39 最後の詰め

 予定通り、午後一時に菊乃はカズ達と合流した。


「藤村さんお昼は?」と、カズが尋ねる。

「まだ。カズ君と美穂子は?」

「私達もまだだよ」と、美穂子が答える。


 証人との待ち合わせ場所がファミレスということで、一向は約束の場所へ移動する。


 向かった先はF駅から歩いて10分、大きな通りに面した店だ。

 日曜のお昼時とあって駐車場はほぼ満車状態。

 店内もお客さんで一杯だ。

 

 カズを先頭に菊乃と美穂子が店内に入るとすぐに店員が寄ってきた。


 カズは「待ち合わせなんです」と、告げてから店内を見回した。


「ね。カズ君。アレじゃない?」と、先に美穂子が目的の人物を見つけたようだ。


 美穂子が指差す方向を確認してカズが頷く。

「だね。間違いない」


 カズが待ち合わせをしている相手。


 菊乃は名前しか聞いていない。

 確か、『アシム』と『ハマド』と言っていたが……。


(やっぱ外人だ!)

 菊乃にも目的の人物が目に入った。


「ハーイ」と、にこやかに手を上げる二人組の外国人。

 それも見るからに東南アジア系だ。


 美穂子がカズに耳打ちする。

「なんか同んなじような顔してるね」


「それは失礼だよ。外国人から見たら僕ら日本人もみんな同じに見えるんじゃないかな」

 カズはそう言ってゆっくり二人組の席に近づく。

 そして挨拶する。

「こんにちは。お待たせして申し訳ない。アシムさんとハマドさんですね?」


「ハイ。ソウデス」と、小柄な外国人が答える。

「僕ガ『アシム』デ、コッチガ『ハマド』デス」


 すると大柄な方が低い声で勢い良く「ン!」と言ってお辞儀する。


「電話させて頂いた岩田です。よろしく」


 続いて美穂子と菊乃も順番に自己紹介をする。


 それを見てアシムが微笑む。

「イワータサン。好キモノネ。ソレデ、ドッチガ彼女デスカァ?」


 それを聞いて美穂子が即、反応する。

「やだ! アシムったら」


 美穂子は自分が彼女というアピールのつもりだった。

 だが、カズは「いや。彼女とかではないんですが」と、冷静に否定してしまう。


 一瞬、嬉しそうにしていた美穂子がその一言で途端に不機嫌になる。

 やっぱりカズはそのあたりが分っていない。


 美穂子がムスッとしてしまったので、ちょっと雰囲気が悪くなる。


 止む無く菊乃がフォローする。

「と、とにかく何か注文しようよ。アタシ、お腹空いちゃった!」


 とりあえず食べる物を注文してからカズは早速、本題に入った。

「電話で話した通り、あなた達に協力して欲しいんです」


 するとアシムは快くそれを承諾する。

「分ッテルヨ。工場、潰レルト困ルカラ。僕達、ヨロコンデ手伝ウヨ」


「ありがとうございます。では念のために確認させてください。まず、あなた達はイスラム教の信者ですね?」


「ソウデス」と、アシムが神妙に頷く。

「ン!」と、ハマドが小さく頷く。


「やっぱりね。あの絨毯。休憩室にあった絨毯は礼拝れいはいの為ですよね? ちゃんと方向もメッカの方を向いていたし」


 それを聞いてアシムが感心する。

「イワータサン。イスラム教ノコト、良ク知ッテルネ~」


 菊乃が首を傾げる。

「イスラム教? それと事件に何の関係があるの?」


 菊乃の質問はもっともだ。

 なぜカズは、そんなことをわざわざ確認するのだろう?


 しかし、カズはそれに構わず質問を続ける。

「あなた達の他にムスリム(イスラム教を信仰する人)の方は何人働いているんですか?」


「全部デ五人、働イテルヨ。ネ、ハマド」

「ン!」と、ハマドが小さく唸る。


「食堂は利用したりしますか? 結構、立派な社員食堂がありましたよね」

「食堂、美味シイヨ~。トッテモ安イシ。ネ、ハマド」

「ン!」と、今度は力強く頷くハマド。


「あの食堂には工場で作っている物と同じものが出されていると考えて間違いない?」

「イワータサン。ホント良ク知ッテルネ~」と、アシムが尊敬のまなざしをカズに向ける。


 カズが続ける。

「それでは、あなた方もあそこの肉料理を食べているという訳ですね」

「大好キデス。タマニ余ッタ物ヲ貰ッテ帰ルコトモアルヨ。仲間達ミンナ大喜ビスル。ネ~、ハマド」


「ン~」と、うっとりした表情をみせるハマド。

 食べた時の味を思い出しているのだろう。


 カズのインタビューを横で聞いていて菊乃は段々もどかしくなってきた。

「ね。カズ君。そろそろ教えてよ。何でこの人達が証人なの?」


「ごめんごめん。先に確認してから言おうと思ってたんだ。でも、これで確信が持てた。やっぱりミート・ポップ社はシロだね」


 菊乃が「そうなの? 根拠は? ねえ」と、じれったそうに答えを求める。


「ああ。だって彼等はイスラム教の信者なんだよ。だから豚肉は絶対に食べない」


「え!?」と、菊乃が驚く。


「聞いたことあるでしょ? 宗教によっては食べてはいけない物があるんだよ。有名なところではイスラム教の豚肉、ヒンドゥー教の牛肉だね」


 それを聞いて菊乃が「分かった!」と、手を打った。

「そっか! だから豚肉なんか混じってるはずが無いってことね!」


「そういうこと。彼らの存在が何よりの証拠だよ」


 その時、カズのスマホが鳴った。どうやら勝春からのようだ。


「勝春、そっちはどう? そっか。やったね! うん。え、そうなんだ! よし。それじゃこっちも彼等を説得して連れて行くよ。なになに? 品川に三時ね。了解!」


 電話を切ってカズが改まってアシムとハマドにお願いする。

「今、仲間から電話があってTV局の取材を受けることになりました」


 美穂子が「え? TV? マジで?」と、興奮する。

「何か凄くない?」と、菊乃も目を丸くする。


「ボク等の力じゃないからね。これぐらい組織に協力してもらわないと」


(組織って……やっぱりそうなんだ)


 前に勝春が言っていた組織。

 カズも大志もその組織に所属しているという。


 今更ながら菊乃は思い知らされた。

(ミステリー・ボーイズ。やっぱ住む世界が違うんじゃ……)


「TVデスカ?」と、きょとんとしているアシムに向かってカズが説明する。

「これからTVの取材を受けて欲しいんだけど、顔出しOK?」


「テ、TVニ出ルノ? 僕達ガ……」

 一寸、アシムが迷うような素振りをみせる。


 が、そこでハマドが突然「イイトモー!」と、ガッツポーズをする。

 あまりに大きな声が店内に響き渡る。


 ちょうどそこへ料理が到着した。


 カズが「さ、忙しくなるよ。早く食べよう」と、急かす。


 とにかくアシム達の気が変わらないことを菊乃も祈った。


      *    *    *


 約束の三時まで十分を切ったところで品川駅に到着。

 そこで勝春達と合流する。


「ア~! スギモットサン」と、アシムが杉本を見るなり大げさに指差す。


 そして杉本を非難する。

「アナタ悪イ人ネ~。社長サン困ッテタヨ~。嘘ハ駄目ダヨ~」


 ここに来る道中でアシムは、カズから杉本が噂の発信源であることを聞いたのだ。

 勝春の支配下にある杉本はバツが悪そうにうつむいている。


 カズが尋ねる。

「勝春。TV局の人は?」


「テレビNの報道班の人と待ち合わせしてるンだヨ。もうすぐ来ると思うけどネ」


 大志が「その後、Aテレビ、Tテレビとハシゴする」と、付け加える。


 それを聞いてカズが感心する。

「へえ。珍しくマスターも頑張ったね」


 大志も苦笑いを浮かべる。

「散々、文句を言っていたがな」


 勝春と大志に挟まれて意気消沈する杉本。

 それとは対照的にアシムとハマド、菊乃と美穂子は半分、遠足のノリだ。

 TVに出られるというので浮き浮きしているのだ。


 そんなメンツを前にカズが申し訳なさそうに言った。

「ごめん。ボクはここで抜けるね」


 それを聞いて美穂子が「えぇ、何で?」と、口を尖らせる。


「さっき連絡があったんだ。頼んでた資料が見つかったてね」


 それを聞いて大志が「ほぉ」と、いった風に声をあげる。

「資料というのは例のやつか?」


「うん。これから行って確認してくる。もしそれが本物なら、明日一気に決着だね」


「マジかヨ!」と、勝春の表情が明るくなる。

「そっか。じゃこっちは任せといてヨ」


「頼んだよ勝春。それから大志もね。それじゃボクは……」


「私も行く!」と、美穂子がカズの腕をつかむ。


「別にいいけど。森野さんはこっちの方が良いと思うよ。ボクのはちょっと、ね」


 相変わらずカズはどこに何の為に向かうのか、その目的をはっきりと教えてくれない。


 しかし、カズが確信を持って行動しているということは事件の解決に必ず直結するはずなのだ。


 菊乃にもそれが分ってきた。

「ね。美穂子。カズ君に任せとこうよ。多分、TVの取材の方が楽しいよ。めったにあることじゃないし」


 菊乃に説得されて美穂子はカズに同行するのを泣く泣く諦めた。


 だが、楽しいとは言ってみたものの、その後のスケジュールは相当にハードなものになってしまった。


 結局、すべての取材が終わったのが夜の九時。

 ゴハンもろくに食べられず、菊乃達は疲れ果てて家路についた。


(全然、楽しくなかったな。でも、明日は……)


 そんな菊乃の気持ちを代弁するように勝春が忙しかった一日をしめる。

「思ったほど楽じゃなかったケド、皆お疲れさん! サァ、いよいよ明日だヨ! 今日は早く寝て明日に備えようヨ」


 そして駅で解散。


 皆それぞれの路線で帰っていく。


 いよいよ明日の月曜日は運命の臨時職員会議だ。


 これですべてに決着がつくとカズは言った。

 それは菊乃も信じている。

 しかし、その一方で、得体の知れない不安が菊乃の胸に張り付いていた。


(事件は解決して欲しい……でも……)


 何ともいえない複雑な気持ち。

 それは菊乃が必死で押し殺してきた結末だった。


(居なくなるなんてこと無いよね。たぶん……)


 明日になるのが怖い。

 菊乃にとっては、それが正直な今の心境だった……。

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