第三十三話 休息

 「ねぇ、リィリィ。これからどうしようか?何だか、とっても複雑になって、もう訳わかんない。リィリィの死の原因も手掛かりすら見つからないのに、殺人犯にされて皇帝陛下まで出てくるし」


 娜娘娘ナニャンニャン星光宮せいこうきゅう西廂房にしひさしの一角が私に与えられた。逃亡防止のためか宮の奥に位置し、どう考えても脱走は無理。

 チュアン(寝台)に横になり、隣で浮いているリィリィに話しかける。それも、泣きそうになりながら。


 『まあ、なるようになるよ。そんなに思い詰めないでよ、シュエ


 助言を求めた私が馬鹿だった……幽霊公主のリィリィは、やっぱり楽天家で羨ましい性格をしている。

 私も、こんな、適当な性格だったら良かったのに……てか、姉弟のわりに全然性格違うよね。天真爛漫なリィリィと真面目で慎重なフォン

 育った環境の違いかな?


 「ねぇ、リィリィ。フォンは、どうして、あんなにも助けてくれるのかな?赤の他人で身分も全然違う私を……助ける義務なんてないのに」

 そこがまず疑問だ。


 フォンは一介の宮女見習いにすぎない私に、とても親切にしてくれる。

 『そんなこと知らないわよ。フォンに直接聞いてみたら?でも、聞いても答えてくれないと思うけどね』

 どうやら、リィリィは思い当たる節があるらしい。

 「教えてよ……気になるじゃない」

 近くに、小さな灯りがついているだけのほの暗い部屋の中で上半身を起こし、リィリィににじりよると、ふわりと飛び上がり花窓はなまどへと近寄った。

 『だから、聞いてみたら良いじゃない。ほら……来たわよ?フォンが』


 なんのことだとチュアンから足を下ろし腰かけ首を傾げていると、花窓の横の戸がいきなり開き、そこから現れたフォンに言葉が出てこない。


 「……なんだよ?その蛙が潰れたような顔は?幽霊でもいるのか?」

 なんとも失礼だが、こんな夜更けに現れたフォンに身構えてしまう。

 それに、幽霊ならフォンの頭上にいるわよ!あなたの姉上がね……。

 「な、なんでいるの?」

 「どうせ、シュエのことだから腹でも空かしてると思って林杏リンシンに作って貰った。食えよ……」

 まるで自分の宮のように、近くに置いてあった見事な彫刻の唐木椅子からきいすを引っ張り出し、なぜか、私のいるチュアンの横に置くと、椅子に座り、藍色の包みを私に渡す。


 誘惑には勝てず受け取ると、チュアンに包みを置き広げると、そこには見事な点心と饅頭が現れた。

 

 湯気が出て温かい所を見ると、作りたてを届けてくれたらしい。思わず唾を飲み込むとフォンが笑った。

 「食べて良いぞ」

 「良いの?ありがとう」

 お腹も音を立て催促したので、饅頭を思いっきり頬張る。

 中には、甘い餡が詰め込まれ、ほのかに蓮の香りがする。

 「美味しい!フォンは幸せものだね。いつも、こんなに美味しい物が食べられて。羨ましいわ」

 

 ばくばくと平らげていくと苦笑するフォンの様子に点心を差し出す。

 「フォンも食べる? 」

 「いや、いらない。俺は食べて来たから全部食べて良いぞ」

 やっぱりフォンは優しい。しかも、こんな夜に届けてくれるなんて……皇子といえど、陛下の側室の宮へ入るのは禁じられている。ばれたら大事だ。

 なのに、来てくるなんて、もしかして私を心配してくれたのかな?って、あれ?リィリィがいなくなってる。

 なんで?……。


 リィリィを探しきょろきょろしていると、またしても風に指摘さる。

 「本当にいるのか?幽霊が?……」

 どきりとしたが、そこは軽く受け流す。

 「まさか、いる訳ないよ幽霊なんて。ところで、どうして、これを持って来てくれたの?」

 会話をしなきゃと風を見ると、ふいに視線を逸らされる。まさか本当に食べ物だけ届けてくれた訳ではないだろう。

 

 なんだろ?言いにくいことなのかな?

 もぐもぐと咀嚼しながら待っていると、おもむろに風が口を開いた。


 「シュエが、また泣いてないか心配で来たんだよ……」

 思わず、喉に餡が詰まりそうになった。

 思いっきりむせていると、風があきれたように近くに置いてあった茶器から茶を汲んで持って来てくれた。

 「動揺しすぎ。シュエの母上は暁雨シュウウにそんなに似ていたのか?」

 ああ、そうか。フォンは気にしてくれていたのか。芽衣ヤーイーを追っていた時、私は感極まって泣いてしまった、あの日のことを。


 「うん。初めて貴妃様を見たのは、私が宮中に入ったばかりの頃で、梅の花が満開の庭園で舞を披露していたわ。夜だったから人とは思えないほど綺麗だったの……黒い衣で梅の精のように舞う姿に目が離せなかった。母様も舞が得意だったから……似ていたの」

 そうだ。似てたんだ、あの舞も母様に。

 暁雨様は、どこで、あの舞を教わったのだろう?……母様もどこで舞を習ったのかな?私も小さい頃に教えて貰ったけど、私は舞が苦手だからほとんど舞えないんだけど……。


 「それは、3月の紅梅の宴の席だな。暁雨が舞ったのは後にも先にも、その宴だけだから間違いない。俺もその場にいた。あれは、珍しく皇帝陛下直々に命が下ったんだ。皇帝陛下のお言葉には逆らえないからな」

 そうだったのかと風を見ると、手には私と同じように茶を持っている。

 変な感じだ……母様の話を皇子様としているなんて。

 「母様が生きていると思ったわ。でもね、父様には内緒にしているの。貴妃様が母様だったら父様は悲しむから……だから1人で調べていたの」

 父様と母様は仲が良かったから……母様がいなくなった次の日、いきなり現れた宮中からの使いと名乗る兵士達に父様は連れて行かれ、私達は都の知り合いの家に預けられた。


 「もし、暁雨シュウウが本当に母上だったら、雪はどうしたかったんだ?」

 「えっ?……」

 風のその質問に詰まってしまって言葉が出ない。でも、少し考え風を見た。


 「抱き締めて欲しかった。頭を撫でて欲しかった……良く会いに来てくれたって言って欲しかった」

 ただ、それだけ。それだけで良かった。なのに上手くいかない。

 また、涙が出て来そうになって急いで手で零れそうになった涙を拭う。

 「大丈夫だ。母上の特徴を教えてくれ。俺の手の者を動かして調べよう」

 私をあやす様に、頭を優しく撫でてくれる風の手が嬉しかった。1人ではないと思えて。


 『雪!見回りが来るわよ!風に隠れるように言って!』

 いきなりヒュンと飛んで来たリィリィの姿に涙が止まり一瞬、何を言っているのか理解出来なかったが、急いで風の腕を掴みチュアンに引きづり込む。もちろん、食べかけの点心の包みも忘れずに。


 「はぁ?おい、雪!お前なにを――」

 焦る風の口に手をあて黙らせ、壁際に押しつけると寝具をかけ自分もそこに入り込む。

 「見回りよ。静かに……」

 それだけ言うと風は察したようで大人しくなった。

 カタカタと風に合わせ戸が揺れる音を聞いていると、誰かが入って来る気配がした。

 『の右腕ね。雪、動いたらダメだよ。寝たふり寝たふり』

  床に灯りが向けられるが、リィリィの指示の通り目を閉じやり過ごす。

 近くで覗き込まれるとバレるかも知れない。こんな姿を見られたら大問題だ。

 怖くなってぎゅっと風にしがみつく。


 「……問題ないようですね。行きましょう」

 遠ざかって行く足音を聞きながら、ほっと息を吐くと至近距離の風と目が合った。

 「――――っ!」

 緊急事態だったとは言え、チュアンで抱き合うように密着している姿は問題がありすぎる。

 急いで離れようとするが、なぜか背に手を回され、風に抱き寄せられてしまい逃げられない。

 しかも、風の顔が恐ろしく真剣だ。


 「……どうして今、わかった?見回りが来ると。俺でも気配を感じなかったのに、どうして雪はわかったんだ?」

 ……しまった。確かに不自然だった。私の行動は……外の出来事なんて、中にいた私にはわかるはずがないのに。

 「雪、答えてくれ。どうして、わかった?」

 答えるまで離してくれそうにない風に、どうしたらいいのかわからない。

 近づきすぎて、今の私の顔は真っ赤で全身が熱い。

 

 『もう言っちゃえば?雪。私がいるって。それに、その方が私と風の記憶を擦り合わせられるから事件の解決も早いと思うのよ。あ、でもジャンには内緒よ。絶対だからね』

 私達の頭上で、にまにまと意地の悪い笑みを見せるリィリィを恨めしく思う。

 だって、幽霊の存在を本当に風は信じてくれるのかわからなかったから。私だったら信じないもん。


 「雪、なにかあるなら教えてくれ」

 風が、私の耳に付いている鳳血玉ほうけつぎょくに触れる。

 「んっ……」

 びくりと身体が揺れ、これ以上は心臓が悪いと俯き目を閉じると口を開いた。



 「風の姉上のリィリィ公主が教えてくれたの!」

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