第五幕
夜番は眠い。
欠伸を噛み殺しながら螢は祈った。
何事もなく平穏に。
祈ってはいたが、やはり無理だった。
妖気を感じ、螢は愛刀を手に走り出す。
今日の相方、お美津も一緒だ。
日野の弟子、お美津は蛍より七歳上の二十三歳の女性だ。得意なのは陰陽道と飛び道具。日野と同じだ。
「螢、うちに合わせんでもいい。先行きまっし」
「わかった」
お美津の言葉に頷くと、螢は一気に加速した。螢は朱天一、駆ける速度も、力も強いと自負しているし、周りもそう認めている。韋駄天の如く走ると、男がひとり、「ひいいいい」と叫んで逃げてくるのが見えた。
「どうしたんですか!?」
螢が呼びかけると、男はまた「ひいいい!」と叫んだ。
「ひい、目が!目が朱い! 化け物に挟まれたああああ」
そのまま腹を守るように地面に蹲り丸くなって震える男に、螢はため息をついた。螢の目の色は、人に在らざる朱色。
生まれつきそうだ。
だからこそ、異質で気味悪がられる。
「失礼な、何が化けもんや。ちょっこし目が朱いだけやろが。なあ、螢」
後ろからお美津が追いつき、苛ついた様子で言う。
「あんたさん、うちら朱天や。安心しまっし、何があったがか、話してくれんか」
お美津のきつい方弁に、度肝を抜かれたのか男が少し落ち着きを取り戻す。
「しゅ、朱天か! 助かった!さっきまであの大通りを歩いてたら、女の大きな声がしたと思ったら・・・!」
男が言い終わらないうちに、どこからかけらけらと女の笑い声が響き始めた。
「ひいいいい! ま、また! 助けてくれ!」
「何や喧しい」
「お美津さん、結界をはられてしまった」
「わかっとる」
お美津は懐から小刀を取り出し、螢も震える男を背に、愛刀を片手にじっと待つ。
けらけら
けらけら
大きくなる笑い声、すると、前のほうで通りに面した邸よりも大きな女がけらけら笑いながら近づいてきた。
そう、大きいのだ。
見た目は、髪を振り乱した女だ。
だが、その背の高さは、九尺以上はあるよかに見える。
目を糸のように細めていて、口は三日月を傾けたように、大きい。
笑い声もとても大きく、頭にがんがん響く。
大女はあっという間に螢達と距離を詰め、大音声を響かせる。
「うっ、」
思わず呻き、耳を抑える螢とお美津。
蹲ってた男は耳から血を流し倒れてしまった。
地面が、空気がびりびりと揺れ、螢とお美津の体を内側からも壊そうとする。
耐えきれず足をつくお美津に気を取られて、螢が思わず後ろを向くと、いきなり大女の大きな拳が振り下ろされた。
横によけ、刀で斬りつけるが、かすり傷にしかならない。大女の糸のような目がすっと開き、黒い目と、螢の朱い目が交わる。
背筋が凍り、螢はすぐに避けた。
ついさっきまで、螢が立っていた場所に大きな穴が開く。舞う砂塵の中、ゆっくりと地面から拳を上げた大女が、螢とお美津を見た。
大女はまた、大音声を響かせた。
「ああ、もう! いじっかしい女やな!」
お美津はそう叫ぶと、懐から呪符を取り出し「六根清浄、急急如律令!」と、叫んだ。
途端に、体が楽になり、声も気にならなくなった。
『おのれえ、小賢しい呪を使いおって』
「黙れ
苛ついた声でお美津が答えると、倩兮女はすっと目を細めた。
『せっかく汚らしい都を美しくするためにきたというのに。出迎えが小汚い鼠どもとは』
「誰が鼠や、倩兮女」
お美津が相手している間に、螢は一気に間合いを詰め、腕に力を入れる。さっきよりも更に力をこめ、上から袈裟懸けに斬りつける。
「さっさとくたばれ」
『小童が! 少しばかり混じり物だからと図にのるな』
肩から胸にかけて斬りつけられ、血を流しながらも、倩兮女は螢を睨みつける。
螢は刀に、霊力を込める。刀身が熱を帯び、黄金に輝く。破魔の力を宿した刀を手に螢はもう一度立ち向かい、お美津が小刀を構え、倩兮女の首を狙う。
また大音声が響き体を押さえつけようとするのを、お美津が「急急如律令!」と防ぐ。
『ちょこまかと面倒な』
五月蠅そうに手を払われる。その拍子に、倩兮女の着物の袖も大きくふるい、強風となって螢とお美津を襲う。
地に落ちた螢を庇うように、お美津が再び小刀を六本続けて投げ、螢をいままさに掴みかからんとしていた倩兮女の手に穴を開けた。
「螢!」
お美津が呼びかけるより先に、素早く起きた螢は再び刀身に霊力を込める。眩い黄金の刀を両手で持ち、倩兮女の腹を突いた。
『あ、ああ』
螢はすぐに引き抜き今度は、右肩から左腹部に向けて一気に斬り込んだ。
倩兮女は大量の血を流して果てた。
それを確認して、螢は刀に陽炎から貰っていた炎の呪符を貼り付ける。
刀身に、火がまるで朱雀のような形をして宿る。
刀を大きく倩兮女に振りかぶると、朱雀が闇夜を滑り、あやかしの身を一気に燃やし尽くした。
「汚い、都ね。先日襲撃してきた奴も言っていたな」
「頭領から聞いた。螢と永太で倒したんやったけ?」
「うん」
「妙やな。今まで都が汚いだの、都を狙ってくるようなことはなかったんに。都が汚いって何なんや」
人が増え、あやかしとの距離が近づきすぎたせいでおこる軋轢か、血に酔い、理性を失ったあやかし、もしくは怨みを忘れることができずに祟る霊。一番多いのは怨霊の類だったのだが。
それとは全く違うことが起こっている。
「とりあえず、頭領に報告やな。さて、こいつ、どうするけ」
「どうするって・・・」
戦っている最中、耳から血を流して倒れた男は気絶したま地面に転がっている。鼓膜が破れてないといいのだが。
「抱えていくしかないでしょ。二人で」
「面倒やな」
螢の応えに、お美津は顔を顰める。
螢が「ほら、片方支えて」と言いながら、上体を起こさせて男の右腕を肩にまわさせて担ぐと、お美津が大きくため息をついた。
「まーんで面倒や」
左腕を自分の肩にまわし、螢とふたりで器用に支えながら持ち上げると、お美津は朱天までの距離を思い、三度目のため息をどうにか飲み込んだ。
螢火 大根葱 @daikonnegi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。螢火の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます