第13話
白パンと温かなオニオンスープ、ディンギルの紅茶。食卓に並べられた四人分の朝食を見ると、ついつい顔に笑みを浮かべてしまう。
わらわとルリエッタ。ヨハネに、そして新しく家族となったエミリア。透き通る白い絹のドレスを纏った麗女じゃ。
料理の素材は昨日の内にヨハネが、調理は朝の内にエミリアが、食卓の準備はルリエッタがそれぞれ担当していてくれたらしい。わらわが起きた頃には立派な朝食が準備されておった。
わらわだけ何もしておらぬことに申し訳無さを感じるものの、やはり家族が協力して作ってくれた料理というのは幸福じゃの。これだけで満腹になってしまいそうじゃ。
「皆様方、お食事前に申し訳ございません。食べながらで結構ですので、今後のプランについて軽く説明させて頂きます」
『食後ではダメなのですか?』
食べ始めようと言う前での言葉に、ルリエッタが難色を示す。
むむぅ。ヨハネの考えを無碍にしたくはないが、わらわとしてもあまり気は進まぬの。説明は是非聞きたいが、食べながらというのはあまり礼儀がよくないのではないじゃろうか?
「エミリア、お主はどう思う?」
「はい、いいえ。時間を節約するという意味で合理的」
エミリアはヨハネの意見に賛成のようじゃな。
確かに、エリエスファルナの屋敷を頂戴した翌日、やることなどいくらでもあるのじゃろう。わらわ達の今後に関する実務をヨハネには全て押し付けてしまっておるようなもの。平然とした様子ではあるが、やもすれば態度ほどには余裕がないのかもしれぬ。
『それは分かります。しかしルル様にはもっと悠然と過ごして頂くべきです』
「よい、ルリエッタ」
今のわらわはお飾りのようなもの。実働は全てヨハネに任せてしまっておるのじゃからな。どちらを優先するかなどは考えるまでもあるまい。
「頼むぞ、ヨハネ」
「畏まりました。それではまずルル嬢、皆様方も、こちらの資料をご覧ください」
配られた羊皮紙にざっと目を通す。お手本のように整った文字で実に見易いの。
「詳細はこちらに纏めておりますので、口頭では指針の概要のみとさせて頂きます。現状、私達が優先すべきは最初の目標は、この社会に慣れることです」
「その事に異論はない。わらわには分かっておらぬことが多すぎるからの」
わらわの知る、父様と母様から伝え聞いた常識はもはや過去のもの。ならばわらわも、ヨハネの言う通り慣れねばならぬじゃろう。何も理解せぬままでは、家族を増やしたとしても養うことができぬからの。
「ルル嬢の仰る通り。社会の歯車がどう回るのかを理解していなければ、最後の最後で損を取るのが道理。魔石を探すにしても、基盤となる資金を得るにしても、世間の在り方を知っていなければなりません。万事滞り無く進めるためには、世間並みの顔である必要があるものです」
「なるほどの。その為にも、今の常識を知る必要があると」
「ええ。特に魔族と魔物。これらの立場や認識がどうなっているのかを明確にせねばなりません。場合によっては、魔族が再興することも可能だと私は考えています」
「なんと……!?」
ヨハネの言葉に、わらわは思わず食事の手を止めてしまった。
再興など、考えもしなかった。家族が欲しい、仲間が欲しいとは願った。けれど、それでも分不相応ではないかと思っておったのじゃから。ルリエッタがいて、ヨハネがいて、エミリアも呼べた。これ以上は望むべくもないと、知らずそう考えていたのかもしれぬ。
「まだまだ先の話ですから、あくまでも希望的観測とはなりますが。もし本当に魔族がお伽噺の存在に成り果てているのだとすれば、決して不可能ではありません」
紅茶で舌を湿らせて、ヨハネは目を鋭く光らせる。
その言葉に驚いたのはわらわだけでないらしく、エミリアも目を丸くしているようじゃった。ルリエッタも粘体を固くして、珍しく動揺しておるようじゃ。
「その為、第二の目的として、領地の確保を目指し行動することを提言致します」
「ちょ、ちょっと待つのじゃヨハネ。話が飛躍してはおらぬか?」
領地の確保、それが何を指すのかはわらわにも分かる。領主になるということじゃろう。じゃが、世間一般の常識を得て次に目指すのが領主の座というのは、わらわでなくとも困惑することの筈じゃ。
『領主……ヨハネ、分かっていますね。やや不足ではありますが、ルル様のお立場を考えればその程度は当然のことです』
……困惑することの筈じゃ!
ルリエッタは少々ばかりわらわを過大評価し過ぎなのじゃ。彼女は例外じゃろう。
「無論、これが普通の人であれば不可能に近いでしょう。けれどルル嬢が持つ力は、それを可能にするほどに大きい」
ルリエッタはうんうんと頷き、エミリアも当然とばかりに一度頷く。
未だ騙されているのではないかという違和感があるが、こればかりはわらわも認めるしかないのじゃろう。エリーたちがウソや演技をしていたようにも思えぬし、人間がわらわの知っている通りであればそんな必要もない。
「そもエミリア嬢のような人型であればいいですが、ルリエッタ嬢のように一見して異形の方々が多く生まれればこの家では到底足りません。最低でも早めに広大な土地を確保しておき、有事の際の避難所とする必要があるでしょう」
「ぐぬ、そう言われてしまえばその通りじゃ」
エリー達もルリエッタをモンスターとして認識しておったからの。わらわのような人と似た姿のものであればよいが、そうでなければかつてよりもっと酷い扱いになるのかもしれぬ。
温厚で無害であると説明して、それが受け入れられれば一番なのじゃが。
「それに領主という公的な権利を得ていれば、ある程度の自由は効くはずです。どこまで裁量権があるのかは分かりませんので、この辺りは調べておく必要がありますけれどね」
「その為に、ここに書かれていることをこなしていく訳じゃな?」
羊皮紙に纏められているのは、店舗の運営、それぞれの担当、各自が重視すべき点など事細かに、しかも分かりやすく書かれておる。
資料はとても見やすく纏まっており、すっと頭に入ってくるよう配慮されておった。本当にヨハネは有能じゃの。どこかの宰相か、それに近い立場の能吏だったと言われてもわらわは信じる。
「ご明察です。領土を得るための下準備。その完遂が当座の目的です。その後、この国で爵位が手に入れられるならそれでよし。難しいなら他国への移住も視野に入れておりますので、後日にまた方向性を相談させて頂きます」
「うむ。任せきりとなってすまぬが頼むぞ」
「御心のままに」
恭しいヨハネの態度に苦笑する。こうやって芝居じみたやり方をするのは、わらわに気を使ってくれてのことなのじゃろうな。
さて、あまりヨハネに心配させるのも申し訳ない。わらわもできるということを示さねばならないからの。しっかりと役目を果たすとしよう。
ヨハネがわらわに求めているのは、一言で纏めればご近所付き合いということらしい。
わらわが主である以上、これからの中心はわらわではならない。見た目や性格が素直なので、交流に関しては適任。ついでに人間に対する恐怖症を克服すべきということ。他にも細かなことは色々と書かれておったが、ヨハネはこれらがわらわの重視すべき点と考えておるということじゃな。
一つ目は分かる。ヨハネやルリエッタにほぼ任せきりではあるが、彼らはわらわの頼みに応えてくれているのじゃから。道筋が見えたとヨハネがそう言うのであれば、わらわが矢面に立つことに何の躊躇いがあろうか。
二つ目は、何やら複雑な思いがするが、ヨハネがそう言うなら納得するしかないのじゃろう。見た目は小さく子供みたいだからということじゃろうな。性格に関しては、素直、なのじゃろうか? 自分では分からんの。
三つ目に関しては申し訳ないかぎりじゃ。頭では分かっておるのじゃがなぁ。
それらを解決するため、それとエリーから王族側の、町の人々から一般の知識を得る為に、わらわがすべきは人と積極的に交流することじゃと纏められておった。
まだ不安はあるが、それこそここに書かれておる通り、慣れることで解決することじゃろう。最初はヨハネが付き添ってくれるということなので、迷惑をかけぬよう早めに解決せねばならぬな。
後は資金集めに関して書かれておった。最初はルリエッタと一緒にダンジョンでの素材集めを中心に、少しの時間だけ店に立つ。人に慣れた後は、逆に看板娘としての店に立ち、素材に関してはルリエッタを主にするようじゃ。
資金に関しては第一に生活、第二に魔石関係、余力分で領土に関する積立に利用するという考えでいるらしい。場合によっては優先順位を変えることもあるが、その際は事前に連絡するとのこと。
後はルリエッタとエミリア、ヨハネ自身に関しても指針が立てられておる。短い時間でこれだけの案を形にするのは感心しか無いの。
しかし、なんじゃろうか。凄いとは思うのじゃが、何やら喉に引っかかるような違和感がある。
『……ヨハネ。貴方はいつのまに文字を覚えたのですか?』
「……あっ! そうじゃ、それじゃ」
会話は召喚の際に通じるようされておったが、言葉は異なる。意思疎通の術式であって、ヨハネがわらわ達と同じ言葉を使っている訳ではない。ついでに言っておけば、わらわとエリー達が会話できたのも同じ理由じゃ。これを生み出したのは人間側であったので、そう珍しいことでも無いじゃろう。
だから言葉は通じるが、文字は読めぬし書けぬ。文字の形は人と魔族でも異なり、種族ごとでも差異がでる。時代によって変わるし文法もまた同様。こればかりは魔法ではどうにもならぬ。
翻ってこの資料じゃが、わらわの見慣れた文字で書かれておる。ヨハネが普段から使っていた文字が偶然にも似たような形をしていて、意味も文法も同じだった、などということはありえまい。
「何を仰られます。私に文字を教えてくださったのは他ならぬルル嬢ではありませんか」
「ぬぅ?」
にこやかに返された。じゃがわらわに覚えはない。逆に文字を教えていないことで、ヨハネを召喚した責任を果たしていないと自責してしまう。ああ言ってはいるが、自分で覚えたのじゃろう。そう言えば今まで、何度かダンジョンに誂えた書庫に入っていく姿も見かけたの、その時に勉強していたのじゃろうか?
母様は手のかからない子は助かるけど、それはそれで寂しいと昔教えてくれたことがあった。今こそ母様の気持が分かるのじゃ……!
『さすがはルル様。ヨハネのようなものへもきめ細やかなお心遣いをなさっているのですね』
「え、いや」
「その通りです、ルリエッタ嬢。私は積んだ功徳の配当金が適切に払われた結果、ルル嬢の元に雇用されることになったのだと確信しています」
「はい、いいえ。ルルはいい子。間違いない」
二人とも乗っかってくるじゃと……!?
ヨハネは確信犯として、エミリアに言われては今更否定もしづらい。わらわを持ち上げてくれるのは恥ずかしくも嬉しいのじゃが、うぅ、情けない……。
皆に頼られるようしっかりせねばならんな。ヨハネにも気を使う必要はないのじゃと改めて伝えておかねば。
しかしヨハネを召喚してから日も浅いというのに、独学で習得するとは……信じられんの。
「ともあれ私からの説明は以上となります。質問にはいつでもお答え致しますので、ひとまずはお食事の続きをお楽しみください」
恭しく腰を折るヨハネ。ふと見れば彼の前の食事は空になっておった。
所々で食事していたわらわ達と違い、ずっと喋ってた筈なのじゃが……。一体いつの間に食べたのじゃろう?
会話中に咀嚼していたということも無かったし、実は掌にも口があるとか言われても信じられそうじゃの。
そんな事を考えながら、少し冷えた残りの食事を平らげた。
今日から早速、ヨハネが考えてくれたプランを果たすために頑張っていかねばの。
モンスタークリエイト[一から始める魔族再興] トキヤ @tokiya
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