読んでくれている皆様、ありがとうございます!
さて、以前も似たような話を書いたのですが、ちょっと角度を変えてみようかなと。
では以下、元記事のAI要約です。
とある人の投稿がきっかけで、オタクの本質や昔と今の違いを巡る議論が広がりました。昔は情報入手が難しく、隠れて楽しむ少数派だったのが、今はSNSで即座に共有し「推し活」として認められる時代。様々な意見が上がっており、過敏になったり人権を得たりした変化を指摘し、一部では「オタクの死」と嘆く人もいます。この変遷はインターネットの普及がもたらしたもので、世代ごとの解釈の違いが浮き彫りになっています。
ということで。
やっぱりちょっとズレてるんですよね。
昔は情報入手が難しく、隠れて楽しむ少数派だったという前提条件がそもそもおかしくて。
昔は自分の興味がある情報にあえてアクセスしようとしなければ、手に入る情報そのものが少なくて、ゆえにそこで巡り合う小規模コミュニティーは、必然的に濃くなったわけで。
今はSNSで即座に共有し「推し活」として認められる時代というのもおかしくて。
そもそも、オタク=推し活ですか? たぶん、私たち世代の元記事で言うところの昔のオタクは推し活と=にされるのは嫌悪される方が多いと思いますよ。
これも良い悪いの話ではなく、種類が違うという話です。
推し活って、誰でもわかる言い方をすれば、政治で選挙に行くときに誰の政策を推していますか? であって、ガチ恋勢とかになると、投票のために推しの選挙区に移住するみたいな、そういう感じなんですよ。
推しの概念で端的に説明しているなと思ったのは、アイドルプリキュアでのこころちゃんの解説でしたので、私の説明がわからなければ、そちらを参考にしてください。
で、オタクってのは内的熱量なんですよね、もっと。
萌え、とか内から湧き上がるものじゃないですか?
オタクであることって、それだけでアイデンティティだったんですよ。
だって、世の中の人が何も知らずにあざ笑い、偏見を持ち、見下すコンテンツがどれほど素晴らしいかをわかっている集団なんですから。
それを理解できそうな人間に布教することはあっても、推して有名にしようとは思わないんです。
理解できない人に合わせる必要性を感じないから。
これが、おそらくオタクが死んだとまで言われる理由でしょう。
ラノベ業界見ればわかりますよね?
広告ありきでキャッチコピーと頭の引きで、世の中で話題になるということに重きを置きすぎて、中身の本質を分かる人だけわかれば良いという風潮はどこへやら。
あと、これだけは言わせていただきますが、私が知る限り高校時代重度のアニメオタクだった人であっても、めちゃくちゃ女の子にモテてる人いましたんで、普通にそれだけの話であって、趣味を外的要因にして擦り付けたり、あまつさえ自分が理解されることを優先して作品を見る目を後回しにし始めれば……わかりますよね?
ま、一意見です。
差別や偏見を肯定するわけではないですが、昔のような矜持を持った人って、確実に減ってるなとは思う……いや、周囲の環境が変わっただけかもしれないですけどね。
サンプル、いっぱい欲しいので、コメントによる提供をお待ちしております。