二本目. 紐解かれる真実【The language of truth is simple】 その1
空高く、天の向こうに
絶賛サマー・ヴァケーション中の俺は、
いつもは設定温度がどうとか1℃違うと10%の節電だとかやかましいのだが当然、俺は最低温度に設定する。
おぉ~、白い息でてるよ。ヤベッ、なんか楽しくなってきた。温暖化がなんぼのもんじゃい。
体中に保冷剤を貼り付けずとも、俺の体の熱気を奪い取ってくれることに軽く感動を覚える。
自室にクーラーなどという文明の利器のない俺は、そうやって涙ぐましい努力によって毎年の猛暑を乗り越えているのだ。
なに? かあちゃんがいるときも、冷房のきく居間に居ればいいって? ハッ、おいおい。俺は思春期街道まっしぐらの男子高校生様だぜ? 親に干渉されたくないお年頃なんだよ。それに、自室でしかできないことがあるだろ?
「しかし、かあちゃん毎週どっか行っている気がするな……。いや、ありがたいけど」
夏休みに入ってから、かあちゃんの外出頻度が異常だ。いや、別に嬉しいけどね。でもさ、ちょっと怖くもあんだよ、この状況。このパターン三回目じゃん? まるでタイミングを見計らってるようにさ、こうやってかあちゃんが出かけるときに――
――ピポ、ピポ、ピンポーン。
「チ~スッ! お届け物っス」
……うわっ、マジかよ。ちょっと、背筋がヒンヤリしたわ。え、みさきは厨二病じゃなくて、もしかして違う感じの病気なの? 病んじゃっているの? 我が家のスケジュールとか把握済みなの? 何それ怖い。
――ピポ、ピポ、ピンポーン。
「スンまっせーん。
割と本気で思案しているというのに、それをぶち壊す気の抜けたクッソ軽い声と連続のインターホンが室内に響き渡る。
そう、ヤツだ。金髪の兄あんちゃんだ。
「ファッキン!!」
思わず、口から零れてしまった、某ファーストフード店『ファーストキッ○ン』の略称。
何だか無性に言いたくなったのだ。あれだ、汚い言葉じゃないぞ。勘違いしないでくれよ、しないで下さい、お願いします。(でも、外国人に言うのは勘弁な?)
割と大きな声で言ってしまったので、あの金髪に聞こえてしまったのではないかと、心の中でそんな感じで必死に言い訳の言葉を考えてビクビクしながら玄関に向かう。
ああ、なぜあの時の俺は、金髪に対する抗議の電話を「無益な争いだ」と止めてしまったんだ!
――あ、そういや、賢者だったわ、あの時の俺。
愚かな選択をした自身の怒りに、再び口から飛び出そうな某ファーストフード店の略称をどうにか堪え、玄関を開ける。
玄関前にたたずむ、金髪の兄ちゃんはいつもと同じように軽薄な笑みを浮かべていた。どうやら、さっきの言葉は聞こえていなかったようだ。俺は、ほっと息を吐く。
「お、よかった。居たんスね。ハイっ、お届け物ッス」
「あ、はい。ありがとうございます」
「……ファーストキッ○ン好きなの?」
「ふぇっ!?」
「いや、言ってたじゃない? 『ファッキン』て、大声で。あれの略称でしょ?」
「あ~、そうですね。ほどほどですかね……ははは」
どうやら聞こえていたようだが。やはりプリンのような色の金髪男、頭までプリン、プリンだ。勝手に納得しやがった。
いや、その前にエセ敬語でいいからタメ口はやめろよ。仕事中だろコノヤロウ。とりあえず俺は“話しかけんなオーラ”を出して話を絶ち切ろうとする。
しかし、それを全く気にも留めず(いや、気づいてすらいない)金髪の兄ちゃんは「そだ」と言ってポケットをごそごそと探り、しわくちゃの小汚い紙切れを数枚取り出し俺に差し出した。
「お、あった、あった。ほれ、割引クーポン。使わないから上げんよ」
「え、いや。悪いです」
「いいから、いいから。ひろ君はいつもいい話のネタになってもらってるからさ~」
「は? ひろ君? ネタ?」
「あ、ヤベ」
「言っちまったよ」と手を口に押える金髪。さすがに聞き捨てならず、先ほどの意味を問いただそうとするが、金髪はわざとらしく手のひらをポンと叩き、俗にいう閃きのポーズをして俺の言葉を遮る。
「あ~、今日は配達するの多いんだったわ。んじゃ! そゆことで」
「いや、いや、いや。待てって!」
「そだ、せっかくだから最後に一言。ひろ君、浮気の一つくらい許すのが男の甲斐性ってやつじゃね?」
「いや、待て! ホント待て! お前の中で一体どんな物語ができてんだよ!?」
俺の叫びを無視して、金髪の兄ちゃんは配達物を俺に押し付け、逃げる様に去っていった。まさに脱兎の如し、だ。俺はその姿を呆然と眺めるしかできなかった。
「…………マジかよ」
いつの間にか、ひろ君呼ばわりだ。ちょっと、いやかなり、距離近すぎだろ? 俺はお前の友達か? しかも何かみさきとの間に変なストーリーを作っていやがるし。
もう、怒りとか俺の感情が一周回って逆に何も感じることさえできなかった。
人は許容量の感情を感じると心のメーター的なもの(車のスピードメーターの感情版みたいな?)が振り切れてしまうのだ。今、身をもって知った。
「……この、クーポン券」
ふと、無理やり握らされた割引クーポンを見る。……どれもとうの昔に期限が過ぎていた。
それを見た俺は、心のメーター的なものがグルグルと回転して、ブチ壊れるような音を聞いた気がした。そして、脳裏によぎるあの金髪の軽薄な顔。
――チ~スッ! お届け物っス。 チ~スッ! チ~スッ! チ~スッ! チ~スッ!(エコー)
瞬間、激しい激情に駆られた。さっきの訂正だわ。メーターが云々とか難しい話はなくて、ムカつくものはムカつく。今、身をもって知ったわ。
「ははは、はははは!! いいぜ、やってやるぜ。パツ金ヤロウ!! 今度こそ、確実におさらばしてやる! 今すぐ、今すぐだ!!」
下手に賢者とかになってしまう前に俺はケリをつけようと、電話の元へ走る。
電話勧誘のオッサンを涙声にした俺の実力を見せてやるぜ!! あの金髪と関係ない第三者のクレーム受付のヤツにな!!
―――――――――――――――――――
スーパーひろし君タイム
―――――――――――――――――――
「――っふう」
一仕事終えた俺は、冷房のきいた室内だというのに流れた額の汗をぬぐう。俺の電話に対応した相手は新人なのか、たったの一時間で根をあげてしまった。
全くもって手ごたえのない相手だったが、本来の目的は果たした。もう金輪際、あの金髪の兄ちゃんと会うことはないだろう。
「お天道様が俺を祝福しているみたいだぜ……」
ギラギラと熱光線を発している雲ひとつない快晴の空に、ドシンと腰を下ろす太陽を窓越しに見つめ、笑みを浮かべた。俺の心はあの大空のように晴れ渡っているのだと。これほど、すがすがしい気持ちは久しぶりだ。
「――っと、そう言えば。また来たんだったな、みさきから。……よし、見よう」
今の俺は、賢者をも超越した存在なのだ。
病んでいる疑惑のある、みさきのビデオレターも余裕だ。むしろ、どんとこい。病んでいようが、厨二病だろうが、おっぱいはおっぱいだ。
「とうとう、世界の真理に到達しちまったな……」
俺は、DVDをデッキに入れ、ソファに座る。今の俺の心はまさに明鏡止水(めっちゃ落ち着いているってことだ)。手品でも、普通(笑)の近況報告でも、何でもござれだ。
映像はすぐさま再生された。
『……わ、我だ。く、クライン、……ぐす、クワルトだ』
あれあれあれ~。どうしたんすか、みさきさん。
余りにショッキングな出だしに、俺の明鏡止水の心は一瞬で吹き飛んだ。
映像のみさきは、いつもの椅子に座らず、学生帽と丈の長い黒い学ランを着て、仁王立ちをしていた。袖が長すぎて、ヘタっと余った部分がタレているのがまた何ともそそる。
――いやいや、そうじゃなくて、みさきは涙を流しながらしゃべっていたのだ。
『フェ、フェンフ・ゲースー・メンシュよ。……ひ、ひどいでわないか、わ、我は……うぁ~~。ひ~君、ひどいよ~』
「うぇ!?」
はっ、俺が学ランの下に着ているワイシャツ(規格外のおっぱいによって第三ボタンまで開いている。全く、自己主張の激しい奴だ!)に思わず視線を向けたのがまずかったのか? いや、違うか。映像だし……。いや、まてさっきのしゃべり方は!?
『わ、私。待ってだのに゛~。二回も送っだのに゛~。ひっぐ、い゛、一回も、おじぇんじ返してぐれな゛い~』
「……お、おう。そうか、スマン」
ガチ泣きのみさきに思わず、映像のみさきに謝ってしまう。
いや、でも返信よこせとか言ってなかったし……。二本とも、メッチャノリノリで厨二チックなことしていただけだったし……。ああ、最初に同封された手紙にでも書いてあったのか? いや~、でもな~。俺、みさきみたいに羞恥心がぶっ壊れてないから、コスプレとか無理だわ。そもそも、なんのために送って来たんだよコレ。
『……ひーぐんが、ひーぐんが、言っだのに~。ビデオレターをだ、出し合いっこじよ~ってえぇぇ』
「は?」
今明かされる衝撃の真実。どうやら、俺が発端のようだった。え、マジ?
――うわぁ。これ、今止めたら聞かなかったことにならないかな?
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