友人宅へ遊びに行った日の話をしよう。
𠮷田 樹
友人宅へ遊びに行った日の話をしよう。
別に私の家が特別小さいわけではないと思う。そう、思いたい。
和風という表現はあまりにも簡単だろう。これぞ日本の豪邸というべきか、邸宅なんていうたいそうな言い回しがしっくりきそうな造りをしている。目の前に建つ、いや、そびえたつ建造物が友人の自宅だということを認識するのに私がかけた時間は十秒ほどだった。
どんな悪いことをすればこんな家に住めるのだろう。
「どうぞ、入って」
黒髪を一つに結った学校でも美少女と評判なのがこの家の住人であり、私の友人である横にいる女の子。圧倒されて立ち尽くした私を見ても眉一つ動かしもしない。
「うん」
友人に招かれるまま正面玄関で悠然と構えている大きな門をくぐった。
こういうところ、ドラマとかで見たことある。ヤクザの家、とか。
「こっち」
なんとも軽い気持ちでやってきたわけだが、今になって少し後悔。鬼が出るか蛇が出るか、ええい、儘よ。
「ここ、私の部屋」
内部構造なんか気にしている暇もなく、友人の部屋に到着した。
めっちゃ大きい。畳敷きの自室なんてさすがだと思う。というか、私の部屋なんて犬小屋くらいの扱いがいいところなのではなかろうか。
「ちょっと待ってて。お茶持ってくる」
「あ、うん」
一人どこかへ、いや、おそらく台所へと向かった友人を見送り、私は沈黙。友人の家だとか、初めてきたからだとか、それだけではここまで落ち着かない理由にならない気がする。
あまりにも人けがないとか、そんなことは……いや、それも大いに関係していると思うけど。それでも一人になると少しばかり気を張っていなくて済む。
そこで、初めてこの家を見渡してみた。畳敷きの部屋が基本というか、板間はないな。どこまでも続きそうな廊下は板張りだけど。それと、その廊下をまたいだ先。庭園、というべきだろうか、いや、日本庭園かな。白い砂利の敷き詰められた中庭には、松と、あれは、桜かな。秋になれば紅葉する木もあるみたい。紫陽花もある、花は咲いていないけど。
これなら、鯉のいる池とか、お稲荷さんとかがあってもおかしくないかもしれない。いや、あるんじゃないだろうか。
「おまたせ」
「あ、ううん」
気づかなかった。いきなり帰ってくるとは。
「どうかした?」
「いや、広い家だなって思って」
「そうかな?」
そうだよ。というより、疑問に思う部分じゃないと思う。
「あ、お茶どうぞ」
「あ、どうも」
茶柱の立った熱いお茶をすする。おいしい……のかもしれないけど、お茶の味なんて私にはわからない。いや、たぶん高級茶葉使ってるんでしょうけれども。
「おいしい?」
「あ、うん。おいしいよ」
からになった湯呑を見下ろしながら友人が立ち上がり
「おかわり、もってくる」
「い、いいよ!」
「そう?」
「うん! もう、大丈夫だから」
「そっか」
こんな時でも表情一つ変えずに元の位置へと座り込んだ。
と、そのまま無言。
え、私にどうしろと。この空気何よ。
「え、えっと」
「何?」
いや、なにもないですよ。
「座っていてもつまらないかなーって」
「そっか。わかった」
……何がわかったんだろう。
「かるた、手毬、すごろく、花札」
「え?」
「希望は?」
「……」
今、平成何年だっけ。いや、昭和だっけ。もしかして私の感覚がおかしいのかな。いや、でも手毬はさすがに……
「希望は?」
「え、えと」
手毬はまずなしとして、かるた……いや、百人一首とかだされても私わかんないし、花札もルールがわかんない。消去法で答えは決まってしまったか。
「すごろくで」
「わかった。待ってて」
またどこかへ行ってしまう友人。いったいどんな閉鎖的な生活を送ったらあんな子になるんだろうか。テレビとか、いや、せめてラジオとか電子機器的なものはないのかな。もしかして、五右衛門風呂とか、かまどがあったりして。いや、さすがにそれは……
「おまたせ」
「あ、うん……ん?」
なんだろう。これ、
「なに?」
いや、何じゃないでしょうよ。なんか思っていたのと違うよ、これ。木製の盤、というか囲碁みたいなかんじかな。真ん中から左右に分ける形で細長い空地があって、わかれた左右の二か所を十二個に縦線で分けてあって……
「あの、なんでしょうこれ?」
「双六」
「……」
私の知っているすごろくはこんな盤で行うものじゃないんですが。
「駒もあるよ」
「駒?」
じゃあもしかして見た目がアレなだけでちゃんとしたすごろくなんじゃ……
「これ」
「……」
なんでしょうこれ。黒と白の丸い駒が複数ありますが。いや、複数って言っても五、六個ならまだわかるんだけどね、十や二十じゃきかないよね、これ。
「すいません! 私にはルールがわかりかねます!」
「どういうこと?」
首をかしげないでよ。どういうことかはこっちが聞きたいんだから。
「知らないの?」
「うん」
「でも、やってみたいの?」
「え?」
「じゃあ、教えてあげる」
「あ、うん。お願いします」
ただ黙々とルールを教えてくれる友人。現代の高校で出会ったはずの彼女が、どうしてこうも浮世離れしてしまったのか。
そういえば、家の人とかはどうしたのだろう。
「ねえ、お父さんか、お母さんは?」
「いない」
「え?」
「一緒に住んでないの」
「……ごめん」
「なんで謝るの?」
やはり表情は変えないまま、心底不思議そうなトーンで言葉は返ってきた。
その日は二人、日が暮れるまで遊んだ。いや、ルールをご教授いただくだけで終わってしまったんだけれども。
一人で住むにはあまりにも大きなこの邸宅で彼女が暮らす理由。今はまだわからないけれど、友人であるのならわかる日もくるだろう。
「またね」
「うん」
また明日。彼女と私の青春の奇跡。
友人宅へ遊びに行った日の話をしよう。 𠮷田 樹 @fateibuki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます