それでもちーちゃんはちーちゃんのままでした

竹條 幹太

それでもちーちゃんはちーちゃんのままでした

最近ちーちゃんがぼくに対して冷たいです。

いつもぼくを見るたびに「テンく〜ん♪」って抱きついて来てたのに、最近はめっきり。

体育の時よく一緒に柔軟体操してたのに、これもまためっきり。

物心の付かない頃からの幼なじみだけど、今までこんなことは無かったと思います。

「何かしたかな」と考えてみるけど、結局思いつかずじまい。

だからぼくは自分に、よけいな絡みがなくてせいせいしたなあ、と言い聞かせたのです。

でも、抱きつかれるのが歯をみがくのと同じ日課になっていたせいで、毎日がしまらなくてなんだかんださびしいのです。

ちーちゃんがさけ始めてからしばらくたったある日、ぼくは両親の用事で、元から家族がらみで付き合いがあったちーちゃん家に泊めさせてもらうことになりました。

前からよく泊まりに来てたし、おじさんおばさんが優しくぼくを出迎えてくれたけど、まだちーちゃんはぼくのことをゆるしてくれてないみたい。

ぼくが悪かったならぼくがあやまるから、早く仲直りしたいな。


晩ごはんを食べ終わっておじさん、ちーちゃんとテレビのバラエティー番組を観てると、台所でお皿を洗ってるおばさんが大きな声で言いました。

「お風呂沸いたから誰か入ってー」

すると、おじさんは聞きました。

「誰から入る?」

ぼくはあと20分ぐらいで始まる『クイズペンタゴン』を観たいから、できるだけ早く入りたいと思っていました。

「お父さんはいつでもいいけど」

変わってちーちゃんは…

「私、先入りたい。ペンタゴン観たいし」

「あっ、それぼくも」

ぼくと、丸かぶりでした。

「おぉ、だったら、一緒に入ってくれば?」

おじさんは笑顔で提案しました。

「そうですよね。ちーちゃん、いっしょに入っちゃえばいっしょに観れるよ?」

ぼくはそれに乗っかりました。

「前来たときも、その前もいっしょに入ってたから、いまさらって感じだけどね」

でも、ちーちゃんはおばさんが切ってくれたリンゴにパクついて、何も答えようとはしませんでした。

「ちーちゃん?」

かむ動きが止まって、ちーちゃんは目を背けました。

「千夏」

おじさんは立って、ちーちゃんに近づきました。

「天馬くんなら分かってくれるさ」

ん?

ぼくはおじさんの言ったことがよく分かりませんでした。

ましてや、その言葉でちーちゃんがほっぺたを、ほおばったリンゴのように赤くさせた理由も分かりませんでした。

しばらくして、ちーちゃんはスッとムダのない動きで立ち上がると、ぼくの目の前にいつの間にか移動して、真っ赤な顔をしてこう言いました。

「いっしょに、入ろっ」

「う、うん?」

なぜかぼくは、いつものことなのに、いつもとは違うように感じました。


* * *


ぼくはいつも通りTシャツとズボンをぬいでパンツ一丁になったけど、ちーちゃんは一番上に来ているワンピースすらぬごうとしません。いつもならぼくより早くぬいで「お先に〜♪」って先にシャワーあびてんのに…

「どうしたの?」

ぼくはパンツに手をかけた時に聞きました。

「て、テンくん…」

ちーちゃんはお茶の間から引き続いて顔を赤くしていました。

やっぱりゆるしてくれてないのかな…なにをかは分からないけど。

「あ、もしかして。この前の体育の時間にケガしたとこが治ってないとか?」

ぼくはこれで入りたくないんじゃ?と思ったのを聞きました。でも、

「そうじゃない!」

と強く跳ね返されてしまいました。

「そうじゃ…なく…て…」

そして、祈るように胸のところで手を握り合わせて、ちぢこまってしまいました。

「じゃなかったら、何なの?」

ちーちゃんはその両手を、爪で跡がつきそうなくらい、なおさら堅く握りました。

「……」

なかなか、教えてくれそうにありません。

「バカに…」

ちーちゃんが弱々しく口を開きました。

「バカに…しない?」

でも、今度ははっきりとした言い方でぼくに聞きました。それでも、ちーちゃんの目に浮かんだ涙が、助けて、そんなことをうったえてるように感じました。

だから、そっちょくに言ってあげました。

「バカにするわけないって。だって、ちーちゃんはちーちゃんだもん。いつでも大切な、ぼくの友達だよ」

ちーちゃんの顔から熱さが引いて、代わりにホッとした感じと、なぜか分からないけど悲しい感じが混ざった表情をしました。

「そうだよね、友達、だもんね…」

ちーちゃんは下を向きながら、納得したかのようにほほえみました。

ぼくが首をかしげると、慌ててちーちゃんが気をとりなおして言いました。

「んじゃ、テンくん…目、閉じて?」

ぼくは、言われた通りにしました。今はちーちゃんの思いのままにさせてあげよう、と思ったからです。

まぶたの向こうから布がこすれる柔らかい音が聞こえて、さらにハグされた時に漂っていた懐かしいちーちゃんの匂いがしました。

「いいよ、目、開けて。」

ぼくはそっと開きました。

ぼんやりとした視界がだんだん晴れて、しっかりと洗面所の景色が見えてくると、そこにはいつもと違ったちーちゃんがいました。

ぼくに対する態度じゃなくて雰囲気として。


まだ小さくても丸くふくらんだのが、そしてそれを支える雪のように真っ白な布が、付け加えられていたのです。


ぼくはつい、今まで見たことが無かったそれに目が行ってしまいました。

「あまり見ないでよ…恥かしいから…」

ちーちゃんは白いのを腕で隠そうとしました。

「あっ、ごっごめん…」

その後、ぼくたちはだまりこんでしまいました。

ぼくは何か言おうと思ったけど、ちーちゃんが何を言って欲しいのか分からなくて、口を開こうとしても開きませんでした。

「やっぱり、変、だよね…」

洗面所の静けさを破ったのはぼくじゃなく、ちーちゃんでした。

「嫌だったんだよ、私も。今までの自分じゃなくなる、この感じが。ママはおっぱいが大きくなるのは女の子としてちゃんと成長してるあかしだし、男の子にモテるからいいことだって言ってた。でも、いくら男の子にモテても、今までと違ったらテンくんに変だとか、他人扱いされると思った…怖かった。あまり見せたくなかった。気付かれたくもなかった。だから、ここ1ヶ月ぐらい、テンくんを避けてた…」

言い終わると、また静けさが戻ってきました。

ぼくは、ちーちゃんがそこまで恐れていたことに、ただただ驚きました。

これはぼくが悪い訳じゃない。でも、僕にしかしばりをほどいてあげることができない、だったらぼくがほどいてあげなきゃ。そう決心しました。

そしてぼくは…

「アハハッ」

高らかに笑いました。

「バカだなぁ」

「えっ…」

ちーちゃんは、今にもせきとめていたのが崩れそうな顔をしました。

「やっぱり、バカにするの…」

「違うよ。そんなことで悩んでたことにだよ」

一粒のしずくがちーちゃんのほっぺたをなでました。

「だって言ったじゃん、ちーちゃんはちーちゃんだって。どんなちーちゃんもぼくの大切な友達だよ」

一つ、

「むしろさけれてたこっちも、ちーちゃんに見限られたと思っちゃったよ。すごくさびしかった…」

また一つと粒がこぼれ落ちていって、

「だからさ、ただちーちゃんが思い過ごしてただけなんだし、これでもうやめよう?前みたいにさ、いっしょにお風呂入ろう、ね?」

次のしゅんかん、ちーちゃんのほっぺたに川のような、ゆったりと大きな流れができました。

「ごめん…ごめんね…」

ちーちゃんは笑顔で涙を流していましたが、

「それにっ…」

どうやら耐えきれなさそう…

「ありがとっ!」

「はうぅ…!」

だ、だいたい、1ヶ月ぶりの、は、ハグ…ぼ、ぼくは、こ、これで、やっと、し、しっくり来そう…

「ふぇ〜ッ!ありがとッ!大好きだよッ!テンくんッ!ふぇ〜〜〜んッ!」

「う、うん、おぅふ…」

でも、い、今までになかった、や、柔らかさで、しっくり、来なさ、そう…


ちーちゃんはぼくに抱きついてたくさん泣いて、涙を枯れ果てさせたらしく、今はねているかと思うぐらい整った呼吸をしています。

ペンタゴン、もう始まってるだろうな。

でも、そんなことはどうだっていい。だって、ちーちゃんとのわだかまりがなくなったことほど嬉しいことはないから。

ちなみに、さっきの胸の柔らかさにはだいぶ慣れ…

さすっ

「はうっ…」

てきたけど、時々動かれるとやられそう…

「ねぇ…テンくん」

そのままの体勢でちーちゃんは言いました。

「ん、何?」

「一つ、お願いしていい?」

ぼくは頷きました。今のぼくは、なんでも聞いてあげれる自信があったから。

「じゃあ、いい?」

少しタメを作って…


「ブラジャー、外して?」


ちーちゃんは言いました。

ぼくは固まりました。

「どうしたの?早くはずしてよ」

「いっいや、そんなこと言われても…っていうか、なんでぼくなのさ!自分で外してよ!」

さっき、なんでも聞いてあげれるって言ってたって?ははっ、多分それ空耳だよ。

その前にぼくは外し方を知りません…

「ちょうど見える所にあるんだから、いいじゃん♪」

確かに肩越しに見える体勢だけど…でも…

「それに間近でテンくんに見てもらいたいんだ、私の『成長』をねっ♪」

「分かったよ…」

ぼくは、ちーちゃんを包み込むように背中に腕を回して、外せるところを探しました。

なんだか、ちーちゃんはうれしそうだ。

「ママ抜いたら、テンくんが初めてなんだからね…見てもらうの」

ホックを手探りで見つけると、取り敢えずガチャガチャ動かしてみた。でも、なかなか取れない。

「ていうか、お風呂入る時毎回見られてたのにね…なんでこんな急にキンチョーするんだろ…?」

カチャ

「外れた」

「やったね」

ちーちゃんは抱きついたまま、右、左の順番で紐から腕を抜きました。でも、白いのはぼくとちーちゃんに挟まれて落ちません。

そうか。ぼくが一歩下がるだけで、雪は振り払われる。だから、最後の1枚を自分からじゃなくて、ぼくの意思でとってほしい。そういうことだね、とぼくは1人で納得しました。

ぼくは打席に立つ前のバッターのように深呼吸をしました。

「離れるよ?」

「うん…」

ぼくは大きく後ろに下がりました。そしてぼくたちの間に、ハラリと雪が落ちました。

「どう…かな?」

ちーちゃんは隠すことができないもどかしさで、手のやり場に迷っていました。

そして体をひねらせるたびに、2つの柔らかいものがゆたゆたと揺れ動いています。

ぼくはお母さんのしか見たことがないからよく分かりません。

でも、胸もとにまだ残っていた涙のしずくが、ちーちゃんのそれの形と重なって、これはきれいな形なんだなと教えてくれました。

すると、そのしずくが柔らかい大地を走って、ぼくの目線をあるところに移させました。

そしてイチゴのような、ピンク色の一点で動きを止めました。

今までも見てきたはずなのに、何か特別なものに見えて仕方がありません。

『お風呂入る時毎回見られてたのにね…なんでこんな急にキンチョーするんだろ…?』

さっきちーちゃんが言ってたことが、少し分かったような気がします。

ぼくはできるだけ的を射った言葉を探しました。でも、大人じゃないから記憶の中にありませんでした。

だからぼくはちーちゃんが安心するような言葉を選びました。

「どうって、いつものちーちゃんだよ?」

少しむくれたけど、すぐに「まっそうだよね〜♪」と言ってぼくにほほえみました。

これで良かったんだ。

さっきも言ってた。ちーちゃんは、自分が自分で無くなるのが怖かった。ぼくに別人として見られるのなんか、特に。

だからこそ、これで良かったんだ。

つたなすぎるかもしれない、この言葉で。

「お風呂、入ろっか」

「うんっ!」

ぼくらは仲良く、残っていたパンツをぬぎ捨てて、お風呂場に突入しました。

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