第三十四話 伝えられた真実

 悩みに悩んで真実を伝えたのに、フォンの反応がない。

 恐る恐る顔を上げ、フォンを見ると、なぜか溜め息をつかれた。その顔はあきれているようにも見える。


「あの、ね。風?……聞いてる? リィリィ公主がここにいるんだけど? 私の頭の上」

 まったくもって信じていない風に教えるように、頭上にいるリィリィに指を差し教えるが、なぜか子供をあやすように頭をぽんぽんと撫ぜられた。


「ああ、聞いてる。姉上の幽霊ね……菓子でも食べに来ているのか? 姉上は月餅が好きで、いつも自分の宮に隠し持ってたからな。食い足りないんだろ。雪、嘘をつくなら、もう少し上手につけよ。で、本当はどうしてわかったんだ?」

 ……やっぱり信じてくれてない。


『我が弟ながら現実主義者と言うか夢がないと言うか……雪、私の言葉を伝えて……』

 ニマニマと笑いながら語りだしたリィリィの言葉をそのまま風に伝える。

 

「風が5歳の頃、陛下が大切にしている梅の木の枝を、内攻の練習中に折ってしまった。真実を伝える訳にもいかず、母君の朱月皇后に助けて貰おうと急いでいたら、皇帝陛下が現れ大激怒。それを助けてくれたのが……暁雨様」

 リィリィの話を聞きながら、そんなことがあったのかと驚いていると、目の前の風も声を失っていた。

「……なんだ、風も失敗するのね。暁雨様が助けてくれたんだ。それと、7歳の頃、陛下からいただいたギョクを天子様に隠されて仕返しした。その方法が、寝ている天子様のチュアン(寝台)に蛇やムカデを投げ入れた……」


 蛇とムカデ……聞くだけで気持ち悪い。しかも、寝ている間になんて……悪夢だわ。

 聞いているだけで寒気がしてきた。


「どうして、雪がそれを知っている? 梅の木の真実を知っているのは、姉上と母上、それに暁雨だけだ。それに、イタズラした蛇のことまで。まさか、本当に姉上の幽霊がいるのか? なら、聞いて欲しい……姉上は誰に殺されたのかを」

 青い顔をしながらも、まだ信じ切れていない風は、宙に視線を投げかける。


『まだ信じてないわね。我が弟ながら疑り深いわ。雪、教えてあげて! 犯人はまったくわからないって! だから、探すように伝えてね』

 胸を張り「わからない」と言い切るリィリィに苦笑いしつつ口をひらいた。


「リィリィもわからないって。その時の記憶はないって言ってるわ。風に犯人を探して欲しいって」

 そう風に告げると、なぜか風は泣きそうな顔をした。

「……そうか。姉上は幸せでしたか? 第一公主として生まれ、制限された生活や命を狙われる日々。そんな毎日を過ごしながら、姉上は生前、幸せでしたか? 苦しくありませんでしたか?」

 風はリィリィの姿を見ることは出来ないのに、宙を見つめ悲し気にそう言った。


『雅風……。雪、私は幸せだったと――。それと』

 風と同じく、泣きそうな顔をしたリィリィの言葉をそのまま伝える。


「リィリィからよ。幸せだったと――。雅風もいて、母上もいて、なにより……江が傍にいて話を聞いてくれた。あの人がいるから、私は公主という立場から逃げなかった。あの人がいたから私は前を向いた。だから、雅風も勇気を――。全てに立ち向かい手に入れる、覚悟と勇気を」

 リィリィは憂いていたのだろう。

 弟の周りからの評価と、動いて良いか迷っている風の姿を。

 切なそうに目を細めた後、覚悟を決めたように、風が口をひらいた。


「姉上らしいな。そこまで見ていたのか。……姉上、江はまだ姉上を想っていますよ。必ず見つけ出します。姉上と母上を殺した犯人を」

 風も迷っていたのかも知れない。

 このままの自分ではいけないと――。

「フ、フォン。私も力になるわ。微力だけど。頑張るから」

 吹っ切れたような顔を見せる風に、私も手伝いたいと力強く声に出した。

「ああ、ありがとう。雪。まあ、姉上の幽霊が本当にいるとは、まだ信じていないけど、懐かしくて嬉しかったよ。教えてくれてありがとう」

 どうやら、まだ完璧に信じていないらしい。

 リィリィの幽霊が傍にいることを。


『……本当に疑り深い弟ね。まあ、今はこれでいいわ』

 リィリィが口を尖らせながら呟くが、その顔は嬉しそうだ。

「雪、今日は、もう遅いから俺は静玉台に戻るが、周囲に注意しろよ。娜も何を考えているのか不明だ。雪をどういう目的で引きとったのか真意がつかめない」

「わかったわ。風も気をつけてね。それと、今日は来てくれて、ありがとう」

 にっこりと微笑みながら言うと、風が小さく頷き背を向けた。

「また、明日来るから」

 そう言うと、風は出て行った。


『雪は可愛いわね。本当に。素直でねー』

 ニヤニヤしているリィリィに首を傾げながら、そろそろ寝なければと床に入ろうとするが、お腹が空いたので、食べかけの点心を頬張ることにした。


 お腹が空いていては眠れない。

 椅子に座り直し、点心をつかみ大きく口をあけ頬張った。


『まだ、食べるの……。太るわよ、雪。こんな夜に食べるなんて』

 呆れたようなリィリィの声を無視して、次は饅頭に食らいついた。

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雪華後宮記~宮女試験とユーレイ公主~ 在原小与 @sayo

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