40 立ちはだかる壁!

 臨時の職員会議は午前八時からだった。


 それに合わせて全員が校門の前に集結する。


「さて。皆、準備はいい?」と、言ってからカズが大きく深呼吸をした。


「勿論サ!」「やるだけのことはやった」と、勝春と大志も力強く答える。


 菊乃と美穂子も緊張気味に頷く。


 今日は臨時休校で学校は休みだ。

 それなので校門は閉まっている。

 それを大志がこじ開けるようにして五人は校内に足を踏み入れた。


 静かな学校。

 晴れ渡る空。

 風が微かに五人の背中を押す。


 カズの「さあ。行くよ!」の合図で、五人は最後の決戦に向かった。


 美穂子が「なんか刑事ドラマみたいだね」と、言う。

 大志が「それをいうなら警察のガサ入れだろう」と、突っ込む。


 いずれにせよ特別な目的を成しえる為に五人並んで校庭を横切っていると、なんだか緊張感が溢れてくる。


 校庭を横切り、真っ直ぐ校舎へ向かう。


 そして下駄箱がずらりと並ぶ入り口に差し掛かった時、やはり難敵が待ち構えていた。


 大志が「イワン・オトコフスキー……」と、呟いた。


 まるで五人がここへ来ることを予想していたかのようにイワンは現れた。

 しかし、ある意味、イワンの妨害は想定の範囲内だ。


 足を止め、イワンと対峙する五人。


 イワンがどんな行動に出るのか一応シミュレーションはしていた。


 もしも力ずくで阻止しようとするなら、四人がかりでイワンを足止めしてカズだけ行かせようという作戦だった。 


 大志が周囲を警戒しながら敵がイワンだけであることを確認する。

「フン。早起きじゃないか。意外に勤勉なんだな。ロシア人は」


 大志の言葉を聞き流したイワンがチラリと五人を見る。

「勉強ヨリ、モット好キナ物ガ、アルンデネ」


 イワンはそう言って、ねっとりとした視線をカズに送る。

 それを受けてカズが身震いする。


 イワンは、腕組みをしたまま、ニヤリと笑う。

「通リタケレバ、行ッテ良イヨ」


 意外な反応にカズが戸惑う。

 本当に何もしてこないのだろうか?


 イワンの視線は、まっすぐ大志に注がれている。


 カズはイワンと大志の顔を見比べて「任せていいのかい?」と大志に尋ねた。


 大志が一歩、前に出る。

「ああ。ここはどう見ても俺の出番だろう」


 イワンが「ガッカリ、サセナイデクレヨ」と、大志を挑発する。


「望むところだ」と、大志は胸を張る。


 そんな二人を尻目にキョロキョロしている美穂子を見て菊乃が尋ねる。

「美穂子、何探しんての?」


「ん。ホウキとかモップとか……何か武器になる物ないかなって」

「は? 何言ってんの? アタシ等が相手になるわけないじゃん!」


 珍しく勝春が弱気なところをみせる。

「菊ちゃんの言う通りだヨ。大志も相当なもんだけど、今回ばかりは相手が悪いかもヨ……」


「じゃ、ボクと森野さんは行くから!」

 カズが美穂子の手を引いてイワンの横を駆け抜ける。


 だが、イワンはそれをスルーした。


 すでにイワンは戦闘モードに入っているらしい。

 狂気をはらんだ冷笑を浮かべながら「表ヘ出ロヨ」と、誘う。


 それに大志が応じる。

「いいだろう。どうせなら広々とした所でやりたいものだ」


 まずは大志がイワンに背を向けてUターンする形で校庭に向かう。

 勝春と菊乃もそれに続く。


 その後をイワンが無言でついてくる。


 大またで歩く大志。


 熊のようにノッシノッシと追ってくるイワン。


 戦いの舞台は校庭だ……。


      *    *    *


 カズと美穂子が乗り込んだ時、会議室では『コ』の字形に並べられた長机に教師が勢揃いしていた。


 その一番、奥まった席の真ん中にカズのターゲットである有賀の姿がある。


 乱入した形になるカズが、ひとつ咳払いをしてから皆をゆっくりと見回した。


「なんだチミは?」と、チンチクリンな数学教師が立ち上がった。


「代理ですよ。校長の」と、カズが答える。


「はぁ? チミは何を言っておるのかね?」

「ですから委任されたんですよ。ほら、ちゃんと委任状もありますよ」


 数学教師はカズの差し出した委任状をしげしげと眺めた。

「確かにこれは校長の印鑑ですな」


 そして他の教師にそれを回覧する。


 有賀は、じっとカズの方を見ている。

 そして回ってきた委任状を一瞥して「フン」と、鼻で笑った。

「いいだろう。適当に座りたまえ」


 有賀の許可を得てカズが「そりゃどうも」と、空いている席に美穂子と並んで座る。

 そして真っ直ぐに有賀を見据えた。


 有賀は余裕ありげな態度でカズの視線をやり過ごすと立ち上がって口を開いた。

「さて。ご承知のように大変なことになってしまった。我が校、始まって以来の一大事だ。こともあろうに校長がマスコミに叩かれようとは!」


 どうやらこの会議は有賀が仕切るらしい。


 カズの調査では、有賀の両隣と窓側の机に座る五人の教師が有賀派ということが判明している。


 しばらくは有賀の演説、というより校長への批判が続くと思われる。

 その間に有賀派の教師がそれに賛同して『校長の解任やむなし!』の流れを作っていく。

 それが有賀のシナリオなのだろう。


 カズの予想通り、一通り校長を非難していた有賀が校長解任の提案をする。

「もはや、校長の解任は止むを得ないかと。そこで多数決を取りたい。校長解任に賛成の者は起立を」


 そこでカズが「ちょっとよろしいですか?」と、挙手する。


「何かね? 代理人君」と、有賀がアゴをしゃくってみせた。


 カズがスックと立ち上がって皆に問う。

「それって校長の会社がクロだという前提ですよね? もしこれが『濡れ衣』だったとしたらどうです?」


 カズの問いかけに何人かの教員がざわつく。


 しかし有賀はまだまだ余裕の表情だ。

「ほう。すると何かね。君は校長の会社がシロだと言いたいのかね? 何を根拠にそう主張するのかは知らんが」


 カズも負けてはいない。

 実に落ち着いた様子で切り返す。

「完全にシロですよ。なんならそこのTV。ちょっと、つけてもらえませんか?」


 カズがそう言うのでTVに近い場所に座っていた教師がスイッチ入れる。


「テレビNを。ちょうど朝の情報番組をやってるはずです」


 カズの指示に従ってチャンネルが合わせられる。


 全員の視線がTV画面に注がれる。

 そこで放映されている内容を観て教師達の間にどよめきが起こった。


 この展開は予想できなかったのか、さすがの有賀も薄ら笑いを止めた。


「あれはヤラセでした……」と、TV画面の中でモザイクの人物が告白した。


 言うまでも無く勝春に説得された杉本のインタビューである。

 続いて外国人二人組のインタビュー。こちらはモザイクなしだ。


『イスラム教の従業員。ボク達は豚肉を食べない!』のテロップ。


 さらにアシムが「ボク達ハ、決シテ豚肉ヲ食ベマセ~ン。ダカラ有リ得ナ~イ」と断言する。


 CMの合間にカズが解説する。

「最初にこの事件をスクープしたのはテレビFでした。そこでFテレビの報道が『やらせ』じゃないかということを指摘したらテレビNが乗ってきたんですよ。テレビFとテレビNは仲が悪いですからね」


 CMが終わり、スタジオのキャスターが「まもなくミート・ポップ社の記者会見が始まる模様です。それでは現場の大野さん」と、言ってから画面が切り替わった。


そこには見覚えのある顔がアップで映っている。


「こ、校長シェンシェー!」と、チンチクリンな数学教師が素っ頓狂な声をあげた。


 教師達が固唾を呑んで画面を見守る中、カズは有賀の様子を観察していた。


 明らかに有賀は苛立っている。

 しきりに身体を揺すってはアゴに手を持っていく。

 ここまではカズのペースだ……。


     *    *    *


 何も校庭のど真ん中でやることはないのにとも思えるのだが、当の二人はすっかり決闘モードだ。


 無言で対峙する大志とイワン。


 どちらかが仕掛けるわけでもない。

 まるでお互いの力量を測っているかのように、ひたすら相手を観察している。


 菊乃が顔を顰める。

「なんか笑ってない? 二人とも」


 おそらく二人とも自分の強さに自信があるのだろう。

 そして相手の強さも分かっている。

 もしかしたら、そんな強敵と闘えることに喜びを感じているのかもしれない。


 先にイワンが沈黙を破った。

「来イヨ!」


 それを合図に大志が一気に動き出す。


 まずは大志の左ハイキック! と見せかけてのローキックがイワンのふくらはぎに『ドスッ!』と、命中した。

 きれいなフェイントだ。


 だが、イワンは一歩も動かない。

 というよりまったく避ける気が無いらしい。

「オゥッ!」と、漏らした声も痛がっているようには思えない。


 続いて大志の右足がイワンの左腕・左肩・左側頭部にパン・パン・パンというようなタイミングで命中した。


 またしてもイワンは「オゥッ!」と、甲高い声を漏らすだけだ。


 本当に効いているのか疑わしい。


 大志のケリ自体、牽制のような軽めのアクションではあるが、それにしてもイワンにダメージは無さそうだ。


 少しイラっときたのか大志は、一歩深く踏み込んで、今度は力のこもった右足の一撃を繰り出す。


 大志の右足が鋭い弧を描いて『ガッ!』と、イワンの左上腕にめり込む。


 そこでイワンは「オゥッ!」と、やはり避けることなく蹴りを受け止める。


 この反応は何なのだろう? 

 なんだか打たれることを楽しんでいるようにさえ思える。


 嫌な予感しかしない……。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る