ヤバいの窓

「ヤバいヤバいヤバい」

「な、何ですか、いきなり!?」

「ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい」

「ていっ!」

「あ痛ぁ!?」


 今日も今日とて、軽トラックでチートアイテムを配達する俺達。

 配達先の世界へと到着し、チートアイテムの入ったダンボールを荷台から下ろしていた俺の頭に、後輩である絹和コハネはチョップを叩き込んだ。


「てめえ、何をしやがる!!」

「それはこっちの台詞ですよ。何ですか、急に小学生男子並の語彙になっちゃって。どこかバグったんですか?」

「バグってねえ。とにかくヤバいんだよ!!」

「おや、まだ直ってないようですね。もう少し角度を付けて、内側から抉りこむように行った方が良いでしょうか?」

「やめろ! ヤバいからやめろ!」

「正直、今の先輩の語彙以上にヤバいものなんてないと思いますけど、でも心優しいコハネちゃんは、頭ごなしに否定せずに聞いてあげましょう。何がヤバいんですか?」


 優しい声で問うコハネだが、その右手はチョップの素振りを繰り返している。

 その目は、壊れかけの電化製品を見ているような目つき。

 下手な返答をしたら、ヤバいどころじゃ済まなそうだ。


「それはお前、俺達がヤバいって言ったら、チートアイテムのことに決まってるだろ。今見てみたが、今回のは相当にヤバい奴だぞ?」

「はぁ。まあ、世界の危機を救うことすらあるチートアイテムですからね。それなりにヤバいんじゃないですかねぇ」

「バカ野郎。それなりじゃねえ! 超ヤバいんだ!」

「いや、超とか言われましても」

「いや、やっぱり超では足りないな。超激ヤバい……違う、超激烈ヤバいだ! これはもう、ヤバいの超ウルトラレボリューションと言っても過言ではない!」

「ていっ!」

「ヤバスッ!?」


 コハネのチョップが、再び俺の脳天に落とされた。 

 衝撃で揺れる視界。天地の感覚が曖昧になり、膝から崩れ落ちかけそうになる。

 

「痛いだろ! そんなにポンポン人の頭を殴るんじゃねえ!」

「すみません。何だか、無性にイライラしてしまって」

「そんな理由で叩かれたのかよ。本当にヤバい奴だなお前は」

「でも、本当にどうしたんですか。そんなにヤバいヤバい言い出して。語彙力が小学生男子に戻る病気でも発症したんですか?」

「病気……まあ、似たようなものかもな」

「……はい?」


 俺は、軽トラックの荷台から下ろしたばかりの積まれたチートアイテム、数十センチ四方のダンボールの方を見る。


「まさか。あのヤバいチートアイテムに、また配達することになるとはな……」

「え? 先輩、前にもそれを配達したことがあるんですか?」

「ああ、お前と組む前に一度な。正直、あんまり思い出したくもないんだけどな」

「先輩が、そこまで言うって。そんなに恐ろしいチートアイテムなんですか?」

「いや、恐ろしいというかな。ヤバいんだ」

「ヤバい?」

「ああ。そのヤバさと来たら、もうヤバ過ぎて正式な名前も呼べないくらいだ。だって最強ヤバいんだから仕方ない。不用意にその名を呼んだら、口がヤバくなって、もうずっとマジでヤバいぐらいバイヤーのヤイバーで……」

「ていっ!」

「ヤバスンッ!?」


 三度目。今度は平手打ちが俺の頬に襲い掛かる。

 腰の回転を活かし、体重の良く乗った一撃だ。

 何とか舌を噛むことだけは回避出来たが、超痛い。


「すみません、またイライラしてしまって。まさかとは思いますが、その語彙力低下が、チートアイテムの効果だったりしませんよね?」

「そんな訳ないだろ。勿論、チートアイテムの効果は別にある。でも、その効果が想像を絶する程ヤバくてな。一度でもそのチートアイテムを見た者は、恐怖のあまり、ヤバい呪いがかけられ、語彙力がヤバくなっちまうんだ」

「何ですか、その訳の分からない呪いは」

「ヤバいだろ」

「いえ、アホらしいです」

「お前には、このヤバさが分からないのか。前の時は、余りのヤバさに、どれだけ軽トラックごと捨てて逃げ出そうと思ったことか。だけど、そんなヤバい思いとは裏腹に、ヤバさを求めている自分もいることに気付いてしまったんだ。ヤバさとヤバさの二律背反。ヤバさを恐れる程、ヤバさを探す気持ちも膨れ上がっていく。あまりのヤバさに、俺は、ヤバさとヤバさの板ヤバさみに……」

「せいっ!」

「ヤバシリッ!?」


 四度目はボディに一撃であった。

 思わずくの字に倒れ込みそうになってしまうが、ここで意識を失ったら、これまでの苦労が水の泡なので、何とかして立ち上がる。


「成程。その恐ろしさが、少しだけ分かりました。語彙力が低下すると、思考力まで低下してしまうんですね」

「ああ、分かってくれて何よりだ」


 ようやくコハネにも、このヤバさが伝わったらしい。

 俺の頭と頬の腹は、尊い犠牲となったのだ。


「じゃあ、さっさと配達しちゃいましょうよ。このまま放っておいたらヤバいですよ……って、もう! 先輩がヤバいヤバい連呼するから、私にも伝染っちゃったじゃないですか!」

「ああ、そう言えば言い忘れていたことがあったな」

「はぁ、何ですか?」

「この呪いには、もう一つヤバい効果があるんだ」

「ヤバい効果? これ以上にヤバいことなんてあるんですか……って、また!」

「この呪いはな、伝染るんだよ」

「伝染る? ……ってまさか!?」


 自分の口に手を当てて叫ぶコハネ。

 こういうことには察しが良い奴だが、しかし手遅れだ。

 大人しく、頭と頬と腹を差し出した甲斐があったぜ。


「さっきからヤバいヤバい連呼し続けていたのは、私に伝染そうとしてたんですね! ヤバい! マジでヤバい!」

「目の前で『ヤバい』を連呼して、他人に伝染せば治るんだ。いやー、荷台に積まれているアレを見つけた時はどうしようかと思ったけどな。無事に処理できて良かった良かった」

「全然無事じゃないですよ! 何ですかこれ、最高限界ヤバいんですけど!」

「安心しろ。風邪みたいなもんだから、人に伝染さなくても、一晩ゆっくり眠っていれば治る。それまでは、お前のことはヤバネと呼んでやろう」

「ヤバいですよ、そんなヤバい名前!?」


 悔しそうに地団駄を踏むヤバネだが、今更もう遅い。

 一度呪いから脱した人間は、しばらくはかかることはない。

 つまり俺はセーフティなのだ。


「……分かりましたヤバ輩」

「誰がヤバ輩だ」

「こうなったら、ヤバ輩も道連れにしてあげますからね。覚悟していて下さい」

「ふふん、残念だったな。お前に伝染したから、俺にはもうかからないぞ」

「いえ、私なりの方法で、先輩をヤバくして差し上げようかと」

「……ヤバいって。それは肉体的な意味で?」

「はい」

「それは物理的な手段で?」

「はい」

「それは長期間に及んで?」

「はい。大分ヤバい感じで」

「ヤベえ。逃げろ!」


 冗談なんか一切言っていないヤバネの目を見て逃げ出そうとするが、すぐに追い付かれた俺は、あっさりと倒され、身体の自由を奪われる。

 ヤバネは、俺に馬乗りになると、実に楽しそうな声を上げて。


「はい。じゃあちょっとだけヤバくなりますからねー。ヤバかったら、手を上げて知らせて下さいねー」

「はい! ヤバいです。助けて下さい!」

「良い子だから。ほんのちょっとだけ我慢して下さいねー」

「最初から聞く気がない! つーか配達は!? チートアイテムの配達に行かなきゃダメだろ!! 呪いも厄介だけど、本当に恐ろしいチートアイテムなんだからな。こんなところで油を売っていて良い筈……」

「あー、ちょっと今、ヤバい呪いを受けて、ヤバいぐらいに思考力が落ちてるんで、何を言っているのか分かりませんねー。えっと、肘はこっち方向にヤバく曲がるんでしたっけー?」

「違う! 逆! そっちじゃない!」

「アハハハ、ヤバーイ」

「そっちじゃないのぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」


 今日もヤバい声を響かせながら、軽トラックはヤバい次元を超えて駆けて行く。

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