6-14:ぱらいそショーダウン・その5
空とは異なり、地上で放つファイアーブレスは首を左右に振るので広い攻撃範囲を誇っている。
その代わり攻撃終了後に身体の向きを変えることが出来ないので、絶対にターゲットを仕留めなくてはならない。
もっとも今回に関して言えば、ファイアーブレスを再度放てるようになった時点で美織が重戦士を倒すのはほぼ確定していた。
気にしなくてはいけない砲撃手の位置も、先ほど右喉もとに攻撃をくらったばかり。仮に今から前に回りこんでも、コアを「狙撃」するには時間が足りない。
それでも司たちに勝機が残されているとすれば……。
「うわああああっ!」
司の気合の入った声と共に、重戦士が一か八かの特攻をかけてきた。
地獄の業火に炙られて重戦士の体力が減っていく。
「行けっ! 行けぇぇぇ!」
それでも重戦士の足は止まらない。速度は遅いながらも着実にギガンディレスとの距離を縮めていく。
「つかさちゃんの気迫、スゲェ」
「てか、思ったよりも体力の減りが遅くないか?」
「スゲェ、付与能力や最高装備だけじゃなく、この日の為に耐火能力も極限まで鍛え上げてきたんだ!」
予想を覆すつかさの善戦に、もしかしたらと、場の雰囲気が変わり始める。
「つかさちゃん、行けえええ!」
「行ける行ける! 最後まで諦めるなぁー!」
ギャラリーの後押しを受けて、重戦士が走りながら大剣を目の上で刺突の構えを取る。
体力はもう残りわずか。
しかしギガンディレスとの距離もほとんどない。
体力が尽きるのが先か。
コアに大剣を突き立てるのが先か。
誰もが息を飲んでその瞬間を見守る中、
「……無駄よ、つかさ」
ただひとり、美織だけは冷めた目で携帯機の画面を見つめていた。
「あんたが耐火能力を鍛えているのは当然予想してた。だからいつもよりも大きく距離を取った」
美織が静かに語る。
「私は全てお見通しなんだから」
ギガンディレスの口からファイアーブレスの息吹が止まる。
目の前で重戦士が腕を伸ばして大剣を突き出していた。
剣先とギガンディレスのコアとの距離、ほんのわずか。
あと一秒。
あと体力ゲージが数ドット分あれば、届いたはずの距離。
その距離を残して、重戦士はこと切れていた。
がちゃん。
重い金属の音を響かせて、重戦士が地面に倒れる。
同時に重戦士のリタイアをアナウンスする文字がディスプレイに映しだされた。
「あー」
届かなかった勝利に誰かが溜息をつく。
本当にあともう少しだった。
一時は本当に店長に勝つんじゃないかと誰もが思った。
「惜しかったな」
「ああ、奇跡が起きるかと思ったんだけどな」
「でも、つかさちゃんはよくやったよ」
自然と誰からかともなく重戦士の健闘を讃える拍手が起きる。
「……つかさ」
砲撃手が残っているにも関わらず、美織はちらりと横を向いた。
司はどんな表情だろう?
悔しがっているだろうか。
後悔を滲ませているだろうか。
もしかしたら泣いているかもしれない。
もし本当に心から後悔している様子なら、今回限り許してやっても……。
「……え?」
しかし次の瞬間、美織は唖然とさせられた。
敗北した司は。
リタイアしたはずの司は。
未だ真剣な表情で手元の携帯機を眺めていたのだ!
そしてその代わり。
「ふー。残念ですが、私はここまでです。つかさ君、後は任せましたよ」
美織から見て司の向こうに立つ黛が、ふぅと一息ついて手にした携帯機をテーブルに置いた。
その画面に映し出されるのは、地面にひれ伏す重戦士。
先ほど美織が倒した、あの重戦士だった。
「ちょっ!? あんたが重戦士を操ってたって言うの?」
「ええ。まぁ、ここまで重戦士を鍛えてくれたのはつかさ君たちですがね」
「なんでそんなことを!? 意味ないでしょ!?」
「意味ならありますよ。事実、あなたは重戦士がつかさ君だと思い、裏切り者の彼女を倒すのに固執した。おかげで砲撃手への警戒が薄くなりました」
「砲撃手の警戒って、一体何を警戒しろって……」
美織がはっとして手元の携帯機のディスプレイを凝視する。
ブレス後のコアを曝け出したギガンディレスに向かって、砲撃手がまさに正面へ回り込もうと走っているところだった。
「なんだ、もしかしたらもう正面にいるのかと思ったら、まだ走っているところじゃないの!?」
何かしらの能力で、例えば重戦士が空中浮遊による超移動を可能にしたように、砲撃手もまた一瞬にして標的の正面に移動したのかと思った。
それならば確かにマズい。
ギガンディレスは今、弱点であるコアをむき出しにしている。
ここを「狙撃」で正確に撃ち抜かれたら討伐される危険性がある。
「今からじゃ『狙撃』なんて間に合わないわよ。やっぱりあんた達に勝ち目なんかもう無いじゃない」
「そうでしょうか」
「そうでしょうかって……あんた、私をバカに」
「『狙撃』じゃ確かに間に合わないです、店長」
黛に食ってかかる美織に、司が依然として携帯機をじっと見つめながら割って入った。
「『狙撃』じゃないって、だったら、まさか……」
「そう、そのまさかです」
ついに司の操る砲撃手がコアをむき出しにしているギガンディレスの正面に回りこむ。
距離はかなりある。
「狙撃」でも狙うのが厳しいほどだ。
が、司は躊躇することなく、走りながら構える銃で「射撃」を放った。
「なっ!? あんた、バカなの? あんな遠いところから『射撃』でコアを正確に狙えるわけが……」
いや待てと美織は記憶を掘り起こす。
この戦いが始まった直後、美織のギガンディレスは右肩と右首に砲撃手の攻撃を浴びた。
さらに最初のファイアーブレス後も、やはり何度も首もとに砲撃手の攻撃を喰らった。
最初の右肩はともかく、首元はコアの近くということもあって多少ダメージを受ける箇所だ。ただし、その当り判定の範囲は狭い。
ゆえに正確性に欠く「射撃」ではなく、狙い撃ち出来る「狙撃」だと思った。
だけど、実際にその姿を見てはいない。あくまで推測。常識で「きっとそうなんだろう」と勝手に思い込んだだけにすぎない。
でも、本当はずっと「射撃」されていたのだとしたら……。
しかも常に走りながらの「射撃」だったとしたら……。
「ありがとうございます、黛さん。ずっとひとりで戦ってくれたおかげで『射撃』の調整が出来ました」
「では、期待してよろしいですね?」
「ええ。絶対に撃ち抜きます」
司と黛がお互いに顔を合わせる。
表情に乏しい黛の頬がかすかに綻び、司に至っては困難を成し遂げた達成感を満面の笑みに滲ませていた。
「そ、そんな、上手く行くはずが!」
美織は再度慌ててディスプレイに視線を落す。
あの距離から「射撃」でコアを打ち抜く?
そんなバカな話ってあるか?
だけど全てを明らかにされた今、司たちが最初からコレを狙っていたのが分かった。
なんせ重戦士が司、砲撃手が黛と美織に信じ込ませる為に、ふたりは会話までそのように偽装までしていた。
すべては美織の意識を、司が操っていると思い込ませた重戦士に向けさせる為。
砲撃手が援護射撃として放つ「射撃」が、ここ一番に放つ必殺の一撃への調整であることを隠す為に……。
ならば……
キシュンンンンーーーーーーッ!
司の砲撃手が放つ一発の銃弾が寸分の狂いもなく、正確にギガンディレスのコアを打ち抜いた。
しばしの静寂。
次いで戦場に響くはコアに入った亀裂が広がっていくピシピシという音。
そしてギガンディレスの巨体がしだいに傾いていく……。
「おおおおおおおおっっっっーーー!!!」
信じられない物を見たギャラリーたちの声が店内に地鳴りのように鳴り響いた。
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