6-10:ぱらいそショーダウン・その1

「おい、つかさちゃんが店長と『モンハン』バトルだってよ」


「マジかっ!? てか、つかさちゃん、『モンハン』やるんだ?」


「つかさちゃんの隣りにいる奴、誰だよ?」


「……それよりも雰囲気がおかしくねぇか? なんかピリピリしているっつーか」


 いつもなら注目されることを楽しむ美織だったが、今日に限ってはそんな気分にはなれなかった。

 集まってくるギャラリーたちを「ふん」と見回しながら、さっさと終わらせるわよとばかりに


「じゃあ『モンハン』のバトルでいいのね?」


 対戦の壇上に上ると、携帯機を手に取って今一度確かめた。


 司と黛は首を黙って縦に振る。


『モンスター×ハンター』、通称『モンハン』は世に多くある共闘ゲームのひとつである。

 が、他と一線を画すのが、このプレイヤー同士が戦うことの出来るバトル要素だ。


 モンスターを狩るハンターと迎え撃つモンスター……最大四対四で戦うことが出来るが、変則マッチにも対応している。

 今回はモンスター側の美織に対して、ハンター側の司と黛という一対二の対戦となった。


「それじゃあ始めるわよ」


 三人が手に取る携帯機の液晶モニターに加え、美織のものから繋がれている店内の大型モニターにバトルフィールドが映し出される。


『モンハン』のバトルモードによる戦場は、公平を期する為に一キロ四方程度のランダム成形だ。

 どのような地形になるかは完全な運任せなのだが……。


「ふふん、運が悪かったわね、あんたたち」


 美織がもはや勝ったも同然とばかりに鼻で笑う。


 美織の操る巨大竜・ギガンディレスの目の前には、平坦な荒野が広がっていた。


 レーダー機能がない『モンハン』において、敵の姿を視認出来るか出来ないかは勝敗を大きく左右する。

 その点においてゲーム中最大の大きさで、その身を隠すことが出来ないギガンディレスは不利だ。

 地形によっては自分の位置は相手にバレているのに、こちらはどこに敵が潜んでいるのかさっぱり分からないこともある。


 下手に動いては敵の仕掛けたワナにかかり、逆に動かずにいたら遠距離攻撃でちくちく体力を削られる。

 いざとなれば空中に舞い上がり、あてずっぽうでファイアーブレスを放つことも出来るが、強力な攻撃はその後の隙も大きい。

 むやみやたらと使っては、手痛い反撃を食らうのがオチだ。


 圧倒的な戦力を誇る巨体が故のハンデ……しかし、今回はそんな心配など必要なかった。

 さらに。


「ひとり、みーつけた」


 距離にして百メートル。荒野の一角に重戦士の姿を捕らえた。


 竜の鱗から作る、ごつごつとした突起のある鎧に身を包み、自分の背丈ほどもある大剣を構えている重戦士……美織の知る限り、司が重戦士を使っていたはずだ。


 が、もうひとりの姿を確認できない以上、これが司のキャラだと断定するのは早い。

 さて、もうひとりはどこに……。

 


 パン! パァン!


 

 突然乾いた音が戦場に鳴り響き、ギガンディレスの右肩と右首に一発ずつ被弾した。


「なるほど、もうひとりは砲撃手で来たのね。『狙撃』とはいえ、首元に当てるとはなかなかやるじゃないの」


 相変わらず姿は見えないが、受けた攻撃から敵のクラスが察知出来た。


 同時に司たちの作戦も見えてくる。

 遠距離から攻撃する砲撃手が美織の動きを牽制し、生まれた隙を重戦士が突くつもりだろう。


 悪くはない作戦だ。が、


「やっぱり運がないわ、あんたら」


 それも全ては砲撃手が身を潜める場所が豊富にあってこそ。

 今でこそまだその姿は視認できないものの、森や草むらは限られている。

 遠距離から攻撃されるのは厄介だが、ある程度の位置が掴めれば対処は容易く、致命的な攻撃を受ける確率は激減する。そうなれば攻撃力に劣る砲撃手など恐れるに値しない。


「このフィールドであれば重戦士ふたりの方がまだ厄介だったわね、ざーんねん!」


 先ほどから煽りまくる美織。

 状況はここまで彼女に有利なものとなっている。

 

 とは言え、実は言葉ほど余裕でもなかった。


 理由はただひとつ。

 目の前にいる重戦士の姿に、先ほどからどうしようもない苛立ちを感じているからだ。


 最初に重戦士の姿を捕らえた時、これは司ではなく、インテリヤクザのキャラだと自分に言い聞かせた。

 でも、もうひとりが砲撃手と判明した以上、もはや目の前の重戦士は司だと考えるのが妥当だろう。

 さらに。


「黛さん、店長の言うことに惑わされないで、変わらず狙撃をお願いします」


「分かりました」


 そんなふたりのやりとりが、お互いのキャラを決定付けた。


 決まりだ。

 目の前に立ち塞がる、最高ランクの装備を身に付けた重戦士。

 途方もない時間をかけて育て上げられたそれを、いつもの美織ならば「凄いじゃない! やるわねっ、司!」と褒め称えたことだろう。


 なのに今は出来ない。何故なら今や司は敵なのだから。


 しかも自分を倒す為に隠れて重戦士を育てていたと考えると、ますます心が苛立った。


「ふん、いつまで砲撃手だけに攻撃させるつもり? つかさ、あんたのその大袈裟な武装は見掛け倒しなのかしらっ!?」


 それでも美織は強がって司を挑発する。


 先ほどから砲撃手の放つ銃弾が何発もギガンディレスに被弾するも、その厚い装甲を打ち抜くには到底至っていない。

 当たり前だ。

 よほどの隙がない限り、攻撃力に劣る砲撃手にギガンディレス討伐は荷が重すぎる。

 司だってそれは分かっているだろう。


 それでも砲撃手が攻撃の手を緩めないのは、ひとえに重戦士への援護射撃のはずだ。

 なのに重戦士は動かず、じっと戦況を見守っている……。


「ああ、もう。そっちが来ないなら、こっちから行ってやるわ!」


 美織のギガンディレスがわずかに腰を沈め、巨石のようなゴツゴツとした脚で地面を力強く蹴ると、まるでそこだけ夜になったような漆黒の翼を広げて、巨体を宙へ浮かびあがらせた。


 そして地面すれすれに滑空し、重戦士めがけて突っ込んでいく。

 幾ら強固な装備で身を固めていても、このぶちかましをまともに喰らったら終わりだ。


 が。


 重戦士との衝突残り十数メートルというところで、美織はギガンディレスの突撃を急停止させた。


 広大な漆黒の翼がそれまでとは逆方向、重戦士側に向けて大きく羽ばたく。

 その風圧で吹き飛ばしこそ出来なかったものの、大剣を構えた重戦士をジリジリと押し戻し、身動きをしばし封じ込めることに成功した。


「チャンス!」


 どしんと大地を揺るがして地面に着地したギガンディレスが、間髪いれず鋭い牙が重なり合う獰猛な顎をかすかに開き、灼熱の炎弾を重戦士目掛けて吐き出した。


 ぶちかましはフェイク。

 当たれば相手へのダメージはでかいが、躱し際にカウンターを喰らうこともありえる。

 事実、重戦士は急接近するギガンディレスにひるむことなく、大剣を構えて待ち構えていた。


 それを予め予測し、緊急停止による風圧封じからファイアーボールという一連の攻撃……手ごたえはあった。


「え、ウソ!?」


 しかし、必中のはずのファイアーボールが躱された。

 ファイアーボールが重戦士に当たる直前、その姿が一瞬揺ぐ。

 すると重戦士に当たって爆発するはずだったファイアーボールがターゲットをすり抜け、はるか後方の地面に着弾して大きな穴を穿った。


「今のを回避したっ!? って、おおっと!」


 驚いているヒマなんてない。

 予想外の反応でファイアーボールを避けた重戦士が一瞬にして距離を詰めると、大剣の切っ先をギガンディレスの喉もと目掛けて突っ込んでくる!


「…………」


「…………」


 ことの成り行きにしばし場が静寂に包まれた。


「……さすがですね、店長」


 溜息混じりに司が感嘆の声を洩らす。


 重戦士必殺の一撃は、しかし、相手の喉もとに突き刺す直前、ギガンディレスの硬い鱗に覆われた右腕によって防がれていた。



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