間章
はいたつカンケイ
「そう言えば、先輩には青春の甘酸っぱい思い出とか……そんなものある訳ありませんでしたね。この話は止めましょう」
「断定しやがったなコノヤロウ」
今日も今日とて、軽トラックでチートアイテムを配達する俺達。
長時間の運転で退屈になったのか、後輩の
「すみません、嫌なことを思い出させてしまったみたいで……」
「謝るなよ! 俺にだって甘酸っぱい思い出の1つや2つあるんだからな!?」
「え? でも先輩の青春って、セピア色どころかグレー色だったんじゃないんですか? ビターどころかカカオ99%で泥の味だったのでは?」
「お前は俺の青春時代に何か恨みでもあるのか」
相変わらず、先輩に対する敬意というものが微塵も感じられない後輩である。
口の中に泥まみれのオニギリでも突っ込んでやろうか。
「良いだろう、そこまで言うのなら、俺の甘酸っぱい思い出を存分に語ってやるからな! 耳をかっぽじってよーく聞きやがれ!」
「あ、別にいいです。そんなに興味もありませんし」
「そう、あれは俺がようやく1人で配達を任されるようになった頃のことだ……」
「おっと勝手に喋り始めましたよ? 後から有料とか言われるのも嫌ですし、力ずくで止めておきましょうか」
「やめろ! というかハンドルから手を放すんじゃない!」
こちらに拳を向けて来ようとするコハネを、どうにかして押しとどめ、ハンドルをしっかりと握らせる。
「珍しく無料で話してやるから黙って聞いてろって」
「それはまた、珍しいですね。明日は先輩の穴という穴から槍が生えて来ちゃうんじゃないですか?」
「俺には思い出を語る権利すらないのか?」
「まあ構いませんよ。特別に聞いてあげますから話して下さい」
「態度が気になるけど……まあ良いや。その日、俺は、一通のラブレターを配達していたんだ」
「ラブレター? どうしてそんなものを? チートアイテムじゃないですよね?」
「ラブレターを甘く見るなよ。ほんの1枚か2枚の便せんに、想いの丈を目一杯詰め込んでいるんだぞ。そこにはチートアイテムなんか目にならない熱量が込められるんだ」
「は、はぁ、そうですか……」
コハネとの温度差が大変著しいことになっている気もするが、話を続ける。
「それは、とある世界の少年から、別世界に住む少女に宛てられたラブレターでな。込められている想いの強さを知っているからこそ、俺はいつもより慎重かつ丁寧に運んだ。しかし、少女の住む世界に辿り着いた時、とんでもない事件が起こってしまったんだ」
「え、まさか先輩が槍に貫かれて還らぬ身に!?」
「今ここにいる俺はなんなんだよ。いいんだよ、槍はもう」
「それで、何なんですか、そのとんでもない事件って」
「辿り着いた世界。そこには、何も無かったんだ」
俺の言葉に、コハネは驚きの表情で応える。
「な、何も無いって、そんなこと有り得るんですか?」
「正確には、そこには荒廃した大地が広がっていたんだがな。後で調べたら、俺が到着する直前に大災害に見舞われてしまっていたらしい。そこに住む人々も、建物も、何もかも滅ぼしてしまう程の大災害に」
「で、でも、世界の危機を防ぐチートアイテムの力さえあれば、その大災害も止めることが出来たんじゃ……」
「ああ。確かに止めることが出来る。それが俺達『OZ』の配達員の仕事だ」
「じゃ、じゃあ」
「俺がその時配達していたラブレターが、『OZ』のチートアイテムだったらな」
「……え?」
「お前もさっき言ったろ、『チートアイテムじゃないですよね?』って。そのラブレターは、『仕事』として配達するチートアイテムじゃなく、とある世界に住む少年から『お願い』されて、個人的に運んでいたものだったんだ」
コハネに話しながら、ふと、あの少年のことを思い出してしまう。
忘れたくても忘れられない、瞼の裏に焼き付いた、あの笑顔を。
「しかし大災害に見舞われたその世界では、人っ子一人見つけることは出来なかった。恐らく少女は、もう……」
「先輩……」
「俺が、もう少し早く到着出来れば、その場で少女にラブレターを渡すことが出来たんだよ。少年の想いを、しっかりと届けることが出来たのに……」
「そ、そんなに自分を責めないで下さいよ。いくら先輩だって、大災害が起こるなんて分かる訳ないんですから」
「俺は、何て無力なんだ。俺は俺自身のことを許せない!」
「ほ、ほら、話を変えましょう! あー、聞きたいなー。先輩秘蔵の食パンの耳を使った節約レシピの話聞きたいなー!」
「そう、少女の家は、評判のパン屋さんだったんだ……」
「地雷を踏んだ!? 食パンは無しです! そ、そう言えば、知ってますか? 幼女サンタのロザリアって、双子の弟がいるんですって。あんな生意気なのがもう1人いるかと思うとゾッとしますよねー」
「あの少年にも双子の弟がいたっけ……」
「また地雷踏んづけましたよ!!」
「全部俺がいけないんだ。俺が、俺が不甲斐ないばっかりに……」
「先輩、お願いですから、そんなに自分を責めないで下さい。先輩は確かに、自堕落で、ちゃらんぽらんで、いい加減などうしようもない人ですが。でも、そんな過ぎたことをグダグダ言うなんて、先輩らしくないですよ!」
コハネは、俺を真っ直ぐに見つめ。
真剣に俺を案じているという表情で、言う。
「どんな絶望的な状況でも、僅かな可能性にかけて、意地汚く前へと進むのを諦めない。やる時はやる。やらない時でもなんとなくやった気になる。他人の手柄は自分の手柄。自分の失敗は他人の失敗。それが私の先輩、
「コハネ……」
「先輩、今からでも遅くはありません。そのラブレター、届けに行きましょう!」
「でも、その少女はもう……」
「何で諦めるんですか。人っ子一人見つけることが出来なかったって、本当にちゃんと探したんですか? 世界の端から端まで。海も空も大地も。絶対にいないと、探し尽くしたと言えるんですか?」
「いや、それは……」
「だったら、諦めるのはまだ早いですよ。私も手伝ってあげますから、一緒にその少女を探し出しましょう!!」
「……でも、もうお金貰っちゃったしなぁ」
「確かに、ちょっと遅くなってしまいましたが、大切なのは届けることです。私達の手で、少年の想いを……って、お金?」
ぽかんとした顔のまま、固まるコハネ。
その目も、大きく見開かれている。
「ちょちょちょ、ちょっと待って下さい! 何ですかお金って。今の会話の中に、お金の入り込む余地なんてありませんよね!?」
「何を言っている。世界はお金で動いているんだぞ。むしろお金の影響下にない場所を探す方が難しいだろうが」
「いや、今そういう話はいいので。というか、お金を貰っちゃったって、どういうことですか?」
「言葉の通りだ。俺はラブレターを届ける報酬としてお金を貰ったんだ」
「え、ラブレターを届けたのは『お願い』だったんじゃ……?」
「俺が無料で『お願い』を聞くと思うのか?」
「いいえ」
「だろ」
即答するコハネ。まあ完全にその通りなので、しょうがないよな。
当たり前だ。愛する妹からのお願いでもなければ、無料で聞く筈もない。
「その少年の家は結構な金持ちでな。父親も、息子の願いを叶える為だったら、金に糸目はつけないっていう親バカだった」
「は、はぁ……」
「でも、あまりにも報酬が高過ぎて俺の方がビビっちゃってな。結局、手間賃に少し色が付いたぐらいの値段で請け負っちまったんだ。正直、今でも後悔している。まあ、若かりし日の思い出って奴だよな」
「ちょ、ちょっと待って下さい」
「何だ?」
「ま、まさか先輩の甘酸っぱい思い出って……」
「ああ。せっかく、良い金ヅルを見つけたのにあっさりと手放しちまった。認めたくないものだよな。若さ故の過ちって奴はさ」
ああ。
本当にあの頃は若かった。
「な、何ですかそれ! せっかく真面目に聞いてあげたのに!」
「何を言ってるんだ、こっちだって真面目に話していただろうが。今でも、たまに夢に見るぐらい悔しいんだぞ! ああ、若かりし日の俺のバカ!」
「本当にバカですよ。いきなり凹み始めるから、本気で心配しちゃったじゃないですか」
「ああ? あれが心配している時に使う言葉かよ。完全に追い打ちをかけていただろうが」
「お望みならもっと言ってあげましょうか? 自堕落で、ちゃらんぽらんで、いい加減で、どうしようもなくて、最低で、ルーズで、ケチで……」
「いやもう良い。何か涙が出てくるからやめてくれ」
「口が悪くて、洗濯しないからたまに汗臭くて、たまに捨ててあるエッチな本を拾ってて、最近微妙に抜け毛を気に……」
「やめてぇ! 分かった。俺が悪かったから!」
こちらを見ずに喋り続けるコハネに全力で頭を下げる。
これ以上続けられると、俺の中の大事な何かが失われてしまいそうな気がする。
というか、どうして諸々知っているんだよ。
「全く。それで、結局ラブレターはどうやって届けたんですか?」
「はぁ? 少女は、いなかったって言わなかったか?」
「ええ。その世界では、人っ子一人見つけることは出来なかった、と言っていました。ということは、少女は別の世界で生きているってことですよね?」
「……何だ、知っていたのか?」
「いいえ。でも、私の知っている先輩なら、どんな状況でも、絶対に届けるだろうって思っただけです。ただの『お願い』でなく、お金を貰っているなら、尚更です」
「ったく」
確かに、コハネの言う通りだった。
俺が到着した時、少女がいた世界は、大災害によって滅びていた。
しかし、どんな大災害だろうと、その世界に住む住人全員が一斉に消えるなんてことは有り得ない。
そう考えた俺は、大災害に襲われる直前の出来事を『OZ』のデータベースを使って調べ、その時に起きたことを知ることになった。
大災害が起きる直前、その世界には1人の人間が現れたという。
そいつは胸にバッジの付いた制服を着て、軽トラックに乗って現れた。
そして、大災害に怯える住人達の前に、荷台に乗せた、巨大な船のような荷物を下ろすとこう言ったらしい。
『この世界、もうヤバいみたいだからさ。この船で、みんな別の世界に移住しちゃえば良いんじゃないかな? ほらほら、早く乗らないとミンチにしちゃうよ?』
その軽いのに物騒な口調には覚えがある。
それは、俺の先輩にして、我らが『OZ』のエース配達員のものだ。
「……つまり、その世界は既に『OZ』のチートアイテムによって救われた後だったって訳だ。因果律の関係とかで、大災害そのものを止めることは出来なくて、住人を移住させることにしたんだそうだ」
「成程成程。それで、その移住した世界まで行って、ラブレターを届けてあげたと、そういう訳ですね」
「まあな」
調査の時間や、燃料費など考えれば、実に割に合わない『お願い』だった。
何度ラブレターを破り捨ててやろうかと思った程だ。
本当に、あの頃の俺と来たら。
「それで、ラブレターを届けた結果はどうなったんですか? その2人の間に恋は芽生えたんですか?」
「バカ、そんなのは当人同士の問題だ。外野が気にすることじゃないだろ」
「お、何ですか。先輩ってば恋のキューピッド気取りですか。ヒューヒュー」
「お前。バカにしているのか? バカにしているよな?」
顔を見れば分かるぞ。
何だよヒューヒューって。小学生男子か。
「でもいいですね-。秘めた想いを込めたラブレター。女の子だったら憧れちゃいますよねー。そうだ、今度私も先輩にラブレターを書いてあげますね」
「え、いらないけど」
「良いんですよ、照れなくったって。本当は嬉しいの、分かっているんですから」
「いや、本当にいらないんだけど。つーかお前、ラブレターの書き方なんて知っているのかよ」
「勿論です。この美少女配達員のコハネちゃんを舐めないで頂きたいですね。便せんいっぱいに相手への想いを書き連ねて、最後に『お互いの命で決着をつけよう』って書けば良いんですよね?」
「それはラブレターじゃなくて、果たし状だ。しかも、本気度の高いやつ」
「絶対に来て下さいね♪」
「誰が行くかぁ!!」
今日も賑やかな声を響かせながら、軽トラックは次元を超えて駆けて行く。
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