6-13:ぱらいそショーダウン・その4

「さて、ここからはお仕置きタイムね。覚悟しなさいよ、つかさ」


 美織の声は笑っていた。


 が、表情はどこか感情が乏しいものだった。


 司たちの目論見を暴き、主戦力の重戦士は半死状態。

 砲撃手に至っては体力もそうだが、身を隠す森も焼き払われ、もはや死んだも同然だ。


 美織のギガンディレスも重戦士の一撃で体力が四分の一ほど減らされたものの、司たちと違って作戦そのものが破綻したわけではない。

 これまで通り、圧倒的な暴力で殲滅すればいいだけの話だ。


「さぁ、始めますか」


 ごうっと大気を震わせて、ギガンディレスがファイアーボールを重戦士目掛けて放った。


 蹂躙の始まりだ。




「さぁさぁ、どうするの? どうするつもりなの、つかさ?」


 ギガンディレスの容赦ない攻撃が次から次へと重戦士に襲い掛かる。


 一撃でもまともに喰らったら終わる状況に、なんとか重戦士は辛うじて躱し続けるも、反撃に転じる余裕はまるでない。


 砲撃手が状況を打破しようと撃ってくるも、もはや無駄な抵抗以外のなにものでもなかった。

 正確にギガンディレスの首もとに被弾することから「狙撃」をしているようだが、それでもコアを直接攻撃でもしない限り、もはや脅威にはなりえないだろう。

 そして砲撃手が身を潜めて真正面から「狙撃」出来る様な森はもう存在しない。

 

 ならば。


「さぁさぁさぁ! 何をぐずぐずしてるの? そんなヒマはないはずよっ、つかさ!」


 ギガンディレスが重戦士をどんどん押し込む。

 攻撃は躱され、防がれるが、それも計算のうちだ。

 それよりも今は押して押して押しまくる。そうすればやがて見えてくるはずだ。勝利を約束するアレが!


「つかさちゃん、やばいぞ。押されまくってる」


「このままじゃマズい。なんとかしないと」


 美織の意図を察したギャラリーの心配する声が司にも聞こえてきた。


 もちろん司にも美織の企みは分かっている。

 しかし、今はただ耐えるしかなかった。

 この逆境からなんとか一矢報おうと隙を伺うも、さすがは美織だ。ラッシュで押しまくるも、決して隙を見せるようなヘマはしない。


 そうこうしているうちに時間はどんどん過ぎていく。



 そしてついにその時を迎えた!



「……くっ!」


 ギガンディレスの巨体が一瞬光る様に、司がたまらず唾を飲み込む。


 ギガンディレスに力が戻った。

 そう、再び地獄の業火を放ち、対戦を終わらせる決定的な力が。


「……終わったな」


「ああ」


「つかさちゃんも頑張ったけど、やっぱり店長には勝てなかったか……」


 ギャラリーたちから戦いの熱が冷めていくのが司たちにも分かった。。


「終わったって……まだ店長のギガンディレスがファイアーブレスを放てるようになっただけだろ?」


「分かってないなぁ、重戦士はもう体力を半分以上削られてるんだぞ? この状況ではファイアーブレスに耐えられない」


「空中浮遊の超スピードで逃げようにも、もう使えないしな」


「だけどブレス後に隙があるだろ。つかさちゃんの重戦士はともかく、砲撃手にワンチャンあるんじゃないの?」


「まぁ、ちゃんと息を潜めてコアへの一撃必殺を狙っているのならなぁ。でも見てみろよ」


 九尾が美織の画面を映し出すモニターを指差す。

 重戦士と対峙するギガンディレスの首もとに、カツン、カツンと何かが当たるエフェクトが弾け跳んでいた。


「しっかり首元に『狙撃』してるけど、あんな調子で攻撃してたらどこにいるか丸分かりじゃねぇか。だったら店長はファイアーブレス後にそっちへ向かないようにすればいいだけだろ」


 呆れた口調で話す九尾の言うことは正しい。


 そもそも砲撃手がファイアーブレス後の「狙撃」を狙うために攻撃を潜めようにも、肝心の身を隠す場所がなくては成功はありえないのだ。


 砲撃手もそれは分かっているのだろう。

 だからこそコアへの一撃必殺という夢を捨て、少しでもダメージを与えるべく先ほどから攻撃している。

 この状況下ではもっとも適した行動だが、無駄な努力なのは誰の目から見ても明らかだった。




 長かった戦いが終わる。


 同時にそれはある決断を美織が下さなけばならない瞬間でもあった。


「……つかさ、この戦いが終わったら、分かっているわよね?」


「…………」


「私、いくらあんただからって笑って許せるほど心は広くないわよ」


「…………」


 司は何も答えず、ただじっと自分の手元にある携帯機ゲームの画面を見つめていた。


 その反応に、美織は心のどこかでひどく落ち込んでいる自分がいるのを感じる。


 もし仮に司が許しを乞うてきたら、どうしただろうか?


 今さら遅いと嘲り笑って掃き捨てたかもしれないし、もしかしたらしょうがないわねと自分のポリシーを曲げて謝罪を受け入れたかもしれない。


(謝罪を受け入れる? 敵に肩入れして反逆してきたヤツに? この私が?)


 自分の想像なのに、美織は驚きを禁じえない。


 改めて自分の中で司という存在がそれほどまでに大きくなっていたことに気付く。


 最初は取るに足りない存在だった。

 同情はしたものの、ライバル店へのチラシ配りが司に出来る唯一の、そしてぱらいそでの最後の仕事だと思っていた。


 まぁ、その情熱は認めよう。

 だけどぱらいそはメイドゲームショップへと生まれ変わったのだ。幾ら情熱があろうとも、こればかりはどうしようもない。


 それをまさかの女装化で乗り切ってきた時は驚いた。

 呆れもした。

 加えてこれはバレたらとんでもないことになるぞと、とんだ厄介者をしょいこんでしまった事実に頭を悩ませもした。


 だけど、同時に「こいつ、ホンモノだ」と嬉しくもなったのだ。


 潰れかけのぱらいそを、滅びつつあるゲームショップを、本気で何とかしたいんだという司の熱意に美織はどれだけ勇気付けられたか。


 だからその存在に困りつつも同時に美織は司を応援し続け、望まぬ女装をしていてもぱらいそでの業務を楽しんで欲しいと知恵を絞った。


 それなのに……。




「少し気が早すぎるのではありませんか?」


 黛の冷静な声に、美織ははっと意識を現に戻す。


「まだ勝負はついてませんよ?」


 この状況下でまだそんなことを言う黛を、美織は鬱陶しく感じた。


 結局、こいつは何だったんだ?


 偉そうに「負けたら何でも言うことを聞く」と条件を出しておいて、何も出来ないでいるじゃないか。


 そりゃあ作戦は見事だった。

 おそらく砲撃手を狙ってブレスを放った隙を、重戦士の空中浮遊で接近して討つのはコイツの立案だろう。

 自分じゃなかったら討ち取られていたかもしれない。


 が、その作戦すらもあっさり見破られ、砲撃手としての腕前も悪くはないが、重戦士と比べたら遥かに見劣りする。

 

(こんなヤツ、全然大したことない! なのにそんなヤツの口車に乗せられて、司がぱらいそを辞めることになるなんて……。許せない!)


 許せるわけがなかった。

 負けたらコイツは何でもこちらの言うことを聞くと言った。


(上等じゃない。相応の報いを受けてもらうわよっ!)


 対戦中にも関わらず、美織は黛を睨みつける。

 それでも黛は何ら動じることなく、


「つかさ君、ここが正念場です」


 いつものように冷静に、


「あなたがこの戦いにどれだけ努力してきたか、私は知っています。今こそその全てを彼女にぶつけなさい」


 そうすればこの戦い、私たちの勝ちです、と司への信頼とエールを口にした。


「勝つ!? この状況で!? そんなの無理に決まってるじゃないッ!」


 黛の言葉に美織は呆れを通り越し、純度百パーセントの怒りでもって咆哮する。


 そしてついに終わりの始まりを告げる命令を天空の覇者に下す。

 ギガンディレスの顎に火花が舞い散り始めた……。


「もういいっ! こんなくだらない戦い、今すぐ終わらせてやるわっ!」


 かくしてギガンディレスの地獄の釜が再度開かれた。




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