6-12:ぱらいそショーダウン・その3
「おおおおおっ!」
森から逃げ出してきた砲撃手の姿に、戸惑いのどよめきが歓声に変わる。
「砲撃手があそこに潜んでいると察知したのか!?」
「でも、砲撃手も頻繁に場所を変えて攻撃してたろ!? なんで分かったんだ?」
レーダー機能のない『モンハン』では敵を視界に捉えないと、どこにいるのか察知出来ない。
それでも被弾した位置から、おおよその方向は分かる。
だから砲撃手は美織に悟られぬよう、場所を変えて遠距離から攻撃を繰り出していた。
「しかも最後に砲撃手が攻撃したのは、被弾位置からしてあの森からじゃないだろうし……」
勉強では暗記が苦手なくせに、何故かゲームに関しては記憶力がいい九尾が、これまでの戦いを頭の中でリピートさせる。
ギガンディレスと重戦士の戦いにばかり注目が集まっていたが、砲撃手も懸命に自分の仕事を遂行していた。
身を隠す障害物が少ない為、真正面からのギガンディレスの弱点である喉もとへの攻撃を諦め、主に背後から翼の付け根やしっぽなどに攻撃を集中させていた砲撃手。
狙いは討伐よりも部分破壊による敵戦力の低下であろう。
そして砲撃手がギガンディレスのブレスを食らう直前に攻撃したのは、方角的に森から少し右に外れる場所。
確かに森に近いが、だからと言ってそこに必ず隠れるとは限らない。
なのにどうしてそこに居ると美織は確信できたのだろうか?
「あ、もしかして……」
九尾はさらにバトルのこれまでを詳細に思い出していく。
すると重戦士の動きにある法則を見つけた。
ギガンディレスの攻撃を懸命に躱していた重戦士だが、その回避行動は常に相手に向かって右側。
自然、ギガンディレスもそちらの方向へ少しずつ向きを変えていくことになる。
これにあわせて砲撃手も位置を変えていたら?
常に右側へ動く重戦士を追って、ギガンディレスが左に向きを変える。するとその背後を狙う砲撃手は自然と右側へ。
そして最後に砲撃手が攻撃した場所から右にあったのは……そう、今や無惨にもファイアーブレスで焼き尽くされた森だ。
「そうか、だから砲撃手が森にいるって分かったのか」
目の前の重戦士と戦いながら遠くから攻撃してくる砲撃手の位置方向も常に把握していないと出来ない芸当に、九尾は舌を巻いた。
(ホント、スゴい……)
美織の観察眼に九尾が感嘆していた頃、司もまたその鋭さに尊敬にも似た感動を覚えていた。
九尾の推測どおり、司たちは重戦士の動きに連動して砲撃手が常にギガンディレスの背後を取るようにしていた。
ちなみに砲撃手には二種類の攻撃方法がある。
移動しながら攻撃できる普通の「射撃」と、立ち止まってスコープを覗きながら精密な射撃が出来る「狙撃」だ。
ザコキャラ程度であれば「射撃」でも問題ない。
が、部分破壊や弱点への精密攻撃が求められるボスキャラや対戦では「狙撃」がセオリーである。
しかし平原に立ち、身を晒しながらでは幾ら背後からでも敵に見つかる危険性がある。
だから照準を合わせる余裕もなく、事実、ここまで砲撃手は「射撃」しか使っていなかった。
だが、身を隠すことの出来る森ならば話は別だ。
見つかる危険性がぐっと減り、落ち着いて「狙撃」することが出来る。
狙いは部分破壊、などではない。
それまで部分破壊狙いだったのは、ひとえに敵の背後から狙撃せざるを得なかったからだ。
しかし正面から狙えるのであれば、目標はただひとつ。
敵の弱点である喉もと……しかもファイアーブレスを放出した直後に現れる、ギガンディレスの喉奥にあるコアへの一点集中だ。
美織が空中でファイアーブレスをお見舞いした後、隙を隠す為に方向転換して着地するのを司たちも知っている。
その方向は様々だが、一番安全なのは相手に背を向けた状態になる。
一見無防備に見えるが、中途半端に横を向いた状態だと、相手の移動速度によってはコアの解放時間内に前へ回りこまれる可能性もある。
そうなれば大ダメージは必至、最悪討伐されてしまうこともあるだろう。
加えてこの戦い、ここまでのやりとりで美織は重戦士の異様な移動速度に気付いているはずだ。
ならば絶対ファイアーブレスの後は回りこまれないよう、背後を向けて地面に着地するに違いない。
遥か向こう、砲撃手が潜む森に口を開けて……。
だから実際に砲撃手が森に辿り着き、しばらくしてギガンディレスが天高く舞い上がった時、司の心臓は強くドクンと波打った。
ついにこの時が来た。
勝敗を分ける一瞬にコントローラを持つ手が思わず震える。
が、ギガンディレスはその場でファイアーブレスを放たず、後方遠くの森へと猛スピードで飛行した。
そこは砲撃手が潜んでいる森。砲撃手からすればお誂えむきにギガンディレスと向き合う形であるが、その口は堅く閉じられ、弱点のコアはまるで見えない。
これでは攻撃しても意味がない。
仕方なくじっと木々に紛れて身を隠す砲撃手が見たもの……それは俄かに高まる熱気でギガンディレスの口もとの大気が揺らいだかと思えば、突如として放たれる地獄の業火であった。
この事態に司はただただ感嘆する。
店長はやっぱりスゴい。
こちらの作戦をここまで完全に読んでくるとは。
そして……。
これらを全部予測していた黛は、もっとスゴい、と。
「いやー、やっぱりファイアーブレスってサイコー!」
一瞬にして火の海と化した森を前に、美織はそれまでの溜飲を下げるが如く晴れやかな声をあげた。
ファイアーブレスの魅力は圧倒的な攻撃力……もあるが、美織はなによりその開放感だと思っている。
先述の通り、ファイアーブレスは考えなしに放つものではない。状況をよく考え、一番効果的で、かつ一番安全だと思われる場面で使わなければならない。
どこでどう使うか、いつも頭を悩ませる。
それだけにいざその時を迎えた時の開放感たるや、例えるならお風呂上りの冷えたラムネ、テスト期間が終わった後のショッピング……溜めに溜めたテンションを解き放った最強の一撃だ。
「さて、そんな状態で反撃なんて出来ないでしょうけど」
念の為にねと、かろうじて生き残った砲撃手がまともに狙いも定められず、ヤケで放った一発が悲劇を生むのを防ぐ為に、美織は着地体勢に入ったギガンディレスの向きを変える。
ハンターたちの位置関係から考えて、ここは砲撃手に背を向ける一択だろう。
なんせ重戦士はその名の通りの重装備。とてもこの短期間でギガンディレスに追いつき、攻撃出来る移動力はない。
と、その場にいる多くの者が思ったその時だ。
ガチィィィィィィィ!
ギガンディレスの喉もとに何かがぶつかって、激しい火花が散った。
「なっ!?」
思わぬ事態に誰かが驚きの声をあげる。
「な、なんで!?」
ギャラリーたちも驚かずにはいられない。
「なんでそこに重戦士が突っ込んで来れるんだぁぁぁぁぁ!?」
ファイアーブレス後の隙に必殺の一撃を打ち込んできたのは、本来なら遥か彼方に置き去りにされたはずの重戦士だった。
距離にして五百メートルは離されていたのに一体どうやって……。
「ふっ、やっぱりね」
しかし、この事態に美織が不敵に笑う。
まるであんた達のやることなんて全部お見通しよと言わんばかりに。
その証拠として普通ならギガンディレスを砲撃手に背を向ける体勢で着地すべきところを、しっかり半回転だけさせて。
「つかさ、あんたもギガンディレスを育て上げたのね!?」
そしてずっと感じていた重戦士の動きの違和感、はるか遠くからの急襲を可能にした理由を美織は声高に解いてみせる。
天空の覇者・ギガンディレスがハンターに付与する特殊能力、それは空中浮遊。
発動時間が限られているとは言え、空中に浮かんだハンターは装備の重さなどを無視し、本来ならありえない移動力を発揮することが出来る。
重戦士がファーストコンタクトで見せた一瞬のゆらぎ、アレはその特殊能力発動の合図だった。
どこかで経験したことがあると思えばなんてことはない。美織自身、ギガンディレスを育て上げた際に、その付与能力はなんだろうと自分で確かめたことがあったのだった。
「そんな……そこまで読まれていたなんて!」
仕留めたと思った一撃を防がれた驚き、全てを読まれていたという絶望……司の声に明らかな動揺が走る。
その隙を美織は決して見逃さなかった。
ファイアーブレス放出後の硬直が解けるや否や、ギガンディレスが重戦士目掛けて左腕を振るう。
重戦士の反応が一瞬だけ遅れた。
「特殊能力を発動させる? 出来ないでしょ、もう」
美織がせせら笑う。
ギガンディレスが付与する特殊能力・空中浮遊は強力だが、対戦中に発動できる時間はかなり限られている。
一瞬の回避に使うのならばともかく、五百メートルばかり離れた敵との距離を縮めるのに使ってはもはやガス欠状態。この対戦中にこれ以上の発動は不可能だろう。
美織はそんなところまで読んでいた。
ドゥゥゥゥゥンッッッ!
次の瞬間、鈍い音を立ててギガンディレスの左腕が重戦士を吹き飛ばした。
まるで糸が切れた操り人形のように無防備な体勢で重戦士は地面を何度も転がる。
重戦士の体力がその一撃だけで半分以上削り取られた。
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