第一部エピローグ

エピローグ:全部美織が悪い!

「お祖父ちゃん、入るわよ!」


 ぱらいその営業を終えて夜の老人ホームへと赴いた美織は、返事を聞くことなく扉をばーんと押し開けた。


「美織か……少し静かにして待っておれ」


 対してお祖父ちゃんと呼ばれた老人は、入ってきた美織には目もくれず答える。


 その態度がまた美織の癇に障った。

 美織は足音荒く近寄ると、


「誰が待つかーっ! てか、ゲームをやめてこっちに向けーっ!」


 大型モニターの前に立ち「そこをどけ!」という老人の声も聞かずにコントローラを取り上げると、部屋の入り口で呆けている司たちにむけてぽーんと放りなげた。


「なっ!? なにをするんじゃあぁぁぁ!」


「それはこっちのセリフだぁぁぁぁ!」


 床に胡坐を組んだ姿勢のまま睨み上げる老人に、美織も負けずに「がるる」と吠え立てる。

 その姿は怪獣同士の争いを司たちに想像させた。

 つまりは、ふたりを止めることなんて出来そうにない。


「てか、オレの目の錯覚かな。さっきまで爺さんがやってたゲームって弾幕シューティングに見えるんだけど?」


「ええ、しかもあの弾の数……二周目以降ですよね、あれって」


 レンたちが呆れるように、とてもお迎えが近い老人の遊ぶゲームではない。


 と言うか、その老人そのものもまた印象ががらりと異なる。


 先日出会った時はベッドで寝たきりという状況だった。


 が、今、司たちの目の前にいる老人は元気そのもので、服装は若者のようなジャージの上下、声にも張りがあり、孫の美織と激しく言い争いをしている。


「それに部屋も全然違うよ? 以前なっちゃんたちが来た時はあんなにがらんとしていたのに……」


 今や壁にはゲームソフトがぎっしり詰まった本棚が立ち並び、ベッドには高性能なゲーミングノートPCが無造作に置かれ、大型モニターの横に設置されたスチールラックには古今東西ありとあらゆるゲーム機が取り揃えられていた。


 そのくせ前回見た医療器具はどこにも見当たらない。


「あのさー、そもそもここって本当に老人ホームなの? 入り口にでーんと置かれた筐体、見た? あれってゲーセンにある『戦場の傷名』だよね! しかも四基も!」


「あー、これはいっぱい会長に喰わされたなぁ」


 久乃が顔いっぱいに苦笑いを浮かべ、言い争いをするふたりをどこか眩しそうに目を細めて見つめた。


「お祖父ちゃん、やってくれたわね。いくら私を学校に行かせるためとは言え、みんなを騙すなんて」


「はぁ、何を言っておるんじゃ。ワシは何も騙しておらんぞい。ただ、『美織を学校に行かせてほしい』とお願いしただけじゃあ」


 なぁそうじゃろ、と老人は司たちに同意を求める。


 ……いかんとも返事がしがたい。


「司が言ってたわよ。お祖父ちゃんが死にそうだったって」


「うむ、司君たちを呼んだ日は偶然にも『ノーゲームデー』って日でなぁ。この日ばかりはゲームを忘れて過ごしましょうってことで、館内にあるゲームを全部一時撤去するんじゃあ」


 だからその日はもう死にそうで死にそうで堪らんかったよと老人はうそぶく。


「ふざけないで! そんな日があるわけないでしょーが!」


「あるもん! 館長のワシが作ったんだからホントだもん!」


 ふざけたことを言う老人に「こいつ……」と美織は自然と拳を握り締めた。




 ほんの数時間前、司からことの真相を告げられた美織は、全てが祖父に仕組まれていたことを瞬時に悟った。


 あのお祖父ちゃんが殺風景な病室で最後を迎える?

 そんなのあるわけがない!


 そもそもぱらいそから離れて老人ホームに引っ込んだのだって、お店を美織に任せて、自分はゲーム好きな仲間たちと余生を面白おかしく過ごそうって人だ。

 そんなのがベッドで大人しく最後の時を待つわけが無い。

 むしろゲームに興奮するあまり、頭の血管が切れてぽっくり旅立ちましたと言われた方がよっぽど納得出来る。


 とは言え、祖父のことをあまりよく知らない司たちが、あっさり騙されてしまったのは仕方ないことだろう。


 だが、美織の推測では祖父のやったことはそれだけではない。


 自分を学校に行かせる為、祖父が取ったであろう行動は、きっとそのずっと前から……。


「おーい、鉄ちゃんや、そろそろ第二十六回『バーチャローン』のランバトを始めるぞってうおっ!?」


 唐突に和服姿の老人が扉をノックもせずに入ってきた。


 司たちの来訪を知らなかったのだろう。

 若い女の子たちが集まっているのを見て、ぎょっとした表情を浮かべる。


 が、それも束の間。すぐに好色そうな目つきで「ほほう」とか「これはこれは」などと呟きながら視線をひとりひとりに移していく。


 彼が鉄ちゃんと呼び、このゲーム天国な老人ホームを作りあげた友人が慌てた様子で両手をせわしなく動かし、何かを伝えようとする姿が見えたが無視。


 可愛い孫娘がひとりいるとは聞いていたが、どこがひとりだ。こんなにもべっぴんさんが勢揃いしているんだ、オイラにも目の保養ぐらいさせてもらっても罰は当たるめぇと視線を最後のひとりにむけたところで。


 和服姿の老人の頬が「あ、マズい」と引き攣った。


「お、おう、お客さんだったのかい。これは邪魔しちまったな。じゃあオイラはとっとと」


 退散するぜいと背を向けようとする老人。そこへ


「これはどういうことか、説明をお願いできますか、会長」


 待ったをかける声があった。


「あなたがどうしてぱらいその経営者と知り合いで、しかもその方が運営する老人ホームに住んでいるのか、納得いく説明をお願いします」


 黛だった。


 問い掛けに和服姿の老人がぎくりと振り返り、白々しくも「おおう、誰かと思えば黛君ではないか」と驚いてみせるも、さすがに二の句が継げないでいる。

 思わず美織の祖父は「あちゃあ」と顔を顰めてみせた。


「やっぱりね」


「ああ、そういうことやったんか」


 その様子に美織は自分の推測が正しかったと確信し、久乃はずっと歯に挟まった異物のような疑問の答えを得た。


「あまりに話が上手く行き過ぎると思うてたんや」


 河野薫を探す為に探偵事務所を尋ねたら、事前に美織の祖父が同じ依頼をしていて、しかも丁度見つかった所だったこと。

 その河野薫がライバル店のエリアマネージャーだったこと。

 偶然にしては話があまりによく出来すぎている。


「カオルのことも全部お爺ちゃんが裏で手を引いていたのね!」


 美織がじろりと祖父を睨みつけた。





「全部、美織が悪いんじゃあ」


 美織が睨む中、自らの計画を全て明らかにした老人は、それでも最後のあがきをするかのように呟いてみせた。


 老人が今回のことを計画したのは、およそ一年前に遡る。


 美織が花翁高校の受験をブッチし、両親とどこまでも交わることがない言い争いをしている最中、老人は早々に目標を一年後に定めた。


 ――一年後、なんとしてでも美織を花翁高校に進学させてみせる。


 その為にはふたつの方法が考えられた。


 ひとつは美織がぱらいその再建に挫折し、本来の職務である学生に戻ること。

 これにはアテがある。ただし、作戦が成功する可能性は限りなく低い。何故なら美織はまだ十代半ばとは言え、老人の血を濃く引き継いだ孫娘だからだ。どんな困難にも立ち向かって克服してしまうだろう。


 となると、やはり本命はもうひとつのほう。美織がぱらいそに勤める傍ら、学校にも通える環境を整えること、だ。


 兵は拙速を尊ぶ、老人の行動は早かった。


 老人はかつて自分と同じかそれ以上の腕を持った女性のことを思い出していた。

 アルバイトとして雇っていたのは十年ほど前だから、今は三十歳前後か。もう結婚して、家庭を築いていてもおかしくはない。

 その幸せに自分の都合で介入するのは気が引けたが、あの子なら美織を御することが出来る。

 

 なんとかして見つけ出さなくてはならない。


 以前の履歴書から住所と電話番号を得たが、残念ながら辿り着けなかった。

 ならばと探偵事務所に赴くと、さすがは人探しのプロ、あっさりと三日で見つけてきた。


 そして報告書に目を通した老人は、思わずにやりと微笑む。


(やっぱりワシ、めっちゃツいてる!)


 予想通り結婚をしており子供もいたが、住居は都内でぱらいそへの通勤が可能。危惧していた家庭環境への介入はしなくて住みそうだ。


 これだけでも十分に幸運だが、それ以上に老人がほくそ笑んだのは、彼女の勤め先――報告書には、老人と長く付き合いのある友人が会長を勤める、とある企業名前が記されていたからだ。


 この好機を逃さない手はない。


 老人はすかさずその友人に「ぱらいその近くに新店舗を出さんか?」と声をかけた。


 この提案に友人は当然の如く驚いた。

 実のところを言うと、かの地への進出は過去に何度か議論されたことがある。

 が、進出すればぱらいそにとって厄介なライバルとなるのは間違いない。

 老人がどれだけぱらいそを大切にしているか、その気持ちを知っているからこそ、友人は遠慮して近くに店舗を出すことを認めずにいた。

 もっとも。


「しかしよぅ、鉄ちゃん、大丈夫かい? うちが進出したら本当に潰れちまうかもしれんぜ、あんたのぱらいそ」


「そんなことあるわけなかろう。ワシの孫娘が店長になるんじゃぞ。下手したら逆にお前んところが潰されかねんぞい」


 心配して言ってやったのに、こうも自信満々に返されると何だかバカみたいだ。


 そもそも孫娘を高校に行かせる為にゲームショップ経営を失敗させて欲しいと言ってきておきながら、その実はちっとも潰されるとは感じていないのはどういう事か?


 ははん、なるほどこいつはどうやらうちを上手く利用するつもりだ、と思っていたら案の定、新店舗を任せるに相応しい人材とやらを推薦してきた。


「おいおい、いくら鉄ちゃんでも、うちの人事にまで手を出されちゃ困るぜ」


「そんなつもりはないぞ。ただ、うちの孫娘に対抗出来るのはこいつぐらいしかおらんと思うがの」


 すかさず部下を呼んで件の人物を報告させると、なるほど確かにかなり有能だ。女性ながらも男顔負けの実績で、都心のエリアマネージャーを勤めている。


「……なるほど。鉄ちゃんの狙いはこいつか」


「なんのことやら」


「引き抜きたいなら、そう言やいいのに」


「それでは面白くなかろう」


 人生も、ゲームも、やるべきことはやって、あとは成り行きに任せるのが面白いもんじゃと老人は笑う。


 そして新店舗の進出と、件のエリアマネージャーの抜擢さえしてもらえれば、以降はそちらに何も頼らんよと約束する老人を前に、企業を束ねる男が脳内で算盤を弾く。

 あまり割に合う話ではない。下手したら進出が失敗に終わる上に、有能な人材をひとり失う可能性もある。

 ただ、


「鉄ちゃんや、やるからにはこちらも本気でぱらいそを潰すつもりでやる。それでもいいか?」


「おう、勿論じゃあ。思い切りやってくれ」


 友人としては念を押したつもりだった。


 日本全国に多くの支店を持つ企業力は伊達ではない。

 徹底的な値段攻勢、圧倒的な仕入れと在庫で、これまで多くのライバル店舗を潰し、そのエリアのお客を攫ってきた。

 ぱらいそだって本気でかかれば、あっと言う間に閉店に追い込む自信がある。


 にもかかわらず、


「その方が孫娘も喜ぶからのぅ」


 なんて返答をされては、友人はさすがに破顔せずにはいられなかった。





「ぜーんぶ美織が悪いんじゃあ!」


 老人がもう一度同じ言葉を言った。

 大事なことだから二度言ったのだろうか?


「ふざけないで!」


 否。

 ただ美織を挑発するが為に二度言っただけのようだ。


「元を言えば、お祖父ちゃんが『ぱらいそ』の経営に飽きたのが一番の理由じゃないっ!」


「人聞きの悪いことを言うでない。飽きてはおらん! ただ、ネトゲにハマっただけじゃ!」


「それを飽きたって言うのよっ!」


「それにワシもいい歳じゃ。いつお迎えが来てもおかしくない。その時に『ああ、あのゲームをやっておけばよかった』とか『あのゲームをクリアできなかったのが心残りだ』なんて悔いを残しては逝きたくても逝けんじゃろうが! だからそろそろ『ぱらいそ』を美織に任せ、ワシは余生を悔いなく生きようと思ってだな」


「にしても『ぱらいそ』をあんなひどい状況にする必要なんてなかったじゃないっ!?」


「馬鹿もん! そういう状況から復活させるのが燃えるんじゃろうがっ! 言うなればあれは孫娘へのささやかなプレゼントじゃったというのに、それも分からぬとは……」


「分かるわけないでしょ、そんなのっ! 私、だから全力で『ぱらいそ』を盛り返さなきゃって」


「そうは言っても高校受験をブッチするヤツがどこにおるかっ!」


 やっぱりお前が悪いんじゃあと老人が騒ぎ立て、美織も「いいや、やっぱりお祖父ちゃんが悪いっ!」と負けず応戦する。


 このままだとそのうち取っ組み合いの争いになりそうだ……。


「さて、もういい時間です。そろそろ失礼いたしましょう」


 皆がさてどうしたもんかこのふたりと悩んでいる中、黛が冷静に言った。

 時間にして夜の十一時。終電も気にしなくてはならない時間帯だ。


「あんた達は先に帰ってて。私はお祖父ちゃんと決着をってうわわわっ!?」


 黛の言葉に振り返りもせず、右手をひらひらと振って答える美織だったが、その頭をむんずっと掴まえる者がいた。


「何を言っているのです。この中で一番真っ先に帰らなくてはならないのはあなたでしょう、美織」


 またしても黛である。


「なんせあなたはこれから急ピッチで受験勉強をしなくてはならないのですから」


「ちょっ、そんなのは今はどうでもいいじゃないっ! それよりも私はお爺ちゃんとぎゃああああああ!」


 美織が突然悲鳴をあげた。


「痛い痛いいたい! 頭がっ、頭が割れるっっ!」


 傍からすると黛が力を入れているようにはまるで見えないのに、美織は手足をじたばたと激しく動かして悶絶した。


「ちょ、ちょっと、見てないで助けてっ!」


 あまりの痛さに司たちに助けを求める美織。


「そやなぁ」


 その美織の右腕を久乃が抱え込んだ。

 と言っても助けるつもりは毛頭ない。


「美織ちゃん、これから試験までの間、たっぷりと勉強してもらうから覚悟してやぁ」


 ニヤリと久乃は笑った。


「ひ、久乃、あんた裏切って……」


「これは裏切りじゃなくて協力だよっ、美織ちゃん!」


 と、そこへ久乃に続けとばかりに奈保が美織の左足に飛びつく。


「奈保っ!?」


「なっちゃんも美織ちゃんの受験が成功するように協力してあげるのだー」


 奈保が無邪気な笑顔を浮かべる。


「ならばオレも可愛い後輩となる美織を助けてやるか」


 レンがぶるんぶるんと振り回される美織の左手をこともなく握り締めた。


「レ、レン、あんたまで……」


 絶望的な状況に美織はニヤニヤと笑うレンを恨めしそうに睨みつける。


「くっくっくっ、美織ちゃん、いい加減覚悟するんだねっ! とう!」


 残された右足目掛けて葵がタックルをかまし、


「黛隊長! 被疑者完全に確保いたしましたぁ!」


 右足を両手でがっちりホールドして報告する。


 黛が「よし」と頷いた。


「それではおいとまするとしましょう」


 黛が美織の祖父に小さく頭を下げるのと同時に、皆も動きを同じくする。


「えーい、離せっ! 離せってばぁ! 私はお祖父ちゃんと話をつけなきゃいけないのよっ!」


 頭を黛、右腕を久乃、左腕をレン、右足左足を葵と奈保に確保されながらも必死になって体を揺らし抵抗を試みる美織。


「美織ちゃん、あんまり暴れないほうがいいんじゃない」


「そうそう。今からなっちゃんたちが持ち上げて運んじゃうんだから、暴れると、その、見えちゃうよ?」


 両足担当のふたりがこれから起こるであろう悲劇を予想して、スカート姿の美織に忠告する。


「そんなの別にお祖父ちゃんに見られても……てか、離せぇぇぇぇ!」


「では、行きましょう」


 忠告したにも関わらずやはり暴れるのをやめない美織に、黛が最後通告を出した。


 あーあと苦笑しながらも、奈保と葵は美織の両足を一気に持ち上げる。

 暴れる身体の動きに合わせて、スカートがギリギリのところで激しく舞う。


「それでは失礼いたします!」


 もっともその中身を老人の前に曝け出すことはなかった。

 すかさず司があられもない姿の美織を隠すように立ち、深々と頭を下げたからだ。


「うむ。司君や、美織を頼んだぞ」


「はい。みんなで協力して、絶対店長を合格させてみせます!」


 元気よく笑顔で答えると、司は運ばれていく美織を隠すようにして後ろ足で部屋を後にする。


「ははは。美織め、いい仲間に恵まれたようじゃの」


 後には残された老人の笑い声だけが響いた。

 



 かくして騒がしかった『ぱらいそ』の一年に幕が降ろされた。


 なお、久乃のつきっきりの指導と皆の協力によって、美織は無事花翁高校へと入学を果たした。


 そして新たな仲間たちを得た『ぱらいそ』は、さらに厳しさを増すゲームショップ業界を一気に盛り返すとんでもない戦略を展開していくのであるが、それはまた次の話。



 

 『ぱらいそ~逆襲するゲームショップ!~』へ続く

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ぱらいそ~戦うゲームショップ!~Remaster タカテン @takaten

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