第15話 ビャーッ その1

熟睡出来なかったのでウンザリとしながら上半身をあげる。ぎしぎしと骨がきしんだ。ひとつ深呼吸をすると、いくらか楽になった。それでもしつこい吐き気と身体の痛みをやわらげるために、テレビをつけた。ニュースすら流れない。砂嵐にうんざりしてテレビを消し、代わりにラジオのスイッチを入れる。しかし、ノイズのみ。電話は誰にも繋がらない。世界との連絡網を閉ざされ隔離されたような感覚に襲われる。ただひとつ救いなことは塩里がそばにいるということ。彼女が無事だというだけでこれほど安心できるものなのか。安心できるのだから彼女には感謝している。というか感謝してもしきれない。塩里。背中が痛い。肩甲骨か? うんそのあたりだ。痛い。どう痛いのか? 骨が悲鳴をあげている。そんなことより太三はどこへ消えたのだろう。壁を伝い、屋上へのぼり、隣の家へ飛び移り、さらに飛び移り、そうやってどこかへ消えたのだ。もしかして圧徳もまたヤモリ人間になって、そのヤモリ人間だけが集まるような場所があって、太三といっしょに行ったのだろうか。そこは四つん這いでうごめくヤモリ人間たちが集合しているのだろうか。そうかもしれないしそうじゃないかもしれない。頭脳をフル稼働させても憶測の域を出ない。痛い。背中が痛い。舞菜さんと母さんもヤモリ人間と化したのだろうか。そのような状態を見られたくなくて姿を消した? それなら納得できる。乙女心。乙女心なんてわからないけど、案外この推理は的を射ているのかもしれない。ヤモリ姿なんて親として見せられない、女性として考えられない、だから逃げたのだ。だけど、とここで矛盾に気づく。それが姿を消した理由なら、連絡が途絶えたことの説明がつかない。ちょっと用事があって遠くへ行ってるの、仕事で急用が出来たの、などとウソでもいいから接触くらいはするはずだ。だって、自分の子供を心配しない親がどこにいる? それでも連絡を取らないということは他に理由があるのだ。たとえばヤモリ人間社会では普通の人間と接触してはダメですよルール。たとえば、もうあんたたちとは寝る場所も食べる物も違うから知らない。たとえば、人間なんてわたしたちの餌よ。あり得るしあり得ない。けっきょくすべて憶測の域をでない。痛い。肩甲骨が痛い。謎を解かなければ決して母さんたちは見つからない。この悟りを塩里も同じように持っているのかはわからない。でも彼女はそんなこと考えなくていい。考えて悩んで苦しむのなら、オレが代わりに背負ってやる。だから塩里はオレにすべてを託し、心を安らかにしていてほしい。だからオレは謎を解く。母さんと舞菜おばさんをかならず見つけ出す。太三はもういいや。圧徳もいいや。オレは欲張りではない。とにかくオレと塩里の幸せだけでいい。それ以外はいらない。ふたつの家族が元の形に戻り、元の生活を取り戻せればいい。骨が軋む。頭痛もとまらない。ことの発端に眼を向けてみよう。初めは……そう、体重減少だ。そこから世界は道を踏み外して行ったような気がする。うん、間違いない。ズキンズキンという痛みの波が背中を走る。痛い。痛いいい。体重が減って行ってひとの姿も減って行った。そのあと空を飛ぶ人間の噂、ヤモリ人間が登場した。それらはひとつの繋がりとなっているのだろうか。それとも別の現象? いや、別とは考えられない。やはり連動しているのだ。じゃあ、共通点はなんだ?

そこにきっと答えは隠されている。ひとつだけ思い当たる節がある。その考えを答えとするならすべての辻褄が合う。それは……ががあああ! 背中の痛みが想像を絶する痛みへと変化している。激痛だ! 病院……は行っても無駄かな。なんとか自力でこの痛みを和らげなくてはならない。どうやって? 無人の薬局に侵入して痛み止めの薬をくすねるか? いいや、市販の薬でこの痛みを取り除くことは無理でしょ。どうすることも出来ないのなら、我慢するしかない。大丈夫だ、きっと痛みは引く。ずっと続くはずはない、頭痛歯痛腹痛しかり。それを信じて我慢する。ぐっと歯を食いしばって考える。体重減少事件の発生から、これまでに起こったことを組み込むと、ひとつの推理が……ボキッと行った? 間違いない。オレの背中のあたりから硬いものが折れる音が響いた。割り箸を割るような、指を鳴らすような、木の枝を折るような音……聞き間違いなどではなくてオレの背中から響いてきた。耳をすませたまま動きと呼吸をとめる。無音。次はやってこない。ならいいや。思考を戻す。うん、謎はすべて解けた、と思う。あるひとつの仮定に当てはめてみると、すべてに納得がいく。すべての説明がつく。ならば、体重減少はオレたち人間にとって……


痛いいいいいい!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

浮遊世界のハリツケ人間 朝戸あんり @ki8kame

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ