42 BOYS ON THE RUN

 緊張する菊乃達と対照的に大志は意外に落ち着いている。


 その目は、まだしっかりとイワンを見据えている。

 そして背筋を伸ばしながら、「38ぶんの15」と、意味不明な一言を発する。

 

 それを聞いてイワンが呆気に取られる。

「ハ? オ前、何言ッテンノ?」


 菊乃にも意味は分からない。

「さんじゅうはち?」


 勝春も「さあネ。オレにも分ンネ」と、首を傾げる。


 しばらく妙な間があってイワンが、まあいいやといった風に首を振った。

 そして、いよいよ本気モードに入る。

「ソレジャ、行カセテ貰ウヨ!」


 前屈みになったイワンの重心が、すうっと下がる。

 そして、ゆっくり息を吸った次の瞬間、矢が放たれたようにダッシュした!

 そしてタックルで大志を倒しにかかる。


「危な……」と、菊乃が目をつぶりかけた時、大志が動いた。


 座り込むぐらいにぐっと身体を沈めて真っ直ぐ突っ込んでくるイワンに向かって跳ねた!


『ドスッ!』と、鈍い音がする。


 恐る恐る、菊乃が目をあける。

「え?」


 菊乃の目に飛び込んできたのは『く』の字型に身体を折り曲げるイワン……。

 それとイワンの頭を両手で抱え込む大志の姿だった。


 よく見ると大志の膝がイワンのお腹にめり込んでいる。


 大志が、ぱっと手を離すとイワンはお腹を押さえながら後ずさりする。

 そして「ソ、ソノ程度ノ膝蹴ひざげリナンカ……」と、言いかけて、急に顔を歪める。


 効いている? イワンの様子がおかしい。


 イワンが「ウ、嘘ダロ……」と、両膝をついてガクンと崩れ落ちる。

 そして苦しそうに息を吐き出すと「ウ・ウグ・ウグワァ!」と、何ともいえない苦悶の声をもらした。


 菊乃は何が起こったのか分らずに勝春の腕を引っ張った。

「な!? どうなってるの?」


 勝春が興奮気味に説明する。

「膝蹴りだヨ! しかもカウンターで決まったんダ!」


 イワンは両手でお腹を押さえながら苦悶の表情を浮かべる。


 と、その瞬間、大志がダッシュした! 

 そしてジャンプ一閃、膝蹴りをイワンの顔面に叩き込む。


 それも右・左・右と空中で三連発! 

 まるで走り幅跳びの選手が空中で飛距離を伸ばそうとするみたいに。


 イワンは大志の飛び膝蹴りを三連発で食らって後方に吹っ飛んだ。

 そして、それっきり動かなくなった。


「決まったゾ!」と、勝春がガッツポーズ。

「やった!」と、菊乃が飛び上がる。


 勝春が大志に駆け寄ってねぎらう。

「やったネ、大志! ケド、珍しく苦戦したじゃない」


「まあな。俺としたことが……クッ」


「痛むの?」と、菊乃が心配そうに大志の顔を覗き込む。

「いや。何、ちょっとだけだ」


「ところでサ。さっきの38ブンの15って何のことなんだい?」


「ああ、あれか。あの時点で俺が放った蹴りが38発。そのうち15発を奴のレバーに打ち込んでやったって意味さ」


「レバー? 肝臓かヨ。なるほどネ。メチャクチャに蹴ってるように見えて実は……」


「そうだ。はじめからそれを狙ってた。いくら奴が頑丈でも同じ部分を何度も打たれればダメージは蓄積するからな」


 まるで水滴が岩に穴を開けるように、大志の正確な蹴りはイワンの肝臓に少しずつダメージを与えていた。

 大志の膝蹴りが頑丈なイワンに効いたのはその伏線があったからなのだ。


「サ。カズの所に行こうか!」と、勝春が微笑んで歩き出そうとした。


 ところが「おぅ」と言いかけて大志がガクンとバランスを崩して転んでしまった。

 そして地面にゴロンと仰向けに倒れ込む。


「ゴッキー!」

 菊乃が大志の頭を抱き起こす。


「大丈夫かヨ? 大志」


「勝春。カズの所に行ってやれ。俺はしばらく動けそうに無い」


「分ったヨ。じゃ、菊ちゃん。大志を頼むヨ」

 そう言い残して勝春は校舎に向かう。


 その途中、勝春は一度立ち止まって振り返ると、菊乃に向かってウィンクをして見せた。

 それは意味深な行動だったが、菊乃には自分へのエールのようにも思えた。


 校庭に残されたのは菊乃と大志。

 そして完全にノックアウトされたイワンの三人だけだった。


 大の字に寝転がるイワンは死体みたいにピクリとも動かない。

 口から泡を吹いているところを見ると死んではいないが気絶しているようだ。


 菊乃はチラリとそれを見て大志の頭を自分の膝に乗せてやる。

「よく頑張ったね。見てるこっちが痛かったよ」


 大志は薄目を開けながらそれに答える。

「フン。最後ぐらいは格好良いところを見せないとな」


「なに言ってんの……ボロボロじゃん!」

「うるせぇ……」


 どちらからともなく笑みがこぼれる。


 菊乃に膝枕されながら大志が何かを思い出したように「そういえば」と、呟く。

「ところで、お前。何か俺に言うべきことがあるんじゃないか?」


「え?」


「前に、ほれ。ハンカチ返した時に……」


「ああ……あれね」


 そうだった。

 今日はまさに大志の誕生日。

 そして菊乃の誕生日でもある。


 今なら渡せるかもしれない。

 そう思って菊乃はポケットに忍ばせた包みをそっと取り出した。


 そしてなるべく冷静に、なるべくさりげなく、それを大志の手に握らせた。


「何だこれは?」


「何って……プレゼント。誕生日の」


「ああ、そっか。そうだっけな」


「言っとくけど、この前のお礼も兼ねてるんだからね」


「礼? 礼って何だ?」


「みんなでご馳走になったでしょ。あれのお礼」


「そういう事か……」


「それ。ちゃんと付けててよね」


「つける?」


「とにかく開けてみてよ」


 菊乃に促されて大志が胸の上で包みを開ける。


 まだ手が痺れているせいなのか元々そういう性格なのかは分からないが大志はビリビリと雑な開け方をする。

 菊乃がせっかく何回も包み直したのに、男はそういうところに無神経だ。


「何だこりゃ?」


 中から出てきたのは手作りストラップだ。

 中々イメージ通りの素材が無くて苦労したが菊乃の力作だ。


 ところが大志はそれを指で摘んで妙な顔をする。

「これは……スカンクか?」


「ハリネズミだよ!」

 結構、自分でも可愛く出来たと思っていたので菊乃は少しムッとした。

「私の手作り。世界でひとつしかないんだからね」


「しかし何でハリネズミなんだ?」


「あんたの髪型。ツンツンしてるから。別にハリセンボンでも良かったんだけどね」


「いや。それならハリネズミの方がまだマシだ」


「マシって失礼ね。いい? 財布かスマホに必ず付けてよね。捨てたらぶっ飛ばすわよ」


「強制かよ……チッ。仕方ねえな」


 本当に一番言いたかった言葉。

 菊乃はそれを思い切って言ってみる。


「誕生日おめでと……」


 大志の顔がかすかに緩んだ。

 そして一言。

「お前もな」


「え! 知ってたの?」


「ああ。でもプレゼントは無いぞ」


「いいよ。そんなの……」


 胸がいっぱいになった。

 どうしようもない愛おしさがあふれ出してきて、菊乃は思わず大志の頭を抱きしめた。


 菊乃の胸に顔が埋まった大志が呻く。

「お、おいっ、苦し……」


 菊乃が慌てて力を緩める。

「あ! ごめん。女の子の匂い、ダメなんだっけ?」


 が、大志はフッと笑って言った。

「いや……女って……柔らけぇ……」


     *    *    *


 次第にカズのペースに乗せられていく教師達。


 それを苦々しく眺めていた有賀が貧乏揺すりを始めた。

 かなり動揺している。

 つまりそれはカズの言葉が真実に近づいていることを意味している。


 それを見てカズはますます自信を深めた。

 自然と説明に熱が入る。

「有賀先生がこの学校の敷地で見つけたのは、ある人物のお墓です。名前は『井深永次郎いぶかえいじろう』江戸時代中期の人物です」


 もはやカズの説明に口出しする人間は居なかった。

 カズの冷静な口ぶりにはそれだけ説得力がある。


「話は変わりますが、実はある記録によると徳川家が埋めた財宝は江戸時代に既に掘り出されているんです。幕府の人間によって」


 カズの解説に面々がため息をついた。

 そのうちの一人が感心したように言う。

「へぇ、そうなんだ。それじゃ幾ら探しても財宝が見つからないわけだ」


「そうですね。で、それが何に使われたかというと純粋に投資されたんですよ。貿易にね」


 話を聞いていた何人かが、なるほどという顔をした。


 それはあり得る話だ。

 当時、幕府は海外渡航を厳しく制限しており自らは外国との交易を独占できる立場にあった。

 そこで掘り出した財宝を元手に商売したというのなら、さぞかし儲かったことだろう。


「実は、井深永次郎という人物は幕府の貿易を管理していた人間の一人なんです。その人のお墓があった所がこの学校の敷地なんですよ」


「ま、まさか!」と、驚きの声があがった。

「嘘だろ?」

「偶然過ぎやしないか?」


 さすがにこの話は、にわかには信じがたいのか教師達が騒ぎ出す。


 そこでカズが丸めてあったA3版の紙を広げて先ほどの地図に重ねる。

「ここに二枚の地図があります。こっちは現在の地図。で、こっちは約300年前の地図。勿論、コピーですが」


 そこに教師達が集まってきて地図を覗き込む。


「この地図はあらかじめ拡大コピーで縮尺しゅくしゃくを揃えています。で、この二枚を重ねると……ほら。ちょうど学校の位置にお寺の半分が重なるでしょう」


 カズの言う通り二枚の地図を重ねると古い地図に記されたお寺と加美村学園の敷地が半分重なっている。


「本当だ!」

「凄い!」


 教師達がカズの周りで感心する中、有賀だけは自分の席を立とうとしない。

 ただ、ものすごい形相でカズを睨みつけている。


 そんな有賀の厳しい視線を受け流すかのように、カズは余裕の表情でカバンから一冊のビニール袋を取り出した。

「有賀先生。もしかして先生のネタ元はこれじゃないですか?」


 そう言ってカズが取り出したのはビニールに入ったボロボロの本だった。


 それを見て「ま、まさか!」と、有賀が腰を浮かせる。

 そして、信じられないといった顔つきで有賀が呻いた。

「な、なぜ貴様がそれを持っている?」


「あ、言っておきますけど先生のを盗んだんじゃないですよ。ちゃんと正規のルートで借りてきましたから」


「し、しかし……その本が二冊もあるはずが……」


「それがあるんですよ。一冊はあなたが持っている。ていうか今は借金のカタにしているんでしたよね」

「貴様、なぜそれを……」


「調べはついているんですよ。あなたがこの学校の土地を売ろうとしている相手。相手は不動産会社の社長さんですよね。あなたはその社長から活動資金として二千万円以上のお金を受け取っていますね?」


「ぐ……そ、そんなことまで」

「その社長さんはこの本を見てあなたの話を信用した。井深永次郎の墓には莫大な財宝が眠っているという話をね」


 カズの追及は続く。

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