43 事件解決/エピローグ

 カズと有賀のやりとりを見守る教師達にも緊張がはしる。


 皆、有賀の態度を見て、この話が、まんざら絵空ごとではないことを感じ取っているのだ。


 カズはじっと有賀の目を見つめて言った。

「郷土史研究会の目黒君に校庭を発掘させていたのもこれの為ですよね? 彼が発見した卒塔婆そとば。あれは大志が粉々にしちゃったけど、もしかして、あれこそ井深家のものだったんじゃないですか?」


 そこまで言われて観念したのだろう。

 有賀は自嘲気味に薄ら笑いを浮かべて「参ったね。そこまで知られていたとはな」と、吐き捨てた。


「有賀先生。あなたは数ヶ月前に、この本を入手して確信を持ったんでしょう。で、この学校を貶めると同時に実権を握って土地を売ることを計画した。それでうまく井深永次郎の財宝が出てきたら何割か分け前を貰う約束をしてたんじゃないですか?」


「今更とぼけても無駄のようだな。その通りだよ」

 有賀はそう言って力なく首を振った。

 もはや言い逃れはできないと悟ったのだろう。


 それに追い討ちをかけるようにカズが気の毒そうな顔をする。

「そうですか。素直に白状して頂いたのは結構ですが、ひとつ残念なお知らせがあります」


「何だね? 今の私にとってこれ以上、残念なことがあるのか?」

「それが……変だと思いませんか? この本。井深の財宝の秘密を書いた二百年前の本。それが二冊も残っているのは」


 それを聞いて有賀が顔をあげる。

「な、なぜなんだ? それが分からない」


「実はこれ。続きがあるんですよ」


「な、なんだと!? 聞いてないぞ。そんな事は!」


「有賀先生。がっかりしないでくださいね。実はこれ。どう考えてもフィクションなんですよ。だから二冊も残っているんです。いや、ひょっとしたら他にも残っているかもしれない」


「そんなバカな! あ、有り得ん!」

 動揺する有賀の様子を眺めながらカズが小さくため息をついた。


 そして扉の方に向かって声を掛けた。

「入ってきていいよ」と、カズが唐突にそんなことを言うので皆が妙な顔をしていると、扉を開けて一人の生徒が顔をのぞかせた。

 

 大事そうに何かを胸に抱えて、しょんぼりとした佇まいを見せる小太りの少年。

 そう、それは目黒だった。

 

 カズは目黒を室内に招き入れ、促した。

「目黒君。ほら。それを有賀先生に見せてあげなよ」


 おどおどした様子で会議室に入ってきた目黒は、ゆっくりと有賀の前まで進んで、そっと抱えていた本を差し出した。


 有賀は、引っ手繰るように、それを手にすると表紙や背表紙を調べ、中のページをパラパラとめくり始めた。

 そしてみるみるうちに顔を紅潮させた。


 カズが穏やかな口調で声を掛ける。

「そういうことなんです。特に後半、井深の財宝をめぐって伊賀と甲賀の忍者が出てきてマンガみたいな戦いを繰り広げています。これはどう見ても作り話ですよね」


「そ、そんな……信じられん」

 そう言って顔を歪める有賀の手は震えている。


「これを書いた作者は江戸時代の売れない作家だったんでしょうね。先生が入手したのはこの小説の下書きだったんですよ。それも前半の部分」


「何!? では、これが……」


「はい。完成版です。彼のコレクションの中にありました。もっとも何部刷ってどれだけ売れたかは不明ですが」


「こ、これが小説だったって? それじゃバカみたいじゃないか! クソッ!」

 そう言った有賀は泣いているようにも見えた。

 見るからにガックリとした様子で相当にショックだったに違いない。


「先生……」と、目黒が恐る恐る口を開いた。

「ボクは先生を信じてました。先生は本当に郷土史を愛していると思ってました。なのにどうして……」


 目黒の質問に有賀が投げやりな口調で応える。

「信じてただと? 笑わせるな。金のためなんだよ」


「そんなぁ。ボク……ボクは」


「おい目黒。お前、そんなのやってて面白いか? 郷土史なんて物はだな。そんなものは年を取ってから暇潰しにやるもんだ」


 有賀の言葉を聞いた目黒の目に涙が溜まってくる。

 そして、ブルブルと肩を震わせて鼻の穴を大きくした。

「ボ、ボクは本当に好きだからやってるんです!」


 目黒の真剣な言葉に有賀が驚く。


 涙目の目黒は、有賀に向かって言う。

「郷土史を……な、舐めないで頂きたいっ!」


 こうして有賀の野望は潰えた。


 そもそも有賀が狙っていた財宝などは存在しなかったのだ。


 それにも拘らず、お宝が校庭に埋まっていると信じた有賀がこの学校を乗っ取ろうとしたことが一連の事件を巻き起こしたのである。


 また、これはあとで判明したことであるが、有賀は加美村学園の評判を落とすためにウラ組織に数百万円を支払っていた。


 結果的にその工作はミステリー・ボーイズの手によって、ことごとく阻まれたのであるが、校長はこれを警察に届けることはしなかった。


 そして事件は表ざたになることもなく静かに幕を閉じたのである。


     *    *    *


 おだやかな火曜日。

 まるで何事もなかったかのように学校は普段の落ち着きを取り戻していた。


 社会科の有賀が学校を去ったことは話題になったものの、その真相は一般の生徒には知らされなかった。


「ね、菊ちゃん」と、休み時間に美穂子が心配そうな顔で菊乃に話しかけてきた。

「カズ君たち来ないね。やっぱ疲れちゃったのかなぁ」


 美穂子は、のん気にそんなことを言っている。


 しかし、菊乃には分っていた。

 今日、三人が学校に顔を出さない本当の理由を……。


 菊乃の「昼休みに部屋に行ってみよっか?」という提案に美穂子の顔がほころぶ。


「うん。そだね!」


 しかし、もしも菊乃の予想が当たっているなら、恐らく彼等はもう……。


     *     *     *


 昼休みに学校を抜け出して菊乃と美穂子は三人の住む部屋を訪れた。


 だが、インタフォンを鳴らしても誰も出ない。

 もう一度、もう一回と鳴らしてみる。


「出かけてるのかなぁ」と、美穂子が首を傾げる。


「携帯にかけてみようか」と、菊乃がスマホを取り出す。


 しかし大志も、そして勝春にも電波は届かない。

 メッセージに対する既読も昨夜を最後に途切れている。


 カズに電話した美穂子が半べそをかく。

「カズ君、出ないよう。どうしちゃったんだろ?」


 菊乃が落ち着いた口調で呟く。

「事件が終わったから……」


「え? どういうこと?」と、美穂子がショックを受ける。


「ミステリー・ボーイズ。三人とも事件を解決するために組織から派遣されてきたって言ってたでしょ。だから……」


 菊乃の言わんとすることを理解して美穂子が「そんな……」と俯いた。


 その時、ちょうど隣の部屋の扉が開いた。

 中から出てきたのは、おばさんだった。


 おばさんは菊乃達の服装を見て「ああ」と、頷いた。

 そして、今朝のことを教えてくれた。

「お隣の男の子達なら朝早く引っ越してったわよ。あなたたち同級生なの?」


「ええ、まあ」と、菊乃が引きつった笑みを浮かべる。


 予想していたこととはいえ、やはりショックだった。


(黙って行ってしまうなんて……酷すぎるよ……)


「んまあ。やっぱりねぇ。若いとは思ってたけど高校生だったのねぇ」

 おばさんは一人で納得しながら部屋に戻った。


「菊ちゃん……」と、涙目の美穂子が菊乃の服をぎゅっと握る。


 美穂子の気持ちはよく分かる。

 それは菊乃も同じだ。


 美穂子が鼻をすすりながら言う。

「なんか。寂しすぎるよね。せっかく仲良くなったのに」


「そうだね。なんか、あっという間だった気がする。まだ一ヶ月も経ってないのにね」


 ミステリー・ボーイズの三人が突然、転校してきたのが二学期の最初。


 確かに一ヶ月も経っていない。

 しかし、もう随分前のことのようにも思える。


「美穂子……そんなに泣かないで。また会えるよ。きっと」

 菊乃の言葉に美穂子が不思議そうな顔をする。


「なんで? どこに行ったかも分からないんだよ? 携帯も繋がらないんだよ?」


「大丈夫。きっと会えるから。きっと……」


 そう言い切る菊乃の表情には何かしら確信があるように見えた。


 ほんのわずかに冷気を帯びた風が流れ込んできた。

 夏の名残を纏う九月の風は、マンションに隣接する街路樹を、ざっと揺らせた。


 葉の色が微かに薄くなりかけた緑は、風との別れを惜しむように小さくざわめく。


 晴れた空では雲の位置が少し高くなったように見える。

 そして町は微かに秋の気配……。


     *     *     *


 北へ向かう列車の中で、大志は流れ行く景色をぼんやりと眺めていた。


 向かいの席ではカズと勝春が大志の様子を見守っている。


 勝春が声を掛ける。

「ネ、大志。ホントに良かったのかい? 菊ちゃん達にお別れしなくって」


 勝春の問いかけに対して大志は何も答えない。


 大志の代わりにカズが答える。

「まあ、会ってしまうと、かえって別れが辛くなるかもしれないしね」


「でもサ。いいのかヨ。だってもう出会えないかもしれないんだヨ?」

 勝春の言葉に大志がわずかに反応する。


「出会えない? どういう意味だ?」


「だってサ。大志にアレルギーが出ない女の子なんて、そうは居ないって。勿体無いヨ」


 カズが頷く。

「そういえばそうだよね。そっか。そういう意味で藤村さんは特別な存在かもしれないね」


 カズの言葉を受けて大志は「別に……」と、首を竦める。

 そして窓の外に視線を移す。


 勝春は長い脚を組み替えながら言う。

「今は無理かもしんないけどサ。いつかこの仕事を引退したら、また会いに行けばいいんじゃない?」


 それを受けてカズが悪戯っぽく笑う。

「でも、その時まで藤村さんの気が変わってなきゃいいけどね」


 二人のやりとりに大志が呆れる。

「お前ら……好き勝手言ってくれるよな」


 だが、勝春とカズは大志の顔を見てニヤニヤ笑っている。


 ちょうどその時、駅弁を売る車内販売が通った。


 大志がそれを呼び止める。

「コロッケ弁当をひとつ」


「え? コロッケ弁当はありませんけど」と、販売員が驚く。


「そうか。ならいい」

 そう言って大志はポケットに財布を戻そうとした。


 その財布からはみ出したもの……。

 それは菊乃からプレゼントされた、あの小さなハリネズミだった。


 スカンクみたいに見える菊乃の手作りストラップ。


 その中には菊乃の深い深い思いと小さな小さなGPSが込められていた……。


(おわり)

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ミステリー・ボーイズ GAYA @GAYA

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