6-11:ぱらいそショーダウン・その2

「うおおおおおおっっっ!」


 いきなりの熱い攻防にギャラリーたちも沸く。

 正直なところ、誰もつかさちゃんの善戦には期待していなかった。

 ところがいざ蓋を開けてみれば、つかさちゃんは最高装備を身に纏った重戦士を使っているわ、今もあわや巨竜討伐の大チャンスを演出してみせるわで予想をいい意味で大きく裏切った。


 もしかしたらつかさちゃんが店長に勝つんじゃないか……そんな雰囲気が俄かに立ちのぼる。

 ただ。


(今の動きは一体……)


 その中にあって、美織は冷静にファーストコンタクトで得た情報の分析にかかっていた。


 まず自分のミスを疑う。

 風圧で身動きを封じるには距離が遠すぎたのではないか。

 或いはファイアーボールを放つのが遅かったか。


 否。

 どちらもこちらに問題はなかった。

 距離は遠からず近すぎず、ファイアーボールも最速で放った。


 それでも躱されたということは、すなわち重戦士の能力と司の実力が原因と考えられる。


 重戦士とはその名の通り、重装備に身を固めた戦士だ。強固な防御力、ハンター側の中ではピカイチの攻撃力を誇る代わりに、スピードは遅い。


 それでも鋭い勘と正確な操作で、あの一連の攻撃を躱す手練れがいないわけでもない。

 司が重戦士の装備を最高レベルにまで鍛えていることから、それらのツワモノと同様の実力にまで登りつめている可能性は十分にある。


 また、モンスターとハンターの両キャラクターを一体ずつ育てることが出来る『モンハン』では、育成するモンスターの進化段階によってハンター側に特殊能力が付加されるシステムになっている。


 ファイアーボールが当たる瞬間に見たゆらぎ……アレはきっとその付加能力だろう。

 これまで多くの敵とバトルしてきた美織だが、見たことがない能力だった。

 が、同時に以前にどこかで経験したことがあるような気もする。


 見た事はないが経験はある……変な感じだ。




「……やってくれるじゃない」


 分析を終えた美織の口から思わずそんな言葉が零れた。

 口惜しいが、司には驚かされてばかりだ。


 あれだけ可愛がってやっていたのに裏切られ。

 いつの間にか重戦士の最高峰装備を整え。

 そして今は何やら不思議な力で攻撃を回避された。


 他にもまだ何か隠しているのだろうか――ここは慎重に様子を見るべき、なのだが。


「あんたがどれだけやれるか、テストしてあげるわっ!」


 美織の操るギガンディレスが右腕を振るって重戦士を振り払うと、主人ともども咆哮を上げた。

 

 敵が手の内を見せるのを待つなんてまどろこしいことはしない!

 ただ、こちらが暴いてしまえばいい!


 この戦いを支配するのは自分なんだとばかりに、美織はギガンディレスが誇る圧倒的な暴力でもって重戦士を蹂躙しにかかった。




 竜族の究極進化形・ギガンディレス。


 その右腕は身体の中でもっとも硬く、敵の攻撃をすべて受け止める。


 対して左腕は鋭い爪がハンターを貫かんと猛威を振るう。

 左腕の一撃でハンターを仕留めることもあるが、ギガンディレスにとってはこれでも牽制技なのだから恐ろしい。


 死角から攻撃しようと背後に回るハンターにはムチのようにしなやかさを持ちながら、当たれば敵を軽く吹き飛ばすドラゴンズテイルが待ち受ける。


 さらには先のような滑空からの体当たりや、ハンターの動きを封じ込める大翼のはばたき、隙が少なく連射も効く主力技のファイアーボールといった攻撃も持ち合わせているが、一番脅威なのは広範囲を火の海と化してしまうファイアーブレスだ。


 正直なところ、ギガンディレスはこのファイアーブレスを適切に出していれば大抵のハンターを屠ることが出来る強力なモンスターである。

 ファイアーボールと違って範囲が広いから、ハンターは回避すら困難だ。


 が、同時にむやみやたらと使うわけにもいかない理由もある。


 まずは連続使用が効かない。一度ファイアーブレスを放出してしまうと、次に使えるようになるまで時間を要する。ここぞという時に使う為に温存するのが懸命だ。


 そして、こちらこそが問題点の本命だが、放出後に致命的な隙が出来てしまう。


 驚異的な体力と防御力を誇るギガンディレスだが、もちろん弱点はある。

 喉、正確にはその奥に弱点であるコアが隠されている。


 先ほど重戦士がギガンディレスの喉もとを刎ねるのではなく、突き刺しに行ったのはこのためだ。

 大剣の先端に力を集中させて、喉奥のコアへのダメージを狙ったのである。


 いかなギガンディレスと言えども、このコアをまともに攻撃されてはたまらない。

 ましてやファイアーブレスを放った後は、開いた口からコアがしばらく丸見えになってしまう。

 ファイアーブレスでハンターを倒せば問題ないが、もし外したり、或いは仕留めそこなった場合、相手の位置によっては逆に討伐される危険性が一気に高まるのだ。


 だからファイアーブレスは使いどころをよく考える必要があり、美織が次々と司の重戦士に攻撃を仕掛けながらも、最終兵器を温存しているのはその為だと誰もが思っていた。



「あー、さっきからちょこまか逃げて、うざいわねぇもう!」


 いつその時が来るのかと皆が注目する中、攻撃を躱され続ける美織がついにキレた。

 翼を翻してギガンディレスが天高くへと舞い上がると、ファイアーブレスをお見舞いすべく牙の間から焔が吹き零れ始める。


「ん? なんで空からなんだ?」


「あれでファイアーブレス後の隙をカバーするんだ。店長がよくやるテクだよ」


 ギャラリーたちが小さな声で話すように、空中で放つファイアーブレスは地上で放つ時と比べて範囲は犠牲になるものの、放出後に地上へ降りる時間を利用して身体の向きを変えられる利点がある。


 弱点を無防備に晒したまま生き残ったハンターと真正面に向き合っては危険極まりないが、相手に対して横、もしくは後ろ向きであれば、頑丈な喉もとの鱗がコアへの直接攻撃をガードしてくれるのだ。


 いまだギガンディレスを育て上げたプレイヤーは全国でも少なくなく、本来ならこういったテクニックを知る者は多くない。

 だが、ぱらいその常連たちは美織との『モンハン』バトルで彼女が幾度となくそうしていることを見たことがある。


「逃げろ、つかさちゃん!」と、誰からともなく声が上がった。


「えっ!?」


 しかし、ここで美織は予想外な行動に出た。

 空へ上がったギガンディレスが重戦士に背を向けて、あらぬ方向へと飛び去ったのだ。




「なんだ、どこへ行くつもりだ?」


「逃げたのか?」


 逃げると言ってもバトルはどちらかの陣営が全滅しない限り終了しない。

 しかも今回は地形の変化に乏しい、ほとんどが平原のフィールドだ。自分が有利な地形へと敵を誘い込む作戦でもない。


 一体何をやっているのかと皆が訝しむのをよそに、美織は重戦士から遥か離れた小さな森の近くまで飛行すると、しばし翼を羽ばたかせて待機する。


 森の木々がギガンディレスの翼が生み出した暴風に大きく揺らぐ。


 その中に他の木々とはかすかに異なる動きを見せる枝のしなりを、美織は見落とさなかった。


 ニヤリと笑う美織。


 見つけた獲物に向けて、ギガンディレスの顎を大きく開かせた。


「ええええっ!?」


 このバトル始まって最初のファイアーブレスにギャラリーたちがどよめく。


 ファイアーボールなんかとは比べ物にならない、炎がまるで滝の如く無尽蔵に吐き出されるファイアーブレスの放出は『モンハン』でもっとも衝撃的なシーンだ。


 その圧倒的な暴力は人々を畏怖させると同時に、強烈に惹きつける。

 破壊、破滅のカタルシスとでも言うのだろうか。屈強なハンターが一瞬のうちに焼き倒される様子に、改めてモンスターの恐ろしさとその魅力を再確認させられる。


 だが今、美織のギガンディレスが燃やし尽くしているのは、ハンターではなく森であった。


 てっきり重戦士目掛けてファイアーブレスをお見舞いするのかと思いきや、突然の敵前逃亡。さらに森へ向けて炎を吐き出す様子に、ギャラリーたちが戸惑いの声をあげるのは当然だろう。


 一体美織は何をしているのか。

 皆が不思議に思っているところへ……。


「まさか見つけられるとは……油断しました」


 今まさに焼き尽くされようとしている森の中から砲撃手が慌てて飛び出してきた。

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