41 不死身のイワン/真の目的

 不死身のイワンは怯まない。

 それでも大志は攻撃を続ける。


 今度は大志の左ハイキックがイワンの右頬を『バシッ!』と打った。

 と、同時にその足先がクイッと戻って踵がイワンの左頬を打つ。

 ちょうど往復ビンタをするみたいに大志は足でそれをやってのけた。


 だが、イワンはびくともしない。

 それどころか「はぁはぁ」言いながら何やら興奮してきた様子……。


「イイヨ。イイヨ……モット、モットダ。ブッテ! ブッテ!」


 明らかにおかしい。

 菊乃もそれを聞いてぞっとした。

「ひょっとして……変態?」


 勝春も同じ感想を持ったのか隣で顔を引きつらせる。

「そ、そうかもネ……」


 さすがの大志もイワンの異常さに気がついたのだろう。

 大志の表情が険しくなる。

 自慢のケリを何発もお見舞いしているのにそれが全然効いていないのだから……。


「ふざけやがって!」

 大志の怒りが爆発した。


 右・左・右と大きな振りで次々にケリを放つ。

 右ハイ・左ミドル・右足回し蹴り、そのどれもが的確にイワンを捕らえる。


 それなのに菊乃は急に不安になってきた。


 これまでの大志は余裕で相手を倒してきた。

 しかし、怒りに任せてケリを繰り出す大志の攻撃は明らかに今までとは違う。

 これではイワンに翻弄ほんろうされているみたいだ。


 サンドバッグみたいに大志のケリを無防備に受け続けるイワン。

 このままの状態がいつまで続くんだろうと思われた瞬間だった。


 大志の右ハイキックに対し、イワンがフッと身を屈め、はじめて回避行動に出た!

 と、思いきや、いきなりパンチを放った。


 大志は素早く身を反らしてそれをかわす。


(空振り!)と、思われた。


 だが、大志が足を元の位置に引いて体勢を立て直そうとした瞬間、左ひざがカクーンと落ちた。


 地面に片膝をついた大志が(嘘だろう?)といった表情を見せる。


 そして「クッ……」と、手の甲でアゴを押さえる。


「アゴをかすったんダ!」と、勝春が呻いた。


 大志の様子を見てイワンが突進する。


(頭突き?)と、思って大志が下がった瞬間、真横からイワンの拳が飛んでくる。


 完全な死角から飛び込んできたパンチが『ゴッ!』と大志のこめかみに当たった。

 

 反射的に首を振ってパンチの威力を受け流す大志。

 だが、強烈なダメージが大志の動きを止めてしまう。


 菊乃は目をつぶった。とても見ていられない。

 本当は止めさせたい。

 しかし、大志はそれを許さないだろう。


 大志のピンチを目の当たりにして顔を背ける菊乃。

 それを勝春が叱責する。

「大志を信じるんダ!」


 怖くて目を開けていられない。

 菊乃は恐る恐る薄目を開けて様子を伺う。

 

 そんな菊乃の目に入ってきた光景。

 それは信じがたい光景だった。


 こめかみを押さえながら肩で息をする大志は、辛うじて立っているようにしか見えない。


 一方のイワンはボクシングの構えで軽快にステップを踏んでいる。

 まるで大志をからかっているようにイワンは「ドウシタ? モウ終ワリカ?」と、次の攻撃をわざと遅らせている。


 どう見ても形勢は不利……。


 勝春がいまいましそうに呟く。

「得意なのは間接技じゃなかったのかヨ! まさか打撃もあるとはネ……」


「ハッ!」という掛け声と同時にイワンがパンチを打つ。

 それが大志のわき腹にめり込む。


 イワンは身体をゆすりながら狙いを定める。

 そして掛け声とともにパンチを一発だけ繰り出す。


 その度に、いかにも重そうな一撃が大志の身体に衝撃を与えた。


 今の大志にはそれが避けられない。

 大志が一方的に痛めつけられる姿を見せ付けられて菊乃はパニック寸前だ。


 憎らしいまでにイワンは余裕綽々よゆうしゃくしゃくだ。

「意外ニ頑丈ダネ。君モ。デモ、ボクニハ敵ワナイ。ボクハ不死身ダカラネ」


 勝春の脳裏にマスターの言葉が浮かんだ。

(ロシア軍のエリート……まさにバケモノ……)


 しかし、当の大志はボロボロになりながらも諦めていない。

 イワンが一発パンチを打つとカウンターで小さなケリを返す。


 だが、そのケリには鋭さが無い。

 辛うじてやり返している。そんな風に見えた。


       *     *      *



 職員室では、番組の内容が芸能ニュースに移ってしまったのを機に教師達が席に戻った。


 ざわざわとする教師達の様子を、有賀がいまいましそうに見ている。

 校長を解任して自分が実権を握るというシナリオが完全に狂ってしまったのだ。


 カズは頃合いを見計らって、いよいよ本題に入った。

「皆さん。今のTVを観て分かる通り、これは陰謀です」


「陰謀だって?」「どういうことだ?」と、あちこちで疑問の声。


 それを制しながらカズが続ける。

「はい。これは陰謀なんですよ。すべてはある人物が仕組んだものなんです。そう。有賀先生。あなたが黒幕だったんですね?」


 皆の視線が有賀に集中する。


 皆の視線を浴びて有賀が、しどろもどろになる。

「い、いい加減なことを……な、な、何の為に私がそんなことを!」


「いいでしょう。では、すべて説明して差し上げますよ」

 そう言ってカズはなぜ有賀がこの学校を貶めるような真似をしたのか、その真の狙いを明らかにすることにした。


「鍵は江戸時代の地図にありました」


 カズの意外な言葉に「?」という空気が流れた。


 それに構わずカズが続ける。

「江戸時代、この学校の敷地にはお寺があったんです。墓地も一緒にね」


 ジャージの体育教師が驚いて立ち上がる。

「お墓だって? そんなバカな!」


「いや。事実です。ここに古い地図、勿論、写しですが、ここにちゃんと載っています」


 そこで美穂子が紙袋から地図を取り出して長机の上で広げた。


 カズの持ってきた地図。

 それは目黒が集めていた郷土史の資料から拝借してきたものだった。


 カズは言う。

「昔は土葬が一般的でした。ですから、すぐに墓地のスペースがなくなってしまったんですよ。そのせいで江戸時代のお寺は、お墓を残して頻繁に引越しをしてたんです。有賀先生。あなたの目的はただ一つ。この学校の敷地を売り払うことですね?」


 カズの問いに対して有賀は不敵に笑う。

「フン。何を根拠に。そもそも誰が、こんな土地を買うというんだ?」


「確かにね。ここは駅から遠いですし、マンションを建てるなら、もっといい場所があるでしょう。ただ、ここじゃなきゃダメなんでしょう?」


 カズの追求に有賀の顔色が変化する。


 それを確認しながらカズがゆっくりと間を取る。

 そしてズバリと指摘する。


「あなたの目的は徳川埋蔵金ですね?」


 カズの言葉に教師達が唖然とする。


「徳川埋蔵金だって?」

「たまにテレビでやっているアレか?」

「この学校にそんなものが?」

「有り得ん!」


 教師達の反応を眺めながらカズが続ける。

「皆さんご承知の通り、世の中には江戸時代に徳川家が隠した財宝が今でもどこかに眠っていると信じている人達がいます。彼等は財宝のありかを突き止めようと日々、頑張っています」


 そこで社会科の教師が首を捻った。

「バカな。こんな都会にそんなものが?」


 カズは、もったいぶるように含み笑いを浮かべる。

「正確に言えば徳川埋蔵金ではないんです。有賀先生が見つけたのは……」


      *     *     *


 菊乃が勝春の腕を握り締めて訴えた。

「ね。カッチー。お願い。止めさせて!」


 しかし、勝春は戦況を見つめながらゆっくりと首を振った。

「まだダメだヨ」


「なんでよ? もう見てらんないよ」

「今、止めたら後で大志に怒られるヨ」


「もう無理だって! だってボコボコじゃん」

「よく見てみなヨ。大志の目。何かを狙ってるんだヨ。多分」


「多分? それじゃ困るの!」


 相変わらずイワンの一方的な攻撃が続いている。

 

 イワンの動きは早くはない。

 まるで何時間も殴りあった後みたいに、一発までに要する時間が長い。

 狙って、狙ってようやくパンチが一発。

 

 それを大志がかわしながらカウンターで蹴りを返す。

 が、大志の蹴りにも切れはない。


 お互いの攻撃は浅く、なんだか惰性で戦っているようにも見える。


 さすがにイワンも疲れてきたのか「ソロソロ終ワリニスルカ?」と、いったん拳を引っ込める。

 そして首や手首をポキポキ鳴らして「トドメハヤッパリ……」と、舌なめずりするような表情を見せた。


 勝春が、しまったというように呻く。

「マズイ! 間接技かもヨ!」


「え、やだ!」

 菊乃は大志が足を痛めてしまった時を思い出した。


 イワンの特技はサンボ! 


 得意の関節技をここまで温存していたとなると絶体絶命のピンチだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る