番外編
天の声
ここはどこ? 私は誰?
そんな、どこかで聞いたことあるようなセリフが、私の頭を駆け巡る。目を開いているか、閉じているかもわからないような暗闇の中。いや、真っ白かもしれない。
とにかく、わからないのだ。ここはどこで、私は誰か。すると、もう一つの声、あるいは言葉が、私に語りかける。
「君は死んだんだ」
死んだ? 死んだって何。言葉の意味はわかるけど。だって私はここにいる。
「ここは、無意識の海。君は今そこをプカプカ漂っているだけで、生きているわけじゃない」
そうなんだ。私は死んだのか。でも、生きていたときの記憶がない。突然、ここにいたような。そんな気がする。
「君にはこれから、ある
うん。いったい何だろう。
「話は簡単。このままいなくなるか、やり直すか」
いなくなる? やり直す? どっちでもいい気がするけど。だって、今の私に「私」なんてないんだから。
「まあ、そう焦らないで。君は強い感情を心に持ったまま亡くなった。その影響で今ここにいる。それをしっかり考えてもらわないと」
考えてもらうっていったって。どう考えたらいいの。だいたい、突然現れて名前も名乗らず選択肢を与えてきて。丁寧語も使わない。そんな相手の話なんか。
「全部、聴こえてるからね。それに言葉遣いとか気にする状況じゃないでしょ。とはいえ、何も分からず選ぶのは難しいか」
するとその声は、私にある映像を見せる。少年少女の
「あまりこういう映像は見せたくないんだけど、君の場合は記憶の抜け方も酷いみたいだからね」
もしかして、いや、もしかしなくてもさっきの少女が私か。
「その通り。で、どうする」
そりゃ、やり直せるならやり直す。やり直し方も簡単だ。あんな感情的になったり、余計なことはせず、真っ直ぐ家に帰ったらいい。少年との付き合い方も改善させて、自然と仲良くなっていけるような方向性を探る。
「ごめん、やり直すってそういうことじゃないんだ」
え。と、驚く私にその声は、やや申し訳なさそうに話を続ける。
「君が死んでしまった人生をそのままやり直すことはできない。それをしたいというなら他をあたってくれ。ただし、人生というのは
ひょっとして私は今、説教をされたのか。死してなお。しかし、それじゃあやり直すってどういうことなのか、教えてほしい。
「生まれ変わるチャンスを与えるということだよ」
生まれ変わる? 私はあの悲惨な少女から生まれ変わって、新しい人生を送ることができるのか。
「違う、違う。そんな簡単な話があってたまるか。生まれ変わるためのチャンスを与えるということだよ」
何だそれは。回りくどいな。
「その言い方は何だ」
言葉遣いは気にするなって言ったのはそっちでしょ。それに、簡単な選択だって言ったじゃない。
「簡単だって言ったのはそういう意味じゃないよ。両極端な選択だってこと」
で、どうすればいいの。仮にやり直すことを選んだとして、どうしたら私は生まれ変わるチャンスを得ることができるの。
「それはズバリ、愛だ。君は記憶を失ってるけど、愛を持ったままこの海を漂ってる。その気持ちをぶつけ合える人と出会えることができたら、魂に意味が生まれてやり直すことができる」
ふぅん。何だかよくわからないけど。でも、ここにずっとプカプカ漂っているのも、急に全てを失ってしまうのも嫌だという気はする。
「じゃあ、やり直すんだね」
う、うん。
「そのためにはまず、名前を決めようか」
え、名前? 私には名前はないの?
「生前の名前はここでは通用しないし、生まれ変わることを目指すわけだから、ここでも新たに名前を決めてもらう」
名前かあ。何でもいいけどな。
「じゃあ、運子喪羅死子で登録しておくよ」
ちょっと待って。今私の頭に六つの漢字が浮かんでるけど、それは絶対に嫌。さすがに嫌。死してなお、プライドとか恥はある。
「じゃあ、君が決めておくれよ」
ちょっと、怒った口調で言われた。あの、ところで私、名前を決めたあとはどうなるの。
「君が亡くなった場所へ行ってもらうことになる」
そこで幽霊になるってこと? 幽霊か……。
「ねぇ、そんな名前にするならさ、こっちが提案した『運子喪羅死子』の方がいいでしょ」
嫌、そんな名前。ていうか、考えてるところに入ってくるな。
「結構凝った名前なんだけどな……」
そんな悲しむような声出されても。どこが。バカにしてるようにしか思えない。さて、話を戻そう。幽霊子か。正直、可愛くないよね。せめて漢字を変えようか。まぁ、さすがに胸に名札をつけるわけじゃないだろうから、漢字なんて関係ないんだろうけど。だからといって、さっきの漢字六つの名前は嫌。
「うんしもら・しこのどこがいけないって言うのさ」
ええ。そんな読み方だったの。しかも切るところそこなの。
「いったい、何を勘違いしたんだか」
うるさい! 何でもないっ。さあ、名前、名前。漢字を変えて優玲子にしよ、優玲子。
「その名前は現在登録済みです。一字加えたものを試してください」
何で急に機械音声みたいになったの。それに登録済みとかあるの? めんどくさいなぁ。
「候補としては、優水玲子・優火玲子・優木玲子・優電玲子などあります」
ゆうでんって何。水も火も素敵だけど、しっくりこない。その中なら木にする。いや、どうせなら希望の希にする。
「ほら、名前決まるのに時間かかったでしょ? 運子喪羅死子なら誰も登録してなかったのに」
誰がそんな名前で登録するかっ。
「さて、ようやく名前が決まったね。続いて注意事項があります。大事なことなので、しっかり聴いてください」
はいはい。お願いします。
「はいは一回でいいけどね。えと、優希玲子さんはこれから生まれ変わるチャンスを目指して、君が亡くなった第一理科室へ行ってもらいます。そこで君の未練である『愛』を求めてもらいますが、それを叶えてくれるであろう相手に対して、守らなくちゃならないルールがあります。一つは、自分を死んだ存在と初めに認めてもらうこと。一つは、自分が生まれ変わりを目指していると伝えてはいけないこと。一つは、ちゃんと両者が愛を持った状態で誓いを結ぶこと」
誓いって?
「一言で言えば、キスですね。口づけでも
うええ。何それ恥ずかしい。でもそれをしないと生まれ変われないってこと?
「君の場合は、その通りです。だからっていい加減な気持ちでキスをしようとしてもいけないし、自分を人と
もし、それを破ったら?
「登録名簿から名前が消えるとだけ、お伝えしておきましょう」
なるほど……。思ってたより大変そう。やり直すってこういうことか。幽霊になって、誰かと出会って、愛し合って。って、これ本当に大変でしょ。誰が幽霊なんかと恋をするの。そもそも、私の姿って誰かに見えるの。
「見えるかもしれないし、見えないかもしれないよ」
「その通り。でも君にはその道しかない。ただ、一つ言っておくと君は幽霊になるわけではないよ。幽霊とは少し性質が違うからね」
はあ。でも相手からしたら幽霊以外の何者でもないでしょ。
「でも君にとっては違うわけだし、そのことはしっかり胸に刻んでおいて。じゃないと、愛への未練や生まれ変わりたい気持ちが薄れて登録名簿から外れてしまうよ」
そうなんだ……。色々、
「それに、さっきも少し言ったけど、待つ時間がいくらかかるかわからないよ。けど、それを耐えている間に、君の性格や考え方も少し変わるかもね。今の生意気な君にはちょうどいいや」
生意気なのはどっちだろう。私だってこんな状態でイライラしたりしたくないよ。不思議とこの声に感謝できないのは、この声の態度が何かおかしいから。
「うへへへへへ。おかしいかなぁ。これでも優秀な方なんだけどなぁ」
変な笑い方。あれ、笑う? 笑うって何だっけ。ここに来てから全く笑ってなくて、笑い方も忘れちゃった。まぁいい。そんなことよりもう、早く送って。こんなところにいるより、やり直すための場所へ急いだ方がいい。
「ちょっと待って。君を行かせる前に、最初に君に与えた映像記憶やここでの記憶は一旦削除させてもらうよ。不都合ない程度にね。あと、生まれ変わりができるときの名前は、また変更できるから、そのときは運子喪羅死子でもいいよぉ」
だから嫌だって。それが良いという人がいても構わないけど、私は嫌だって。
「優希玲子なんてダジャレみたいな名前よりいいと思うけどなぁ。あ、それと、そのときはまた新たな記憶もなくすけど頑張ってね。それじゃ、行ってらっしゃーい」
聞き捨てならない言葉を最後無理やり押し込まれながら、私は無意識の渦に巻き込まれた。そして気づいたら第一理科室。やがて梨田夢人くんと出会い、文字通り人生を変えることになった。
「久しぶりぃ、優希玲子さん。これから生まれ変われるよ、急ぐから名前はこっちで決めていい?」
嫌、絶対嫌。何もかも思い出した上で嫌。私は有田。この名字ならきっと、夢人くんもわかってくれる。だから私は有田玲……。
「ありたれいさんね、行ってらっしゃーい」
こぉぉぉぉぉ。まぁいいか、色々ありがとう、天の声さん。
君は幽霊を名乗らない 浅倉 茉白 @asakura_mashiro
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。