第28話:エムノシル探訪⑧

 ☆★★★☆



 マデートの町――衛士詰所。

 空は闇に染まり、夜も更けた時刻。詰所の中は数名の衛士が雑談を交えていた。

 モンスターの襲撃から続く復興作業と並行して町の見回りを行う衛士達は、肉体的にも精神的にも疲労が蓄積されていた。それに加えて、ロサルト墓地で起こった異変の報告で王都へ向かった衛士達の不在が痛手となっている。

 そんな彼等が少しの間寛げる時間が、夜の一時だけなのだ。


「くそっ――いつまで俺達をここに入れておくつもりだよっ」

「ふざけるなよっ、あいつ等。出たらぜってぇぶっ殺してやるからな」


 そんな衛士達の苦労も知らず、地下牢の中で二人の男が悪態を吐き、もう一人のローブを纏った男は無言で横になっていた。


「そうよねぇ。いい加減出してほしいわ、ったく」

「ほんとほんとっ。ふざけんじゃないわよって――こんな臭いところにさ、いつまでも入れておくなんて信じらんないっ」


 隣から年若い女性の声が上がるも、こちらも悪態を吐き、汚い言葉で衛士達を罵っていく。


「でもよ、武器も腕輪も取り上げられてるんだぜ? どうすんだよ」

「ああ、くそっ。ふざけやがって!」


 苛立ち任せに立ち上がった戦士然とした男が石壁を蹴りつけるも、石壁は僅かに削れた程度だった。


「ぜってぇ、ここから出たらあのガキ共ぶっ殺してやる……それに、あの女……俺に魔法ぶつけやがって、許さねぇ」

「犯(ヤ)るのか?」

「ああ、見た目はいい女じゃねぇか。泣き叫んでも許さねぇ、徹底的に甚振ってやる」

「いいねぇ。そんときは俺も混ぜろよ」


 狂気に染まる目を見開き、戦士然とした男は半開きの口元を歪めて笑う。隣の房からそんな男を中傷するような女達の声が上がるも男の耳には届いていなかった。

 誰もが狂っていた。

 この状況に、この現実に、正気を保っていられる者はこの場にはいなかった。


「ここから出たいですか?」


 だから、そんな彼等にその声が届いたのは果たして偶然か。それとも、必然か。


「だ、誰だっ?」

「誰でも構わないと思いますよ? 貴方達の現状を憂う者の一人だと思ってください」


 その声はとても紳士的な口調で声色も友好的なものだった。だが、彼らは突如聞こえた声に戸惑い、その声に向かって怒鳴り散らす。

 暗がりの中。辺りを見渡して挙動不審に怒鳴る戦士然とした男と、辺りを伺いながら声を発しない騎士風の男。ただ、こんな状況でも横になったまま起きようとしないローブの男は大物なのか、それとも馬鹿なのか。もっとも、起きていたとしても闘う術を持たない彼等に何が出来ようか。

 出来るのはただ無様に喚くだけ。戦士の男のように、ただただ醜態を晒しながら喚くだけしたか出来ないのだ。


「う、うっせぇよ。だから、誰だって聞いてんだよっ。――ってか、いつまで寝てんだよ。起きろ、ボケっ」


 こんな状況でも横になったままでいるローブの男へ罵声を浴びせるも、ローブの男は目を開けて戦士然とした男を見やるも、身じろぎをするだけで起きようとはしなかった。


「おやおや……牢獄に捕えられ、明日をも分からぬ身なのに何とも愚かなことです。まぁ、お一人は状況を冷静に理解しているようですが、他の方は少々いただけませんね」

「だから、てめぇは――ぐっ」

「少し、静かにしてもらえませんか? 少々耳障りですから」


 突然胸を押さえて苦しみはじめた戦士の男に騎士の男が声をかけるも、呻くだけで返事もままならない。


「なっ――お、おいっ」


 だが、突如戦士の男がもがきながら暴れ出し、身体が弓なりに仰け反ったかと思えば、胸から白い手を生やして徐々にその身体は透けていき、騎士の男が見ている前で忽然と消えてしまった。


「ね、ねぇ、何が起こってるのっ? この声、何っ」

「ちょ、やだ……ねぇ、ここから出してよ! もういやっ。家に帰してよっ」


 女二人は姿の見えない声の主に怯え、やがて、頭を抱えて髪を振り乱して錯乱しはじめた。


「いい加減に姿を見せろよっ」


 混乱の極みに落ちそうな中、騎士の男は虚空へ向かって叫ぶも空しく声だけが響くだけ。


「静かにしろ……」


 ただ、唯一この中で冷静なローブを纏った男はゆっくりと身体を起こし、耳障りな声に向かって静かに諭す。


「お前、何を言って――」

「いい加減黙れよ。耳障りだ」


 騎士の男がローブの男へ掴みかかろうとしたが、その前にその腕は突如現れた白い手に掴まれてしまった。


「ひぃっ――な、なんだっ」


 ねっとりとした感触が肌に張り付き、怖気が騎士の男を襲う。早く振り払わなければ――そう思うと吸い付くように張り付いたその手はどんなに力を込めても離れない。


「えっ、ちょ――きゃあぁあああっ」

「い、いや、こな……こないでぇっ」


 騎士の男が悪戦苦闘している隣の房から女二人の悲鳴が聞こえ、それはやがて聞こえなくなる。


「な……なんだって、言うんだよ……」


 俺達が何をした? 騎士の男はそう思いながら、突如目の前を覆った白い手を理解した直後、意識が暗闇へと落ちていった。


「さて、これで落ち着いて話が出来ますね」

「そうですね……先ほどから頭に響いていた“声”は貴方で間違いはないですか?」

「ええ。貴方以外の方には届きませんでしたからね。では、参りましょうか――」


 スッと振り上げられる白い手から新たな白い手が生え、それは重なるように連なり、弧を描きながらそれは人が一人通れるほどの門を形成した。


渇望の楽園サースト・オブ・エデンへ」


 そんな声に誘われるように、ローブの男は不気味な白い手の門を潜った。

 その場に残されたのは、ただの静寂のみ。静けさのみが残る牢獄は、明朝の巡回に訪れた衛士の叫び声によって壊されることになる――



 ☆☆★☆☆



 一夜明け、朝食もそこそこに俺達は演習場へやってきた。

 そこまで急ぐ必要はないと思ったのだが、エルさんはどうもギルバートさんと戦いたくてウズウズしているようで、ギルバートさんも似たようなものだった。

 そんなわけで、演習場についた直後から二人は模擬戦を開始し、現在までに四戦。アハハハッ、ウフフフッという笑い声が聞こえてくる度に、ドッカンドッカン音がする。怖いです、マジで怖いです。


「ふぅ……いい汗かいた」

「さすがは『獣王』と言うべきか。風圧で吹き飛ぶとは思わなかった」

「いや、『蒼月』の槍捌きも大したものだ。どこかで習っていたのか?」

「子供の頃、時代劇に憧れてな……近くに薙刀を教えてくれる道場があったので通っていた」

「なるほど、薙刀か……道理で微妙に構えが見たことあると思った」


 妙に上機嫌な二人が興奮冷めやらぬ様子で歩いてくるのだが、あなた達の背後にある惨状は何ですか? 爆心地さながらの窪地や亀裂があちらこちらに点在する状況に、演習場内にいた他の冒険者達やギルド職員も呆けていた。中でも、遠くで作業着姿のギルド職員が力なく肩を落として同僚に慰められている姿が痛々しい。あの人、きっとここを整備するする担当なんだろうな。御愁傷様です。


「ボス、加減って言葉知ってます?」

「エルさん、ちょっとは手加減しないと、ここ壊れちゃいますよ」


 そんな二人に康太さんと広美さんが戦場跡を指差しながら苦言を呈するも、二人は背後を振り返り、そして首を傾げる。


「あれでも加減はしたのだが……まだまだ精進が足りんな」

「そうだな。スキルも初級のを使っていたが、あれでも駄目か。ならば、次はスキルなしでやるか?」

「ああ、いいぞ。エルの動きは色々と参考になるから助かる」

「私も純粋な力比べは楽しいからな。さぁ、いくぞ」


 やだもう、この戦闘狂コンビ。あれで手加減したのかよ。


「ちょっ――次は俺達だから、二人は休憩だってば」


 慌てて康太さんが止めに入るも二人はやる気満々。


「わ、私もがんばらないと! 渉君の役に立ちたいからっ」

「おお、広美さんやる気まんだねぇ。何々、渉君とそんな仲なの?」

「え、へ? ち、ちがっ――」

「ねぇねぇ、おしえてよー。お姉さん、口は堅いから言ってみぃ」


 そこへ広美さんの肩に腕を回して絡む花梨さんと、「どうもです」と淡々とした挨拶する真帆ちゃんがやってきた。


「まぁ、ボスとエルさんは暫く休憩しててください。あと、気付いたことがあれば教えてくれると嬉しいっす」


 康太さんにそう諭され、渋々という顔で二人は諦めてこちらへやってくる。これ以上暴れられては出禁にされそうだし、注目されているからこれ以上の面倒事は御免だ。


「分かった。……しかし、残念だ」

「ええ、本当に残念ね。もうちょっと暴れ――んんっ、鍛錬がしたかったのだが」


 口々に残念と繰り返すギルバートさんとエルさんは目に見えて肩を落としていた。というか、エルさん……今、暴れたかったと言いそうになったよね? 慌てて訂正したけど、絶対にそう言おうとしたよねっ。

 どんだけ戦いたいんだよ! と声を大にして言いたいが、余計なことを言ってとばっちりが来るのは勘弁だ。


「それにしても、もうスキルの使い方は慣れたみたいですね」

「いや、まだまだ甘い。呪文詠唱は間違えるし、武器スキルは意識と動作にちょっとズレがあるから動きが雑になっている」


 あの短時間の模擬戦でそこまで分かるのか。

 昨夜の食堂でスキルについての説明はした。だが、実地は今回は初だ。それなのに、数度使っただけでその感覚を掴むとは……戦闘狂侮り難し。

 いや、この場合は“才能”と言うべきなのかも知れない。


「ギルバートさんは何かスポーツをやっているんですか? その、動きが慣れているというか、キレがあるというか」

「ああ、空手をやっているからな。『獣王』が徒手空拳の戦闘スタイルで本当に助かっている」

「空手ですか……道理で動きがいいと思った」


 ギルバートさんの戦闘スタイルは徒手空拳。なるほど、つまり『獣王』は天職みたいなものか。


「そういえば、獣人の種族補正ってSTRとVITですよね?」

「ああ、そうだが、それがどうかしたか?」

「いえ、昨日言っていた力加減がどうこうって言うのが、種族に引っ張られているのかなと思ったもので」

「それについては俺も考えた。だが、康太達は特に変わった様子がないと言うからな……自分だけなのか、そうでないのか、何とも判断が出来ずにいる」


 なるほど。ギルバートさんと康太さん達では体感しているものが違うのか。


「渉君はどうだ? 何か変わったところはあるか? 些細なことも構わないのであったら教えてほしい」

「え? 変わったところ……」


 真っ先に浮かんだのは、“ショートカット機能”と“個体識別パーソナルスキャン”だった。

 この二つは未だに謎のままで使っているが、そういえば広美さんに聞くのを忘れていた。と思い、ふと視線をそちらへ向ける。

 視線の先、一心不乱にスキルの練習をする広美さんを見据え、わずかな違和感を覚える。あまりにも必死な形相でスキルを放つ広美さん。その様子に不安が膨らんでいくのだが、ポンッと叩かれて我に返る。


「大丈夫か?」

「え、ええ。すいません。それで、何の話でしたっけ?」

「本当に大丈夫か? 変わったところがあるのかどうかという話だ」


 とりあえず、二人はゲームのときから付き合いはあるし、信用出来ると思う。口は軽い方ではないだろうから聞いてみるか。どんな反応になるかは大よそ予想が出来るているけど。


「ギルバートさんは、“ショートカット機能”というのを使えますか?」

「ん? ショットカット……機能?」


 ああ、この反応は。完全にアウトだわ。


「これです」


 スッと手を横に振り、“ショートカット機能”を呼び出す。


「――っ。こ、これは……」

「え、なに……これ」


 突然出現した半透過ディスプレイに驚くギルバートさんと、それを横で見ていたエルさんも目を丸くする。


「“ショートカット機能”と言って、スキルを登録して呪文詠唱なしで使うことが出来ます」

「呪文詠唱なしだと……そ、そんなことが……」

「ただ、スキルを使用すると身体が硬直するような違和感があるんです」

「違和感、か……」

「はい。それがどうにも気になって、違いを探るために呪文詠唱の方法を調べたわけです」


 驚きっ放しのギルバートさんがどこまで理解しているが分からないが、もう一つ説明することがある。


「あと――」

「まだ、あるのか?」

「ええ。個体識別パーソナルスキャンスキルというは知っていますか?」


 驚き疲れたのか、ギルバートさんの声に力はない。エルさんはもう付いてこれていなのか、黙ってこちらを伺っているだけだった。


「パーソナルスキャン……?」

「簡単に言えば、人物やモンスターを鑑定できるスキルということかな。まだ、人物でしか試していないのでモンスターに関しては憶測でしかありませんけど」

「それは……何というか」


 小さく息を吐き、ギルバートさんは力なく首を振る。


「俺よりも渉君の方が、よほどだな」

「そう、ですかね。それで、ギルバートさんは今の二つは使えますか?」


 戦闘狂っぽい人に言われるのは心外だなと思いつつ、分かり切っている答えを聞くことにした。


「そのどちらも俺は使えない」

「私もだ。しかし、それを渉は使えるのだろう?」


 首を横に振るギルバートさんと、顎に手を添えて考え込むエルさん。


「どのようにして、それが使えるようになったか覚えている?」

「んー……どちらも、こんな機能やスキルがあればなぁって考えていたら、いきなり腕輪からアナウンスが流れて」

「……そう。だとすると、誰にでも起こる可能性があるのか、渉だけなのか、判断が難しいわね」

「ですよねぇ」


 ウンウンと唸るエルさんの横でギルバートさんは宙を睨み、そして口を開く。


「恐らくだが、これは渉君独自のものかも知れない」

「ん? どうしてそう思う?」

「それは、渉君が『錬金術師アルケミスト』だからだ」

「……『錬金術師アルケミスト


 そんなギルバートさんへエルさんが喰い付くも、ギルバートさんの一言に呟いて黙ってしまう。


「生産のスペシャリストである『錬金術師アルケミスト』だから出来たと思えば、辻褄は合うからな。まぁ、実例が渉君だけだから確証はまったくないがね」

「そう言われると説得力はある」

「まぁ、とはいえ――物は試しでやってみる価値はあると思うぞ」


 笑いながらそう言って締め括るギルバートさんは妙に楽しそうで、エルさんも小さく息を吐いて納得した様子で頷く。

 ……。

 ……。

 それから数分。

 二人は無言で目を瞑ったり、小さく呟いたり、色々と試行錯誤を続けているようだが芳しくないようで、顔を見合わせて嘆息して落胆した。


「どうも、無理みたいだな」

「そうだな。渉の話ではさして苦労した様子もないが、私達では無理なのか、適正がないのか……」

「適正、か……それが一番しっくりきそうだな」


 エルさんの言葉にギルバートさんが納得し、残念そうに呟く。


「どちらも使えれば今後が楽になると思ったのだが、中々うまくいかないものだ」

「そうだな。しかし、渉――」


 ポリポリと頭をかくギルバートさんに同意しつつ、エルさんがこちらを真っ直ぐに見つめて口を開く。


「このことはあまり他言しない方がいい」

「確かに、その通りだな。厄介ごとに巻き込まれるのは目に見えている」


 エルさんの忠告にギルバートさんも同意するが、それは言われなくても分かっている。


「ええ、話したのはまだ二人だけで……あー、“ショートカット機能”については、衛士の人にバレてますけど」

「それは仕方ないだろう。注意するべきは同じプレイヤーだ」


 アルダさん達が吹聴する恐れは低いと思う。そして、それよりも問題なのはプレイヤーにバレた場合だな。


「“ショートカット機能”は不確定要素もあるが、呪文詠唱なしで使えるのは最大の利点だ。個体識別パーソナルスキャンもモンスターとの戦闘で使えるのなら、これほど有益なものはない。ゲームとすべてが同じと浅慮せんりょしてしまうと危険な目に遭う可能性も高いから、弱点が分かるだけでも対処が格段に容易となる。どちらも欲しがる者はいるだろう」

「そうだな。私としても個体識別パーソナルスキャンは欲しいところだ。モンスター相手もそうだが、対人でもその威力を発揮するだろう。どうにかして習得出来ないものか……」


 ギルバートさんの忠告とエルさんの願望を聞きつつ、一つ気になることを思いついた。いや、最近妙に忘れていることや思いつかないことが多い気がするけど、余裕がない証拠かも知れない。


「素朴な疑問なんですが、“ショートカット機能”や個体識別パーソナルスキャンのようなものって、“リ・ヴァイス”にはないんでしょうか?」

「……あー、そうだな。以前なら分からないが、“現在”なら可能性はあるかも知れん」


 俺の言いたいことを理解してくれたギルバートさんは腕組みをしたまま唸り声を上げ、エルさんも可能性がありそうだと呟いて暫し思案顔。


「まずは、ギルドでその辺りを聞くのが一番早いだろうな」

「やはり、そこに落ち着くか」


 エルさんの提案にギルバートさんは頷く。

 まっ、妥当なところだよな。ギルドならその辺のことは詳しいだろうし、“ショートカット機能”に関しては腕輪のことだからギルドに聞くしかない。


「ただ、面倒なことになりそうな予感はする」

「それには、大いに同意する。がんばれ、渉」


 うわー、サラッと他人事のように言われたが、よく考えずとも他人事である。


「今のは冗談。心配しなくとも私が同行する」

「ならば、俺も行こう。ギルドの内情を知るのにいい機会だからな」


 そんなこんなでエルさんとギルバートさんを引き連れてギルドへ向かうことになった。

 広美さん達にはギルドへ行くことを伝えたが、演習場でスキルの練習をするということで別行動となった。



 ☆☆☆☆☆



 ギルド受付。

 目の前にいる受付嬢さんは見るからに震えていた。高性能なバイブレータを内蔵してるようで、とても小刻みに震えていた。


「もう一度言う。腕輪のことで聞きたいことがある。詳しい者を出してほしい」

「ひぃいぅっ」


 幾分か低いエルさんの声に受付嬢さんが情けない悲鳴を上げ、両手を上げてホールドアップ。

 あかん。このままで強盗になってしまう。


「エルさん、落ち着いて」

「私は落ち着いている。問題はないー―なぁ、そうだろ?」


 ひぃぅっと声を上げる受付嬢さんをエルさんが凄む。エルさんや、貴女は何をやっているのでしょうか? それは恫喝と言うものではありませんでしょうか。


「本当にすいません」

「い、いえ……それで、ワタル様。腕輪のことを聞きたいとは、一体どのようなことでしょうか?」

「あ、えっと――腕輪には独自の機能を自分で追加させることが出来るのか、ということです」

「独自の機能を自分で――、ですか」


 エルさんとは目を合わせずにいる受付嬢さんだったが、眉を顰めて訝しげな視線を向けてくる。


「それは、どのような――」

「悪いが、ここでは話せない」


 不審者を見るような、何とも形容し難い視線を向けてくる受付嬢さんの言葉を遮り、今度はギルバートさんが口を開き、周囲を一瞥する。


「分かりました。では、少々お待ちください」


 その仕草で受付嬢さんも理解したのか、先ほどまでとは打って変わり、淡々とした様子で立ち上がり、そのまま奥の扉から消えていった。


「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」

「楽しそうですね」


 子供みたいにワクワクしているギルバートさんを横目に、本当にこの調子で大丈夫なのかと心配になってきた。

 このやり取りは道中でギルバートさんが考えたもので、不躾な冒険者が難癖を付けるというものだった。

 思わせぶりな物言いに、高圧的な態度。

 要するに面倒な冒険者が何をするか分からないという印象を与えることで、ギルドがどう動くのか。それを見極めたいとギルバートさんは言っていたが、本来の目的である機能とスキルの確認が出来るのか正直心配だ。


「受付嬢があの程度で動じるとは思えないからな。恐らくは演技だろう」

「演技、ですか」

「冒険者は腕っぷしが自慢の荒くれ者。ゲームではそんな設定だったろ? それに、周りをみてみろ」


 最後は声を潜めるギルバートさんに促され、ギルド内を一瞥。

 日々様々な冒険者を対応している受付嬢さんが、あの程度で動じるわけがないってことか。確かに、いきなり雰囲気が変わったし、周囲のギルド職員もこちらを注視している様子もない。

 本当にあの程度では大したことではない。そういうことなのだろう。


「とりあえず、話は渉君に任せる」

「はい」

「万が一の場合は、俺とエルで何とかする。――っと、来たようだ」


 それは武力行使というヤツでしょうか?


「お待たせしました。こちらへどうぞ」


 奥の扉から現れた先ほどの受付嬢さんに案内され、図書館へ通じる扉の脇にある階段を上り、二階、三階と上っていく。

 そして、四階へ到着後、廊下を歩いて奥にある部屋の前で受付嬢さんは立ち止まり、扉をノックする。


「冒険者をお連れしました」


 受付嬢さんの言葉から一拍の後。


「どうぞ」


 若い男性の声が室内から聞こえ、「失礼します」と受付嬢さんがと扉を開けてこちらを向き、中へ入るよう促してくる。


「し、失礼します」


 おっかなびっくり部屋の中へと足を踏み入れる。

 室内は質素で、無駄な調度品がなく、何とも寂しかった。ただ、部屋の奥にある執務机の向こう側。

 そこにいる人物に目を奪われてしまった。


「そちらへどうぞ」


 優雅な仕草でソファを指し示す男性が立ち上がり、執務机の前にあるテーブルの両サイドに置かれたソファへと歩み出す。それと同時に、受付嬢さんが「失礼します」と部屋を辞去し、残されたのは俺達四人となった。

 なんというか……アレだな。

 妖精族。その中でも森の番人とも呼ばれ、究極の美を追求する者と称される一族――エルフ。アジオルとマデートで妖精族のドワーフやフェアリィを見る機会は結構あったが、エルフはアジオルで見ただけだった。

 別格だな。

 プレイヤーのエルフとは違う、風格と美貌を感じる。これが“本物”のエルフというものか。


「それで、君達が聞きたいこと――おっと、失礼」


 俺達がソファへ腰を下ろすと同時に、向かいのソファに腰を下ろしたエルフの男性が口を開くもいきなり謝罪してきた。


「まず、自己紹介をしないとね。私はこのギルドのマスターを務めるテェルスと申します。以後、お見知りおきを」


 優雅に頭を下げるエルフの男性――テェルスさんは優しく微笑む。

 異性であれば間違いなく“おちる”だろうなとエルさんをチラリと見やるが、何とも不機嫌そうな顔で眉間を皺を寄せていた。小声で「気持ち悪い」と言ったのは聞き間違いだろうか。


「俺はギ・ガムだ」

「私はエルシオン」


 ギルバートさん、エルさんと続き、俺もギルドなので登録した名前で自己紹介をしていく。


「それでは改めて、ご用件をお伺いいたします。確か、腕輪に独自の機能を自分で追加出来るのか――、それで間違いではないですか?」


 優しげな声ではあるが、どこか探るような感じるがするのは微妙に後ろ暗いところがあるからだろうか。


「ワタル君」

「え、あ――えっと」


 そんなことを考えていたところへギルバートさんが促すよう、肘で突いてくる。


「はい。それで間違いないです」

「それは、一体どのような意味でしょうか?」


 訝しげな表情で眉を寄せ、テェルスさんは僅かに首を傾げる。


「腕輪の機能は厳重に管理されおり、ギルド本部でも一定の権限を持つ者にしか追加や削除は認められていません」

「そうなのですか?」

「ええ。今回、マニュアルを追加したのもギルド本部からの緊急措置で行われたものですから、我々は関知しておりません。ここで出来るのは一時的な――そう、仮の処置くらいですから」


 腕輪の機能は厳重に管理されたもので、おいそれと機能の追加が出来ないということか。ならば、俺の場合はどう説明すればいいのだろう。

 さて、どう切り出したものか……悩むところだ。


「どうかしましたか?」

「あ、いえ……どう話したものかと考えていたもので」

「難しく考える必要はないと思いますよ。『錬金術師アルケミスト』のワタル君」

「――っ」


 突然、名を呼ばれ、尚且つ、職業まで言い当てられる事態に動転したが、アジオルのギルドで聞いたことを思い出した。


「ああ、ギルドマスターだから俺の職業を……」

「マスター特権とも言うべきものですかね。まぁ、個人情報を探るような真似はあまり好きではないのですが、今回は確認するべき事案でもありますからね」


 苦笑いを浮かべるテェルスさんは肩を竦め、ギルバートさんは「大変だな」とこぼし、エルさんは怒気を収めて静かに息を吐く。


「まぁ、これが『錬金術師アルケミスト』ではなく、他の職業だったら話を聞く価値もないと一蹴するのですが……、君は違う」

「え、えっ――」

「君は『錬金術師アルケミスト』だ。この“リ・ヴァイス”において、あらゆるものを作り出すことが出来る稀有の存在。稀代の魔導士にして、理の破壊者」


 テェエスさんはやや興奮した様子で両手を広げて語り出し、


「だから、その御業を見せてください……外なる世界アウター・ワールドより来たりし異邦人達よ」


 その言葉は純粋な輝きを放つ瞳と共に、真っ直ぐに俺達を射抜いていた。

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