「迷子のイルカ」
ある所に大海原を泳ぐイルカの家族の群れがありました。家族はみんな仲良しでどこに行くのも一緒です。その中の一番の末っ子イルカはいつも家族一緒なのをたまに窮屈に感じていました。
なのでひとりで自由気ままに泳ぐ一人旅に憧れていました。
そんなある日、イルカの群れは大きな嵐に巻き込まれてしまいます。この嵐で末っ子イルカは家族からはぐれて知らない海に迷い込んでしまいました。
ひとりぼっちになってしまった末っ子イルカはそれでも初めてのひとりの冒険が楽しくて、すぐに家族の元に帰ろうとせずについついこの冒険を楽しんでしまいました。
末っ子イルカが思う存分に泳いだ後で気がつくと、そこは誰も知り合いのいない知らない海域。流石の彼も段々不安になってきました。
そこでやっと家族の元へ戻ろうと決意するのですが、元々知らない海域だけに、どこをどう泳いでいいのやらさっぱり見当がつきません。
しばらく当てずっぽうに泳いではみたのですが、すっかり迷って困ってまいました。
そんな迷いイルカがしょんぼりしながら泳いでいると、そこに近付くひとつの影があります。それは今の彼と同じく一匹で泳いでいるサメでした。
ようよう、どうしたんだいそんなところで
サメは陽気に迷いイルカに話しかけてきました。彼もあんまり寂しかったのでそのサメのもとに駆け寄ります。
いつの間にか家族とはぐれちゃってひとりになっちゃったんだ……
それで帰りたいけど帰れないんだ
迷いイルカの話を聞いたサメは納得して彼に話しかけました。
そいつは大変だ!実は俺もそうなんだよ!
どうだい、良かったら一緒にここから脱出しないか?
このサメの提案に迷いイルカは喜びました。寂しい仲間が出来たのです。彼はサメのその提案にすぐに乗る事にしました。
サメさんもひとりなの?はぐれちゃったの?
おうよ!全くこの間の嵐はひどかったなぁ!
サメの話によるとここは瀬戸内海と言って、海流がとても激しくて一度入り込むと中々脱出の難しい場所だと言う事でした。
サメがここに迷いこむのも実は今回で三度目で、だからこそ脱出方法も自分についてくれば問題無いと彼は胸を張って言います。このサメに出会ってラッキーだったなあと迷いイルカは思いました。
そしてサメに先導されて迷いイルカがこの海域を出ようとしていたところ、運悪く二人は船に見つかってしまいます。人間の事をよく知らない彼は何も感じなかったのですが、この船を見つけたサメの焦りようは半端ではありません。
ッベェ!あいつに見つかったら殺される!イルカ!急ぐぞ!
サメの話によると仲間があの船に何匹も捕まったと言うのです。その話をする彼は何だかとても怖い顔をしていました。
捕まった後の事は分からないけどきっと殺されたんだ!
それはヤバイね!何としても逃げきらなくちゃだね!
二匹は持てる全ての力を出し切って船から逃げました。
しかし船はサメに気付いて全速力で迫って来ます。このままでは船に捕まってしまうと思った彼は迷いイルカに告げました。
ここから二手に別れよう!じゃあな!
そう言ってサメは迷いイルカから離れていきました。それでイルカはと言うと、ただ怖くてもう無我夢中で何がなんだか分からなくなってしまいます。そんな訳でとにかく彼は力の続く限り泳ぎ続けるのでした。
そうして気が付くとまた迷いイルカは一匹になってしまいます。
しかも限界まで泳いだせいでお腹はペコペコ……体力の限界でした。それはもうこのまま浜辺に打ち上げられても仕方のない程です。
あ、イルカさんがいる!流されているみたい!
その時、偶然浜辺を歩いていた子供が海を漂う迷いイルカに気付きました。余りにも弱っている彼の姿を見て心配になったその子は周りにイルカの事を話します。
やがてイルカの飼育員の人が連絡を受けて彼を助けに来ました。
あ……あれ?
迷いイルカが気がつくとそこはイルカの専用の施設の中でした。
ぼ、僕……捕まっちゃったの?
周りを見渡すと海では見た事もないものばかりに囲まれています。このまま殺されちゃうんじゃないかとさえ彼は思いました。
おお、目が覚めたね
ごはんは食べられるかな
迷いイルカの意識が戻ったのを確認して飼育員さんがごはんを持って来ました。彼は訳も分からずもらったごはんを口に入れます。
うわ!美味しい!あれ?僕助かったの?
人間って怖い存在じゃないんだ!
ごはんを食べて迷いイルカは徐々に回復していきました。しばらくしてすっかり彼は元気になります。そうして元気になった迷いイルカは狭い水槽から少し広めの場所に移されました。
浜辺から少し離れたいけすのようなその場所に自分と同じイルカがたくさん泳いでいます。
今日からここで泳ぐといいよ
飼育員さんはそう言ってその場を離れて行きました。初めての知らないイルカとの交流に迷いイルカは戸惑ってしまいます。何となく場に馴染めずに彼が遠巻きに泳いでいると、その中のイルカの一匹が彼に近付いてきました。
よう!海で死にかけてたんだって?ここはいいところだよ!宜しくな!
え……あ……うん……よろしく……
初めて会ったイルカに話しかけられて、迷いイルカは戸惑いながら返事をします。
でもこのイルカもいつかのサメと同じく陽気だったので、すぐに打ち解けあえる気がしました。
ここでは自由に好きに過ごしていいんだ!どうだい楽園だろう?
そ、そうなんだ……
広い海を知っている迷いイルカにはこの場所は狭過ぎました。
しかしそれを言い出せる雰囲気ではありません。それはともかくとして、この陽気なイルカの雰囲気に彼も少しずつ打ち解けていきました。
この施設にいるイルカはみんな最初から人に育てられたイルカで、いけすの外の広い海を知りません。広い海の事を話す迷いイルカの話を他のイルカ達は羨ましそうに聞いているのでした。
そうそう、イルカ達がいるここは水族館ではありません。イルカと人が触れ合う事が目的の施設です。なので、そこにはイルカしかいませんでした。
最初こそ先輩イルカ達の様子を伺う迷いイルカでしたが、みんなただ自由に泳いでいるだけだと分かったので、彼も気を楽にして段々と自然にお客さんと触れ合えるようになって来ます。
初めての体験が楽しい内はそれに夢中になって家族とはぐれた寂しさを忘れる事が出来ました。
しかし段々この施設での過ごし方に慣れてくると徐々に寂しさが蘇ってきます。迷いイルカはすっかりホームシックになってしまいました。
考えてみれば離れた家族もさらにバラバラになってしまっているのかも知れません。
もしかしたらもう二度と家族に会えないのかも知れません。そう思うと彼はすごく寂しくなってしまうのでした。
そんな迷いイルカの寂しさを感じて仲間のイルカが話しかけてくれました。
ほら、夜空を見上げてみろよ、見上げているとたまに流れ星が流れるんだ
流れ星に願い事をすれば願いが叶うって言うぜ
本当!?僕流れ星を探すよ!
この話を聞いた迷いイルカは嬉しくなって夜の間中流れ星を探し続けました。
しかしそう簡単に流れ星は見つかりません。彼はすっかり寝不足になってしまいました。
まあ、気楽に探すんだな!そう簡単に願いは叶わないって事だよ!
先輩イルカはそう言って迷いイルカを励ますのでした。
時は流れ、迷いイルカが施設に保護されて一ヶ月が経とうとしていました。彼もすっかりこの生活に慣れて、もうこのまま一生をここで過ごしてもいいかなと考える程です。
この日も楽しくお客さんと触れ合って気分よく過ごしていました。ただ、この日に限って何となく不思議な予感を感じていたのです。
今日はきっと何かあるぞ!
しかし彼のその予感は当たらないまま――すっかり夜になってしまいました。
この頃になるともう流れ星を探すのは諦めていたのですが、ただ何となく夜空を見る癖は残っていて、その日も日課のように空を眺めます。
何も考えずに澄み切った夜空を見ていると、心にすうっと気持ちのいい風が吹くようでした。美しい夜空を眺めながらゆっくり気を休めていたその時です。
キラッ!
流れ星です!迷いイルカはついに流れ星を目にしました。
余りに突然の事だったのでかなり慌てながら、このチャンスを流すまいと彼は一生懸命家族に会いたいと流れ星に願います。
これで願いが叶ったらいいな……
迷いイルカはそう思いながらその日は眠りにつきます。ようやく流れ星に願いを届けられて久しぶりにぐっすり熟睡する事が出来ました。
その次の日の朝、施設の近くで大勢のイルカが泳いでいるところが発見されました。何とそのイルカ達はあの迷いイルカの家族だったのです。迷いイルカが心配でずっと探していて、ついにこの場所に辿り着いたのでした。
それはまるで昨夜の流れ星が迷いイルカの願いを聞き届けてくれたかのようです。
家族が近くにいる事が分かると施設の他のイルカたちが協力してくれました。
早く!家族に会いに行きなよ!
さようなら!大海原でも元気でね!
君が来てくれた一ヶ月結構楽しかったよ!
仲間のイルカ達はそれぞれ迷いイルカに声をかけてくれました。施設のイルカの柵は脱出しようと思えば結構簡単に脱出できる作りになっています。
それはイルカと人の信頼の証でもありました。
迷いイルカは仲間達の協力を得てとびっきりのジャンプをします。それであっさりと施設を脱出する事が出来ました。
そうして迷いイルカはようやく愛する家族のもとに帰る事が出来たのです。その様子を飼育員さんは優しく見守っているのでした。
迷いイルカはこの一ヶ月の出来事を興奮気味に家族のみんなに話します。
家族イルカ達はお礼をするようにしばらく施設の周りを回遊して、そしてまた本来の自分たちの泳ぐ海域へと帰っていきました。
(おしまい)
にゃべ♪の短編童話集 にゃべ♪ @nyabech2016
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