「そして、アピールしまくった分のギャラを後でキッチリ頂くぞ!!」
「あ、やっぱりいつもの先輩でした。良かった良かった」
何を納得したのか。コハネは再び軽トラックを発進させる。
「驚かせないで下さいよぉ。いつものゲスい先輩じゃないですかぁ」
「絶対に褒められてはいないよな? むしろその反対だよな?」
「勝手にアピールしまくって、後でギャラをふんだくるとか、もはや詐欺の手法ですよね。そんなこと考えるの、先輩しかいませんよ」
「人聞きの悪いことを言うんじゃない。別に被害者がいるわけじゃないんだ。“先方”はアピールのおかげで本が売れて嬉しい。俺はアピールしまくってギャラが貰えて嬉しい。これこそが理想的な関係性というものじゃないか」
「はい? 何ですか、その“先方”って?」
「“先方”は“先方”だ。細かいことは気にしなくて良い」
「そうですか。でも、そんなやり方、“先方”とやらは認めてくれるんですかね?」
「安心しろ。そこは抜かりがない」
「……何か企んでいるんですか」
「もしも、アピールさせるだけさせておいて、ギャラを払わないというのなら、こっちにも考えがある。今度は逆に悪評をアピールしまくってやるだけだ。ククク、“先方”め、さぞかし困るだろう。そうなるのが嫌なら、大人しくギャラを……」
「とおっ!!」
「うぉいっ!?」
再びの急ブレーキ。
慣性の法則が働き、またも身体が前に投げ出されそうになる。
「だから急ブレーキをやめろって言ってるだろ! ムチウチになったらどうしてくれる。シートベルトも身体に食い込んで痛いんだぞ!」
「良いですか先輩。これだけは言っておきますが、自分勝手にアピールしまくったところで、ギャラなんて絶対に支払われませんからね」
「何だと、じゃあ、やっぱり悪評を……」
「それだけはダメです」
「はぁ? 何でだよ、こっちは正当な要求を……」
「ダメです」
「いやだから」
「ダメです」
「あの」
「絶対にダメです」
「…………はい」
いかん、コハネの目が完全に据わっている。
下手に反論しようものなら、今度は急ブレーキどころか、崖に向かってノーブレーキチキンランでもしそうな迫力がある。それはただの自殺だ。
「先輩、もしも下手に悪評を流そうものなら、どんな目に遭うか分かっているんですか?」
「はぁ? どうなるって言うんだよ」
「消えます」
「……え?」
「消えます」
「消え、る……?」
「はい。もう跡形もなく。文字通りに。むしろ文字すらも」
普段、まず見ない程に真剣な、コハネの顔。
『消える』なんて物騒な言葉、日常生活においては、ガンコなお風呂汚れぐらいにしか使われない。しかし今、その言葉には妙な迫力が込められている。
「消えるって……存在が消されるっていうのか?」
「ある日突然、先輩の席にクマちゃんのぬいぐるみだけが置かれている可能性が……」
「ぬいぐるみになるのか!?」
「その危険性は先輩だけではありません。場合によっては私も、突然ウサギちゃんのぬいぐるみに……」
「って、どんな森の一家だよ!? 一体誰がそんなことをするって言うんだ!?」
「そんなの決まっているじゃないですか。“先方”ですよ……」
「“先方”!?」
「はい、“先方”です。良いですか、消えるも消えないも“先方”次第なんですよ。正確には、書いて貰えるか貰えないか、全ては“先方”の胸先三寸なんですよ……」
「な、なんだってー!!!」
何だそれ、怖過ぎるだろ“先方”。一体何者なんだよ“先方”。
今まで割と甘く見ていたけど、結局俺達は全て“先方”の手の平の上で踊らされていたというのか。おのれ“先方”め。神様か何かか?
「ど、どうすればいいんだ!? 俺、消えたくないぞ!?」
「大丈夫、下手に欲をかかなければいいんですよ。具体的には、これからも真面目に働いて、真面目にアピール活動をすればいいんです」
「何だ、それぐらいなら……」
「勿論、タダで」
「タダだと!? それは俺の一番嫌いな言葉だと分かって言ってるのか!?」
「分かっていますよ、きり丸」
「誰がきり丸だ」
「とにかく余計なことを考えず、真面目に働き続ければ良いんですよ。おかしなアピールさえしなければ、“先方”も怒りませんから」
「わ、分かった。しかし、タダなのか……」
「まだ言ってるんですか。というか『OZ』から給料は出ているんですから、別にタダじゃありませんよね?」
「それはそうかも知れんが、最近色々あって金が足りなくてだな。正直、食費にも困る始末で……」
健康的で文化的な最低限度の生活を送る為にも、どうにかしてギャラをゲットしたいところだったのだが。
“先方”には勝てなかったよ……。
「何ですか無駄使いですか。ダメですよ、大切なお金を無駄に使っちゃあ」
「いや、何処かの後輩が、最近ガジェットの使い方を覚えたせいで、調子に乗って使いまくってな。その使用料が、俺の給料から引かれまくって……」
「あ、先輩! そろそろ次の配達先に到着するみたいですよ! 雑談はこれぐらいにして働きましょう!」
「雑談って、こっちは大真面目に言っているんだぞ!? お前な、いくら使い方を覚えても、そんなんじゃ、いつまで経っても一人前に……」
「はいはい、黙っていないと舌を噛みますよー」
「だから話をきぐぇー!?」
「ちなみに次の配達伝票はこれですから、ちゃんと読んでおいて下さいね」
品物 : 世界の果てからお急ぎ便2 著:更伊俊介 画:はんじゅくいぬ
おところ : 全国の書店さん
お届け日時: 2016年 12月 10日(土)
配送方法 : お急ぎ便
「……今のは、“先方”的には大丈夫なのか? 俺、消えないよな?」
「これぐらいなら大丈夫ですよ。なんてったって、これはダイレクトマーケティングなんですから」
「はぁ。しょうがない、真面目に働くとするか」
「そうですよ。真面目に働くのが一番ですって♪」
そんな、他愛もない会話を繰り広げながら。
俺、苅家ヒビキと、後輩、絹和コハネは軽トラックを走らせる。
まだ見ぬ配達先へ、まだ見ぬチートアイテムを届ける為に。
軽トラックは今日も駆けて行く。
おわり
世界の果てからお急ぎ便/更伊俊介 カドカワBOOKS公式 @kadokawabooks
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