第25話 この男、詐欺師である
アーヴァインは唇を吊り上げるようにして笑みを浮かべた。急ごしらえで思い浮かべた計画が思い通りに進んでいることに喜びを隠しきれず、表情に現れてしまったことにふと気付くと頬を手のひらで抑え込むようにして表情を切り替える。
辺境の町にしては立派に造られた屋敷の主であるランドルから、客室として与えられた自分の部屋で今一度、計画にほころびがないかを頭の中で確認する。
「それにしても町長が馬鹿のお人よしで本当によかった。これだから人を騙すのは……やめられないですねぇ」
地下へと続く長い階段を下りながら、また自然と吊り上がった唇の端を手で押さえた。
―――――数日前。ブラン酒の商談を早々と済ませたランドルは、姪の容体に対応できる医者を探していた。初めて姪の症状をトルシェン夫婦らに見せられた時は気の弱い性格のランドルは腰が抜けそうになった。
愛しい姪を助けるために一刻も早く医者に診せる為連れてこようと、いくつか診療所を訪ねたが首を横に振られるばかり。ただの風邪などの病気ではない。魔術が関与する病気には専門である医療魔術師でなければ診療するどころか話をするのも拒まれる。
途方に暮れていたところ、自身は医療魔術師であると狐眼の男が名乗り出てきた。一筋の光が差し込むかのようにランドルは覚えた。これで、これで愛しい姪は救われるかもしれないと。
だが、そんな想いも虚しく、この男は生粋の詐欺師であった。
時には粗悪品を高額で売りつける商人に、時には闇市場で手に入れた安価の医薬品を与える医者に扮し町を点々と移動し人を騙すことで生計を立てていた詐欺師。そして今回は、姪が魔障と呼ばれる難病に患った可能性があるという話をどこからか聞きつけ、あたかも経験を積んだ医療魔術師であるように振る舞いランドルの前に名乗り出たのである。
肩書に箔をつけるために魔導研究所の掲げる『我ら探求する者、即ち世界を解き明かす者なり』という文言が刻まれたペンダントを首にぶら下げて。もちろん、それはブランディア行きの空飛ぶ商船が出発する日までに知り合いの細工師に作らせた真っ赤な偽物であった。だが、それを本物であるかどうかを判断できるものはなかなかいない。魔導研究所という存在は確かにあるという事を皆知ってはいたが、あくまでそれは書物に書かれていた事、どこからか流れてきた噂に過ぎず、研究している内容の機密保持ゆえにそれが何所に建てられているのか、どれくらいの人数の研究員がいるのか知らない者がほとんどである。
ましてや辺境の町であるブランディアに住む町長が知るわけがないと決めつけたアーヴァインの策は見事に嵌った。名乗り出た当初は訝し気な眼で接するランドルだったが、空飛ぶ商船で町に向かう途中に嘘の素性を慣れた口調で明かしお手製の証を見せると、ランドルはすっかり信じ切ってしまった。きっと愛する姪の症状も良い方向に導いてくれると。その時は、まさかその愛する姪を自身の手で幽閉するような状況になるとは露とも知らずに。
何かもが嘘で塗り固められたアーヴァインだったが、闇の市場で手に入れたすこし古びた印象のある魔力測定器。この魔道具は王都で使われている最先端の物とは違い、大まかにしか対象の魔力量を図ることが出来なかったが鑑定に出して確認した本物であった。
その針が勢いよく振り切れたと同時に、目の前の少女に背から現れた神々しくも畏怖を感じさせる銀色の片翼。
もちろんアーヴァインにはこの症状が果たして『魔症』と呼ばれるものなのか判断できなかったが、直感的にこの少女は『神子』に違いないと確信した。そして沸々と湧き上がる大金の匂いを感じつつ必死に興奮を抑えた。
診断が終わったその夜、案内された客室の立派な椅子に腰かけながらあの神子である少女をどうすれば円滑に大金へと換えることができるものか思案していた。そんな中ドアをノックする音が聞こえてきた。
「アーヴァイン殿、ランドルです。夜中に申し訳ない、少し話したい内容があるのですが……」
心臓が一瞬高鳴った。何故こんな夜に町長が。自分の思惑がばれてしまったのではないか。
まさか、そんなことあるわけがない。心を静めながら返事をしてドアを開けると、神妙な面持ちでランドルは灯りを手に立っていた。「私についてきてください」と一言呟いてから歩き出す背中についていく。
ゆっくりとした足取りで長い階段を降りていく。それなりに立派な屋敷だとは思っていたが、地下へと続く階段がここまで長いものとは思っていなかったアーヴァインの額にじんわりと汗がにじみ出てくる。このまま牢獄へとぶち込まれてしまうのではないか、そう警戒しながら階段が終わりに近づくとひんやりとした風が身体を通り抜けるの感じた。
人の手で造られたにしてはあまりにも粗雑な洞穴のような場所に、似合わない頑丈に造られた鉄製の扉。町長は自分を一体どこに連れていこうというのか。
ガチャリ、と鍵の開く音が響く中ゆっくりと扉を開けると、ドアの隙間から柔らかい緑色の光が溢れてくる。
促されるまま扉を潜り抜けると、はっと息を呑んだ。
何も無いだだっ広い空間の真ん中で淡い緑色に光輝く水晶。その大きさは遥か長い樹齢を重ねた巨木の幹を思わせる程巨大で、また脈動するように息づく光は生命力を感じさせるほど力強く、何か巨大な生き物の前に立っている感覚に陥る。
「かの魔道研究所のメンバーであるアーヴァイン殿はお気づきだと思いますが、これがこの浮島を空へと浮かび上がらせている浮遊魔石です。この場所は私と兄のトルシェン以外は誰も知らない場所でした……」
言葉を濁してから、ため息をつく。
「……数週間前、この部屋の扉前まで姪がこっそりついてきてしまいまして。周囲を警戒しないで来てしまった私が迂闊でした。姪には戻るように言ったのですが強く懇願されて中に入れてしまったのです。「中は一体どうなっているのか見てみたいの!」と強く言われて……15歳になったことだし、身内であり兄の娘である。また私の気分が良くなるくらいひたすら喜んでくれたのでまあ良いかとその時は思ったのです。……だけど、それがひょっとしたら今回の姪の身に起きた発症が関係しているのではないかと不安になってしまいまして、そこでアーヴァイン殿にここまで来てもらったのですが……あの、アーヴァイン殿?」
話は耳に入ってきていたが返事をすることを忘れてしまうほどアーヴァインは目の前で脈動する光に魅入ってしまった。そして、天啓にも似たひとつひとつのピースが頭の中に舞い降りてきたと同時にそれがしっかりと合わさった時、吊り上がる笑みを興奮を今度ばかりは抑える事ができなかった。
「はっはー……素晴らしい、実に素晴らし過ぎるではないですか!」
これは人生最大のビジネスになる。
スクラップボーイ 濱太郎 @hamajack123
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