怒涛のメモリアール・プランシェ
一本目. 収束せし事象 【キャット・ザ・シュレディンガー】
相も変わらず、お天道様はギラギラと暑苦しいくらいに輝いて、セミの大合唱が空間を震わす。
一歩でも外に出れば最期、体中の水分を、ただただ排出するだけの機械になること必死だ。そんな、夏真っ盛り。
俺は、婦人会のケーキバイキングに出かけて行った
前回のブッチのせいで、もともと寄生プレイだと言われ非難されていた俺は完全に
もちろん黙って引き下がる俺ではない(※逆恨み)。
パーティーを拒否られた俺は、すぐさま別アカウントで女キャラ(当然、巨乳だ)を作り、奴らに近づいた。
奴らは喜んで、俺に貢いでくれた。
鼻息を荒くして、ひっきりなしに
十分満足したので、もうそのアカウントは消しているのだが、奴らが今も電脳空間で居もしないキャラを探し続けていると思うと今も笑えて来る。
俺はそんな充実した7日間を過ごしたのだ。
――そう、気づけばあの謎のビデオレター(笑)から一週間が過ぎていた。
俺はあれを見た後、居間で腹筋が引き付けを起こすまで床を縦横無尽に転げまわりながら笑った。恐らく、俺の十七年の人生の中で、まちがいなく一番の笑いだっただろう。なんせ、翌日腹筋が筋肉痛になるくらいだ。
その時、笑い転げている時に派手に部屋中を転げ回ったせいで、床に置きっぱなしにしていた同封されていた手紙をくしゃくしゃにしてしまった。
文面の字が小さかったことも災いしてとてもじゃないが読むことは出来ない様になってしまったのだ。
おかげで、みさきが何を思ってこんな面白動画を送ったのかはわからずじまいだ。
笑いすぎて一種の賢者モードになった俺の目に改めて映ったのは、みさきのけしからん姿。
胸元の開いた(ここ重要)ファンタジー臭の漂うコスプレ。
身振り手振りを交えて語る、彼女のパンパンに膨らませた風船の如きソレは、それはもう、ブルンブルンと揺れていた。重力は仕事しているのか? と言うくらいに揺れていた。
賢者として、この世界の無常さに心を痛めつつスマホをポチポチして彼女の謎言語(脈絡のない英語、ドイツ語、フランス語、おまけとばかりに四字熟語を多用する難解な言語だ)を解読した結果がこれだった。
――久しぶりです。ひろしくん。元気ですか? 私は元気です。
転校初日、新しいクラスメイトに「友達になろう」と言われた私は「私は金髪で炎環者です。なので、孤独が友達です。」と答えました。
クラスメイトは「そうですか」と言って私のもとから去りました。
私は待ちます。素晴らしい趣味を。しかし、私の周りにそのような方はいません。悲しいです。
※意訳
つまり、彼女の普通?の近況報告だったわけだ。
今更何のために、と疑問は尽きないが、取り合えず俺はDVDのデータをマイノートパソコンの秘蔵フォルダ「賢者の道」に保存しておいた。
そう、たとえイタイ子だろうがおっぱいに貴賤はないのだ。
そして先ほど言った通り、俺はみさきに何のアクションを起こすことなく日々を過ごした。ガン無視だ。
差出人の宛先の欄にみさきの住所や電話番号が書いてあったのだが、自分から地雷を踏む必要はないと感じてスルーすることにしたのだ。
まあ、ありていにいって、めんどうくさかった。
天使だった頃のみさきならまだしも、変な方向に飛び出していってしまった彼女には関わりたくなかったのだ。
――ピポ、ピポ、ピンポーン。
俺のオアシスを台無しにする、やかましい音が鳴る。立て続けのインターホンの音だ。
やかましい、インターホンを何度も押すなよな。頭沸いてんのか?
――あ、これデジャヴ。
「チ~スッ! お届け物っス」
「……」
やはりというか、何というか、一週間前にも聞いた覚えのある間延びする軽い声が聞こえた。
そういえば、ビデオレターの衝撃で、抗議の電話するの忘れてたな……。
ヤツに床の音をたてて歩く”俺、怒ってますアピール”が効かないのはわかっているので、普通に歩いて玄関に向かった。
手早くサインをして小包を受け取る。差出人は……みさきだった。俺はげんなりした顔で受けとった。
その俺を何を勘違いしているのか、金髪の兄ちゃんはニヤニヤと笑みを浮かべながら見ていた。
「男は誠意だぜ♪」
俺の神経を逆なでしなければ気が済まないのだろう。
金髪の兄ちゃんは去り際になんかラッパーとかがよくやりそうなポーズ(なんか指突き出す感じ)を決め、そんなことをのたまいやがった。
俺は、今度こそ抗議の電話を入れることを固く誓って、力任せに玄関のドアを閉じた(もちろん、金髪の兄ちゃんがいなくなってからだ)。
俺は居間のソファーに深く腰掛け、包みを開いた。
「……やっぱり、か」
半ば予想していたが、中身はDVD1枚。それだけだった。どうやら、今回は手紙はなしのようだ。俺はDVDをケースから取り出し、真ん中穴に指を引っ掛けてクルクルと回しながらぼやいた。
「……どっすかな~~」
タイトルは「
安定のルビである。
ルビの方が文字数多いのはどういうことだ? え、何。最初からルビを題名の所に書いちゃダメなのコレ?
疑問は尽きないが、俺はなんだかんだでそのDVDを再生機の中に入れる。
ほら、なんつうの? 何故か、臭いとわかっているのについつい嗅いでみたくなっちゃう靴下とか? そんな感じだ。
それに、見るだけなら、俺に実害はないし。天使であった
『ごきげんよう、我だ。クライン・クワルトだ』
「おふっ。これはまた。……攻めるじゃねえか」
前回同様、偉そうに椅子に座る映像内のみさき。その格好はズラこそ同じだが、それ以外は、前回と装いを新たにしていた。
今回は軍服を着ていたのだ。ミリタリーキャップに腕章まで付け、肩に羽織るオーバーコートとズボン。
非常に凝った服装だ。これは、世界史の授業で見たドイツ軍の軍服にどこか似ている。片手を斜め上に挙げているのがなんともそれっぽい。
当然のことながら、残念な子となった今もご健在であらせられるおっぱい様は、威信を示すための軍服を今にもブチ破りそうな勢いで存在を主張していらっしゃる。
非常に眼福である。
もう、なんか軍服ってあれだね。彼女のためにあるんじゃないの? むしろ、ムサイおっさん達が着る意味なんてあんの? ツナギでも着てればよくない?
そうか、このDVD達は“みさきのコスプレ紹介動画”なのか。なんて、なんて、俺得なんだ……。よし、いいぞ、もっとやれ。
俺は、またこれで突き進むだろう、この果てしなく遠い“賢者の道”を……、と考えていると映像内の彼女が何やらごそごそとしだした。
『フェンフ・ゲースー・メンシュ(俺のことな)よ、
むむっ、タイトルの回収、つまり本題ということだな。
よし、
――ん? リモコンどこ置いたっけ?
俺がリモコンを探している間も、みさきはお構いなしに(映像だから当たり前なのだが)語り続ける。
『我が持つ四十四のギフトの一つ。あらゆる、事象の変換を為す、魔の法だ』
そう言うと、みさきはポケットの中から一つのアメを取り出した。
『ここに、一つのアメ玉がある。梅味の大粒だ』
取り出したのは、みさきの好物である梅味のアメ玉。あいつは酸っぱいのが苦手の癖に、好きという変わった奴だったことを思い出す。いや、今のほうがアレだが……。
みさきは包みを開け、そのアメ玉を右手で握りしめた。
『今、確かに我の右手にアメは存在する。が、その事象を我のギフトが
「なん……だと」
とりあえず、乗ってみた。
もう、リモコンを探すのはもうあきらめたのだ。なぜ、リモコンというのはこうも居なくなってしまうのだろうか。
諦めた俺は、このままみさきの“事象の変換(笑)”を見ようと思ったのだ。
動画だから、編集でもして上手いこと“事象の変換(笑)”をするのだろう。上等だ、俺は編集の荒を探してやろうと舌なめずりをした。
文化祭の映研部員を涙目にした俺の実力、見せてやるぜ!!
『行くぞ、括目せよ!!』
みさきは両の拳を握りしめ、コツンッと叩き合わせる。そして、ひどく真剣な表情で
この時点で俺は編集の荒を探すのを諦め、床を転がり回った。爆笑である。
『――其処に有れ、有れ、有れ。其処に無かれ、無かれ、無かれ。共存せし、相反する二つの
技名を叫ぶと同時に、突き合わせていた両の拳をクロスさせるように肩の位置まで上げた。
俺は荒い息を整えながら、みさきを見る。不意打ちの詠唱に心を乱され、映像に集中できなかったが、見た感じそれらしい編集の継ぎ目などはなかった。
みさきはゆっくりと、右の手を
『(ドヤァア)』
「ぐふっ」
何もない右手を見せつけて、ドヤ顔をする。そして、ただでさえ張っていらっしゃる胸をさらに張る。
その絶景とも言えるビッグ・マウンテンの隆起に、たまらず俺は鼻血を流す。あ、さっきのシーンの再生時間覚えとこ。
そのまま、ドヤ顔みさきは左の手も同じく広げる。やはり、何もない。
『ふ……
急に滑舌の悪くなるみさき。顔もドヤ顔のままであるが、何やら眉が寄っている。
いったい、なんだってんだ? そう、首をひねっていると、「んべぇ」とみさきが舌を出す。中には赤い玉があった。
みさきは、その球をとり、ペロリと舐めてはちゅっぱい、と顔をしかめ、またペロリと舐めては……と繰り返す。ああ、そんな感じだったな、みさきの奴。酸っぱいのが逆に癖になって、止められないとかどうとか……。
『ん、ペロ、ちゅっぱい。どうだ、これが我の力! ペロ、ちゅっぱい。
あ、最後の言い方、俺の知っているみさきっぽかった。
……いやいや、え? 何? 「右手にあったアメ玉がお口にいったよ♪ドヤァ」ってのが
つまり、何だ。編集もクソもなくて、それ……。
「いや、ただの手品じゃん!?」
思わず叫んでしまった俺の言葉は、当然みさきに届くことなく、虚しく居間に響き渡っていくのだった。
まあ、今回の動画も、前回と同じくフォルダ「賢者の道」に保管した。
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