vs ゴブリンの軍勢・【全にして個、個にして全】
1.邂逅の二人 1
閑散とした酒場。
そこに佇む一人の少女、アリサ。
避難するぞ、と叫ぶ養父の声をしり目にアリサは赤く腫れあがった瞳で去っていった彼を思う。
「……どうして。……どうして。本当のアンタは……」
◇
アリサはラッヘのことが嫌いだった。
院長が行き倒れていた彼を肩に担いで帰って来たときの彼のぼろ雑巾のような姿を覚えている。捨て猫を拾うような感覚で、持ってきたお人よしの院長に子供ながらに呆れたことも。
幼く、碌な手伝いもできないアリサが彼の世話をまかされたときは心の中で思い切り顔をしかめたものだ。
――どうして、こんなやつをココにおくの?
親を早くに失くし、孤児院に幼くして入ったアリサにとってここは彼女の家だった。
アリサは優しい院長が大好きだった。
困っている人がいれば誰彼構わず手を差し伸べる彼が。その絶やさすことない柔らかな笑みが。彼女は院長のことを父のようだと思っていた。
アリサはいつも自分に構ってくる孤児院の兄弟が大好きだった。
自分たちは血の繋がらない家族なのだとその農作業でふしくれだった手でなでられる彼らのことが。女の子はおしゃれをしなきゃね、と自分に色々なオシャレを教えてくれる彼女たちが。アリサは本当の兄妹のように彼らに甘えた。
だから、そんな“家族”に現れた異物がアリサは気に入らなかった。
特に、自分より年上だということが我慢ならなかった。自分の兄はもういるのだ。こんな不気味なヤツはいらない。そう思った。
だから、アリサは考える限りの嫌がらせをしてラッヘを追い出そうと思った。
食事中、自分の嫌いな苦い野菜をこっそり彼の皿に入れた。
自分が洗濯当番のときは彼の下着を擦り切れるようにと洗濯板に念入りにこすり続けた。
何かにつけてラッヘのもとに張り付き、グチグチと小言を言った。
とにかく、アリサの思いつく限りの嫌がらせを行ったのだ。もっとも、それを受けた本人の反応は推して測るべし、なのだが。
それは、いつものようにアリサがラッヘに嫌がらせをしようとした日のこと。
『いつもの起床時間より10分も早く起こす』それが今回の嫌がらせだった。アリサはこっそりとラッヘの寝室に忍び込み(何故かラッヘにだけ小さいながらも個室が与えられていたこともアリサが気に入らないところだった)、ぎょっと目を見開いた。
常に人を寄せ付けぬ剣呑とした雰囲気を醸し出していたラッヘが、穏やかな寝顔を浮かべていたのだ。そんな顔もできるのかと不覚にもアリサは見惚れてしまった。
だが、すぐに気を取り直して彼女は彼を叩き起こすべくすり寄った。
「やめろ」
突然のラッヘの言葉にビクリと体を強張らせたがラッヘから何のアクションが行われないことでただの寝言かとほっと息を吐く。まぎらわしいなと彼の顔を仰ぎ見たところで、またもや彼女の体は固まった。
ラッヘは先ほどの表情と一変して、幼い子供の泣き顔のようなしわくちゃな顔をしていた。
「やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ」
呪詛の様に呟く言葉と、何かを求めるかのように天に突き出す手。それはまるで誰かに救いを求めているようで、
「だいじょうぶ」
気づけば、アリサは彼の手をとりそんな言葉をつぶやいていた。
するとラッヘの顔が、見る見る内に和らぎ、静かな寝息をたてる。
その浮かべる安らぎを得た幼子のような顔を見て、彼に“いやがらせ”をしていた自分がひどく恥ずかしくなった。
彼がなぜ、いつも剣呑な顔をしているのか分からなかった。
――でも、それが彼の“本当”ではないのだとアリサは思った。
彼がいつ、寝ているときのような穏やかな顔をするのか分からなかった。
――でも、それが彼の“本当”の顔なのだとアリサは思った。
彼がどうして、あのような泣き顔をしたのか分からなかった。
――でも、手を握ってあげれば救えるのだとアリサは思った。
その日から“いやがらせ”は“お世話”と名を変えた。
ラッヘには大した差はないのだろうが、アリサのやる気が上がった
アリサはラッヘを彼女の“家族”、その“弟”として扱うことにした。
ラッヘの方が年上だと言うことはどうでもいいのだ。大事なのは自分が“姉”として彼を導くこと。それだけだ。
そして、その全てを知ったはずの現在のアリサは、それでもラッヘのことを理解できていなかった。
わかるのは、もう彼があの険しい顔も、あの穏やかな顔も、あの救いを求めるような泣き顔も、彼はもう浮かべることがないということ。
一月ほど前に彼のどこかのタガが外れた。それは、彼が仇のヴァンパイアが死んだのだと言う話を聞いた時だった。
その日から、ラッヘは前以上に無茶な戦いをするようになった。
街の人間にだってほんの些細なことで手をあげるようになってしまった。
もし、そのタガがはずれた元凶のゴブリンを倒すことができたら、彼は元に戻るのだろうか。
大事な人の死に年相応に泣くことのできる少年に。そう、アリサは思った。
◇
「……ゴブ、リン? あのゴッツイ装備をしているのがそうだっていうのかよ!?」
「はっ、冗談。
「オイオイ、“軍団”なんて尾ひれのついた与太話じゃないのかよ!?」
“英雄の街”その目と鼻の先に二百はくだらいないゴブリンの群れ、いや軍団。
彼らは隊列を組み、足をそろえ、堂々と街の眼前まで行軍してきた。その動きは人間の軍の動きと何ら遜色ない。
規律だった動きに、門前にかき集められた冒険者たちは少なくない動揺が波紋する。
風に聞く“村荒らしのゴブリン軍団”。話に聞くのと見るのとではその恐ろしさが桁違いだ。王国が懸賞金を出す程の脅威であると自覚しながら、彼らはどこか侮っていたのだ。――しかし、ゴブリンなのだろう、と。
「うろたえるでない、魔術師どもよ! 先に言った通り、先制する。わしにつづけぇ!!」
叱咤するバラフィットの声に冒険者たちは我を取り戻し、事前の取り決め通りに魔術師が前にで、一斉に遠距離射撃を行う。
「堂々とその汚い面をさらしおって。それが貴様らの限界じゃ!! 『穿てぇい、焔よ』!!」
「くっそ、バラジイの言う通りだ。あんな御大層な行進、当ててくれって言っているようなもんだ! 『舞えよ、
「そ、そうです。指一本も私たちの街に触らせるもんですか! 『脈動しなさい、母なる大地』!」
数十人の魔術師たちが思い思いの
狙うは悠々と歩を進めるゴブリンの軍勢。一度にこれだけの魔術を叩きこまれれば、全滅とはいかずとも、大打撃を与えることができる。
――あとは、ゴドンたちが接近戦で陣形をかき回してやればしまいじゃ。
そう、ほくそ笑むが、すぐにバラフィットは己の異常に気づく。
いつまでたっても、
“霧散”それは、魔術の才のないものが無理に魔術を使おうとして陥る現象だ。――己の魔力(磁石)が自然界の魔力(砂鉄)をとるのに力が不足し、集めた魔力が消え去るのだ。
「ば、馬鹿な!? 一体何が――」
慌てて周りを見やると、他の魔術師たちも同様な状態に陥っている。バラフィットを含め周囲の魔術師たちは誰もが一流の腕を持つ。それが“一斉に霧散”など冗談ではない。次々とかき消されていく魔術に呆然とするバラフィットの耳にドゴンの野太い怒声が響く。
「バラフィット何をやっている! 早く魔術を! ――っ
ドゴンの声で我に返ったバラフィット。しかし、もう手遅れだった。
眼前に迫るは、
燃ゆる炎の塊。
煌く雷光の槍。
突きあがる大地の
穿つ魔術の矢。
――それは、数十のゴブリンの魔術。
「――!?」
迫りくる魔術が降り注ぐ瞬間、はっ、とバラフィットはゴブリンの軍勢の中から一つの視線を感じた。
頭目とされる
「ま、まさ――」
バラフィットの言葉が意味を成す前に、凶悪な魔力の塊は爆発、四散する。
続けて響く轟音と目もくらむ閃光。飛び散る血しぶき。そして、断末魔。
前に出ていた魔術師たちは悉くゴブリンの魔術の餌食になり、死に絶えたのだ。
「え?」
後方にいた一人の戦士が間の抜けた声を発する。気づけば先ほどまで確かに存在していた仲間が、血だまりのシミの一部になっていた。到底、人の死としては許容できることないその無残な光景に冒険者の誰もが固まる。
眼前には今もなお、歩を進めるその冒涜的な死の具現者。
その姿は先ほどより強大に、凶悪に見えた。
だが、彼らは冒険者、“人類反撃の剣”。引ける腰を強かに打ち、震える歯を必死に食いしばり、剣を構える。
「人間様なめんなオラァ!」
戦友の死に涙をこぼしながら、ドゴンは先頭を切った。
アタック・オン・ゴブリン―二人の復讐者― タルー @Taruuu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。アタック・オン・ゴブリン―二人の復讐者―の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます