第29話:エムノシル探訪⑨

 テェルスさんが真っ直ぐに見つめてくる。

 イケメンに見つめられたら、惚れてま――いや、違う。俺はノンケだ。そっちの趣味はない。


「異邦人、ですか?」

「ええ。貴方達のような存在を指す言葉ですね」


 |外なる世界(アウター・ワールド)より来たりし異邦人達よ。この言葉をそのまま解釈するなら、テェルスさんは俺達が異なる世界から来たことを知っていることになる。


「すまないが、ちょっといいだろうか?」

「なんでしょうか」


 若干の戸惑いを乗せた声でギルバートさんが問いかける。


「何故、俺達が“異邦人”だと分かるのだ? もしや、貴方は――」

「いいえ、私は異邦人ではありませんよ。――そうですね。とある人物から道を示された……と言えば聞こえがいいですが、簡単に言えば“贄”にされたのでしょうね」

「贄……?」


 あまりな言葉に眉を寄せて表情を強張らせるギルバートさんと、肩を竦めるテェルスさん。

 対照的な様子を眺めつつ、穏やかではない言葉に表情を硬くするエルさんを一瞥。


「ああ、別に人体実験をされたわけではないですよ。あ、いや……ある意味、そうだったかも知れないですが」


 何か更に物騒なことを呟いておりますが、テェルスさんの顔はどこか楽しそうだった。


「彼女は世界の真理を知るいい機会だと言ってましたね。事実、その機会を与えてくれたことに感謝しております」

「世界の真理……」

「世界の真実とも言えますが、彼女は預言を伝えてきました」


 どこか淡々とした口調で語るテェルスさん。


「異邦人の出現を――そして、英傑達の復活を」


 そんな声が聞こえ、その瞳が真っ直ぐにこちらへと向いた。


「英傑達……もしや、『天下五傑(ピアレス・ファイブ)』のことか」

「ええ。『錬金術師(アルケミスト)』は英傑の一人にして、世界に平和を齎した王でもありました」

「王、だと……?」


 そんな設定、俺は知らないぞ。

 ギルバートさんも深く刻まれた眉間の皺を揉み解しながら困惑気味で、エルさんは逆に興奮した様子でその話に聞き入っていた。


「王と言っても国を興したわけではありません。『錬金術師(アルケミスト)』が使う錬金術は一子相伝の御業とされ、その『天下五傑(ピアレス・ファイブ)』と呼ばれた英傑が最後の伝承者だと言われており、現在では途絶えたものだとして伝えられております」


 一子相伝とか、どこの世紀末拳法だよ。と思ったが、|唯一無二の職業(ユニークジョブ)であることを考えれば、それも間違ってはいないのかと思い直した。


「一族の長から次代の長へと受け継がれていく御業――それが錬金術です。王と呼ばれた者は歴代の長達よりも優れた錬金術の使い手として、世界を覆う闇と戦ったとされています」

「世界を覆う闇……?」

「今から三〇〇年ほど前、突如世界を闇が覆いました――」


 ゆっくりと語り出したテェルスさんの声に耳傾け、誰もが静かにその話を聞き入る。


「それは最初は小さな闇でした。しかし、次第にモンスターが狂暴化し、人々の心は晴れぬ空のように曇り、争いが絶えぬようになりました。そうなれば、国は衰退するばかり……そして、小さかった闇は気付けば世界を覆い尽くすほどに巨大な存在へと変わり、そして、闇は“厄災”として自我を持ち、世界を滅ぼそうと牙を剥きました。それが、現在では『|世界の穢れを(ミッドガルオルム・)|浄化する蛇(ウロボロス)』と呼ばれている魔獣のことです」

「――っ」

「現れた厄災の魔獣に人々は恐れ慄き、恐怖に震えるしかありませんでした。だが、そんな人々に希望を齎す存在が現れたのです」

「それが、……『天下五傑(ピアレス・ファイブ)』……」

「はい。彼らは圧倒的な“力”を持ち、厄災の魔獣へ立ち向かいました。その姿に心打たれ、多くの者達が世界を守るため、その戦いに身を投じ、多くの命が失われることになりました。しかし、厄災の魔獣は倒すことは叶わず、『天下五傑(ピアレス・ファイブ)』は魔獣を北の地に封印することにしました」

「北の地……」


 一年後、北から来る厄災の魔獣。

 その魔獣が過去にも出現して世界を危機に陥れていた。つまり、封印が何らかの理由で解かれて魔獣が一年後に蘇る。ということなのか?


「そして、その封印術式の基礎を作ったのが『錬金術師(アルケミスト)』です」

「え? 基礎……?」

「はい。『天下五傑(ピアレス・ファイブ)』の力を封印にすべて注ぎ込み、ようやく世界に平和が訪れたとされています」


 封印の術式を作ったのが『錬金術師(アルケミスト)』で、『天下五傑(ピアレス・ファイブ)』が持てる力のすべてを注ぎ込んで厄災の魔獣を封印した。

 聞くと簡単そうに思えるが、それがどれだけ大変な道のりだったか想像もつかない。多くの犠牲を経て掴んだ平和が、もうすぐ終わろうとしている。


「しかし、その封印が解き放たれようとしている……しかも、期限が一年後……」


 その事実を受け入れることが出来るとは誰も思わない。


「ですが、彼女の預言通り、英傑は現れました」

「すまないが、その彼女とは誰なのだ?」

「ああ、そうですね。失礼しました」


 疑問を口にするギルバートさんへ、テェルスさんは軽い感じで謝罪する。


「彼女の名は、ロサリーヌ。サウーラ国――いえ、“リ・ヴァイス”において三賢人と称される賢者のことです」

「賢者……そうか、『預言の賢者』ロサリーヌか」

「おや、ご存知でしたか。さすがは異邦人と言うべきなのでしょうかね」


 その名を聞いて納得顔のギルバートさんと、こちらも納得して頷くテェルスさん。


「おっと、すいません。何やら盛大に話が横道に逸れてしまいましたね」

「いや、気にしないでほしい」


 そう言って軽く頭を下げるギルバートさんは居住まいを正し、テェルスさんへ向き直る。


「もう一度、自己紹介をさせてもらおう」

「ギ・ガム殿?」

「俺は、『獣王』ギ・ガム――異邦人として名は、ギルバートだ」

「――っ」


 突然のことにテェルスさんは驚きで目を丸くし、ギルバートさんを見つめる。


「貴方が、『獣王』……まさか、『天下五傑(ピアレス・ファイブ)』が二人も――」

「いや、私は違う」


 俺とギルバートさんを見たあと、エルさんへと目を向けるも即答で否定され。


「私はただの戦乙女(ワルキューレ)だ。名は、エルシア。好きなように呼んでくれて構わない」

「戦乙女(ワルキューレ)ですか……これはまた、珍しいですね」

「珍しい……?」


 僅かに首を傾げ、エルさんはテェルスさんに問う。


「戦乙女(ワルキューレ)は女神ミルリトの使徒とも称される存在で、神の如き絶大な力を揮うとされています。ですが、現在では神殿警護を行う女性騎士を形式上でそう呼ぶことが多く、現在確認されている“祝福された”戦乙女(ワルキューレ)は“リ・ヴァイス”全土でも一〇名にも満たないのです」

「随分と少ないのだな」

「そうですね。修行に修行を重ね、女神から祝福された者にしか辿り着けない境地、らしいので……。それ以上の詳しいことは分からないのですが、女神から祝福をされないと戦乙女(ワルキューレ)として真の力を得ることが出来ないそうです」


 どうやら、戦乙女(ワルキューレ)というのはかなりレアな職業のようだ。とはいえ、『スマート・ワールド』内でもそれなりの人数が戦乙女をやっていたはずだから、今は戦乙女(ワルキューレ)のバーゲンせール状態なのか?


 いや、待てよ。


 確かエルさんが戦乙女(ワルキューレ)専用のスキルが使えないと言っていたな。そして、そのスキルは神殿で女神から祝福を受けてはじめて使えるようになった、と。

 戦乙女(ワルキューレ)としての“真の力”が職業専用スキルのことだとすれば、それを解放しない限り正式な戦乙女(ワルキューレ)として認められないということか?


「やはり、神殿へ行くしかないようだな……」

「何やら事情がおありのようですね。よければ、教えていただいてもよろしいでしょうか?」

「ん? ……そうだな。実は――」


 一瞬渋る様子を見せるも、エルさんはテェルスさんへ事情を説明していく。


「……なるほど。つまり、戦乙女(ワルキューレ)としての力が現在使えないので、神殿へ祝福を受けたいということですね」

「ああ、そうだ。もしや、異邦人というのは神殿に立ち入りが出来ないのか?」

「いえ、それはありません。そもそも、異邦人を“異邦人”として認識している者はいませんから」


 私がそうだったように。と苦笑しつつ付け加えたテェルスさんは肩を竦めて、言葉を続ける。


「女神の祝福は必ずしも受けられるものではありません。一度訪れただけで都合よく祝福されることは稀有なことで、日々の祈りが結実した結果が祝福という形で表れるのです」

「なるほど、確かにそうだな。女神も暇ではないだろうし」

「ふ、ふふっ……確かに女神も暇ではないでしょうね。でも、そんなことを言っていると機嫌を損ねて祝福してもらえないかも知れませんよ」

「そうだな。すまない、今のは忘れてほしい」


 どこか宙を見つめながら真剣な表情で祈るエルさん。もしや、女神様に今の軽口を謝罪しつつ、祝福をくださいと祈ってます?

 そんなエルさんの様子を微笑ましく見つめるテェルスさんだったが、「あっ」と小さく声を上げて手を叩いた。


「ああ、すいません。またしても話が逸れてしまいました。……確か、腕輪の機能を自分で追加出来るのかを知りたいのでしたね?」

「え、ええ……」


 この人はどうも好奇心を擽られると、そちらへ行ってしまう傾向があるようだ。うん、俺とは話が合いそうな人だな。


「単刀直入に申し上げれば、出来ません」

「そう、ですか」

「王都レイラルドにあるギルド本部には遺物の管理研究する部門がありますが、その部門の中に腕輪の管理研究をする部署があります」

「管理研究、ですか」

「はい。ですが、腕輪は現在でも解明されていない未知の部分が多く、分解はおろか、破壊することも不可能に近い代物なのです。そして、腕輪の製造方法を知る者はごく一部の限られた者達だけなのです」


 確かにモンスターとの戦闘を想定しているのなら耐久性は必須条件だ。しかし、分解はおろか、破壊することも不可能とはどれだけ丈夫に作っているのだって話だ。


「そもそも、腕輪の機能に不満を持つ冒険者はそれほどいません。つまり、性急に改善する必要はないのです。なので、ギルドの上層部は腕輪の研究に莫大な資金を投入しています。そして、研究者は上から研究成果を常に求められています。結果が出なければ無能として首を斬られ、新しい人材が投入される。……いつしか、腕輪の研究部署は資金の無駄遣い、ギルド内でも人材の墓場と呼ばれるようになりました」


 何というか、あれだ。利権争いとかそんなのが見え隠れ……というか、丸見えな気もするけど。


「ただ、貴方なら問題なく出来る可能性はあります」

「お、俺ですか……?」

「ええ。何せ、腕輪を設計製造したのは『錬金術師(アルケミスト)』ですからね」

「――っ」


 まさかの事実に、俺を含めてギルバートさん達も息を呑む。

 あれ、確かマッシュさんが冒険者を見守る神が作り出したとか言っていた気がするのだが?


「これって、冒険者を見守る神が作ったんじゃないんですか?」

「それは、『錬金術師(アルケミスト)』の存在が半ば伝説となったせいで、いつの間にか神格化されたせいですね」


 何と言う傍迷惑な話だろうか。俺、知らぬ間に神様扱いされていたのか。いや、俺じゃない『錬金術師(アルケミスト)』だが、だけど。


「元々は、厄災の魔獣と戦うために必要な戦力を補うために開発されたものなのです」

「補う……? 補助具のようなものですか」

「ええ、そうです。個人の力量を数値化し、スキルなどの技能・技術的な情報を視認化出来るようにすることで、適材適所の人員配置を目指したのです。あとは、訓練などの目標にも取り入れられたと聞いております。あと何日でレベルをここまで上げる、といった感じです」


 何というか、極限の状況では仕方ないと割り切るべきなのかも知れないが、管理社会のようで何とも息苦しいな。……って、今も同じか。

 よくよく考えれば、現状は当時と酷似している部分も多いし。


「厄災の魔獣が封印された後、万が一のことを考慮して腕輪を用いた人材育成組織が設立されました」

「それって、もしかして……ギルド、ですか?」

「はい。現在では依頼を仲介するのが主な組織となっていますが、設立当初は人材育成を主とした組織だったのです」


 初耳だわ、それは。


「設立メンバーには『天下五傑(ピアレス・ファイブ)』も含まれていますが、その彼等に付き従い、最後まで戦いを共にした七人の勇者と呼ばれる者達がいました。現在、ギルドの上層部――通称『七勇会』と呼ばれている者達は、その子孫が大半を占めています」

「七人の勇者……ですか」


 これもゲーム内では説明がなかった、聞いたことがない話だ。

 ギルド創設の話は、モンスターと戦うための互助組織という簡単なものだった。その創設秘話みたいなものは一切語られることがなかったが、これはまた面倒そうな展開だな。

 『七勇会』とか、如何にもな名前が付いているけど、大抵の場合は権力に固執するヤツとか、選民思想の塊みたいなヤツとか、敵に回るパターンだよね。


「しかし、大半ということは……」

「簡単な話、『七勇会』は世襲制ではなく実力主義なのです。力なき者はその座に就くことは出来ません。また、力だけではなく、智にも優れた人物でなければなりません。現在、『七勇会』を務める者は世界に名を馳せた武人や賢人達です」

「かなり厳しいのですね……」

「とはいえ、力を持つというのは必ずしも良いことではありません。その話はまた今度ということで腕輪の話へ戻しますね」

「あ、はい。すいません」

「いえ、構いませんよ。――腕輪の製造主である『錬金術師(アルケミスト)』であれば、恐らく腕輪の機能を独自に追加することは可能だと思われます」


 と言われても、どうやってやればいいのか皆目見当も付かないのが現状だがね。


「ですが、このようなことを聞かれると言うことは何かあったのですか?」


 鋭い。というか、このような言い回しをし続ければ勘付かない方がおかしいか。


「大丈夫ですよ。ここでのは話は他言無用――元より、貴方達『天下五傑(ピアレス・ファイブ)』の保護を彼女から頼まれておりますので」

「保護、ですか?」


 またここで新しい単語が出てきた。


「失礼ですが、貴方達はこの世界“リ・ヴァイス”を知っているようで、知らないのではありませんか?」

「――っ」

「その顔は、どうやら彼女の預言通りみたいですね」


 小さく息を吐くテェルスさんは少し困り顔で眉間を指で解す。


「私も世界の“真実”を知らなければ一笑に付すのですが、異邦人である貴方達は住む世界が違う……しかし、私達が暮らす世界のことをよく知っている。何より、異邦人が冒険者として活動しているの事実に最初は驚きを隠せませんでした。こんな身近に異邦人がいたことに」

「確かに、俺達が知る“リ・ヴァイス”の世界とはどこか違うのは事実だ。その差異がどこまであるのかも正直分からないのが現状だな」

「そうですか……では、その差異を埋めるためにも、一先ず昼食としましょうか。互いを知ることも、差異を埋める重要な要素ですから」


 ニコリとほほ笑むテェルスさんは徐に立ち上がり、執務机へと向かう。

 確かにその通りだ。互いを知ることは情報を共有するということでもある。


「なら、仲間を呼んでもいいだろうか? 演習場にいるのだが」

「ええ、構いませんよ。では、お迎えに参りましょうか」


 執務机で何やらやっていたテェルスさんが先導する形で部屋を出ていき、そのあとを付いて俺達は演習場へと向かうことにした。



 ☆★★★☆



 時は少し遡り――

 街の喧騒が窓の外を通り過ぎ、またやってくる。

 人々の生活を営む音が雑多に聞こえる大通りに面した建物の一室で、数人の男女が顔を突き合わせて話をしていた。


「――それで。俺様に人殺しを頼みたい、と?」


 テーブルに置かれた料理に手を付けながら、クチャクチャと音を立てて咀嚼する頬に十字傷のある男が、眼光鋭く対面に座る少女二人を見据える。

 室内にいるのは男一人に、少女が二人。

 年の頃は二〇代前半。男の風貌は荒くれ者を地で行くような粗忽な恰好に対し、少女達は露出の多い娼婦のような出で立ちであった。


「別にそこまで言ってないわ。とりあえず、再起不能にしてくれれば、それでいい」

「ふんっ、随分と甘ちょろいな。この俺様をいきなり訪ねて来て何を言うかと思えば……その辺のゴロツキでも出来ることじゃねぇか」


 対する少女達も負けじと食事を続けながら、物騒な会話を続けていく。まともな神経の持ち主であれば、食べ物など喉を通るはずもないのだが、どうやらこの三人はどこか変わっているようだ。


「ええ、そうね。でも、相手は女よ」

「……女ぁ?」


 女と聞いた瞬間、十字傷の男はわずかに眉を寄せるも、すぐに下卑た笑みを浮かべる。


「それも、見た目はかなりの上物……殺すのは惜しいでしょ?」

「くくっ、確かにな。お前達も相当だが、その女――そこまでか?」

「ええ。見た目は私達以上。そして、性格は強気で暴力的。そんな女を屈服させてみたいと思わない?」

「ほぅ……いいねぇ。強気な女はいい……」


 嗜虐的な笑みを浮かべ、男は肉の塊を手掴みにして食い千切る。


「分かった。今回は特別に受けてやる」

「ありがとうございます。こちらに相手の情報はすべて書いてますので」


 茶髪の少女が懐から封筒を取り出し、テーブルの上を滑らせる。隣で金髪の少女がその様子を下卑た笑みを浮かべて眺めているが、男は気にした素振りを見せずに食事を続け、思いついたように口を開いた。


「ただし、次からは事前連絡(アポ)を頼むわ。こっちも忙しい身でなぁ」

「ええ、そうします。では、そろそろ失礼しますね」

「んぁ? まだ食い切ってねぇだろ」

「いえ、こちらも色々と忙しいもので――、それでは、また」


 男は薄く笑い、少女達も笑みを浮かべて退室していき、一人残された男は肩を竦めて肉を貪り続けた。


「元気な嬢ちゃん達だったなぁ。あの元気は満点だ」


 靜かな室内で男の呟きが木霊する。


「ただ、事前連絡もなしの訪問とあの笑顔は減点だわ。――なぁ、そう思うだろ?」


 誰もいない部屋で男は問うように声をかける。


「はい。少々性格に問題はありそうですが、あの年頃であれば致しかたないと思います」

「そうだなぁ……ありゃ、相当捻くれるな。――あ、食うか?」

「いえ、結構です。貴方の手掴みした肉など口に入れたくありません。食あたりを起こしそうですから」

「酷いことをサラッと言うな、お前は」


 苦笑いを浮かべ、十字傷の男は手掴みにした肉を頬張る。そんな男の背後に音もなく現れたのは、黒ずくめの男であった。明らかに立場が上である十字傷の男へ不遜な物言いをするも、十字傷の男はそれを軽く受け流して気にした風ではなかった。


「それにしても、面倒な案件を持ち込んでくれましたね、情報屋(かれ)も」


 黒ずくめの男はテーブルの上にある封筒を手に取り、十字傷の男へ僅かに目を向ける。


「だなぁ……。――で、相手はどんな女(やつ)だ?」

「…………どうやら、同じ戦乙女(ワルキューレ)のようで、元クランマスターともあります。年齢はあの少女達とあまり変わらないようですが」

「――が?」

「かなりの“戦闘狂”とのことです。闘技場で優勝経験のあるランカーでもあるようです」

「それはまた……闘技場で優勝経験のあるランカーで戦乙女(ワルキューレ)といえば、『蒼月』のエルシオンだけじゃねぇかよ。おいおい、マジか……そいつを殺(や)れ、と?」

「そのようですね」


 今回、少女達が訪ねてくるのは事前に連絡などなかった。本来であれば事前連絡(アポイントメント)を取るのがどこの世界でも常識である。それが、例え裏と呼ばれる世界でも、礼儀の一つも弁えない者が大成などするはずもない。

 これが知らぬ者であれば、門前払いは当然の結果であった。

 ただ、“たまたま”少女達を連れてきた情報屋が顔見知りであり、情報屋から齎された“情報”で会うことを決めたわけだが、少々面倒な少女達だったと印象付いた。


「情報屋は、彼女等が戦乙女(ワルキューレ)だと自称してると話していたが、お前の手抜き隠形にも気付かないとなれば……ありゃ、ハズレだな。だが、『蒼月』は駄目だ――あれは、“本物”だ。戦乙女(ワルキューレ)云々ではなく、あの女は手を出していい相手ではない」

「そうですね。その意見には概ね賛成いたします。少女達の方は手駒として使うのであれば問題ないと思いますが、『蒼月』は化け物です」

「一度負けた身だからなぁ、お前は。――しっかし、手駒ねぇ……躾しねぇと手を噛まれそうな狂犬共だからなぁ、使いづれぇ」

「ええ、今思い出しても身震いが起きます。――まぁ、若い内は物覚えもいいですから、比較的性格も素直になりやすいと思いますが」

「いや、お前の言ってるのは躾じゃなくて“矯正”だろ」


 天井を仰ぎ見て、十字傷の男がぼやく。そんな男を黒ずくめの男は感情なく見つめ、小さく息を吐く。


「確かに、アレは使い道に困るものですね。どうしますか、ゴイド様」

「さて、どうしたものかねぇ。なぁ、リュオ」


 ゴイドと呼ばれた十字傷のある男は、黒ずくめの男――リュオへ顔を向ける。


「ちょうど都合のいい“手土産”もいただきましたのでどれくらい耐えられるか、色々と試してみるのも一興かと」

「いや、それはさすがに……相変わらずサラッとひでぇな、お前は」

「それは褒め言葉として受け取っておきます。心配しなくとも、“手土産”達は丁重にもてなしますのでご安心を……まぁ、少しは役にやってもらいますが」


 もてなすと言いつつ物騒なことを言うリュオに呆れながら、ゴイドは一応釘を刺していく。

 物騒ではあるが決してリュオは悪意を持って言っているわけではない。ゴイドとは歳がそう離れてはいないが、慈善事業を手助けしている右腕的存在であり、ゴイドに救われた過去を持つ男でもある。

 その彼がゴイドの意に反するような行いをするはずもなく、要約するなら“手土産”と称して引き渡された女達の待遇を話し合っているだけである。


「あの子等の思惑は分かるが、それに乗ってやるほど落ちぶれちゃいねぇ。いいか、誰にも手出しはさせるな。あと、“常識”を教え込むのはいいが、ほどほどにしておけよ。お前、やり過ぎることが多いからな」

「心得ております。肉体的には壊れませんので、ご安心ください」

「だーかーらー、それが安心できねぇーっつの! ――ああ、そうだ。あの子等の動向探っておいてくれ」

「そちらはご自分でお願いします」

「おい、待てっ。こら――」


 ゴイドの悲痛な叫びをさらりと無視して、返事をすることなく一礼してリュオは退室していく。


「……楽しそうだな、あいつ」


 そのうしろ姿を眺めながらそんな感想をぽつりと呟き、ゴイドはこれからどうするかを思案していく。


「しっかし、困ったねぇ……」


 面倒な依頼を持ち込んだ二人の少女。

 情報屋が直接連れてきたときは面倒事が舞い込んだと直感で思った。何せ、荒事は極力避けるのがゴイドの方針であるからだ。

 荒事を避け、言葉巧みに懐柔し、じっくりと甚振るようにして潰していく。そうやって今の地位を手に入れ、現在ではエムノシルでは知らぬ者はいない、裏を牛耳る二大勢力の一翼を担う『|一三羽の梟(アウルズ・サーティン)』のボスとなった。


「あの子等、多分“あいつ”のところにも行ってるだろうな」


 荒くれ者のような姿は初見の相手を欺き、見極めるための嬌飾(カモフラージュ)である。

 その実は理性的で穏健派。義と情を重んじ、『智龍』のゴイドと呼ばれている男は、将来ある若人を発掘して、まっとうな職に就けるまで育成することで界隈でも有名な変人である。

 裏の世界に精通し、悪辣卑劣なことを繰り返す悪党。例え、慈善事業の真似事をしようとも、自他共に認める悪党であることをゴイドは認識している。だが、悪党には悪党の美学があり、秩序(ルール)がある。


「あの男は分かりやすいが、面倒臭い……」


 あの少女達がこちらだけで済ませておけば問題はない。自分達が動けばいいだけの話だからだ。

 だが、万が一にも“裏の両翼”を天秤に掛けるような真似をすれば、向こうは体面(メンツ)を潰されたと思って黙ってはいないだろう。

 最悪、全面戦争もありえるのだ。

 二ヶ月ほどに起こったエムノシルの住人を巻き込んだ暴動。それを扇動したのが、両翼の片割れであり、金と権力、そして女にしか興味を示さない男であった。


 『轟虎』ヴォーリ。


 ゴイドとは違い、邪魔するものはすべて殺害し、力のみでその地位へ上り詰めた野獣のような男で、部下からも信頼ではなく恐怖されている凶獣である。

 その凶獣を辛抱強く説得し、多額の金と権力を積み上げ、多くの犠牲を経てやっとの思いで勝ち取った平和を、わけも分からない少女達に呆気なく壊されてなるものか。


 ――それに、妙だからな……


 二ヶ月の前に起こった暴動。それを扇動したヴォーリはゴイドが“知る”ヴォーリとは何かが違う、そんな違和感を与えていた。それは現在も拭えていない。

 あれから数度顔を合わせているが、その度にその疑念が濃くなっていく。

 だが、そればかりに気を取られているわけにはいかない。

 ヴォーリは正真正銘の“悪”だ。情け容赦など微塵もかけない極悪人の毒牙にかかって廃人となった者達をゴイドはよく知っている。目を付けられたが最後。少女達の明日はない。だが、まだ“戻れる”可能性を持った若人を正すのも大人の役目だ。戻れない大人が言っても説得は皆無だが、とゴイドは自虐する。


「――ったく。犬っころの世話は苦手なんだよなぁ」


 そんなことを呟きながらゴイドは二度手を叩くと、扉を叩く音と共に一人の女性が室内へ入ってきた。


「悪いが、さっきの二人よろしく頼むわ」

「はい。すでに二人動いております」

「おお、さっすが仕事が早いねぇ。君は秘書の鑑だ」


 僅かに眉を動かした女性は堪えきれずと表情を綻ばせるも、すぐに表情を打ち消して頭を下げる。そんな女性を見てゴイドは小さく笑みをこぼす。


「恐れ入ります。――それで、彼女達への対処はどうしますか?」

「んー……仲間を売るようなヤツは助ける義理はないが、死なれても面倒だからなぁ。いつも通り頼むわ」

「承知しました」


 例え、こちらを軽んじているであろう“クソガギ”であっても。と、声には出さず。ゴイドは軽口を叩くように女性へ指示を出す。そんなゴイドにも反応することなく、「それでは、失礼します」と一礼して退室しようとした女性へ、ゴイドが声をかける。


「あー、ちょい待ち。――やっぱ、『木人形(ウッド)』に話を通しておいて。あいつ等全員“冒険者”みたいだから、面倒事が起きるかも知れない。って、大至急で頼むわ」

「……承知致しました」


 振り返った女性は僅かに逡巡する様子を見せるも、差し出された封筒を受け取り、再度一礼して今度は呼び止められることもなく退室した。


「……はぁ。面倒だねぇ、ったく」


 心底面倒臭そうに力なくテーブルへ突っ伏したゴイドだが、その瞳は爛々と楽しげに輝き、口許を歪めていた――

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