6-15:昨日の敵は……

「やったっ! やったよ、つかさちゃんが美織ちゃんを倒したっ!」


 戦いの行方をハラハラしながらカウンターで見守っていた葵が、大型モニターに映し出されるギガンディレス討伐の文字を見て歓声をあげた。


「スゲェ、あの美織がこうも完璧に手玉に取られるなんて……」


 その隣りでレンが信じられないと首を振る。


「確かに黛さんは美織ちゃんより上手うわてやなぁ。でも、あの作戦を考えた黛さんも凄いけど、それを全部可能にしたのはつかさちゃん、そしてうちたちの努力や」


「だよねぇ。おかげでなっちゃんたち、あの日からずっと年末やお正月にもかかわらず『モンハン』ばっかりやってたもんねぇ」


 久乃の言葉に奈保がうんうんと頷く。


 あの日、司のアパートで黛が提案した対美織必勝法はトンデモナイものだった。


 まず重戦士の最高装備を整え、さらに耐火能力をとことん鍛え上げる。

 さらに特殊能力を得るために竜族のモンスターをギガンディレスにまで育成。

 加えて砲撃手で正確に「射撃」が出来るようにひたすら練習。


 これらをみんなで手分けして行った。


 特に重戦士の強化と、ギガンディレスへの育成は同じカートリッジで行われるので同時に進行させることが出来ない。

 とにかく誰かの手が空いている時にどちらかを進め、司は別のカートリッジで砲撃手の感覚を身につけるのにひたすら時間を割いた。


 言うならば、これは美織を除くぱらいそスタッフ全員の勝利だった。




「……やってくれたわね」


 討伐されたギガンディレスの姿を見つめながら、美織は言葉を搾り出すようにして口を動かした。


「約束ですよ、店長。どうか学校に」


「それがどういうことか分かってるのッ、つかさ!?」


 美織が悔しさを滲ませながら、忌々しそうに司を睨みつける。


「私が学校に行っている間、買取キャンペーンは出来ないのよ?」


「分かってます。でも、ボクたち考えたんです。だったらそれに代わるものをみんなで考えたらいいんじゃないかって」


「代わるものって何よ?」


「それはまだ思いつかないですけど……」


「でしょうね! だって買取キャンペーンは大型店舗には真似できない、私たちみたいな小さな街のゲームショップがヤツらに対抗できる画期的なアイデアだもん! そう簡単にあれに変わるものなんて思いつくわけないわよっ!」


 なのにこんなヤツの言うことを真に受けて……と美織は黛を一瞥すると、何かを堪えるように俯いて身体を震わせた。


「……店長、でも、買取キャンペーンが出来ないのは学校に行っている間だけの話です。だから」


「大丈夫、じゃないわよ! そういう隙を見せるのが商売では命取りなんだからっ!」


 俯きながらも声を荒げる美織。

 すると。


「……ない」


 美織が顔を上げてぽつりと呟いた。


「え?」


「私、学校なんて行かない! 前から言ってるじゃない、行けるわけがないって! だから……って、なによ、あんた?」


 突然約束を反故にする美織の発言に司が驚く一方、それまで様子を見守っていた黛がすっとふたりの間に割り込んできた。


「……まったく、ちっとも成長してませんね、あなたは」


「はぁ? なんのことよ?」


「成長してないのは身体だけかと思いましたが、中身までそうだとは正直呆れました」


「あんた、いい加減に」


「子供の頃のあなたもそうでしたよね。私にゲームで負けるたびに『そんな約束はしていない』だの『カオルは絶対にズルをしている』だの言いたい放題ワガママ放題。一体今まで何を学んできたのやら」


「ちょっ、なんでそんな昔のことを!? って、カオルって、まさかあんた……」


 ぎょっとして黛を見上げる美織に、司が「そうです、河野薫さんです」と、その正体を明かす。


「か、カオルっ!? うそ、あんた、なんでっ!? てか、えっ、確か、あんた女だったわよね?」


 驚きながら恐る恐る「タイで性転換したの?」と尋ねる美織に、黛はハァと深い溜息をついた。


「とにかく、今は私のことはいいでしょう。それよりも美織、あなたはつかさ君に負けたのです。だからちゃんと約束を守って学校に行くべきではないですか」


「で、でも、それは」


「お祖父さんが聞いたら悲しむでしょうね。貴方のかわいいお孫さんは約束ひとつ守れない人間になってしまったなんて知ったら……」


「ぐっ!? ちょっとぉ、そこでお祖父ちゃんのことを言うのは卑怯でしょ!?」


「卑怯なのは約束を反故にしようとしている貴方のほうでは? いいですか、約束はなんであれ必ず守るのが人間として当たり前です。ましてや貴方の愛するゲームで対決し、そこで交わした約束を破るというのは、ゲームに対する冒涜とも言ってもいい」


 黛は声を荒げるわけでも、表情を険しくするわけでもなく、ごくいつもの様子で美織を諭す。

 まるで美織を説き伏せるには感情的になってはいけない、ただ冷静に正論を、ついでに相手の大切なものを取り上げて語ればよいと言わんばかりだ。


「うっ……」


 そしてそれは効果覿面だった。

 美織はなんとか反論しようと「あー」とか「うー」とかしばらく言葉を探していたが、やがて観念したのか、ぽつりと「……分かったわよ」と白旗を揚げた。


「さすがは美織、あなたは昔からワガママだったものの、物分りだけはよかった」


「うるさいわねっ! 私が物分りがいいって言うより、あんたが面倒くさい性格をしているのよっ! 私、まだ覚えてるからね。ちょっと駄々をこねたら、あんたから何時間もお説教をくらったのを!」


 はて、そんなことありましたか、と黛はとぼけるとやはり真顔で


「さて、美織が約束を守る以上、私もちゃんと約束を守りましょう。さぁ、美織、私に何をやらせます? 言ってみなさい」


 と切り出してきた。


「はぁ? 何言ってんの、あんたと別に約束なんか」


「したでしょう? この勝負が始まる前に『』と」


「そりゃあしたけど、あんたが勝ったじゃない。なに、イヤミなの、それ?」


 ジロリと恨めしそうに睨みつけてくる美織を、しかし、黛はどこ吹く風とばかりにさらりと受け流す。


「貴方こそ何を言っているのです? よく思い出してみなさい。私は敗北条件を『私が負けたら言う事を聞く』と言い、勝利条件を『私たちが勝ったらあなたは学校に行く』と言ったはずです。。ならば約束を守らなければならない。そうでしょう?」


 眼鏡の奥で黛の切れ長な眼がかすかに微笑んだ。


「さぁ、美織、私に何をしてほしいですか? 聞くところによると、貴方、今度の春から高校に通うそうですね。その間、例の買取キャンペーンをどうするつもりですか? 貴方に匹敵する腕前の持ち主、そうはいないと思いますよ。もっともここには彼女と」


 黛がカウンターで思わぬ成り行きをぽかんとして見つめるレンを指差し、ついで


「私のふたりがいますがね」


 とあっさり言い切った。


「なっ!? 何言ってんの、あんたはライバル店のエリアマネージャーでしょうがっ!?」


「そうですね。でも、先ほども言いましたように約束は大事です。もしあなたが私に今の職を辞し、ぱらいそに移るよう命じれば従わなければなりません」


「はぁ!?」


 こいつ何を言い出すんだとばかりに美織が目を大きく見開いた。


「店長! やりましたよ! これなら店長が学校に行っている間も買取キャンペーンが出来ますっ!」


 対して司は「すごい!」とばかりに黛の提案に大喜びして、美織にすぐ承諾するよう促す。


「い、イヤよ! つかさ、あんたは知らないのよ、カオルの本当の怖さを!」


「ふーん、そうかぁ、美織ちゃんは黛さんが怖いんやぁ。そやったらなおさらぱらいそに来てもらわなあかんなぁ」


 いつの間に来たのか、久乃たちもカウンターから出てきてニヤニヤと美織の反応を楽しんでいる。


「あっはっは! レンちゃん、ついに我々はワガママっ子・美織ちゃんに対する秘密兵器を手に入れましたぞ」


「ああ、これで美織のワガママに悩まされることは少なくなるな」


 喜ばしいことです、と葵とレンが朗らかに笑った。


「あ、あ、あんたたちねぇ……」


 ギリギリギリと歯軋りをしながら美織はみんなを見渡す。


「んー、なっちゃんは美織ちゃんの気持ちは分かるけどなー」


 と、そこへ奈保が思わぬ見解を述べた。


「な、奈保! あんただけは私の味方だとずっと信じ」


「でもねー、黛さんがぱらいそに来てくれたら、向こうは大打撃だし、こっちは戦力大幅アップだしー、なっちゃんはいいと思うなぁ」


「…………」


 まさかの奈保の正論に、美織の目が点になった。

 美織だけでない、司たちも、九尾たちも同じだった。


「……分かったわよ」


 奈保の言葉がダメ押しとなった。


 美織が嫌々ながらも、黛と相対する。と、


「でも、後であんた達も絶対後悔するからね? その時に文句言われても私、知らないわよ!」


 くるりと反転して、背後で整列するぱらいそスタッフたちに吠える。


「美織、いい加減にしてくれませんかね。こう見えて先ほどからのあなたの言動に、私も心を痛めているので」


「嘘ばっか。こんなんでショックを受けるようなタマじゃないでしょ、あんた」


 ハァと溜息をつくと、美織は再び正面に向き直る。


 髪の毛を短く揃え、細長い眼鏡をかけ、まるでインテリヤクザにしか見えない。

 でもその実、ヤクザよりもよっぽど性質の悪い(と美織が勝手に思っているだけで、正確には何事にも正論を貫く黛と単に相性が悪いだけである)人物がそこに立っていた。


「言っておくけど、店長は私。あんたは私の部下だかんね」


「ええ、分かってますよ」


「私はお店をお客さんも、店員も、みんなが楽しめるお店にしたいの。その目的の為にはあんたの正論も私は無視することもあるわよ?」


「ふふふ、それは慣れているのでご安心を」


「……どういうこと?」


「もう随分昔のことです。貴方のお祖父さんもそうでした。私がこうした方が儲かると言っているのに、それよりもこっちの方がみんな楽しいじゃろって言って頑として聞き入れなかった……」


 黛がふっと遠くを見るように目を細めた。


「私も若かったですからね、あなたのお祖父さんを尊敬はしていましたが、そういう考えはどうにも理解出来ませんでした。が、貴方がぱらいそを継ぎ、かつて以上の賑やかさを見せる店内を見て、なんとなくですが、理解ってきました。なるほど、貴方のお祖父さんの言うことは正しかった、と」


「……カオル」


 美織が一瞬驚いたような顔をするも、すぐにニヤっと口元を楽しそうに歪める。


「そうよ! お祖父ちゃんの言うことは正しい! そしてその孫である私の言うことも正しいんだから! 私の目的はみんなが楽しめるお店! カオル、あんたも絶対に楽しませてあげるから覚悟しておきなさい」


「それは楽しみですね。期待してますよ、美織」


 美織と黛が固く握手を交わすと、店内に歓声が鳴り響いた。


 これからもぱらいそがゲーマーにとって天国であり続けることを確信する九尾も。


 大変だったが、最後は予想外なハッピーエンドにそれまでの苦労が全て報われた司たちも。


 かつてのライバルであった黛の登場に驚き、戸惑った美織も。


 そして常にクールで感情を見せない黛だって。


 みんな、笑っていた。


「さて、となると、まずはカオルの制服を考えなくちゃね。ふっふっふっ、そうね、ここはギャップを狙ってすんごくゴスロリちっくな」


「拒否します。私はスーツでお願いします」


「ちょっとお!? あんた、さっきの今でいきなり歯向かうつもり?」


「他の皆さんは知りませんが、私には破廉恥なメイド服を着る趣味はありませんし、なにより私が楽しくないのですが?」


「破廉恥って……あたしたちだって好きでこんなえっちい服なんか着てないよっ!」


「そうなのですか? 私はてっきり葵さんはそういう趣味があるのかと思ってましたが」


「どういう趣味だよっ!?」


「申しにくいのですが、パンツを穿いてない衣装で異性の気を引く趣味、ではないのか、と?」


「穿いてるし! てか、人をそんな痴女みたいに言うなぁ!」


 ほら、と以前の失敗に学ぶことなく、自らチャイナドレス風のスカートをあげて、ちゃんと穿いていることを証明してみせる葵。

 どこからどう見ても痴女です、ありがとうございます。


 わああああああと葵の悲鳴が響く中、司は微笑みながら、誰よりも達成感を味わっていた。


 色々あった。

 大変だった。


 マスターから美織を進学させて欲しいと言われるも、これといっていい手が無く。

 黛と出会えたのは僥倖だったものの、その提案は本当に難易度が高くて。

 最後の走りながらの「射撃」だって、口では自信たっぷりに言ったものの、本当はずっと失敗したらどうしようと不安で仕方がなかった。


 そして美織の、まさかの約束反故。

 そこからの大逆転劇。


 まるで夢を見ているようだった。

 でも。


「これで約束が果たせますよ、マスター」


 司は感極まって呟く。

 その言葉は店内の喧騒にすぐにかき消され――




「うん? ちょっと、つかさ、そのマスターってのはお祖父ちゃんのこと?」


 たりはせず、美織の耳に届いた。


「え? あ、はい。そうです」


「約束って、一体何を約束したの、お祖父ちゃんと?」


 司は一瞬悩んだが、この大団円に加えて老人の状況も美織に教えておくべきだろうと真相を語り始める。




「……やられた」


 数分後、がっくりと床に両手両膝をつく美織を、司は驚いて見つめることになるのだった。

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