あとがきの手紙

 配達されなかった七通の手紙を読んで下さった皆さんへ。読了していただき、本当にありがとうございました。心よりお礼申し上げます。


 さて。短い話でしたが、これにはわたしなりにてんこ盛りに仕込みを施してありました。それを踏まえて、後書きというには長すぎる後書きを、手紙としてここに置いておこうと思います。


◇ ◇ ◇


 まず。この話には、ナレーションや情景描写が一切ありません。わずかな効果音を除いて、全てが会話で出来ています。劇作のシナリオみたいな感じでしょうか。しかし、わたしは劇のようなものを念頭に置いてそう書いたわけではないんです。


 ナレーションや主人公の独白で主人公の性格を表現するのが、もっとも一般的な書き方ですよね。でもこの話の中では、登場人物に会話以外での自己アピールを一切させませんでした。ですから読み手は、会話の中からピースを集めて人物像を組み立てるしかありません。そして組み立てられたものは、決して一意ではないはずです。

 こんな変な書き方にした狙いは、そこなんです。誰かに簡単に感情移入させない。シンクロさせない。読者が立ち聞き感覚で、冷めた視線でそれぞれの人物を見ることができるように、と。


 それでも、たぶん。多くの方は、長田さんを『人のいい、思いやりのある、穏やかで朗らかなおじいさん』として認識されたんじゃないかなあと思います。でもわたしの頭の中では、長田さんにそういう性格を割り振っていないんです。幸福飢餓感が強くて、世の無情を恨んでいる。でも、その年齢ゆえに諦念が色濃く混ざって、恨み節の出方が鈍摩している。そういう設定なんです。

 そういう少しねじれた視点から、もう一度手紙に到る会話をさらってみてください。そうすれば一見ゆったりとした会話のあちこちに、濃く黒い影が落ちていることが分かっていただけるかと思います。


 長田さんをサポートしている村岡さんも同様です。わたしは彼女を、優しくて面倒見のいい好人物として描いたわけではないんです。時間切れ間際に必死に出口を探している長田さんに、ぺろっと『自分は運が良かった』と言い放つ傲岸さ。長田さんの立場に立って、彼女にそう言われてみれば分かるでしょう。それは……。


「長田さん、運ばっかはどうにもなんないんだよ。どんなにばたばたしたってもう時間切れなんだから、さっさと諦めれば? 往生際が悪いねー」


 そういう嘲り混じりの死刑宣告に聞こえるんです。でも、幸福な今の自分しか見えてない村岡さんは、それに全く気付いていません。他にも、受けた恩を返すのは難しいという問いかけに「そうよねえ」とつらっと答えたり。失踪した長田さんを探そうとしている駐在さんに「帰ってこないかも」と他人事のように言ったり。善意の仮面の下のナマがちらついているんです。


 おじいちゃんには、村岡さんのそういう負の部分がきっちり見えていた。同じような過去を持ちながら、デリケートな部分への触り方が乱暴な村岡さん。長田さんは、彼女の鈍感さと欺瞞の臭いをちゃんと嗅ぎ付けているんです。


「ああ、こいつ。出来損ないんとこがわしとまるきり同じや」


 最後の彼女の独り言。


「おじいちゃんには届かなかったのかなあ」


 バカを言っちゃいけません!! 届かなかったんじゃない。最後の梯子は、彼女が外したんですよ。


 そう、実は。この話はほのぼのとした話ではなく、真っ黒い話だったんです。


 最後に長田さんが残した白紙。そこには『書かなかった』のか『書けなかった』のか。そして、書いていたとしたらそれはなんだったのか。消えた長田さんが最後に投げつけて行った白紙の意味。焼き場まで持って行くと言ったはずの預かった手紙を、さっさと焼き捨てたわけ。自分のはむらさんに預けて、一緒に焼かなかった本当の理由。そういうのも含めて……もう一度、長田さんの心の動きを想像してくださると嬉しいです。


◇ ◇ ◇


 さて。改めて言うまでもないと思いますが、このお話の主題テーマは『後悔』です。


 よく『ればたらの話はするな』と言いますが、わざわざするなというくらいですから、誰でもそういう後悔はします。酌めなかった、思い遣れなかった、満たせなかった想いや気持ち。そこからずれていってしまった心や運命。元に戻ってやり直したい、でもそれはほとんどの場合不可能です。そして、やり直せないからこそ、心をいつまでもじくじくと蝕む後悔になります。後悔は。糧になることも、毒になることも、単なるがらくたになることもありますが、なくなるということはありません。


 心の中にぽつんと沈み込んでしまった黒い重石。わたしたちは、普段それを明かさずに沈んだままにしています。しかし人生にブレークスルーが必要な時、過去を踏み越えなければならない時、後悔はわたしたちの前に再び浮かび上がって試練を突き付けます。手紙は、その象徴です。普段は形を持たない後悔が、厳然と言葉になってわたしたちの前に現れる。それは誰のもとにも届け(押し付け)ようがありません。


 でも、手紙は……書かれるのです。後悔に背を押されるようにして。


◇ ◇ ◇


 どうか、ご自身の『手紙』を書いて、それを読んでみて下さい。あなたなら、どういう手紙を書かれるでしょうか? それを……どうなさるでしょうか?


 この短いお話には、オチはございません。そう、『わたしが書いた』オチはないんです。どうかみなさんで、それぞれのオチを……考えて見てください。


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配達されなかった七通の手紙 水円 岳 @mizomer

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