白雪妃

 「鏡よ、鏡よ、鏡さん、世界でいちばん美しいのはだあれ?」

 「それは白雪姫です」

 「あ?」

 「白雪姫です」

 「もっかい言ってみろコラ」

 「いま現在、この宇宙でもっとも美しいのは白雪姫です」

 え?

 「まって……いま、なんて?」

 「ですから、白雪姫です」

 「じゃなくて、え?」


 宇宙?


 「宇宙って言った?」

 「ええ。いま現在、この宇宙でもっとも美しいのは白雪姫です」

 「わたしは?」

 「2番目です」

 「2番目に?」

 「美しい」

 「なんの中で?」

 「この宇宙で」

 「続けて言って?」

 「あなたはこの宇宙で二番目に美しい」

 え

 それ……


 ヤバくない?


 え、え、ええええええ!? ちょ、え? うそ、マジで言ってんの?

 マジ? マジマジマジマジ? 宇宙? なの? わたしの美しさって、宇宙規模なの? ホントに? 誓う? 命賭ける? 本気で言ってんのそれ?


 めぇっっっっっ


 ちゃくちゃ嬉しいんだけどっっっっっ!!!!!

 サイコーじゃんそれ! え、ヤダ、ホント信じらんない、だって宇宙だよ? 宇宙って……宇宙じゃん!!! ね、ヤバくない? ヤバいでしょ、だって宇宙だよ!?

 「……オーケー、いったん整理しよう」

 「どうぞご自由に」

 「鏡よ鏡、あなたは嘘は吐けないわね?」

 「もちろんです。わたしにそのような機能はございません」

 「わたしは「世界でいちばん美しいのはだあれ?」と聞いたのだけど?」

 「「世界」というのは「この宇宙全体」のことであると解釈し、答えました」

 「では、この国とかこの星とかではなく、本当にわたしは宇宙で2番目に美しいのね?」

 「そのとおりでございます」

 「根拠はなに? どういう調査を踏まえて言っているの? 統計かしら? 当然あなたの主観ではないわよね? 統計調査の結果だとして、母数は? 有意差はあったかしら? 検定はなにを使ったの?」

 「検定は使用していません。全宇宙に存在する知的生命体の思考をエミュレートした結果、本日の調査で初めて白雪姫があなたを0.5ポイント上回りました。よって現在、この宇宙でもっとも美しいのは白雪姫です」

 「あっ!!!!!!!!!!」

 そっか! そうだ!

 「昨日までは? 昨日までは宇宙でいちばん誰が美しかったの?」

 「昨日も同じ質問をなさったと記憶しておりますが……」

 「いいから! 言って!」

 「昨日まで宇宙でいちばん美しかったのは妃さま、あなたでございます」

 

 やった


 やったじゃん! それ! あたしって、昨日まで宇宙でいちばん美しかったんだよ!? それ、もうほんと死ぬほど嬉しいんだけど! あーだめ、涙出てきた……。だって……だって宇宙だもん、そんなの、もう、ヤバいじゃん。

 「う~~、ヤバいよぉ……」

 「何故お泣きになられるのですか。殺しますか? 白雪姫」

 「は?」

 「ですから、白雪姫をお殺しになられますか?」

 お殺しになられますか?って……。

 「え、ごめん、鏡、いままで気付かなかったけどあなたサイコパスなの?」

 「とんでもございません。わたくしに心などといったものはございません」

 「じゃあサイコパスなんじゃないの?」

 「はて、そうでしょうか?」

 「いや、わかんないけど。え、ごめん、なんで「殺す」とか急に言い出したの?」

 「殺したいかと思いまして」

 「誰が?」

 「あなたさまが」

 「誰を?」

 「白雪姫を」

 「お前頭狂ってんの?」

 「とんでもございません」

 いや、トんでござるでしょ。

 「白雪姫――っていうかホワイトはわたしの娘なのよ?」

 「ええ、白雪姫こと殊能ホワイトさまはあなたさまの娘でございます」

 「なんで殺したいとか思うと思ったの?」

 「白雪姫があなたさまより美しいので」

 頭痛くなってきた。

 「あのさ、なんでホワイトがわたしより美しかったら殺したくなるの?」

 「嫉妬です」

 「いや、はは、あのさ」なんかへんな笑いが込み上げてきた。「あんたのなかのわたしどうなってんの? 完全サイコパスじゃん、イカレてんじゃん、娘が自分より美しいから嫉妬して殺意を抱くとか、人としてネジが箱単位でボロボロ抜けてるでしょ」

 「抜けてるかと思いまして」

 「抜けてないし! いや、だいたいさ、充分じゃん、宇宙で2番目に美しいって、そのスケールなに?って話よ。しかもまだ競ってるし。こわっ、むしろ怖いよ、さすがに自分でも無自覚だったってゆーか、なんとなくで「世界」って言ってたけど宇宙のことだったんだね」

 「宇宙でした」

 「そっか……わたしって宇宙でいちばん美しかったんだ……」

 もう一度かみしめる。ああ、もう、ほんと救われるっていうか、心の中に無限大にお花畑が広がるって感じ。

 「いまは白雪姫がいちばんですが……」

 「余計なことは言わなくてよろしい」

 「イラつきましたか?」

 「は?」

 「殺したいですか? 白雪姫のこと殺したいですか?」

 こいつマジなんなの。

 「なんでそんなに白雪姫を殺させたいわけ? むしろお前を殺したいんだけど」

 「おーこわ」

 「クソ腹立つなこいつ」

 「その苛立ちを白雪姫に向けますか? 狩人を差し向けますか? 毒林檎いっちゃいますか?」

 「またなんか新しいの出てきた……。なに? 狩人とか毒林檎とか、こわいんだけど」

 「あなたさまはまず狩人に白雪姫を殺させようとします。しかし狩人は白雪姫に同情し、逃がしてしまうのです。そのことを知ったあなたさまはりんご売りに変装し、七人の小人に匿われた白雪姫に毒林檎を届けて食べさせ、殺すのです」

 「ストーリー出来上ってんじゃん! 世界観が! 独特の世界観がさ! 怖っ! 妄想が過ぎるよ! なんでわたしの殺意に対してそんな妄想豊かなの? 恐怖しかないよ。七人の小人とか急に出てきたし、なに、悪夢かなにか? 病んでるのあなた?」

 「病んではおりません」

 「いや、病んでるでしょ。なんかの症状だってそれ、絶対、病院行った方がいいよ」というか本当に怖くなってきた。わたし、こんなヤバい奴にいままでなに聞いてたんだろ、てか、部屋に上げてたことが信じらんない。明日にでも捨てよう。あ……でも、ストーカーとかになりそう……。鏡だから移動はできないと思うけど……でも、そもそも存在自体、得体が知れないし、下手したらわたしだけじゃなくてホワイトにまで危害が及ぶかもしれない。うわ、ありそう……絶対わたしの殺意を勝手に勘違いしてホワイト殺すパターンだよ、ああ、もう、なんでこんなアブナイ奴に関わっちゃたんだろ……。

 殺そう。

 殺すしかない。

 殺すっていうか、壊すしかない。

 じゃないと、いつかわたしやホワイトが殺されそうだし、これって正当防衛だと思う。うん。きっとそう。だいたい、人間じゃないし、鏡だし。この鏡がしゃべるってこと、わたししか知らないし。うん、大丈夫。できる。

 割ったら死ぬかな? どうだろ、割っても分裂とかしそうだな……うわ、きも。溶かす? 焼却炉に放り込めばさすがに大丈夫かな。でもどちらにしろ割らないと焼却炉に入んないか。まず割って、それでもしゃべるようなら焼却炉に放り込もう。でも、割ったら気付かれるかな? 召使いとか、となりの部屋のホワイトに。まぁでも「割っちゃった」って言えばいいか。虫が出たとか、理由付けて。よし、それでいこう。

 「鏡よ、鏡よ、鏡さん」

 「なんでしょう?」

 「死んでくれる?」

 椅子を思い切り掲げて全身の力を込めて鏡にぶつける。劈く破砕音。見事に割れる鏡。鏡の破片は床に垂直に落ちてさらに細かく割れる。そうして無くなった鏡の先には――

 

 白雪姫


 「ホワイト?」

 あは

 あははははははあははあはあはあはははははあはははあはあああはははははは

 見つかっちゃった♡

 「ホワイト? どうして、そこに?」

 鏡があった空間の向こう、たしかホワイトの部屋の大きな箪笥があったはずの空間にホワイトは座り、満面の笑みを浮かべている。

 ――というママの心の声が手元の鏡から漏れ聞こえる。ママ、ママ、ママ。

 「あは、ママ! さっきは嘘吐いてごめんなさい。宇宙でいちばん美しいのはやっぱりママなの。絶対にそうよ。だからわたし、ママのこと大好き。ホントよ。心の底から愛しているわ。ママ。ママもそうよね? いつも言ってくれるもの、わたしのこと愛してるって。ママ、大好きなママ。ねぇ聞いて、わたし、鏡を拾ったの。なんでも教えてくれるとっても不思議な鏡なの。わたし鏡さんとお友達になって、いろんな事を聞いたわ。ママの好きな食べ物とか、ママの好きな季節とか、ママの好きなスポーツ、ママの好きなお本、ママの好きな言葉、ママの好きな体位、ママの好きな人、ママのいちばん好きな人、パパの殺しかた、毒林檎の作り方だって教えてくれるのよ? すごいでしょ? それから、ママの全身のほくろの位置とか、映像だって映せるの、いつでもどこにいてもママの綺麗な姿を見て、お声も聞けるのよ、心の声だって聞けるんだから、すごいでしょ? わたし、知ってるのよ、ママのすべてを。ママの服の下、下着の下、もうちょっとお手入れしたほうがいいわね、どことは言わないけど……あぁ、ママってほんとうに綺麗だわ……汚したくなっちゃうくらい、怪我させて汚させて穢したくなっちゃうくらい。ねぇ、ママ、愛してるわ。ママ、でもこの鏡壊れちゃったみたい。そうなの、壊れちゃったの。ママよりわたしのほうが綺麗だなんてありえないわ。そうでしょ? ママ、わたしは悪い子だわ、とても、とても悪い子。だからママ、殺して? 殺してくれる? ねぇ、殺してくれるでしょ? ママはまず狩人にわたしを殺すよう言うのよ。でも、そんなの許さない、殺してやるわ、狩人なんて。ママがわたしを直接その手で殺すのよ、そうでしょ? その細くて白い手で、そうでなければならないわ。これは約束なの。なによりも貴い、約束。七人の小人さんたちに匿ってもらったわたしのところにりんご売りに変装したママが来て、美味しそうな毒林檎を渡すの、あぁ、よだれが止まらない、ねぇ、殺してくれるでしょう? ねぇ、ママ、あぁ、ママ……とても綺麗よ、そのお顔……真っ白で、真っ青で、髪は黒檀のように黒く、血のように紅い唇、あぁいい、ほんとうに綺麗だわ、宇宙でいちばん美しいママを見ながら死にたい……だから、ねぇ、殺して?

 





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

短編集:筆舌尽くし <tongue-pen-issue> 名倉編 @iueo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ