夢 後編

「ああ」

そう言った自分の声で目が覚めた。

 気味の悪い夢を見てしまった。

 とても暗くて、建物は大半が崩れて瓦礫の山だった。大人の男二人くらいなら大の字で寝られるような大きい瓦礫も少なくなかった。あんな場所で、よくもまあ走ったりできたものだ。


 そういえば、人を殴りもしていた。別に何かに怒っているわけでもないのに、僕の拳は「トモ」を殴りつけていた。「トモ」も、僕の体を楽しそうに殴っていた。記憶をたどっていると、鉄の匂いがむわっと蘇る。きっとあれが血だ。


 きっと、あの夢には、秩序というものが無いのだろう。自分が平気な顔をして人に暴力を振るっていたのかと思うとぞっとした。


「もし、少年よ。そうですよ、あなたのことです」

館の主人だ。思わず唇が震えた。改めて顔を見ると「トモ」に似ている。


「どうも」

軽くお辞儀をする。話しかけてくるなんて、どういう用件だろう。


「夢を見たでしょう。いつになく鮮明に記憶が残っている、恐ろしい夢を」

「ええ、見ました。恐ろしい、とはまた少し違いましたが」

何か知っているようだ。「あれは何か、ご存知で?」と、彼の目を見つめた。


「あれは夢です。それ以上でも、それ以下でもない。しかし、特別な夢なのです。あなたが、夢について考える時が来たのです」


 意味がわからない。口を挟もうとしたが、彼は声を強めて続けた。


「話を聞きなさい。あなたはここで、真っ白な部屋で、十分な時を過ごしました。さまざまに物事を考え、夢も沢山見たでしょう。そしてあなたは今、夢について考えなくてはなりません。あなたはそのためにここにいるのですから」


 あの夢を見たあとだからだろうか、目に眩しい白い廊下で、主人が一呼吸おく。


「問いましょう。もしこれが夢であるとしたら、あなたはどうしますか」


「僕ら館の住人の使命は、これなのですか」

この館にいることに、何かしら理由があるのはわかっていた。


「そうですよ。そしてあなたには見込みがあります。他の住人が出さないような答えを出すというね。さあ、答えを」


 もし今いる世界が夢だとしたら……僕は……「夢から覚めたいです。一刻も早く。夢の中はおかしくて不気味です。夢の外で眠っている僕が怖い思いをしている。そんなモノ、早く覚めてしまいたい」


「そうですか。それがあなたの答え。あなたらしい、実に素晴らしい答えです」


 不意に主人が僕の右腕を握った。チクリと小さな痛みが走る。途端に体がふわりと浮き上がったように感じた。


 気がつくと、真っ暗な場所にいた。寝転んでいるのか、浮いているのか、立っているのか、落ちているのかもよくわからない。何も見えない。自分の身体も。


 ああそうだ。きっと夢から覚めたのだ。



 それからしばらくして哲人は言った。「我々が、各々実感する世界、並びに、見聞きする世界は全て夢である。しかしそれは、『夢』を考える過程において、さほど重要性を持たないのである」



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ねこのブックカバー(短編集) 清水はる @harushimizu

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