第27話:エムノシル探訪⑦

 ☆★★★☆



 空は闇に包まれ、街灯が大通りを照らす。

 大通りに面した高級宿の一室。眼下を足早に歩く人々の姿を見やり、金髪の少女は口角を上げて楽しそうに哂う。


「何だ……まだ、ここにいたんだ……愛しのエルちゃんは」


 その声は喜びに満ちると共に、悪意に塗れていた。


「それで、一緒にいた二人は誰?」

「それは……分かりません」

「碌に調べもせずに帰ってたの、貴女達は」


 そんな金髪の少女に飽きれつつ、茶髪の少女は眼前にいる少女二人に問う。否、詰問するという方が正しいのかも知れない。


「そ、それは……」

「言い訳は聞きたくない。捨てられたところを拾って上げたのは、誰?」

「――っ。み、美冬さん、です」


 息が乱れて荒く、額に薄っすらと汗が浮かぶ少女達。ここまで走ってきたことが窺えるのだが、その顔は青ざめ、身体は恐怖に震えていた。そんな少女達を見下ろし、茶髪の少女――美冬は恍惚とした笑みを浮かべ、二人へと近づき、ゆっくりと膝を折る。


「ごめんなさい、きついことを言って。――でも、私は貴女達なら出来ると信じているの」

「……み、美冬さん」

「だから、がんばってあの人を見返してやりましょう。私達を捨てたことを後悔させてやりましょう」

「は、はいっ」


 そっと肩に手を添えられ、耳元で囁かれるその声は、どこか慈愛に満ちた優しさを含み、少女達の心へと沁み渡っていく。


「今日はもう遅いからゆっくり休んで、明日からまたよろしくね」

「はいっ」


 元気よく返事をして少女達は一礼して部屋を後にする。


「よくやるよなぁ、美冬も」

「何が?」


 少女達が辞去した部屋の中には、金髪の少女と美冬の二人だけである。

 豪華な調度品が並ぶ広い室内。美冬は少女達が去ると椅子へ腰かけ、優雅にティータイムと洒落込んでいるが、そんな美冬に金髪の少女は呆れ顔で嘆息する。


「なんつーか、飴と鞭? の使い方がうまくなったなぁ、と」

「何言ってるのよ。まだまだ私なんて……。それで、美夏――どうするつもり?」


 美夏と呼ばれた金髪の少女は一瞬呆けるも、すぐに意味を悟り、獰猛な笑みを浮かべる。


「決まってるだろ。あいつには地獄を見てもらう」

「地獄ねぇ……闇討ちでもする気?」

「なんで、そんな面倒くせぇことしなくちゃいけないんだよ。私より頭いいんだから、ここ使えよ」


 と、自分の頭を軽く指で叩く美夏を、何となく面白くない顔で美冬は睨む。


「似たようなものでしょ。それで、そう言うからには何か考えがあるんでしょ?」

「ああ、あるよ」

「へぇ、教えて」


 ニタリと哂う美夏を美冬は楽し気に見つめ、急かすように促す。この表情をするときの美夏は本当に“楽しい”ことを考えているときだと美冬は知っているからだ。


「ここってさぁ、カジノあるじゃん?」

「何当たり前のこと言ってるのよ。今日だって行ったでしょ」

「まぁ、聞けって」


 僅かに不機嫌そうな声を出す美冬を美夏は笑うも、美冬も本気で怒っているわけではない。これが二人の日常なのだから。


「そのカジノの利権を巡って裏組織の二大派閥が争っているのは知ってるよな?」

「まぁ、ゲームのときじゃここのクエストは半分がそれ関係だったから――、……って、美夏まさか……」


 ここまで聞いてある程度の予想が付いたのか、美冬は目を見開いて美夏を見つめる。


「そっ。二大派閥のどっちかにあいつのことを任せようと思ってさ」

「……そんなこと、出来るの?」

「出来るんじゃね? カジノでいっぱい人がいたけどさ、どいつもこいつも普通の“人間”みたいに泣いたり笑ったりしてたじゃん。それって、感情があるってことだよな? なら、欲望もある……違うか?」


 美夏はカジノ通いの中で、“リ・ヴァイス”の住人達を観察していた。もちろん、意味のないことを美夏がするわけもなく、金づるになりそうな人物を探していただけの話である。ただ、その中でその事実に気付いた美夏は、ある意味では洞察力があるのかも知れない。否、欲望の為せる業かも知れないが。


「……そうね。なら、金目の物で話を付けるってこと?」

「ああ、金と女……権力はないけど、どこの世界も同じだろ」

「金は何とかなるけど、女って……私は嫌よ」

「あたしだって嫌に決まってんだろ」


 二人して眉間に皺を寄せて不満を口にする。


「だから、そのために昨日“拾ってきた”んだろ」

「あら、手駒にするんじゃなかったの?」

「立派な手駒だろ。身体を張ってあたし達を助けてくれるんだからさ」

「ふふ、そうね。折角拾って上げたのだから、最後まで役に立ってもらわないとね」


 他愛もない会話のように聞こえて、その内容はかなり壮絶で聞くに堪えないものである。人を人とは思っていないその発言の数々。しかし、二人の顔はとても楽しげに笑っている。


「でも――、どうやって、その二大派閥とコンタクトを取るつもり?」

「それなら任せなって。実はな、カジノで情報屋って言う兄ちゃんと知り合ったんだよ」

「……いつの間に。って、本当に情報屋なの? その人」

「まぁ、いいじゃん。それでな、その兄ちゃん結構顔が広いみたいでさ、カジノの従業員とも仲良く話してたし、人脈もそれなりに広そうだった。それで、明日はどちらかの――、……」

「それなら、私は――」


 一変、表情を柔和にさせて笑う。同じ顔が見つめ合い、そして、楽しげな声を上げて笑い合う。

 ケラケラ、ケラケラ。

 気狂いのような笑い声を上げ、双子は楽しくて仕方ない様子で笑い続ける。その先に待つ富に満ちた未来を夢見て。狂喜に満ちた悪意が室内に充満していた――



 ☆☆★☆☆



 夕食を終え、食後のお茶を飲みながらエルさん達と明日の予定について軽く話し合い、食堂をあとにしようと立ち上がった。


「それじゃ、朝はここに集合で」

「分かった」


 エルさんが了承し、広美さんも「はい」と頷く。


「それじゃ、部屋に帰って――」

「本当に一緒の部屋にしなくてもいいのか?」


 さっさと寝ようと言おうとしたが、エルさんがまたしも爆弾を投下した。


「しません」

「別に恥ずかしがることはないと思うが」

「いや、普通に考えて年頃の男女が一緒の部屋はおかしいでしょ」

「緊急事態を回避するためには必要な措置だと思うぞ。それに、渉が一人だと危険だと思って私はだな……」


 正論を出されては反論が出来ないではないか。というか、情所にヒートアップしていくエルさんを止める手段がないのですが。


「ま、まぁまぁ……エルさん落ち着いて。渉君が困ってるから、ね」

「うっ――、そうだな。すまない、渉」


 そんなエルさんを一言で宥める広美さんは何とも大人なことか。これで同い年だからな、俄かには信じられない。


「だが――っ」


 と、まだ何か言いそうになったエルさんへ、背後を通った人がぶつかった。


「おっと、すまない」

「いや、こちらこそすまない」


 ぶつかったのは金色の髪にフサフサの獣耳と尻尾。そこから判断するに獣人――それも、獅子族だと思うのだが確証はない。他に同伴している三人も獣人のようで、黒髪の少女は犬耳、茶髪の女性は兎耳、濃茶色の髪をした青年は……犬とは微妙に違うから、狼? かな。


「ボス、前見て歩かないと危ないっすよ」

「あんたが言わないの」

「んだとっ」


 兎耳の女性と狼耳の青年が言い争いをはじめ、犬耳の少女が慌てて仲裁に入る。


「二人とも静かにしろ」


 そんな二人へ獅子族の男が一声。二人は肩を竦めて「すいません」と謝り、俺達へも目礼する。


「申し訳ない」

「いや、気にしてない」


 何というか、風貌に見合った風格を持っている人だな。腕輪をしているから四人ともプレイヤーだと思うが、獅子族の人だけは別格だわ。そして、それを普通に対応するエルさんも大物だわ。


「君達も、プレイヤーか」

「ああ、そうだが……ふむ、貴方達もそうか」

「ああ。なら、少し聞きたいことがあるのだが、いいだろうか?」


 特に威圧的な雰囲気ではないのだが、上から見下ろされると何とも迫力がある。


「人を探しているのだが、猫耳の獣人で歳は彼女と同じくらい。職業は『狩人ハンター』――」


 と、犬耳の少女を示す獅子族の男。灯と同じくらいだな。


「名前は、『あか☆りん』――『あか』と『りん』の間に星の印が入るのだが」


 は……?


「見たことか、その名前に聞き覚えはないだろうか?」


 ちょっと待て。その二つの特徴に当てはまる人物を俺はよく知っている。「あかりんがよかったのに使われてたよっ」と当人がブツブツ文句言ってからな。その後で、「名前に☆とか、どこのツノダだよっ」と自分でツッコんで笑い転げていたのも知っている。情緒が不安定でお兄ちゃん心配だったわ。


「すまないが、私は知らない」

「す、すません。私も分からないです」


 エルさんに次いで広美さんも首を横に振り、獅子族の男は「そうか」と落胆の色を濃くする。だが、それを見ながらあることを思い出し、気付いてしまった。


「そうか。手間を取らせて申し訳ない」

「あ――」

「ん?」


 踵を返して歩いていこうとする獅子族の男へ思わず声をかけたが、向こうも不思議そうに振り返る。


「どうした? 何か思い当たることでもあるのか」

「あの、ちょっと質問いいですか?」

「ああ、なんだ?」


 一瞬訝しげな表情を浮かべるも、獅子族の男はこちらを振り返り、他の三人も背後で同じく振り返る。


「探している子は、クランに入ってますか?」

「あ、ああ。うちの入っているが、もしかして知っている子なのか?」

「貴方が、マスター?」

「ああ、そうだが」


 あー、間違いなく、あいつを探してくれているのか。

 そして、目の前にいる獅子族の男は俺もよく知る人物だと思う。獅子族はゲーム内では珍しくはないが、獅子族の男がマスターを務めるクランはほとんどいない。


「失礼ですが、……もしかして、『大獣咆天団ビーストロア』のクランマスター『獣王』ギ・ガムさんですか?」

「――っ。どうして、俺の名を……君は一体」

「ああっ、やっぱり!」


 その理由が、『天下五傑ピアレス・ファイブ』の一人『獣王』がマスターを務めるクランにあるとすれば、自ずと納得が出来るというもの。

 有名プレイヤーがいると、二番煎じと揶揄する輩がどこにも湧くからな。それで色々とあって解散となったクランは一つや二つではなく、何故か『大獣咆天団ビーストロア』が恨まれると言う奇妙な出来事に発展したことがあった。あれは面倒な騒動だったな、俺も巻き込まれたし。


「妹を探してくれてありがとうございます、ギ・ガムさん」

「――っ。もしかして、ワタル君……なのか?」

「はい。はじめまして? で、いいんでしょうかね」


 暫し呆けていた獅子族の男――ギ・ガムさんだったが、ニカっと笑うと豪快に肩を叩いてきた。


「そうか、そうかっ。君がワタル君かっ」

「え、ええ――いだっ」

「おっと、すまない。どうも、力加減がうまくいかなくてな」


 バシバシベキッと鳴ってはいけない音が聞こえた気がするけど、気のせいだと思いたい。

 しかし、力加減か。もしかして、獣人となったことで身体的な変化があるのかも知れない。その辺りは当人に聞くしかないか。


「ボス、この子知り合いなのか?」

「ああ。この子は『あか☆りん』の兄で、ワタル君だ」

「おお、『あか☆りん』の……って、あれ? 『あか☆りん』の兄って確か――」


 狼耳の青年はふと首を傾げ、兎耳の女性も同じく首を傾げる。


「……『錬金術師アルケミスト』」


 ただ、ぽつりと呟いた犬耳の少女が一番に答えへと辿り着き、二人は「ああっ」と声を上げて俺の方を見る。


「立ち話もなんだ、席に着いてはどうだろうか?」

「ああ、そうだな」


 そんなやり取りをしていた俺達を見て、エルさんが気を利かせたのか。ギ・ガムさん達と一緒に食堂の奥へと進んで行った。



 ☆☆☆☆☆



 食堂の奥にある一〇人掛けのテーブルへ座り、自己紹介を済ませて再会を祝して? 乾杯することになった。


「それにしても、まさか先に渉君と出会うとは思わなかったな」

「そうですね」


 豪快に笑うギ・ガムさん改め、ギルバートさんはジョッキを煽ってプハーッと息を吐く。

 おっさん臭いとか言ったら怒られそうだが、こういう豪快な雰囲気はゲームのときと変わらないな。そして、まさかイタリア人だったとは思わなかった。生まれはイタリアらしいが、五歳の頃に日本へ移住したと言う。


「それに、まさか『蒼月そうげつ』のエルシオン――おっと、エルも一緒とは」

「私も『獣王』と出会えるとは思ってもみなかった」

「……どうだ。やらないか?」

「ああ、いいとも」


 ちょっと待て、馬鹿共。


「ボ、ボスッ――さすがにその発言は諸々マズイって!」


 どうもツッコミ担当っぽい狼耳の青年――康太さんの横で、兎耳を揺らして頬を上気させる花梨さんが「ギル×ワタなら……」とか呟いてるのは聞こえないことにした。

 この二人、恋人同士らしいが、幼なじみだから言葉に容赦がなく、会話を聞いていると喧嘩しているように聞こえることもある。まぁ、喧嘩するほど何とやらだとギルバートさんは言っていたし、その通りなのだろう。


「エルさん、ちょっとは自重してくださいよ」

「……善処する」


 どこの政治家だよ、あんたは。


「それにしても、クランを解散か……思い切ったことをしたな」

「やり方に問題があったのは百も承知だ」

「いや、気持ちは分かる――と言えば嘘になるが、問題を抱えているのはどこも同じだ」


 同じクランマスター同士。エルさんとギルバートさんの間には通じるものがあるのだろう。クラン解散の経緯から現在までの話をしながら、ふとギルバートさんが俺に目を向ける。


「そして、問題が山積しているわけか」

「ええ、まぁ……」

「双子の件……大丈夫か?」


 その言葉に込められた意味は理解出来る。自分達だけで大丈夫か? ギルバートさんの目はそう告げている。ここで力を貸してくださいと言えば、恐らく二つ返事で了承してくれるだろう。ゲームのときもそうであったように、仲間思いの優しい人だから。


「正直、分からないですね。向こうがどんな手段に出てくるか分かりませんし、早々にここを出るのが一番なのかも知れませんが、調べ物をする、またとない機会なので」

「……そうか。不確定要素も多く、色々と情報がほしいところだからな」


 ギルバードさん達も貿易都市で少し周辺の調査をする予定だったようで、図書館で調べたことやアルダさん達から聞いたことを伝えた。あとは、この“リ・ヴァイス”に関する俺独自の見解も交えて伝えた。


「おおっ、これで魔法スキルが使える……魔導士の面目躍如キターッ」

「……もっと役立てる」


 ばんざーいっと両手を上げて喜ぶ花梨さんと、寡黙ながら嬉しそうに犬耳をピコピコと揺らす真帆ちゃんはジュースの入ったグラスをチビチビと飲んでいた。何とも犬っぽい子だ。


「あとからギルドへ行って腕輪のアップデートをしてくるか。……しかし、図書館に演習場か。色々と調べたんだな」

「まぁ、謎が多いですからね。訳の分からないままにするのは性分ではないですし、結構楽しんでやってますから」

「そうか。しかし、聞いている限りでは『動体補助機能ムーブアシスト』というのは厄介なものに思えてくるな」


 腕を組み、宙を睨むギルバートさんは唸り声を上げるも、首を振って嘆息する。


「渉君が聞いた話では、冒険者に登録したばかりの初心者が対象なのだろう? ならば、レベル依存と考えるのが筋か」

「そうですね。登録期間というのも考えましたが、どうも違うような気がして」

「そうだな。登録期間だと長期間登録した冒険者――極論を言えば、レベル一でも年月さえ経ればベテランということなってしまう」


 あー、確かに。なら、レベル依存の可能性が大ということになる。


「そして、もしもの話だが――実際は『動体補助機能ムーブアシスト』がレベルではなく、プレイヤー依存だったとしたら? ……そう考えると、怖いな」

「レベルではなく、プレイヤー依存……」


 それについては俺も考えた。

 レベル依存なら既定のレベルになれば効果を実感出来なくなるはずだ。しかし、プレイヤー依存となればレベルなど関係なく、その“効果”がスキルを使うことで常に現れるということになる。


「まぁ、今のは“もしも”話だが、俺達の身体に何らかの“仕掛け”はされている可能性も否定は出来ない」

「……仕掛け、ですか?」

「可能性の話だが、ゲームのときにはなかったものが増えている。恐らく、アップデートで追加された可能性もあるが、本当のことを知るのはギルドの上層部だけだろうな。いや、ギルドには限らず、この世界のすべてかも知れんが」

「それは、どういう意味ですか?」

「ギルドは冒険者を総べる組織で、『スマート・ワールド』には無くてはならない要素ファクターだ。――だが、そのギルドを“運営”していたのは、どこだ?」

「……え?」


 ギルドを運営していたのは、どこだ? と、問われてもゲームの中ではそんな説明はなかった。


「言い方が悪かったな。ギルドではなく、この世界“リ・ヴァイス”のある『スマート・ワールド』を“運営”していたのは、どこだ?」


 ギルバードさんの目が真っ直ぐに俺を見つめてくる。一瞬意味の分からない言葉に聞こえたが、すぐに意味は理解出来た。

 そうだ。この世界を“運営”している存在があったではないか。

 エルさんも広美さんも、他の三人も、誰もがギルバートさんの迫力に呑まれたのか、静かに続きを待っている。


「『アウタークリエイト』、みんな聞き覚えはあるだろ?」


 静かに紡がれたギルバートさんの声に誰もが息を呑み、数度瞬きする。そんな中、康太さんがいち早く立ち直ったようで納得した顔で頷いていた。


「ああ、そっか。アウタークリエイトって、『スマート・ワールド』の運営会社。つまり、現状を作り出した張本人ってことっすね」

「そうだ。この世界を作り上げた“神”と言っても過言ではない存在だ」

「神……、っすか」

「ああ。この状況になってから、ずっと考えていた。『どこかにこの世界を操っているヤツがいるのではないか』、と」


 そんな馬鹿なと笑うことなど出来ない。それは、とても自然で何故今まで気付かなかったのかと思うほどの衝撃だった。


「プレイヤーとも違う、強制参加させられた一般人とも違う、運営会社の人間が裏で糸を引いているということか」

「可能性としては一番高いはずだ。こんな馬鹿げたことを仕出かしたヤツが外野で黙って見ているとは思えない。恐らく、不測の事態に対応するため、ギルドの上層部や各国の貴族や大臣といった役職に紛れ込んでいると俺は踏んでいる。――そういうのは、この手では“定番”だろ?」



 ニヤッと悪戯っ子のような笑みを浮かべるギルバートさんに、苦笑しつつも同意する。

 確かに、ここまで大それたことをして高みの見物をするとは思えない。

 きっと、何らかの方法で手を出してくるに違いない。それがどんな手段なのか予想も付かないのが痛いところだが、警戒しているだけでも違ってくるはずだ。

 あ、もしかして。

 それなら、あれも説明が出来るかも知れない。もし、あの存在があちら側にいる“人間”だとしたら、俺のことを知っていても不思議はない。


「それに、一年後に来たからやってくる“厄災”を倒すとあるが、果たしてそれが達成出来たとして元の世界へ戻ることが出来るのか……そもそも、この世界が――いや、すまん。気にしないでくれ」

「……ギルバートさん」

「分からないことが多い。そして、何をするにしても俺達には戦力が足りないのだ」


 確かに、“厄災”と戦うにしても現状ではプレイヤー同士の繋がりも希薄で、分散していて何も出来ないだろう。

 期限は一年ある。だが、言い換えれば一年しかないのだ。


「一年、か……」

「長いようで、短いな」

「そうですね……短過ぎます」


 戦力を集め、纏め、そして、敵を迎え撃つ。

 ゲームのときみたいに簡単なことではないだろう。余剰戦力など期待は出来ない。たった一年で本物の“冒険者”を育てるなど不可能に近いのだから。


「だから、何よりもまずは情報が必要だな」


 空になったジョッキを手にギルバートさんはウェイトレスを呼び、俺達は今日まで知り得た情報を遅くまで交換し合った。

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