三本目. 虚無からの来訪者

――あの、衝撃のDVDから翌日。


 太陽の熱でコンクリートはまるでお好み焼きの鉄板のようにじゅじゅうと熱されている――あ、もしかして毎度毎度、くどい感じ? じゃあ、あれだ。今日もめっちゃ暑い。そんな感じで。


 俺は、かあちゃんに、いつも家にばかりいるんじゃないと外に叩き出され、しかたなしに近くのコンビニで絶賛立ち読み中だ。


 ん、DVD? いや、見てないよ。即、再生停止からのダストシュートですわ。

だって、俺のせいとか言われても全然身に覚えないし? 今までは俺に害がなかったから面白半分で見てただけで、わざわざ地雷に突っ込むのはね……。


 何? 「その2」はどうしたって? ふはははは、知らんな。


 ……しかし、さすがに店員の目が厳しくなってきたな。今月号の月刊マガゾンとジャンピSQの読破は少々ムリがあったか。

 さっきから、店員があからさまに俺の前の本棚を掃除してくるし、舌打ちメッチャしてくるし……。まあ、俺でも勝てそうなヒョロイ兄ちゃんだったから、ガン無視だが。


「なあ」


 でもなぁ、財布の中身も心もとないし、喫茶店に行くのは金がもったいない。

クソ、図書館にでも行くか? でも、図書館までチャリで20分かかるしなぁ。確実に着いた頃には汗まみれだ。汗だくになってまで涼みに行くってのはなぁ。


「なあって」


 クラスメイトの家に転がり込むってのもなんかな。学校内ではある程度の付き合いとしてつるむけど、わざわざ休日まで会いたいとは思わないんだよなあ。他人に合わせる時間ってなんか苦痛に感じるんだよ。


「なあってば!!」


先ほどから俺の背後で、何やらやかましく騒ぎ立て、ツンツンと俺の腰を突いてくる声の主。

 

 考え事に夢中になっていたので無視していたのだが、いい加減にしつこい。

 どこか幼く感じる声色や背後から感じる雰囲気から、声の主は年端もいかぬ少女だと判断した俺は少し威圧的な顔を作って振り返る(横目で保護者らしい影がいないのも確認済みだ)。


「んだよ、うるせぇな。俺は読書ちゅ――」

「なあ、つってんだろ!!」

「あぼらっ」


 振り返った俺を待っていたのは顔面目がけてのストレートパンチ。

 

 俺は血しぶきを上げながら吹き飛ばされる。

 もはや、機械的と言ってもいい程に、俺はすぐさま反射的に受け身をとり、すぐさまこの場から逃げ出せるように脱出路の確認に目を光らせる。その際、相手に視線を悟られないように、顔を俯かせるのも忘れない。


 俺が度重なる死線を超え、身に着けたスキルだ。最近は使うこともなかったが、体に染み込んだこの動きは錆びてはいないようだった。


「――はぁ、たっく。相変わらずアタシの話をまったく聞きやしねえな、オマエ」

「ん?」

 

 どうやら、俺のことを知っているようなことを言いのけるロリボイスに思わず顔を上げる。


 そこにいたのは、見た目小学生のような小柄の少女が仁王立ちをしていた。赤みがかった黒髪のボブカット。ギロリと猛禽を思わせるような鋭い目つき。身長は140程度でタンクトップにミニスカートというラフな格好のロリだ。

 

 肝心なおっぱいは……うん。まあ、今後に期待したいね。なんたって、彼女にはまだ未来があるのだから!だが、見覚えはない。


「いや、誰だよ」

「あ゛あ?」


 思わず口走った言葉に反応して、チンピラのようにすごむロリ(仮称)その気迫にちびりそうになる。しかし、本当に俺に心辺りはないのだ。

 俺の脳内データベースの大半を裂く【今まで見てきたおっぱい大辞典アカシック・オパーイ・レコード】(……やれやれ、俺もみさきに毒されてきたようだ)も残念ながら、彼女のような絶壁レベルとなると記憶されることはないのだ。

 彼女は一次審査落ちだ。『貴殿の今後のご検討をお祈り申し上げます』みたいな? ――あれ? 絶壁? はて、何か忘れているような……。


「はっ、はははは。『誰』か……。たった数か月で忘れるのかよ。その程度かよ、アタシは……。じゃあ、思い出させてやるよ!!」

「うおっ、危なっ。ちょ、店員さーん。通報! これ、通報するべきだって!」

 

 幼い体から繰り出されるとは思えない、凶悪な暴力の嵐をどうにか避けながら、店員にSOSを送る。

 しかし、店員の野郎はあろうことか満面の笑みでシャドーボクシングをしながら「いいぞ、いいぞ!! そこだ!!」とはやし立てていた。オイ、コラふざけんな。


「オラ!!」

「ぐほっ」


 あまりの店員の行動に呆然とした俺のがら空きのボディーにドギツイ一撃が決まる。響く鈍い痛みに胃の中のものがひっくり返るかのようだ。


「ちょ、タンマ!! 思い出した! 思い出したから!」

「……本当だろうな」

「あ、ああ。お前の熱い思いが拳に乗って届いたぜ。ココによ」

 

大げさに胸の付近をコンコンと叩いて俺は言う。無論、ウソだ。


「そ、そうか。ふ、フンっ。まったく、手間ぁとらせやがって」


 拳を収め、何やら頬を赤らめ呟くロリ。


 はぁ? 赤らめる? 何それ、ふざけんな。暴力系ヒロインが許されるのは、すぐさま傷が癒えるラブコメ空間だけだっつーの。

 俺は今だに痛む腹を抱えながら心の中で毒づく。

 

 どこでこのロリとフラグができたか知らんが、とりあえず口八丁手八丁でこの場を切り抜け、さっさと逃げようと心に決める。が――


「……いや、待て。オマエは【ゲスゲスゲスゲスゲス野郎】なんてアホなあだ名の男。そう簡単に信用できねえ」

「え゛」


 ブンブンと音がなるほど首を左右に振ったロリはそう言って、再びファイティングポーズをとる。

 【ゲスゲスゲスゲスゲス野郎】を略さず使うなんて……。コイツ、なかなか通なやつだな。


「いやいやいや。大丈夫、大丈夫。覚えてるよ?」

「なら、アタシの名前を言ってみろ」

「…………」


 それってどこの世紀末?


「―-っ。……ほら、やっぱり。言えないじゃないか」


 どこか悲しそうな顔を浮かべながら、ロリは固く拳握りしめる。殺る気満々だ。やだ怖い。


「……ロリ子?」

「ふっざけんな!!」

「おぶ!!」


 さすがにあんまりな答えにお怒りのロリ。繰り出されるのは、またもやボディーへの一撃。俺は痛みにたまらず腹を抱え、体がくの字に曲がる。


「だったらよぉ、これでも喰らえば思い出すか? あぁ?」


 そう言って、ロリは驚異的な跳躍で飛び上がり、股座またぐらを俺の顔に押し付け、両脚でギュッと閉めてきた。


――あ、コイツくまさんパンツはいてら。 


 スカートの中身を見えて、俺がそう思った瞬間。世界がひっくり返った。


「おらぁ!!」

「ごふっ!?」

「で、でたー!!フランケンシュタイナーだぁ!! 説明しよう!! フランケンシュタイナーとは正対した相手に向かって跳び上がり、相手頭部を自らの両足で挟み込み、そのままバク宙の要領で回転しつつ相手の頭部をマットに叩きつける技なのだ!!(※wiki調べ)」


「あ、この技……。思い、だ……」


 いつの間にか実況アナウンサー紛いのことをしている店員の声を遠くに聞きながら、俺の意識は闇に落ちていったのだった……。













「……ここは」

「よお、目ぇ覚ましたか?」


 目を覚ますと俺は、余りの暑さで俺とロリ以外、人っ子一人いない公園のべンチでロリに膝枕をされていた。すでに、俺もロリも汗だくだ。

 ダメージがまだ残っているのか、いまだぼやける視界の中、俺の頭を心配そうに優しくなでるロリに向かって呟いた。


「……なんで、公園」

「し、仕方ねぇだろ。オマエ担いで他にどこ行けってんだ」

「まあ、そうだな……」

「…………」

「…………」


 ロリは気まずそうに空を見上げる。俺もどう言ったものかと頭を悩ませ口を閉じる。ロリにかける言葉が見つからないのだ。

 互いに無言のまま、ただただ時間だけが闇雲に過ぎる。


「……まあ、その、何だ、……悪かったな、ちょっとやりすぎちまったよ。オマエの事なんてどうでもいいはずなのに、忘れられているってわかると、ちょっと堪えてよ。ハハっ」


 この雰囲気に耐えきれなくなったのか、努めて明るく言うロリ。しかし、その目尻にはうっすらと涙が浮かんでいた。

 その痛ましい姿にさすがにばつが悪くなり、自身の髪を乱暴にかきむしって俺は言った。


「いや、よかったよ。……よくないけど。あれのおかげで本当に思い出したし」

「ほ、ホントウか!? ホントにホントか!? ウソじゃないよな」

「ああ、本当だ」


 危うく、膝に乗っている俺と唇がくっつきそうになるほど、ロリは身を乗り出し、顔を近づける。そのほのかに赤くなっている瞳は、キラキラと輝いていた。

 すぐさま自分の体勢に気づき、慌てて顔を真っ赤にしながら姿勢を正す。

 ……こんなキャラだったけアイツ。


 そう、俺はあの一撃でこのロリ(仮称)のことを思い出したのだ。

 フランケンシュタイナーは、アイツの得意技の一つだった。思えば、よく血の粛清で喰らったものだった……。

 少し遠くを見つめる俺を「戻ってこい」と揺さぶり、ロリはぶっきらぼうに、しかしどこか不安そうに言った。


「じゃ、じゃあ。アタシの名前……言ってみな」


 ……そう、思い出した。確かに思い出した。アイツの事を。今まで喰らった技の数々まで!! だが。だが、だ。

 口ごもる俺を見て、再び涙目になりながら「やっぱり」と拳を固めるロリ。まって、さっき謝ってたじゃん? なのに、なぜ拳を固める必要が?

 

 俺は、深くため息をつく。引けば地獄、引かねど地獄。ならば俺は……。


「……みさきの姉?」


 俺の答えに目を丸くするロリ、いやみさきの姉。そして、にっこり微笑んで、俺を膝から降ろす。

 そして、拳を血管が浮き出るほど強く握り、こう言うのだった。


「それ名前じゃねえ!!」

「ですよね~ごふっ!!」


――いや、思い出したよ。けどさ、そもそも名前覚えてなかったんだもん。仕方なくね?


 そう思いながら、おもっくそ殴られた俺は再び意識を失うのだった……。

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厨二病を患った幼馴染とそれを鼻で笑う俺 タルー @Taruuu

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