あとがき

 まず。全二十六話の長きに渡って辛抱強く読んでくださった方々に、深く感謝いたします。本当にありがとうございます。


 この話を書き始めた時には、あくまでも一話のみの読み切り短編として考えていて、何もディテールを決めていませんでした。それは、一話め冒頭の登場人物が楊周でも小虎子でもなく瑞賢だったことからも分かると思います。竹をモチーフにして、しなやかな生き方をしている人物の一場面を鮮やかに切り取る……それしか考えていなかったのです。小虎子も、ちょい役、モブの扱いでした。

 二話めを書いた時に、すーぱーじいちゃんととっぽいねえちゃんの道中記をシリーズで書いたらおもしろいんじゃないかと思い立ち。それから、楊周と小虎子のキャラクターの肉付けをしました。飄々としているけれど、どこか影のある楊周。天然だけど、思い切りコンプレクスに捕われている小虎子。それだけを決めて書き出しました。


 前半はむしろコミカルだった話が後半ずっしり重くなったのは、小虎子の独立をどうしても描きたかったからです。父に憧れ、父の背を追い、父を失って、女であることに絶望していた小虎子にとって、絶対的な強さを誇る楊周は新たな父代わりの存在でした。勘のいい楊周が父乞いに気付かないわけはありません。父親代わりの教育的指導をするつもりなど毛頭なかったはずです。そりゃそうですよ。完璧すぎる父親が小虎子のコンプレクスの元なんですから。

 自分に備わっている価値の活かし方を考えさせること。小虎子を旅に伴わせた楊周の目的は、その一点だったでしょう。あとはどこで突き放すかのタイミングだけをじっと見計らってきたのです。


 のんびりした二人旅から一転。最後が血生臭い終わり方になったことに違和感を覚えられた方が多かったかもしれません。しかし楊周と小虎子の最大の理解者であり庇護者でもあった瑞賢の死後は、もうこれまでのような旅を続けることは出来なかったでしょう。楊周はあえて新たな課題を課すことにより、小虎子だけでなく己にも独りで生き抜く覚悟を促したのです。

 小虎子にとってだけではなく、楊周にとっても二人で旅をすることの意味は大きくなっていました。よすがを振り捨てて独りに戻るには、何か強いきっかけが必要だったのです。たとえ、それが悲しい出来事であっても。


 エピローグ。外伝の中で、あえて二人の最期を描きました。これも、読まれた方には意地悪に思えるかもしれません。しかし、わたしにとってはこれがハッピーエンディングです。

 愚直なまでに己の信じた生き方を貫く。自分の手で自分の道を決めて、道を作って。その過程が二人の人生であり、それを最後に思い浮かべ、師弟で確かめ合いました。捨てていった楊周。満たしていった小虎子。形は確かに違いますが、渇望していたものに近付こうとあがいた軌跡を静かに振り返ることが出来て、本当に二人は幸せだったでしょう。わたしにとっては憧憬ですね。こういう生き方をしてみたいなーと思います。それはたぶん、願望のままで終わるでしょうけど。


 最後にもう一度お礼を。読んでくださった皆様。本当にありがとうございました。一見歴史小説風ですが、わたしは架空の国を舞台にしたファンタジーかなあと思っています。


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楊周と小虎子 水円 岳 @mizomer

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