第2話 マクロが実行された

「こちらでしばらくお待ちください」

受付でコンペ発表者の控え室に通された。殺風景な会議室だな。あ、でもウォーターサーバーがある。ありがたい。水飲もう。


コンペの順番待ちの間はやることも無い。課長と二人で話をしてもロクなことにはならないからな。かえって緊張が高まるだけだ。

オレは冷たい水を紙コップにんで一つを課長に手渡し、自分も水を飲みながら大人しく待つ。

どこに目と耳があるかわからんからな。待ってる間もコンペです。


『ううむ。なんだかな。またコレだな』

さっきからおかしなモノが目について仕方がない。アレだな。コレは進行表だ。台本とも言う。プレゼンのち時間の20分間を進行表にしたものがウィンドウになって思考のはしに存在している。見慣れた表計算ソフトのウィンドウに見えるけど、何だよコレ。

まあ、いいか。仕方がない。コンペはどうせ順番待ちだ。その間にリハーサル気分で見てみるか。


『本日はお時間をいただきまして誠にありがとうございます。さて今回、弊社へいしゃがご提案させていただきますのは……』出だしの挨拶か。いつもこの初めの一言で緊張して噛んじゃうんだよ。

『信頼感をかもし出すため、一旦余裕を持って会場を見渡す』とコメントが書き添えられている。

ははは……切実だね。


ふむ。プレゼンのスライド進行に合わせて述べる予定のセリフが書き込まれているのか。

強調すべきところ、気をひくための、シーンに合わせたジェスチャー、たまに挟むジョークまでご丁寧に書いてあるのかよ。そりゃね、昨日は遅くまでリハーサル繰り返しましたよ。ジョークもちゃんと練習しましたよ。そうですジョークとかそういうのニガテなんですぅ。

しかもこのジョークが書き込まれているセルには『大いに受ける』ってコメントが付いてるし。何だよこれ。恥ずかしいなぁ。


しかもなんと、最後の締めくくりの言葉には、『大成功!スタンディングオベーション付き』とコメントが! 何だこれ!何だこれ! 恥ずかしすぎる。


進行表を最後まで読んでからふと気がついた。

A1のセルにと書かれたマクロボタンがる。

ふむ……。実行ボタンか。押してみたらどうなるというのかね? コレ? うむ。『ポチッ』


その瞬間、アッと言う間に一瞬で、のプレゼンテーションが……実行されて、完了した。


自信にあふれた、ソツのない、ウイットに富んだ、内容の濃いプレゼンテーションだった。そして、巻き起こるスタンディングオベーション。

、オレはコンペ用の大会議室で拍手のうずに包まれている。

スティーブ・ジョブズかっちゅーの!

んで、いったい、なんなのよ……コレ?



「いや宮内みやうち君、今日のコンペよかったんじゃない? おそらくとおるんじゃないの? 俺の勘だと。あ、コーヒー飲むかい? おごるよ? そこのかどのスタパでどお?

まあこの分野じゃウチは他社とは一線を画してるからサ。取れて当然といえば当然だけどサァ。イヤ、今日の感触ではウチで取れたりするぞコレ。いやまったくいつもハラハラさせてくれちゃってるよ。いやまあアレだホッとしたよ。やれやれ」


『褒めてるんですか? けなしてんすか? どっちなんすか?』とは思うがそんなことは言わない。

こういう時はアレだ。礼を言うんだ。

「やはり課長に同行どうこうさせていただいて大正解でした。おかげで助かりました。コーヒーいいですねぇ。ありがとうございます」


高野課長はこの時、オレ宮内幸三みやうちこうぞうの肩を叩いてニヤリと笑った。なんすか課長? コワイんですが。

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オレは人生をウィンドウ操作で切り開く apop @apop

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